小池滋さんのレビュー一覧
投稿者:小池滋
ケルトの神話・伝説
2001/01/05 15:15
ヨーロッパ芸術の源流を伝えてくれる
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最近日本でもケルト人やその文化についての関心が高まり、多くの本が出版されている。とくに装飾芸術や音楽に関してはブームがまき起っているように見える。
だが、ケルト文化の基盤にある神話・伝説について、きちんと情報を伝えてくれる信頼できる資料は案外少ない。本書はその数少ない資料のひとつである。
本書の著者フランク・ディレイニーは、1986年にBBC(英国放送協会)が制作したテレビ番組『ケルト人』の案内役として画面にも登場した。この番組は日本でも1989年に放映されたことがあるから、彼の顔を見た記憶のある人も多かろう。
訳者の鶴岡真弓さんは現在京都の立命館大学教授で、ケルトの芸術・文化については、日本での第一人者である。多くの著者、訳書があり、広く知られているから、いまさら個々の題名を挙げて紹介するまでもあるまい。
内容を簡単に紹介しよう。
第1部「アイルランドの伝説」には、アイルランド国造りの神話や英雄の伝説などなどが収められている。ケルト伝説ナンバーワンの英雄クー・フリンは、後世の文学作品、例えばW.B.イエイツやグレゴリー夫人の作品によっても知られるが、ここにその源流が示されている。
「悲しみのデルドレ」(あるいはディアドリ)の物語も、イエイツやJ.M.シングの劇によって知られている。
フィン・マク・クウィルの息子オシーンは、後にオシアンとしてその名が英国のみならずヨーロッパの各地に広まった。スコットランド人ジェイムズ・マクファーソンが18世紀になって、オシアンの詩を現代語に翻訳したと称して発表したのであるが、その真偽について議論百出となった。現在では、忠実な訳ではなく、マリファーソンの創作であろうと考えられているが、ヨーロッパのロマン派文学者に与えた影響は大きかった。
第2部「クアルンゲの牛捕り(と)り」にも、英雄クー・フリンが登場する。
第3部「ウェールズの伝説」には、「アーサー王伝説」として今日多くの人たちが知っている物語が含まれている。
第4部では「トリスタンとイゾルデ」の物語が紹介されている。ワーグナーの楽劇のお陰で全世界で有名になり、いまさら筋書きをここに書く必要もあるまい。しかし、楽劇の筋と、ここに紹介されている物語とをよく比較してみると、いろいろ面白いことを発見するだろう。
ケルトの伝説の構造上の特徴に、一度終ったと思われた物語が始まりとなるという「繰り返し」「らせん的再生」がある、と訳者は書いている。ジョイスの『フィネガンズ・ウェイリ』を読んだことのある人なら、はたと気づくはずだ。現代文学の「終りない構造」の源泉は、ここにあったのか、と。 (bk1ブックナビゲーター:小池滋/英文学者 2001.01.07)
鉄道重大事故の歴史
2000/07/30 06:15
事故を起さぬ最良の方法は過去の事故を忘れぬこと
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去る2000年3月の東京の営団地下鉄中目黒駅付近の事故もそうであったが、鉄道事故が起ると新聞、週刊誌、テレビ、ラジオなどが大々的に書き立てるが、しばらくすると一般の人はケロリと忘れてしまう。
例えば、「桜木町事故」「三河島事故」「鶴見事故」「余部(あまるべ)鉄橋事故」と言われて、すぐにいつ、どのような出来事であったかを思い出せる人は、事故関係者以外の一般人の中では極めて少ないだろう。
では、プロの鉄道マンはどうか。
この本の著者、久保田氏は長年国鉄に勤めたベテランの技術屋さんで、退職後は大学の教壇にも立ったことのある人だが、本書の序文の中で次のように書いている。
「運転事故はなるべく忘れたいものであるためか、事故などを記した鉄道書は今まで非常に少なかった。しかし保安は鉄道運営にとって第一の条件であるから、今までの運転事故の記録をたどり、事故防止対策について苦心してきた経過を整理することは有意義と考え(中略)てきた。」
