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橋本光恵さんのレビュー一覧

投稿者:橋本光恵

73 件中 1 件~ 15 件を表示

手にする者を不幸にするという宝刀をめぐって運命を狂わされる人々。全5巻の主人公、張無忌の誕生秘話。

2人中、2人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 昨年の夏は金庸原作の『神雕剣侠』全5巻を読み耽り、血湧き肉躍る“金庸ワールド”をどっぷりと堪能させてもらった身にとって、その続編ともいえる『倚天屠龍記』全5巻が刊行されるというのは、何よりのご馳走・・・胸ときめかせてその第1巻「呪われた宝刀」を手にとったー。真紅の太い帯には「英雄 宝刀もて 龍を屠る」という白抜きの文字。解説には「天下制覇の証となる宝刀、倚天剣と屠龍刀。しかしそれは、手にしたものを不幸にせずにはいないという呪われた宝刀だったー」。宝刀をめぐって、名うての武術家たちが、技と力、そして知恵を駆使して争奪戦を展開・・・というのは、今年の米アカデミー賞で10部門にノミネートという外国映画での記録を樹立した傑作『グリーン・デスティニー』(こちらは“碧血剣”という宝刀をめぐる武侠ものだが、金庸にも似たような剣名の『碧名剣』という作品がある)を思い起こさせる内容だ。が、本作の奇想天外ぶりは想像以上で、波乱万丈の冒険譚ともいえる。何しろ、宝刀を手にした者、それに巻き込まれた男女の三人が船で漂流し、遂には氷山険しい極北にまで流されて野生動物のような生活を送る、という具合なのだから・・・。

“金庸ワールド”では、年月は矢のように過ぎ去り、10年は一年の如し。本書の出だしも、『神雕剣侠』第5巻のヒロイン、“小東邪”こと、郭襄が楊過を思いながらも、その思いを断ち切るために漫遊の旅に出るという冒頭で始まるが、『神雕剣侠』のラストからは10年近くが経っており、さらに郭襄の活躍を描くのは第2章まで。この章で郭襄が出会う出家前の青年、張君宝が、第3章ではいきなり中国武術史上に残る不世出の奇人、張三豊として登場。つまり、2章からは50余年が経ているという設定だ。郭襄はどこへやら・・・。しかし、ここからが『倚天屠龍記』の始まり。第1巻の主人公の登場だ。張三豊の五番弟子で文武両道に優れた貴公子、張翠山と、彼と恋に陥る邪教集団天鷹教の姫、殷素素の二人。張三豊の後継者と見なされていた張翠山が、“屠龍刀”と関わり、殷と出会ってしまったために、運命に翻弄されてゆく10余年が、激流のごとく瞬く間に描写される。そんな中で印象的なのが、殺人を繰り返し非情な方法で“屠龍刀”を入手するマニ教の達人、謝遜という人物。残忍無比と思われた獣のような彼だが、彼にも復讐の鬼と化す以外に生きる術がないという悲しい過去があった。辿り着いた極北の孤島で生まれた張翠山と殷素素の子、無忌に対して謝遜が注ぐ愛情の細やかさ・・・ふと、金庸の小説の魅力は、勧善懲悪でないところかもしれない、と気づかせられる。善に潜む奢り、欺瞞、悪の中に隠れた無垢、哀しみ等、金庸によるそれぞれの人物の重層的な性格描写は、「たかが人間、されど人間」という、避けがたい人間全般の“さが”をじわじわと炙りだす。「時がどんなに移ろうと、社会がどんなに変わろうと、人間の“情”だけは変わらない」という金庸の言葉は、彼の小説の普遍性を物語っているともいえる。奇想天外な武侠アクションの派手さの中で、金庸は確実に人間の心の深淵を描いているのである。 (bk1ブックナビゲーター:橋本光恵/Asian Pops Mag.編集長 2001.03.01)

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紙の本神雕剣俠 第1巻 忘れがたみ

2000/07/30 06:15

中華社会最高の人気武侠小説家・金庸の血湧き肉踊る代表作。主人公・楊過と小龍女の純愛物語も感動的。

2人中、2人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 香港、台湾、中国大陸等、中華圏で最も愛読されている武侠小説の第一人者・金庸の代表作の登場である。武侠小説とはその名のごとく“武術”に優れ“義侠心”に厚いヒーローの活躍を描くジャンル。当然、映画化された作品も多い。香港映画ファンにとっては金庸はまさにそうした映画化作品によってまずなじみの作家になった。金庸の作家デビュー作である1955年の『書剣恩仇禄』はアン・ホイ監督によって映画化(日本公開タイトル『清朝皇帝』87年)され、以後も『笑傲江湖』はツイ・ハーク監督(『スウォーズマン』90年)、『射雕英雄伝』はウォン・カーウァイ監督(『楽園の瑕』94年)によって映画化される等、まだ翻訳本の出ていない日本でも金庸人気は高まっていった。そうした矢先、ついに金庸の翻訳本が次々に徳間書店から刊行。すでに7シリーズが原題のまま出ているが、最大の人気作『神雕侠侶』が初めて日本オリジナルの『神雕剣侠』というタイトルで刊行された。

