大庭桂さんのレビュー一覧
投稿者:大庭桂
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造景する旅人 建築家吉田桂二
2002/10/31 17:59
著者より
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建築家たちの作品は、街を歩けばいやおうなく目に入ってくる。心がうきたつような建物もあれば、巨大な造形に肝をつぶすこともある。
「建築とは何か」ブルーノ・タウトの有名な論文の問いに、現代の日本の建築家たちはどう答えるのだろう。
タウトの問いに真正面から答えられる一人は、建築家吉田桂二だと思う。現代日本の木造建築は、この人ぬきでは語れない。彼には設計の仕事のかたわら、すでに五十冊を越える自著があり、スケッチをしながらの旅と自然を愛する芸術家でもある。
吉田桂二は、壺井栄、佐田稲子、中野重治、源氏鶏太、田中澄江、杉本苑子、本多勝一…昭和、平成と時代を彩る多くの文筆家の仕事場や自宅を含め、二千軒を越える住宅や公共建築を手掛けてきた。
その一方で、ヨーロッパ、アフリカ、中国、韓国、東南アジア、アメリカを旅し、更に日本中の民家や町並みを訪ねている。
昨今ブームの「民家再生」ということばを初めて使ったのは、吉田桂二の親友である月刊住宅建築の編集長、立松久昌である。
民家再生。名もない人々が暮らし、住み手を失ったぼろぼろの古い民家に命を吹き込む仕事を、吉田桂二が本多勝一に案内された信州伊那の廃村で始めたのは、二十数年前のこと。この仕事を緒に、桂二は日本のあちらこちらの民家再生や町並みの保存に関わり始める。
吉田桂二のまな裏には、太平洋戦争の空襲で、一夜にして永遠に失われた生まれ故郷、岐阜県上竹町の町並みがある。
失えば二度と戻らない民家や町並みを、21世紀にどのように住み継いでゆけばよいのか。文明から取り残された古い建物を保存することと、便利さを追求して変貌していく現代人の暮らしという相反する事象を、どのようにつないでいくのかという命題を、吉田桂二は自身の仕事を通して解き明かしていく。
人間の暮らしの器である家は、風土の中にある。しかし日本の住宅建築は、欧米の模倣を重ねて風土性を失い、小間割り間取りに走り、風通しを無視してシックハウスに至った。そして同時に、暮らしの器の中での家族のふれあいによって育まれてきた思いやりや礼儀をも喪失しつつある。
憂慮すべきは人の心の荒廃ばかりではない。木材と日本の山をを取り巻く問題も深刻である。世界で日本ほど森林資源に恵まれている国はないのに、建築材は外材があふれ、国産材は押しやられてだぶついている。森林資源は、山の手入れをしながら健全に国内で循環させてゆかねば、地球規模の環境破壊を進めることになる。
建築家吉田桂二の作品、思想、生きざまを通して見えてくるものは、21世紀を生きる私たちに貴重なヒントと勇気を与えてくれる。
建築家というのは、目新しい奇妙なでかい建物を造るエライ人のことだとずっと思っていた。
けれど、九年前、一人の建築家の仕事と出会って、この世にこんなにも風土と人を愛して木造建築を生み出す建築家のセンセイもいるのだと、衝撃を受けた。
その衝撃は、この建築家のこれまでの人生を書いて見たいという衝動に変わった。
昭和五年生まれの建築家吉田桂二先生は、七十歳を越えた今も少年のように目を輝かせながら、あちらこちらの町並み保存や町づくりの講演で語り、割り箸をながめているうちに新しい木造の大架構を思いつく。
話のおもしろいこと、記憶の明確さは、取材する身には、とてもありがたかった。
「人生の最大遺産は人の貴い生きざまだ」というが、戦後を痛快かつ爽快に、建築造景の道を走り続けてきた男の生きざまは、書き上げてなお読み返したいと思ってしまう。
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