この短い文章の中に、本書の重要性がはっきり打ち出されている。長い経験から、神ならぬ人間が動かす鉄道で事故をゼロにすることは不可能に近いことを教えられた。しかし、減らすことは可能で、その最善の方法は過去の事故を(これも思い出したくないのは人情の当然だろうが)忘れずに調べ尽くすことだ、と確信している。しかし、残念ながら、そのような観点から過去の鉄道事故の歴史をふり返った本は、皆無とは言わないが、極めて少なかったことも事実なのである。
本書のよいところは、何よりもまず、徹底的に事実だけを、客観的に冷静に示した点にある。悲憤の叫びを上げたり、批評家めいたしたり顔で説教を垂れるのは避けて、その分の紙面をデータのために譲っている。また、著者がかつて鉄道マンだからといって、鉄道側に甘いわけではない。あくまで公平な姿勢を貫いている。
例えば、1986年(昭和61年)12月28日、山陰本線の日本海岸の余部鉄橋から空車回送中(乗客がいなかったのは不幸中の幸い)の客車が41メートル下に転落、下にいた6人が死亡、6人が負傷する事故があった。裁判では、強風中に列車を止めず橋上を走らせた国鉄の運転指令員の過失と判定され、3人が実刑を課せられた。世間一般は、このように理解して、忘れてしまった。
だが、一部の研究家からは異説が出された。1年以上前に鉄橋の鋼材の取りかえ工事を行った際、一部の材料を元来のものと違ったものに変えたのが事故の遠因である。従って、責任はその当時の工事設計者にある。 結局、これは少数意見として、認められずに終ったのだが、本書ではこのこともはっきり記している。著者がいかに細心の注意を払っていたか、いかに公平無私の態度を貫いたか、の一つの例である。 (bk1ブックナビゲーター:小池滋/英文学者 2000.07.29)
タミヤニュースの世界
2001/07/26 18:15
プラモデルが示す文化の歴史
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プラモデルに少しでも関心を持つ人だったら、タミヤの名を知っているに違いない。もともと木製模型メーカーだった田宮模型教材社が、1967年にプラモデル製作に乗り出し、その後(株)田宮模型、さらに(株)タミヤとなって現在に至っている。
その1967年1月に、宣伝広報誌として「タミヤニュース」第1号が発行され、最初は隔月発行、後に月刊となっていまも健在である。当時はプラモデルのホビー雑誌が少なかったことがあり、社員だけで編集を始めたこのPR誌が多くのファンを得ることになった。いまでは初期の号、とくに創刊号などは「幻の宝もの」になっている。
というわけで、創刊号から第379号(2000年12月刊行)までの中から、主な記事を選び出して一冊にまとめたのが、この本である。
プラモデル愛好家にとって懐かしい思い出にひたれる本だが、それ以外の人にとっても、単にひとつの会社の歴史を眺めるだけでなく、日本のプラモデルの歴史、愛好者の変遷、さらには趣味が社会の中でどのような意味を持ってきたかを教えられる点で、文化史的に重要な資料である。
まあ、そんないかめしいことを言わず、中に登場する飛行機、戦車、自動車、オートバイ、船、それに関連する人形、風景などを眺めるだけでも楽しい。
「模型ファンをたずねて」というコラムも興味深い。創刊号で日本航空工学の第一人者、木村秀政日大教授が登場するのはよくわかるが、それ以後の名前を見ると、画家の小松崎茂、松本零士、パン屋社長の木村泰造、落語家の三遊亭金馬など多種多才。
とくに注目すべきは、現在タミヤ代表取締役社長である田宮俊作が、創刊号以来欠かさず書いて来た「表紙裏コラム」である。その中で、わたしがとくに関心をひかれたのが、1973年3月号の文章である。
「あの、子供の作るもので何かよいプラ模型はありませんか」
「はい。お子様はおいくつで」
「……自動車が欲しいというのですが…… ……この大きいのはいくらですか」
「これは小さなお子様には、ちょっと難しいんですが……」
「いや、これでいいいんです。これ、いただいていきます」
もうおわかりだろう。欲しいのはいいおとなのご本人なのだが、そう言うのが恥ずかしいと思う人が多い時代だった。模型屋の包み紙でなく、新聞紙でくるんでくれと頼む客もいたのだ。