 「金庸ワールド」は、いずれも剣と義侠に生きる好漢たちの壮烈な伝記ロマンだが、この『神雕剣侠』は同時に至純のラヴストーリーとして感動的である。香港ではこれまでに数回にわたりTVドラマ化され、主人公に扮した役者は必ずや人気スターに躍り出るほど、魅力的なキャラクターなのである。その主人公・楊過は、既刊の『射雕英雄伝』の最後で横死した楊康という人物の遺児。といっても、この一作で完結しているので、前作を読んでいなくても困ることはない。むしろ、楊過が自分の父親は何者なのか、どうして死んだのかを探ってゆく姿を、読者もいっしょになってスリリングに見守ることになる。愛する母親に死なれ、孤児になってしまった楊過は、大人の社会や周囲の欺瞞にことごとく反発するアウトロー。しかし、武術の秘技を素早く習得してしまう怜悧さとそれに伴う強靱な肉体。人を魅了するユーモアを持ち合わせていて義理人情には厚い。そんな楊過が愛した人は、18年間世間から隔絶されて育った古墓派の後継者、小龍女。修業のために感情を排して生きてきた氷のような美女、小龍女とひょんなことから師弟の契りを交わす楊過。その時から武林の掟によっては二人は結ばれてはならない仲となるだが・・・。ここまでが第一巻“忘れがたみ”に収められ、第2巻の“モンゴルの野望”では、小龍女とはぐれた楊過が再び独りになって、モンゴルの王子クドゥ、国師・金輪法王等と闘うことに。さらに黄薬師、欧陽鋒、洪七公といった『射雕英雄伝』の登場人物たちが再登場して、楊過の精神的・武術的成長に一役買う。そして最愛の人、小龍女との再会。非人間的だった小龍女が楊過の愛によって生身の女に変貌してゆく様もドラマティックだ。果たして、二人の切なくも禁じられた愛の行方は・・・。シリーズは第3巻“襄陽城の攻防”へとなだれ込み、5巻まで続く。 (bk1ブックナビゲーター:橋本光恵/アジアン・ポップス・マガジン編集長/評論家 2000.07.29

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蓄積された映画的記憶と綿密な資料、鋭い観察眼から生まれる極上の映画評論。その三十年の集大成

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 宇田川さんといえば、私が「キネマ旬報」の編集者時代、原稿の締め切りではずいぶんと苦労した思い出のある映画評論家である。約束の原稿受け渡しの場所になかなか現れず、丸一日を棒に振った日も多々あった。それでも、依頼してしまうのは、彼の映画評論が群を抜いて素晴らしかったからである。1950年代に始まる幼い頃の映画的記憶の蓄積と綿密な資料の相乗効果から奏でられる確実な論点。その繊細な感性となめらかな語り口で編み出されるリズム感あふれる絶妙な文体。まさに読む者を映画の至福へと誘う。そんな彼の映画評論三十周年ともいえる記念すべき評論集が本書。サブタイトルの「From Shirley Temple to Shaolin Temple」は、少女アイドル、シャーリー・テンプルに象徴される50年代のアメリカ映画に始まり、ヌーヴェルヴァーグに沸くフランス映画を経て、台頭著しい80、90年代のアジア映画等、著者の映画的変遷を巧みに意味するものだ。
 いかに素晴らしいかは、例えば比喩のうまさ。アクション映画館として人気を博していた名画座、新宿ローヤル劇場の閉館の際の惜別の文章の中。「アクション映画によく出てくる、無愛想なバーテンが黙ってつぐ酒をみんな黙って飲んでいるバーみたいな、男っぽい映画館だった。足しげく通っても、誰も常連づらをしないのだ」。少女の頃から活躍していたドイツ女優ナスターシャ・キンスキーの表現もふるっている。「『テス』の頃の彼女は、純粋無垢さがそのままイコール悪魔的な淫蕩さであるような魅惑があった……それが最近は、マヨネーズのように清純さと淫蕩さが分離してきた」。
 そして、人間観察の鋭さ。ホウ・シャオシェン監督を初めて生で見た時のこと。映画祭のゲストとして真剣に質疑応答するのとはうって変わってホテルで蒸留酒をちびちびやる姿を見て、「そのとき唐突に、ああ、彼の映画の喧嘩のシーンは経験にもとづいているのだな、ということが理解できた……もの静かないずまい、表情から、なんとなく、この人、若いころはけっこう暴れん坊だったんだろうという気配がうかがえたのだ」という具合だ。今はもう稀有となってしまった映画評論家の一人である。 (bk1ブックナビゲーター:橋本光恵/評論家 2002.06.29)

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花の芸術“華術”の歴史を、古事記、狂言、茶湯、花柳界等を絡めて論じる日本文化の多彩な魅力

