猿谷 要さんのレビュー一覧
投稿者:猿谷 要
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アメリカがまだ貧しかったころ
2000/10/21 00:15
日本経済新聞2000/7/2朝刊
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私たちはアメリカという国について、まだ多くの点で錯覚に陥っている。アメリカは建国以来軍事大国であったとか、自由貿易の国であったとか、人びとはみな豊かであったとか、これらは歴史を知らないための大きな錯覚であるといわなければならない。
本書はその錯覚の一つを粉々に打ち砕いて、アメリカ人の日常生活をありのまま詳細に私たちの前にくりひろげてみせる。
著者はマサチューセッツ州の野外歴史博物館学芸部長。取り扱っているのは初代ワシントン大統領時代の一七九〇年から、南北戦争が始まる二十年前の一八四〇年頃まで、アメリカの黎明(れいめい)期に当たる五十年間だ。
一七九〇年に僅か人口四百万でスタートしたこの国の庶民生活が、衣食住をはじめ、農作業、病気、医療、結婚、セックス、インテリア、道路、交通機関、宗教、ダンス、賭博などにいたるまで、これほどリアルに描き出された本を私は他に知らない。
多分そうだったろうと想像していても、「十九世紀初期のアメリカ人は、汚物や虫と鼻を刺すような臭いの漂う世界で暮らしていた」という表現のあとで、延々と具体的な例が続くと、今さらのように驚きを新たにする。
このような社会史、庶民史には地域による偏りが多いものだが、著者は当時の北部、南部、西部に観察の目が行き届いている。
そればかりか黒人(主として奴隷)の生活ぶりも、それぞれの項目のなかで細かく描写することを忘れてはいない。なかでも「黒人は音楽の天才」という項目は迫力に満ちている。
この五十年間に人びとの間で貧富の差が広がりながら、国としては上昇気流に乗り始めた気配が手にとるように理解できる。読んでいてとても楽しいし、アメリカ人の成長の経過を知るには絶好の本である。
またこの五十年間が、ほぼ日本の徳川第十一代将軍家斉の時代に当たることに思いいたれば、興味は一段と深まることだろう。
(C) 日本経済新聞社 1997-2000
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