いまはまさか、こんなことあるまいが、ホビーというものに対する一般社会の認識がどのようなものだったから示す、象徴的なエピソードではあるまいか。さきに、わたしが文化史的資料と書いたのが、決して誇張でないことが、おわかりいただけたと思う。 (bk1ブックナビゲーター:小池滋/英文学者 2001.07.27)
夜ごとのサーカス
2000/12/28 15:15
現代英国女性作家のマジック・リアリズム
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19世紀末のロンドン、身長2メートル近い「下町のヴィーナス」と呼ばれる空中ブランコの女芸人フェヴァーズが、アメリカからやって来た若い記者ウォルサーに、自分の生い立ちを物語る。
あたしは白鳥の卵からかえったの。思春期に達した頃のある朝、洗顔しようとしていたら、突然シュミーズの背中が裂けて羽根が生えて来た。そして大サーカスの花形として、全ヨーロッパを興奮の渦に巻き込んだ。新しい世紀に入ろうとしているいま、ロシアから日本までの大巡業旅行に行こうとしているのよ。
以上が第1部「ロンドン」のあらましで、第2部「ペテルブルグ」では、最初は半信半疑だったウォルサーが、彼女の魅力にいつしか引かれて、その一座にもぐり込み行動を共にし、二人のあいだに恋が芽ばえる。
ところが、ロシアの首都を後にしてシベリアに向かう列車が、何ものかによって爆破転覆され、それに乗っていたサーカス一座は吹っ飛ばされてしまう。
さて、第3部「シベリア」では……
筋書きはこの辺でやめにしておこう。後は読んでのお楽しみ。それにしても、何と途方もないお話、サーカスの宣伝文句にある通り、「事実(ファクト)か、つくりもの(フィクション)か?」というのが、読者の正直な感想であろう。
作者アンジェラ・カーター(1940−92)は第2次世界大戦後の新しい世代の小説家の中でも、その特異な作風ですば抜けた注目を集めた。『夜ごとのサーカス』は1984年に発表され、まさに彼女の代表作と呼ばれるのにふさわしい。
彼女の文学の特色について、よく「マジック・リアリズム」という言葉が使われる。彼女自身は「それとは違う」と語っていたそうだが、神話や民話やおとぎ話の要素を全部ごっちゃに取り入れ、パロディーや語りの技法SFもどきの過去・現在・未来のタイムスリップなど、まさに南北アメリカのポストモダン小説に比べられる特色を持つ。
だから、彼女の作品はアメリカの知識人や大学人の間で早くから人気があった。でも、ポストモダンなんぞとレッテルを貼ると、ひどく難解・前衛的のように見えるが、知性偏重の文学実験に凝っているわけではない。
むしろ大衆小説にしばしば見られる庶民の猥雑な活気あふれる細部に魅せられる。さらに、彼女の小説をフェミニズムと関連づけて考えることも大切だろう。フェミニズムといっても、党派的・教条的お題目をわめき立てることではなく、女であることへの根源的な問いかけである。
日本ではプロの文学者の間でしか注目されなかった彼女が、この代表作の邦訳によって、より広く知られることになるよう期待したい。それにしても、52歳で若死とは惜しかった。 (bk1ブックナビゲーター:小池滋/英文学者 2001.01.01)
イギリスの歴史 帝国=コモンウェルスのあゆみ
2000/12/05 12:15
一般教養の概説書の形をとった独創的なイギリス史専門書
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「新しい時代の大学テキスト・シリーズ」と銘打たれた叢書の一冊で、教養科目としてイギリス史を学ぶ人を目標に書かれた本である。しかし、それ以外の読者にも充分すすめる価値のある名著である。
その大きな理由は、副題に示されているように「帝国=コモンウェルスのあゆみ」という独自の視点を貫いているからである。その点で、これまでも多く世に問われて来た一般教養書としてのイギリス史概説の中で顕著な特色を持っている。
「大英帝国」という言葉は多くの人びとがごく当たり前のように使っているが、イギリスという国が「帝国」になったのは、いったいいつから、どのようにしてであったろうかと、はっきり問題を設定して、それをテーマにした歴史書は、それほど多くはなかったように思われる。