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『アール・ヌーボーの世界』(中公文庫)等の美術論、『LAハリウッド幻影工場』他5篇によるカリフォルニア・オデッセイ・シリーズ(グリーンアロー社)の都市論等、古今東西にわたる幅広いカルチャー論で知られる著者であるが、近年では小説家としても活躍し、そのデビュー作が茶道にまつわる『慶長茶湯秘聞』であった。茶道とくれば華道。「いけばなの文化史」とサブタイトルが付けられた本書では、『古事記』の中から読み取る古代の「神話の中の花立人」から、中世、江戸を経て、西洋の花と日本の花を交流させた小原雲心を扱った明治の「花と自然と表現」まで、実に60タイトルの項目(1項目が4ページほどにまとめられていて読みやすい)で「華術」の歴史が語られている。
 いけばなの歴史については、茶湯のそれに比べてあまりに空白の部分が多いことに気づいたので、書いてみたいと思ったと著者は「あとがき」で述べているが、資料の少ない中、著者らしい解釈がいたるところに鏤められていて、「華」の深さに改めて気づかされる感じだ。例えば『源氏物語』を花に結びつけるという発想で「源氏流」を開いた千葉龍卜は、占い師であったのではないかと推測する著者。彼の花の哲学が儒教的で、山伏や修験者に近い感じがするというのだ。そして、花道と占い師の関係、さらには香道との関わりにも触れる。つまり、源氏物語を花に結びつけるという千葉龍卜の発想は、源氏香がヒントになっていると解くのである。「山伏がゴマを焚いて祈祷するように、香は見えない世界とのつながりを持っている」……。
 さらにユニークなのは、遊郭で使われる「花代」「花魁」の“花”。「これは私の想像なのだが、遊女はもともと巫女であり、性の儀礼、生殖の呪術を司っていた。豊穣を予祝し、花を咲かせる技を知っていたのではないだろうか。それゆえに花を育てたり、飾ったりするのが上手だったのだ。もともと花と縁が深かったのだろう」といった具合だ。 (bk1ブックナビゲーター:橋本光恵/評論家 2002.06.19)

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紙の本俠客行 1 野良犬

2001/12/25 22:15

望みごとが叶うという至宝“玄鉄令”を偶然手にした浮浪少年の数奇な運命。お馴染み武侠小説の異色篇!

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 1996年に日本で翻訳がスタートした中華圏の国民的人気作家、金庸の武侠小説シリーズの文庫本化第3弾。55年に『書剣恩仇録』を発表して以来12部の長編小説を創造し、以後は筆を絶って久しい金庸だが、現在は中国の浙江大学の教授を担っており、姉妹校である神奈川大学の招きでこの11月に来日。日本の学生たちの前で77歳とは思えぬ元気な姿で講演を行なったばかりで、ますます日本での人気も知名度も上昇することだろう。金庸の大ファンとしては嬉しい限り。さて、金庸作品の魅力は、武術の奥義をめぐるそのダイナミックな武闘シーンのディテールの妙味と、伏線を張りめぐらせた緻密で重層的なストーリー展開、そして何よりも武義と義侠心に厚い登場人物たちの個性等々、娯楽巨篇の味わいたっぷりのところだが、今回の作品には、さらにミステリーの要素が加わって謎解きの面白さも絶大。名前からして異色な主人公“野良犬”のキャラクターが、また奇想天外この上ないのである。

 偏屈な奇人として知られる達人、謝煙客にどんな願いも叶えてもらえるという異宝“玄鉄令”をめぐって争奪戦を繰り広げる人々。中でも“黒白双剣”と武林に名高い黒装束で漆黒の剣を持つ石清と白装束の閔柔の夫婦は、行方不明の息子を探すために手に入れようと必死。が、ひょんなことからその“玄鉄令”は、人と接することのない山里で育った孤児“野良犬”の手に落ちる。小さな望みを叶えてやることで済まそうと画策する謝煙客に対して、「人に頼み事をしてはいけない」という母の教えを頑なに守る天衣無縫の少年は何も望みごとをしないので、手を焼く謝。世事に長けた老人と俗を知らない少年のこのやりとりが何とも可笑しい。が、少年をもてあました謝は、危険な武術を修業させて自滅させようとするが、物語は意外な方向へと進む。果たして、少年“野良犬”は、実は石清夫妻の息子なのか、はたまた新興勢力の悪名高き首領なのか……謎が謎を呼ぶ武侠ミステリーともいいたくなる巧みな構成。 (bk1ブックナビゲーター:橋本光恵/ASIAN POPS Mag.編集長 2001.12.26)

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紙の本チャイナ・クラブ

2001/11/29 18:15

短い文章の中にたゆたう悠久の時間と空間。世界を旅した体験を持つ著者ならではの国際色豊かなエッセイ集。

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 いずれも2000文字前後という、短いエッセイではあるが、読みやすく簡潔にまとめられたそれらのどれもが、裡になにげないドラマを持っていて深い余韻を残す。著者は台北での中国語研修員を皮切りに、バンコク、北京、ブカレスト、ロンドン、香港、広州等に駐在した体験を持つ元商社マン。このエッセイ集では、さらに海外出張で出向いたオーストラリアやトルコ等にも触れていて、国際色豊かなテーマが楽しめる。語られるのは、滞在した街、あるいは観光で訪れた庭園や建築物、それにまつわる伝説的な人物や逸話等で、短い文中に悠久の時間と空間がたゆたうといっても過言ではない。一つの風景、一人の人物から想いを馳せる著者の叙情性豊かな感性の賜物だろう。

