青山 南さんのレビュー一覧
投稿者:青山 南
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紙の本ライ麦畑の迷路を抜けて
2000/10/21 00:17
日本経済新聞2000/3/26朝刊
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大ロングセラーの『ライ麦畑でつかまえて』を書いたJ・D・サリンジャーは、アメリカ文学界でも屈指の人嫌いとして有名で、一九五〇年代の初めに自宅にひきこもって以来、隠遁生活をつづけている。そんなひとだから、私生活を穿鑿(せんさく)されるのは大嫌いで、しばらく前に伝記の刊行が予告されたときは、出版の差し止めをもとめて訴訟をおこした。その本(イアン・ハミルトン『サリンジャーをつかまえて』文春文庫)は、最終的には、大幅な書き直しを経て刊行されたが、そういう事情があったにもかかわらず、サリンジャーの野心的な素顔もちらちらのぞく、かなりおもしろい読み物にできあがっていた。
そんなこんなで、サリンジャーというと、世捨て人の仙人のようなイメージがある。でも、本書を読むと、けっしてそうではなくて、隠遁してからもずっと、若い女性や子どもにことのほか深い興味をしめしてきた男であるらしいのがわかる。著者も、興味をしめされたひとりなのだ。十八歳のとき、「ニューヨーク・タイムズ・マガジン」に写真入りのエッセイを発表したのがきっかけで、サリンジャーから手紙をもらい、しばらくいっしょに暮らしたが、ほぼ一年で捨てられた。そのとき、サリンジャーは五十三歳。著者にはそれが初恋だったが、サリンジャーにはどうだったのか。何人もの若い女性のひとりにすぎなかったのか。著者は、そんな疑問を抱えて、サリンジャーとの同棲から二十年以上もたって、過去をふりかえった。
自制と禁欲に支配されたまるで楽しくない食事、他人の悪口、世間への怯え、冷酷な態度。初公開されるサリンジャーの挙動の子細には興味をそそられるものがある。かつての少女は、いまは百戦錬磨のプロの人気作家になった。本書を書こうと決意して、ある日老境のサリンジャーのもとを突如たずねて、「あなたの人生で、わたしの利用価値はなんだったの?」と問う場面は圧巻。
(C) 日本経済新聞社 1997-2000
紙の本舞踏会へ向かう三人の農夫
2000/10/17 21:15
日本経済新聞2000/5/21朝刊
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一九一〇年代というのはたいした時代で、フォードはいよいよ大衆車を普及させ、ラジオもそろそろはじまり、距離というものを短縮するテクノロジーがいっきにすすみはじめたときだった。スピードをなにより重視する未来主義が注目を浴びたのもこの時期だが、もちろん、ロシア革命と第一次世界大戦の時代でもあった。大変な激動期だったのだ。
『舞踏会へ向かう三人の農夫』は、テクノロジーと戦争の二十世紀の始まりを告げたその時代のど真ん中に、一枚の写真を手掛かりにしてはいっていこうとする大作である。写真というのは、帽子にスーツにステッキという洒落た姿で田舎の泥道を歩いていく三人の男たちを写したもので、かれらは、きみたち、ちょっと、という写真家の声にうながされたかのように、こっちを見ている。一九一四年にドイツの田舎でドイツの写真家が撮ったものだ。
小説は、いちおう、三つの話でできている。一つ目は、一九八〇年代に生きるあるアメリカ人が車の都(といっても、当時は日本の大攻勢で息もたえだえだった)デトロイトの美術館でこの写真を偶然見て、おや、おれに似ているやつが写っている、と思い、いろいろと調査研究していく話。
二つ目は、やはり一九八〇年代で、べつなアメリカ人が、あるパレードで見知らぬ美女にほれこみ、その行方を追ううちに、問題の写真とでくわすことになるという話。
そして三つ目は、当の写真の三人が、その後どんな運命をたどったか、を追跡していく話で、これは一九一〇年代がおもな舞台だ。三人は戦争に参加し、さんざんな目にあうことになる。
これら三つが、読み進むにつれてゆっくりからまってくるのだが、歴史やテクノロジーについての知識をつぎつぎぶちまけて話を展開させていこうとする作者のパワーがすごい。書いたのは二十四歳の時だというが、若さの力か。ドタバタ喜劇調になったり写真談義になったり技術論になったり千変万化する語り口の妙にも圧倒される。
(C) 日本経済新聞社 1997-2000
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