本書の編著者の一人、川北稔氏は1980年代のかなり早い時期から、「帝国とジェントルマン」という独自の視点を設定した研究を世に問うて来た。他の執筆者も、多少の差はあるにしても、同じ視点を共有して、これまでそれぞれ研究を発表して来た。
「ジェントルマン」という言葉も、日本ではよく使われ、これについて多くの本が書かれたが、なかなかはっきりした結論が出にくい。本書では情緒的・ムード的な説明を排して、はっきりした資料に基づいて「ジェントルマン資本主義」という理論を紹介している。
「コモンウェルス」という言葉は、いまでは通常「英連邦」と訳されている。かつての大英帝国の植民地が、第一次世界大戦頃から独立の姿勢を強く打ち出すようになり、本家がそれを抑え切れなくなって、コモンウェルスという体制に移行したのである。
しかし、第二次世界大戦後、その連邦体制すらが崩れ始めた。イギリスは「斜陽の老帝国」だという声が、日本でも一般に聞かれるようになった。そして旧連邦からイギリス本土への逆移民が増して、さまざまな問題をひき起している。
だが、あっさりと大英帝国と英連邦は消え去ったと決めつけてよいのだろうか。いまさらイギリス史を「帝国の歴史」として描き、ジェントルマンを主人公として設定するのは時代遅れもいいところだ──と、考える人がいたら、ぜひ本書を読むことをおすすめしたい。知的刺激を受けずにはいられまい。
以上のように考えると、本書を単なる大学の一般教養授業のための概説的テキストとあっさり片づけるのはもったいないと思う。いま日本ではイギリスとその文化に対する関心が大きく高まっているが、ムード的な流行にあき足らない思いをしている人がいたら、本書を開いてみるとよい。
全体の文章はわかりやすく、図表やコラムを多く入れて理解の助けがなされている。しかし、内容は歴史についての一級の専門書と言っても誇張ではないと確信する。 (bk1ブックナビゲーター:小池滋/英文学者 2000.12.05)
猫の本棚
2000/09/27 18:15
古今東西の文学をにぎわわせた猫たちの手をかりた本
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ワガハイは──じゃなくて、あたいは猫なのよ。名前はQチャン。うちのおかあちゃんはダンナサマと3人の息子と一緒に藤沢市に住む主婦だけど、前は東京女子大学の英米文学科を出て、出版社の編集部員だったこともあり、アメリカやイギリスにいたこともあるんですって。猫好きはインテリが多いのね。
猫好きが昂じて、市の図書館へ出かけて行って、いろいろ本を読んでから、とうとう猫についての本を一冊書いて岩波書店──ほら、ご存じでしょ、『猫』で有名な漱石の全集を出している会社よ──から出したの。
話によると、日本や外国の古今の文献に出て来る猫ちゃんたちが182ページの中にひしめいているんですって。日本では古いところは『源氏物語』の「若菜」から始まって、江戸時代に南町奉行だった根岸肥前ノ守(かみ)──ほら、平岩弓枝の『はやぶさ新八御用帳』のヒーロー、新八の上役よ──が編んだ『耳ぶくろ』という本の化け猫の話。それからもちろん漱石先生の家の猫も。
歌舞伎で有名な作者、河竹黙阿弥(もくあみ)は大の猫好きで、飼い猫の中には大変なグルメがいたんですって。カツブシごはんなんかじゃそっぽを向く。魚も本場ものと場違いの区別がわかった。ああ、あたしは遅く生まれすぎたのねえ。
もっと新しい昭和の御代では、『鞍馬天狗』の生みの親、大佛(おさらぎ)次郎は一生を通じて500匹以上の猫の世話をしたんですって。いつも15匹分のお皿を並べてご馳走してくれたそうです。『スイッチョ猫』という短い童話を「わたしの一代の傑作」と呼んでいたとか。
外国の猫もたくさん出て来るんですよ。猫のお蔭で貧しい徒弟の小僧から一躍大金持になれた、ロンドンのディック・ウィッティントンは実在の人物でした。もっとも、猫の話はどこまで真実か、いろいろ議論があるようですわね。
いま日本でもよく知られているミュージカル『キャッツ』の原作は、ノーベル賞を貰ったこともあるアメリカ生まれでイギリスに帰化したT・S・エリオットの詩作品なのよ。エリオット自身も大の猫好きでした。