 そして、多くのことをこのエッセイは教えてくれる。2001年版の「ベスト・エッセイ集」(文藝春秋刊)に選ばれたという「自梳女」は、私には香港の鬼才ジェイコブ・チャン(張之亮)が98年に描いた同名タイトルの映画を想起させたが、このエッセイのおかげで改めてあの映画の深さが理解できた。“自梳女”の言葉の由来がここでは紐解かれているが、一生を独身で過ごすことが中国の女性にとっては命がけの行為であったことを初めて知った。また、中華社会最大の歌姫テレサ・テンを扱った文章では、たった3ページの中に、彼女の数奇な人生を語り尽くし、その音楽の特徴まで言い当てていて驚かされる。「情感のこもった透き通るような歌声を聞くと、心がなごむ。その歌のキー・ワードは、“別れ”ではないだろうか・・・テレサ・テンにはどことなく孤独の影がつまとっていた」として、“悲しい自由”の歌詞を続ける。42歳の若さで急逝した彼女が、台湾の港町チーロン(基隆)に近い金宝山に永眠していることも、付記してくれている。シェイクスピアは、1980年代後半に突然、老いた両親と妻子を残し、単身ロンドンへ旅立ち、新進劇作家兼俳優として脚光を浴び偉大な仕事をこなしたが、50代には故郷に居を移した。著者と同じように私も思う。「田舎町に戻ったのはどういう心境からだったのだろうか」と・・・。そしてその答えとして、『マクベス』の第5場の名言がラストを飾っている。 (bk1ブックナビゲーター:橋本光恵/ASIAN POPS MAG.編集長 2001.11.30)

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紙の本グリーン・デスティニー

2001/11/06 22:16

19世紀初頭の中国を舞台に秘剣を巡って展開する“武侠”世界。各国で評判の傑作映画のノベライズ登場。

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 これほど激しい動(アクション)を展開しているのに、これほど崇高な静(精神)を湛えた映画は、これまでにどれほどあっただろうか・・・本書は、この希有な傑作映画『グリーン・ディスティニー』のノベライゼーションである。映画は、台湾の名匠アン・リーが中国の作家王度蘆の原作を大幅に脚色し、ハリウッドの資本で香港・中国・台湾のスタッフ・俳優たちを結集させて中国で撮った超大作。物語は19世紀初め、清朝末期の中国を舞台に碧名剣(グリーン・ディスティニー)と呼ばれる秘剣をめぐって起こる人々の争奪戦、愛憎ドラマを描いた“武侠”たん。映画では、世界的チェリスト、ヨーヨー・マの透き通った音色、水墨画のように幽玄なピーター・パオのダイナミックな映像、『マトリックス』で評判になったユエン・イーピン指導によるワイヤー・アクション等で、映画ならではの醍醐味を作り上げているが、果たして小説化となると、そこまでその視聴覚の魅力を文章化できるかに、当然興味はつのったのだった。「今でもときどき、頭のなかにあの黄土色のひびわれた大地が広がることがある。灼けつくような、乾いた砂塵が体のなかを通りぬけてゆく」という序文で始まる小説『グリーン・ディスティニー』は、映画とはまた違った分かりやすさで“武侠”世界を綴り上げており、あっという間に206ページを読み切らせてしまう力を持っていた。
 小説では、まず主人公の孤高の武術家リー・ムーパイとその弟子でお互いに惹かれ合っているユー・シューリンが、“武侠”と呼ばれる所以を解説する。つまり、彼らは定職につかず政府に対する忠誠心を持たず、官府や富豪など権力のある者に迎合することなく正義を追い求め、弱き者を助けるために自らの命をかけても闘う。「“侠”とはおのれの信条と正義のために、体を張って他人を救うという精神のあり方で、肉体の“武”と精神の“侠”を身につけた義侠の士・・・孟子の言う“生を捨てて義を取る”をまさに実践している」。そのムーパイとシューリンは、互いに深く愛し合いながらもストイックなまでにそれを胸に秘めている・・・もう一方の主人公たち、都の高級官僚の令嬢イェンと、彼女が荒野でめぐり合う野盗の頭ローの若さゆえの無軌道で激しい愛とは好対照をなし、展開にメリハリをつけている。
 そのムーパイも、血と汗に塗れた武術家としての道を静かに退き、シューリンとの生活を決心するくだりが印象的だ。「師は私に教えた。形あるものはいつかは消える。手放すことで本物がえられると・・・武術は虎と龍の世界(中国語のタイトルは『臥虎蔵龍』)。血に満ちている。その邪悪さから脱したかった。だから碧名剣を手放した・・・おまえと生きたい。こんなふうに、静寂と安らぎのなかで」・・・。が、二人の運命は、結局は碧名剣にふりまわされてしまう・・・師の仇である碧眼狐の毒牙にかかって命を落とすムーパイ。が、シューリンの腕の中で絶命してゆく彼の言葉が、この作品が何よりも深い愛の物語であることを再認させる。「愛さえあれば、私の魂は寂しくないだろう」・・・。 (bk1ブックナビゲーター:橋本光恵/Asian Pops Mag 編集長 2001.11.07)