他にもいろいろいるけれど、この本に入れて貰ってない文学上の有名猫や、猫好きの文学者は、まだたくさんいるはず。ですから、猫好きの皆さん、いえ、猫嫌いの皆さんでも、ぜひこの本を買ってまばたきもしないで読んでちょうだい。われこそ、この本の続篇を書いてやる、くらいの意気ごみでね。
そうすれば、この本もよく売れて、重版が出ることでしょう。印税が著者の松村さんのふところに入れば、あたいにもおこぼれがやって来ますものねえ。あたいは黙阿弥のグルメ猫みたいなぜいたくは言いませんわよ。
では、みなさん、サヨナラ、サヨナラ、サヨナラ。この手で福をどっさり招くことにしましょう。 (bk1ブックナビゲーター:小池滋/英文学者 2000.09.28)
メタファーはなぜ殺される 現在批評講義
2000/07/30 06:15
現在最先端を行く文学批評理論を刺激的なスタイルで講義する
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そそっかしい人は表題だけを見てミステリー小説だと思うかもしれないが、メタファーとは人名ではない。日本語では「隠喩」とか「暗喩」とか呼ばれるが、それでは実体がよくわかるまい。
例えば「鉄のように固い意志の女」と表現すると、これはシミリー(直喩、明喩)と呼ばれる。それをもっと簡潔に「鉄の女」と呼ぶのがメタファーである。そのようなあだ名を貰った英国首相がいた。
文学にはこの種の比喩表現が多い。シェイクスピアはハムレットに「演劇とは自然に掲げた鏡」と言わせ、スタンダールの『赤と黒』の中には「小説は道路に沿って運ばれる鏡」という一文が見られる。もっと徹底させれば、「本とは人生のメタファーだ」と言うこともできる。
そこで、著者がそのメタファーで何を表現しようとしたか、正確に解読するのが文学批評の使命である、というのが伝統的な定説であったが、第二次世界大戦後に、この定説を否定する新しい理論が打ち出された。読み手は作品をただ受け入れて解釈するだけではいけない、作品を積極的に誤読し解体し再構成するのが、批評家の仕事である、と。メタファーを破壊せねばならない、と。
この本は、そうした現在もっとも新しい批評理論を、主としてアメリカの批評家の具体的な実例によって示している。だから、決して誰でもすぐにわかるような入門書とはいえない。しかし、新しい文学理論──デコンストラクションとかニュー・ヒストリシズムとかいう名前に困惑し、尻込みしかかっている文学愛好者にとっては、実にありがたい解説書となる。
著者は慶應義塾大学で米文学を教える教授だが、読者は巽先生のゼミにモグリで出席できたような楽しいスリルを味わうことができる。そして、難解な抽象的理論の羅列ではないことに気づいて安心する。あくまで具体的な事例に基いた講義であるから。そしてその事例も、映画『ダンス・ウイズ・ウルブス』や、手塚治虫の『アドルフに告ぐ』までがポンポン飛び出すことでわかるように、狭い専門領域にとじこもらず、文化全体にわたる広い目くばりによって選ばれていることを、ここでぜひ強調しておきたい。
第三部第一章のタイトルが「知的ストーカーのすすめ」となっていることでもわかるように、文学研究論文をこれから書こうとしている──そして怖じけづいている──学生にとっては、よい実践ガイドブックの役も果たしてくれるだろう。
そして最後に、「現在批評講義」という副題が単なるお題目でないことを視覚的に示すために、造本上の工夫がこらされていることを忘れずにつけ加えておきたい。各ページが、まるで学生の講義ノートのように見える。読者は触発された印象やアイデアを自分の手で書き加えたくなるに違いない。 (bk1ブックナビゲーター:小池滋/英文学者 2000.07.29)
サロメの夢は血の夢
2002/07/04 22:15
殺しのパズルを笑って解く
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いつも不思議に思ってるんだけど、どうして大学の先生て推理小説を書きたがるんだろうねえ──それとも、推理小説を書きたい人が大学の先生になっちゃうのかしら。マイケル・イネスの本名はジェイムズ・ステュアートでオックスフォード大学の英文学の先生。木々高太郎の本名は林髞(たかし)で慶応大学医学部の先生。この本を書いた平石貴樹の本名は同じで東京大学のアメリカ文学の先生だってね。
だから、バタ臭い教養がプンプン匂ってるのも当たり前かも。19世紀のイギリスの絵かき2人の名画、ビアズリーの「サロメ」と(ジョン・エヴァレット)ミレーの「オフィリア」そっくりの死に方だとか。それに全篇が作中人物の「内的独白」の連続なんだって。よく知らないけど「内的独白」ってのは、心の中で思ってることをそのまま口に出しちゃうようにして小説に書いちゃうことなんだってさ。20世紀の新しい小説家──ジョイスだのウルフだのフォークナーだののお得意の手なんだって。
でも、平石さんて初めっから冗談が好きだから、どこまで本気でそんなハイカラなもんにつき合ってんのかしら。だって、この本じゃちっとしか出て来ない(残念!)けど、最初の『笑ってジグソー、殺してパズル』(いまは創元推理文庫で読めるわよ)から活躍するかわい子ちゃん女探偵ニッキ・サラシーナって知ってるかしら。変な名前でしょ。ミステリ・マニアならすぐ、アッ、エラリー・クイーンの秘書のお嬢ちゃんニッキ・ポーターのパロディだって言うでしょうね。でも普通の日本人だったら『更級日記』にひっかけた冗談だと思うわよ。
こんな風に、バタ臭そうに見えて古風で伝統的なのが平石センセイなのかもしれないわよ。だから今度の小説だって……アッ、ヤベエ! 余計なこと言うと誰も買って読まなくなっちゃうかも。ご免あそばせ。 (bk1ブックナビゲーター:小池滋/英文学者 2002.07.05)
荷風好日
2002/05/20 22:15
荷風の足跡をたどって
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作家・永井荷風についての短い文章を集めた本である。中心になっているのは、荷風が歩いて観察して、その作品の中で描いている場所を、著者の川本さんが自分の足で歩き、自分の目で見た成果である。
荷風の作品の中の場所というと、すぐ東京の戦前の下町と思いたくなるだろう。隅田川の東側、深川や向島(とくに玉ノ井)などなど。確かにこの地域は重要で、これまでも多くの本の中で紹介されてきた。
しかし、荷風は下町で生まれ育って住んだ人ではない。山の手に住む良家のお坊っちゃんとして生まれ育ち、作家になってからも山の手に住んだ。麻布に構えた洋館(「偏奇館」とみずから名づけた)が戦災で焼けてから、都内の主として山の手を転々とし、そこでも焼け出されて、岡山県へ疎開、戦後は千葉県の市川に住んで、そこで死んだ。
隅田川の東の下町や銀座や浅草などは、荷風にとって散歩する場所であった。そこではいつも「よそ者」、孤独な観察者でしかなかった。「散歩」は、いまでは誰でもやる一般的行為だが、もともとは明治の文明開化によって外国から入って来た、新しいハイカラなものだったことを、本書が教えてくれる。古いムラ社会では、大の男が昼間から町の中をぶらぶら歩いていたら、たちまち非難の的にされる。ヨーロッパでも、例えば19世紀のパリのような大都会で可能になった。ニューヨークやパリやリヨンに若い頃行ったことのある荷風は、日本人としては極めて早い時期に都市の中の散策者(フランス語でフラヌールと呼ばれる)となり、群衆の中での孤独、匿名のよそ者の自由を身をもって知り、それを文学で表現した人であった。
散歩のほかに、荷風が発案・作詞したオペラについて、荷風作品の映画化について、戦災が荷風に与えたショックについて、戦後の荷風(概して評判が悪い)についてなど、興味深い話題が満載である。 (bk1ブックナビゲーター:小池滋/英文学者 2002.05.21)
N電 京都市電北野線
2002/05/17 22:16
古都を走った懐かしのチンチン電車
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「N電」と聞いても、熱心な鉄道ファンではない一般の人は、何のことやらと首をかしげるだろうが、表紙の写真を見れば、懐かしさとともに思い出す人も多かろう。京都駅前から市内(堀川沿い、西陣など)を通って、北野の天満宮の前まで通っていた、かわいらしいチンチン電車である。廃止されたのが1961(昭和36)年7月31日だから、もう40年以上前のことだ。