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紙の本碧血剣 1 復讐の金蛇剣

2001/09/03 22:16

明王朝末期。農民の反乱の気運高まる乱世で、皇帝に父を処刑された主人公の数奇な運命。武侠小説の決定版。

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 中華世界に12億人の読者を持つといわれる現代中国の超人気作家金庸の武侠小説シリーズが次々に刊行されているが、これは『書剣恩仇録』に続く文庫本化第2弾。今回の舞台は十七世紀前半、明朝最後の君主崇禎皇帝の時代。皇帝に処刑された悲運の名将、袁崇煥の遺児、袁承志が主人公。父の復讐を遂げるために過酷な修業を積む袁承志が、試練に耐え次々に難技を身に付け、さらに精神も磨きがかかってゆく過程が小気味よくワクワクさせられる。金庸の武侠小説の醍醐味は、第一に主人公のキャラクターの魅力。この袁承志も文武両道に長け、義侠心に富み、弱きを助け強きをくじく典型的なヒーローであるが、数奇な運命の元に生まれ、どこかに悲劇の翳りがつきまとう辺りに、危うい魅力が香り、よりドラマティックだ。

 そして、修業の師匠となる老人たちの脱俗的な飄逸感がなんともいえない。華山派の総帥で、“神剣仙猿”と異名をとる武芸の大家、穆人清は元来、偏屈者で弟子をとらず、孤剣単身で江湖(侠客の世界)をわたってきた達人だが、孤児ながら怜悧活発な少年、袁承志にめぐり会ってから心踊らせ、我が子を得たりと奥義を授ける姿が微笑ましい。穆人清の親友の老人で軽功と暗器の達人、木桑動人も加わっての袁少年の修業時代の描写が茶目っ気たっぷりで印象的だ。つまり、百戦錬磨の老人たちをも魅了してしまう主人公なのである。

 修業を終え、いよいよ江湖にデビュー(?)する袁承志の前に現れる人々の何と多彩なこと。“金蛇郎君”と異名をとる伝説の剣客、夏雪宜、美貌の下に非情を隠し持つ男装の麗人、温青。そして農民起義軍の首領、李自成や異民族満清族の王ホンタイジ等、実在の人物も数多く登場するが、例のごとく歴史を越えて虚々実々、革命あり、恋愛あり、宝探しありの娯楽味たっぷり。数々の秘技のスピーディーな展開と壮大なスケールを楽しむことができるはずだ。 (bk1ブックナビゲーター:橋本光恵/ASIAN POPS MAG.編集長 2001.09.04)

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紙の本バンコクなっとく遊歩術

2000/10/25 21:15

タイをこよなく愛する著者によるバンコクの実像。

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<書評タイトル:タイをこよなく愛する著者によるバンコクの実像。喧噪と汚染で知られる都市バンコクが「天使の都」という麗しい枕詞を持つその理由・・・。>

 この夏、仕事で初めてタイを訪れ、その魅力に一回ではまってしまった後は、先に書評した『アジアン・リゾート』を始め、タイやバンコクが登場する書物にはつい関心が向いてしまうこのごろ。「バンコクは人間の体にたとえるなら、集中治療を要する重症患者に見立てられる。渋滞、騒音、排ガス、土ぼこりなど、およそ考えられる環境の悪さをおおかた身につけている。とりわけ空気汚染は深刻だ」と著者は序文でまず釘を刺しておいて、「それを補ってあまりある魅力がこの町にはある」と続ける。そう、これだけのマイナー要素を打ち消してしまうほどの魅力が、確かにこの町にはあるのである。それが何なのかは、この『バンコクなっとく遊歩術』が教えてくれるというわけだ。

 バンコクに限らず、香港、台北、上海等、アジアの都市は、いずれも人と乗物に溢れ、エネルギッシュで熱い。こうした熱気とごみごみした感覚が肌に合わない人は、まずアジアへの旅は無理だろう。このエネルギッシュな熱気が元から好きな私が、バンコクの喧噪を疎ましいと思うわけもないのだが、その喧噪の衣の裏に静寂のムードがあるのがタイの魅力の深いところ。それは、時間に追われることなく穏やにゆったりと暮すタイの人々の生活ぶりによるものだろう。そのことは著者も強調している。「日本は窮屈な国に窮屈な人が住んでいるという感じがしてならない。タイはゆったりとした国にゆったりとした人が住んでいるという感じなのである」と・・・。

 観光客にホテルやレストラン等でただただお金を使わせることばかりを誘導するガイドブックとは違って、タイを、そしてタイ人を知りつくしている著者が愛を込めて書いているというのもこのブックの魅力だ。構成としては全体を大きく4つの項目に分けている。「ゆったりと人が住んでいるという感じ」の素晴らしさを実感するには、著者はとにかく町を歩くことだと主張し、最初の項目は“バンコクを歩く”。どこをどう歩いたらいいかを、地域別に地図付きで解説。その中で、バンコクのプロフィールや誕生のいきさつ、タイ人気質等、タイの実像に迫る。第2の項では、“バンコクを移動する”と題し、バスに関して徹底的に検証。乗り方から切符の読み方、バスマップまで付記。いかにバスがバンコクでは重要な移動手段であるかがわかる。そして次の項である“バンコクを満足する”ではレストランやホテルに関して解説されているが、普通のガイドブックには載っていないようなアパートレストランやクーポン食堂、多彩な中級宿の詳細が明記されていて嬉しい。そして、4番目の“バンコクを楽しむ”の項で初めて一般的なショッピングや映画の話題になるが、そこでも“タイデパートの不思議”等、滅多に知りえない興味深い話題が満載。ますますタイが恋しくなってくる・・・。 (bk1ブックナビゲーター:橋本光恵/ASIAN POPS MAG.編集長・評論家 2000.10.26)