二人の著者のうち、高橋弘さんは京都生まれの京都育ちだから、長いことこの電車に親しみ、その写真をたくさん撮っていた。本書は珍らしい古い写真をふんだんに入れて、二人の著者が詳しい資料や思い出を紹介している。鉄道マニアでない人も、また実物を見たことのない若い人も、興味をそそられるに違いない。
日本で最初に電車の定期営業運転を始めたのが京都で、京都駅の近くから南の伏見まで走り出したのが1895(明治28)年2月のことだった。京都電気鉄道という私営企業だった。評判がよいので、駅の北の方へも新線を伸ばした。ゲージ(左右のレールの間隔)はJR在来線のそれと同じ1メートル6センチ7ミリだった。
1912(明治45)年に京都市営の電車が開業した。こちらは新幹線と同じ1メートル43センチ5ミリのゲージで、次第に路線網を広げて、私鉄の京電は次第に押され気味となり、とうとう1918(大正7)年に市に買収された。ゲージが狭い旧京電の車両は、narrow(狭い)の頭文字Nをつけた番号を与えられたので、一般に「N電」と呼ばれた。しかし後にNの字は削られた。少数になり区別の必要がなくなったからである。最後まで残った北野線も結局廃止となり、旧車両はあちこちに売られたり、スクラップになった。いまでも動いているのは、京都市内梅小路SL館の脇の短い路線と、愛知県犬山の博物館明治村だけである。 (bk1ブックナビゲーター:小池滋/英文学者 2002.05.17)
推理小説の源流 ガボリオからルブランへ
2002/05/15 22:15
推理小説の重大な欠落を指摘する論考
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推理小説、ミステリー小説、探偵小説といろいろに呼ばれている(三者を厳密に区別すべきとする意見もある)種類の文学作品は、いまどこの書店や図書館でも大きなスペースを占領し、雑誌やテレビなどでも欠かすことのできないものとなっている。
その起源についてもいろいろと説があるが、一般に認められているところでは、1840年代にアメリカのエドガー・アラン・ポーが発表した「モルグ街の殺人」など、素人探偵デュパンを主人公とする3つの短篇小説とのこと。
これが、イギリスのディケンズ、ウィルキー・コリンズなどを経て、1887年から始まるコナン・ドイルのシャーロック・ホームズ・シリーズで一挙に大輪の花を咲かせることになるというのが定説だった。
こうした英語文学ばかりにスポットライトを当てようとする傾向に、重大な異議申し立てをするのが本書である。ポーとドイルの間に、フランスの小説家エミール・ガボリオの諸作品を入れるべきであると。
そのために著者は、19世紀のフランス(とくに大都市パリ)の警察制度、急速に成長した大衆新聞・雑誌について、第1部で詳しく論じる。札つきの犯罪者から警察のスパイに転向したヴィドックの『回想録』(1828−9)──実は別人が書いたものらしいが──はバルザックやユゴーにも影響を与えたという。
1866年刊行の『ルルージュ事件』に始まるガボリオの小説群では、素人探偵タバレ氏やプロの警官ルコックなどが活躍する。これらがホームズ物語(とくにその長篇)にどのような影響を及ぼしたかを、具体的証拠をあげて示す。
ルパン(正しくはリュパン)物語群に比べて、わが国で不当に軽視されているガボリオの作品の復権を目指すとともに、推理小説史の書き替えをも求める野心的試みである。 (bk1ブックナビゲーター:小池滋/英文学者 2002.05.16)
大学のドンたち
2002/05/13 22:15
こんなドンなら見習いたい
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日本では「ドン」という言葉は、あまりよい連想を招かない。政界や財界や学界のドンといえば、極めて俗っぽい人間、金欲や権力欲の権化を意味するだろうから。
ところが、本書の表題にある「ドン」とは、そのような批判的なニュアンスを持たない。イギリスの伝統ある大学、オックスフォードやケンブリッジで研究・教育に従事する人すべてに与える総称なのである。