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ハリウッドで活躍中のジェット・リーを中心に世界をかけめぐる香港スターのポートレートや最新情報が満載

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 21世紀はチャイニーズ・パワーがますます勢いを増しそうな予感に満ちている。すでにエンターテインメントの世界では、その動きは著しい。2002年新年の“タイム誌”の表紙を飾ったのは、ジェット・リー、マギー・チャン、トニー・レオン、チャン・ツィイーの四人だった。ハリウッド映画で主役を担う少林拳法の達人のジェット。世界各国で注目されたウォン・カーウァイ監督作品『花様年華』の主役を演じたマギーとトニー。それにアメリカでロングランを記録した『グリーン・デスティニー』のヒロイン役のチャンの四人。今や世界でも注目を集めるチャイニーズ・スターたち。そんな彼らを「香港スター」で括り特集したのが、このスクリーン特別編の本書である。
 表紙を飾るのは、前出のジェット・リー。主演したハリウッド作品『ザ・ワン』が近く日本公開される彼だが、驚くのはぺージを開いた瞬間に飛び込んでくる20年前のジェットのポートレート。出世作となった『少林寺』の時のもので、髪型こそ違うが、顔がまるで同じなのだ。実はこの点が、チャイニーズ・スターたちの特徴でもある。つまり、殆どが20年以上のキャリアを持っているのに、変わらぬ容貌と雰囲気を保っているという点……アンディ・ラウ、レスリー・チョン、トニー・レオン、ジャッキー・チェン、チョウ・ユンファ等、以降のカラーページを飾るスターたちはみな藝歴20年を下らない。世界的な演技者であると同時に今でもアイドルなのである(日本には悲しいことにこういったスターは存在しない)。
 さて、本書はポートレート中心ではあるが、ジェット・リーの軌跡をたどった“ライフストーリー”や香港映画界の最新情報、日本公開を控えた作品紹介等、盛りだくさんの内容。レオン・ライ、ケリー・チャン、イーキン・チェン、金城武等日本でもよく知られたスターの他、香港で人気のサミー・チェン、ニコラス・ツェー、エディソン・チャン、新人類役者といわれるスティーブン・フォン、ダニエル・ウー、テレンス・イン等の若手スターも網羅されてる。 (bk1ブックナビゲーター:橋本光恵/ASIAN POPS MAG.編集長 2002.07.12)

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アーティストと彼らに作品を作らせるパトロン、金銭の関係を、近代を中心に紐解いたアート論

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 美術、映画、文学、都市文化等、幅広い分野での評論や、『江戸ふしぎ草子』などの小説を手がけるマルチな著者によるアート論。最近は『カリフォルニア・オデッセイ』シリーズ(全6巻)等のカウンター・カルチャー論が多かった著者だが、久しぶりに本来の専門であるアートの世界に戻ってきて、自身、「印象派から、ピカソ、ポロックなどの画集に囲まれていると、あらためて、自分が一番好きな領域に帰ってきたと感じられ、すごく楽しかった」と“あとがき”で述べているように、溌溂とした筆捌きが印象的だ。「芸術はアーティストだけで成立するものではない。アーティストに作品をつくるきっかけを与え、その資金を援助し、時にはそれを操るパトロンが必要なのである」。なのに、パトロンや金銭に関しての研究は芸術史ではまともに扱われることはなかった。そこで著者は「そんな人間くさい芸術史を書いてみたいと思った」というわけだ。
 まずは、その歴史から。フランシス・ハスケルの『パトロンと画家——バロック・イタリアの美術と社会』や高階秀爾の『芸術のパトロンたち』などが、ルネサンスから十八世紀までのパトロネージ(パトロン制度)に関してよく研究されていると紹介しているが、それ以後の研究は希薄だとして、その部分つまり近代を中心にここでは展開している。特に力をこめているのは、「アメリカのパトロンがモダン・アートをつくった」の項。「二十世紀を過ぎてみると、結局この世紀はアメリカのものであったことがわかる……したがって、世界の文化・芸術の後援にも、アメリカの財力が大きな役割を果たしたのである」。そこで語られるのは、モーガン、カーネギー、フリック、メロン、ロックフェラー等、アメリカの美術館をつくった人々や、“パリのアメリカ人”の草分け、ガートルード・スタインやギャラリーの功績者、ベティ・パーソンズなどの女性たち。「女性は、男の画商たちより、創造的な傾向を持っている、と私は思う。男たちは金、金、金だ」というベティの文章を引用。ラストは二十一世紀について、「パトロンはやはり生きた人間なのであり、アートについて、アーティストについて、アート・コレクションがもたらす富と名誉について、人間くさい、欲望と愛を生きていることは変わらないだろう」と結んでいる。 (bk1ブックナビゲーター:橋本光恵/評論家 2002.06.28)

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紙の本裸のマハ 名画に秘められた謎

2002/06/10 22:15

ゴヤの“裸のマハ”のモデルともいわれるアルバ公爵夫人の死の謎は……。同名映画のノベライゼーション

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 映画評論で独特の切り口と審美眼を発揮する個性派、黒田邦雄が物語るゴヤによる名画“裸のマハ”をめぐる謎……何とも魅力ある題材と著者の組み合わせ。実はこれは『ハモンハモン』等で知られるスペインのビガス・ルナ監督の同名映画のノベライゼーションだ。『ゴヤ』(堀田善衛著/朝日新聞社)『ゴヤが描いた女たち』(大高保二郎・木下亮編/毎日新聞社)『ゴヤ』(ジャニーヌ・バティクル著/創元社)『スペイン十八世紀への招待』(西川和子著/彩流社)等のノンフィクションを参考にしてはいるが、あくまでもビガス監督とクカ・カナルスによるシナリオがベースになったフィクション。生涯自体が謎に包まれているゴヤだから可能な発想である。
 時代は、19世紀初頭のスペイン。主要人物は、カルロス四世に仕える宮廷画家のゴヤ、大貴族のアルバ公爵夫人カイエターナ、そのカイエターナと反目しあう最高権力者マリア・ルイーサ王妃、王妃の寵愛を受け権力を手に入れた若き宰相ゴドイ、そしてゴドイの愛妾ペピータ、ゴドイの妻チンチョン伯爵夫人等など。……この登場人物の顔ぶれを見ただけでも、当時の“ロココ”という時代の雰囲気が匂いたってくる。つまり貴族社会では、恋愛に関して自由奔放。既婚者であれば、男性も女性も愛人をもつことが当たり前という時代だ。そんな時代、ゴヤは数多くの貴族の肖像画を描いていた。そして、あの裸婦像マハ誕生のいきさつ。モデルとして推測されるのは、ゴヤが憧憬を抱いていたカイエターナと、絵を依頼したゴドイの恋人ペピータ。歴史上ではペピータというのが大方の見方だが、この小説では……。
 この謎と共に提供されるのが、宴を開いたその夜に謎の死を遂げるカイエターナの死の真相。鍵ともなるワイングラスに残された猛毒“ヴェロネーゼの緑”。果たして自殺なのか他殺なのか……小説は誰にも思い入れることなく、徹底的に客観的にそれぞれの人物の行動を追ってゆく。かなりシナリオ採録に近いといえる。 (bk1ブックナビゲーター:橋本光恵/評論家 2002.06.11)

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紙の本人間動物園

2002/05/10 22:15

大雪に包まれた街で、汚職疑惑の大物政治家の孫娘が誘拐される。奇想天外な発想で展開する異色ミステリー

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“恋愛こそが人生最大のミステリー”であることを、彩り豊かな匂やかな文章の中で綿々と綴り、その二転、三転とする予測不可能な展開に“連城節”ともいえる独特の領域を築いている著者が、珍しく誘拐事件という恋愛とは無縁の社会的素材に徹した一編。驚くべきことにこの小説が書かれたのは95年(「小説推理」1、2月号)。その時点で、いま世間を騒がせている腐敗しきった政界の巨悪や、盗聴法、報道の自粛、ひいては自爆テロの精神等も覗かせていて、“現在”を予見するその鋭い視線にまず圧倒される。彩りも、微妙な淡彩から今回は徹底したモノクロ。大雪に見舞われ、白一色に覆われた静寂な街を背景に、ある謎だらけの誘拐劇の幕は上がる……。
 誘拐されたのは、1億円の汚職疑惑の渦中にある大物政治家の孫娘。被害者宅の周辺で失踪する近所の猫や犬、雪の中で発見された血まみれの山羊の死体……汚職の渦中にあるとはいえ、次期総裁候補とまで呼ばれた大政治家の孫娘ということで、「被害者の生命を守るための報道自粛」のもと、事件の起こった埼玉市の県警あげての大がかりな捜索本部が設けられる。物語の進行役ともいえる「ゲンさん」こと発田元雄など数人の警官が被害者宅の隣りの家に立て籠る。隣りの家なのは、被害者宅にはいたる所に盗聴器が仕掛けられ、犯人の耳によって完璧に管理されているため。被害者の母親ひとりが隔絶された状況に追いつめられてゆく……犯人の身代金要求額は何と汚職疑惑と同じ1億円。はたして、汚職事件と誘拐事件の関連はあるのか、失踪した動物たちとの関連は……。
 雪に包まれた静寂な被害者宅の中に集中するのが、捜索する側、される側の何人もの“耳”という奇想天外な発想。「針のように硬そうな髪の毛を逆立てて相手を威嚇する」大物政治家は“ヤマアラシ”、「狡猾でありながらどっか間のぬけた」隣りのオバサンは“禿鷹”等という、緊張した物語に漂うユーモア。そして、ゲンさん以外はすべて疑わしく感じられる巧みさ、いつものように意表を衝くラスト……。
 悪徳の限りを尽くして、哀れな大衆である“小動物たち”を追い立て、苦しめる政治家たちへの怒り……まさに“今”の我々の気分そのものを反映させている。 (bk1ブックナビゲーター:橋本光恵/評論家 2002.05.10)

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公務員として駐在した88年から91年の香港を綴った体験記。生活した者だけが知るその頃の香港の実体や日本人

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 時を刻むスピードで様相を変える香港。仕事柄、香港に通うようになってちょうど10年。そのことを痛感してきた身にとって、本書はとても興味深いものであった。というのは、著者が香港に駐在していたのが、私が行き始める3年前の1988年から91年。日本はちょうどバブル崩壊の直前で、香港での日本人の行動や印象もこの10年のものとはかなり違い、本書には未知の香港を見るような驚きがいっぱい詰まっていたのだ。
 兵庫県に勤める公務員の著者が、初の海外駐在を担った先が香港で、事務所長という大役だった。本書は、家族と共に急きょ期限付で香港に移り住むことになった著者の、出発から帰国までの悲喜交々を綴った一種の体験記である。「海外に暮らす日本人がどんな生活を送っているかに興味のある人や、いずれ海外で生活しようと思っている人たちに向けて書いた」と、著者は“はじめに”の中で述べているが、88年から3年間の駐在期間に起こった国際的な3つの大事件、湾岸戦争、天安門事件、天皇崩御の際に巻き起こった日本批判の実体などにも触れられていて、学ぶことも多かった。例えば、天皇崩御。香港に住む日本人たちが総領事公邸に黙々と弔問に訪れる一方で、テレビではおしなべて、「第二次世界大戦の最後の戦犯、日本国天皇の裕仁が遂に死んだ」と報道され、ナレーションの背景には、日本軍が敵陣地に砲撃、発砲を繰り返し、進軍占拠する映像が流れていたという事実。天安門事件での日本の反応が香港人たちの期待を裏切って中国よりだったことから日本も中国と同罪とみなされ、「天安門事件に対する日本政府の態度が気に入らない。今後、香港にいる日本人を毎月二人づつ殺害する」といういやがらせの脅迫状が日本領事館に送られ、その直後に日本人が突然死。その死因は今だに不明というミステリ。今は取り壊されているが、“東洋のカスバ”“悪の巣窟”と称せられていた伝説の「九龍城砦」探検談など、“熱くて濃い”香港の今とはまた違った側面を覗かせてくれる、スリリングな体験談といえる。 (bk1ブックナビゲーター:橋本光恵/ASIAN POPS MAG.編集長 2002.05.10)

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紙の本武打星

2002/04/26 22:15

ブルース・リーに憧れる空手一筋の日本人青年が、アクション・スターを目指して単独香港に乗り込む異色活劇

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 ヤン・ソギル(梁石日)著『死は炎のごとく』に始まる毎日新聞社の“アジア・ノワール”シリーズ第8弾。エンターテインメント性を前面に打ち出しながらもアジアの混沌とした闇を湛えたこのシリーズ、今回はこれまでの心理ものとは違って全編クンフーが飛び交うアクション編。著者は自ら空手道場を主催する武術家とあって、多彩な技が具体性をもって描写されるのが一興である。小説の舞台は1970年代末の香港。武術を嗜む当時の多くの若者同様、この小説の主人公長岡誠もブルース・リーに憧れ、香港映画のアクション・スターを目指して日本を飛び出すのである。この小説のタイトル“武打星”は、ずばりアクション・スターを意味する。
 物語は、誠が夢にまで見た香港に降り立ったところから始まる。初めて見る香港の街や人々の活気や喧騒に一喜一憂する誠……第2章は、その誠が空手部の新入部員として稽古に励む大学一年生の夏、1975年に遡る。小学生の頃から空手を始め、中学で黒帯、高校二年生で二段を取った彼が、高三の時に見たブルース・リー主演の映画『燃えよドラゴン』でますます空手にのめり込んだ経過、大学時代の武勇伝等が綴られる。そして、再び香港。この地で暮らす大学時代の先輩を頼って来たまではいいが、広東語もわからず映画界にコネもない誠がいかにしてアクション・スターになるというのか……九龍公園でひたすら空手の練習に励む誠が、謎めいた人物、アレックス・チャンと出会ったことから、遂にアクション映画出演を実現させてゆく姿を、香港ドリームさながらに描いてゆくが、その間、黒社会(いわゆるやくざ組織)と映画界との関わりや当時はまだ存在していた“東洋の魔窟”と呼ばれた無法地帯“九龍城砦”での悪夢のような体験等、香港の闇の部分も香らせて、まるで香港アクション映画を見るよう。撮影現場のスタントたちや共演者たちがなかなか誠を仲間として認めない中、傷を負いながらもアクション・シーンで踏ん張る根性。どんな惨めな状況でも諦めずに立ち向かってゆく誠の不屈の精神がヒーロー的。そして何より、ブルース・リー、ジャッキー・チェン等アクション・スターを生み出し続ける香港映画界そのものの魅力を、一風変わった生々しい角度から眺めるような、ドキュメントとしての面白さがある一編である。 (bk1ブックナビゲーター:橋本光恵/ASIAN POPS MAG.編集長 2002.04.27)

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