ここに紹介されている先生方は、どちらかといえば浮世離れした奇人・変人が多い。よく言えば個性的で、世俗的な考えを超越している。しかし、実際にこういう人と付き合うと「はた迷惑だ」と文句を言いたくなる場合が多い。手ばなしでほめるわけにはいかない。
例えば、物理学者として有名なラザフォード。彼のお陰でケンブリッジ大学のキャヴェンディッシュ研究所からは、ノーベル賞受賞者がぞろぞろ出た。だが、彼自身は、「遺産はほんのわずかしか残さなかった。彼は自分の発見によって1ペニーも儲けておらず、特許を取る連中を軽蔑していた。(中略)企業から資金援助を受けるべきだという同僚たちの要請も無視しつづけた。」(第4章117ページ)しかし、このような「清貧の人」は現代のビッグ・サイエンスの大きな潮流からはとり残されざるを得なかったことを、著者は冷静な筆で記している。
オックスフォードやケンブリッジ大学でも、研究と教育のどちらを優先させるか、また、その教育も純粋の教養と実際に役に立つ知識のどちらに重点を置くべきかで、大きな議論がまき起った。このように考えると、本書は決して奇人のおもしろおかしい逸話集としてだけ読んでいればよいとは言えまい。現代のわが国の大学が直面する危機に、示唆を与えてくれるという意味で、まさに「役に立つ教育」的効果に富んだ本でもある。日本でもはやく「ドン」という語が、このようなよい意味を持ってくれればいいのだが。 (bk1ブックナビゲーター:小池滋/英文学者 2002.05.14)
ロアルド・ダールの鉄道安全読本
2002/02/21 22:15
ドッキリさせて安全教育
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原書は民営化する前のブリティッシュ・レイル(日本ではイギリス国鉄と訳されていた)が1991年に発行した、無料の宣伝用パンフレットで、駅などで配っていた。
訳者は鉄道経営学を専攻する大学の先生で、イギリスに調査に行った時に、たまたま駅でこの原書を見つけて、邦訳してわが国に紹介しようと思ったとのこと。
原書はもともと子供向けに出されたものだから、イラストがふんだんに入っている。文章を依頼されたロアルド・ダールは1916年に生まれて1990年に死んだ作家。
わが国では『チャーリーとチョコレート工場』などの邦訳で知られ、一般に児童向けの本の著者と見られているが、大人のための短篇小説集も出している。『あなたに似た人』や『キス・キス』などの邦訳で、一部の読者からは熱狂的に好まれた。ブラック・ユーモアにみちた、最後にドキリとさせるショート・ショートの名手である。
イラストを担当したブレイクは1932年の生まれで、ダールの多くの本にこれまで共同で仕事をしている。
これでわかるように、本書にもかなりドッキリさせられるようなユーモアが、文章と絵によって示されている。窓から首を出した子供の首が電柱にぶつかって飛んでしまった絵など、日本人にはちとドギツイと思えるかもしれないが、イギリスの児童文学(例えば「アリス物語」など)を見慣れた人には、それほど異常には思えないだろう。
というわけで、邦訳本は子供よりも大人を楽しませてくれるだろう。訳者の意図もそちらにあったらしく、英国の鉄道について、とくに日本の鉄道との違いを説明してくれているが、大いに有益である。
駅のプラットフォームで自転車やスケートボードに乗ってはいけない、という文章は冗談でも誇張でもない。このあたり日英鉄道事情の比較をする好材料になる。 (bk1ブックナビゲーター:小池滋/英文学者 2002.02.22)
銀の仮面
2002/01/07 22:16
奇妙な味、気味の悪いあと味
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いま日本はミステリー小説ブームで、外国の作品でも本国で発表されるとすぐに邦訳が出るものがある。ところが、まだ知られざる名作、埋もれたままの傑作がいくらでもあることを教えてくれるのが、国書刊行会から出ている「ミステリーの本棚」である。
『宝島』の作者としておなじみのスティーヴンソンが義理の息子と共作した『箱ちがい』がそのいい例だった。チェスタトンのようなミステリーの大家の書いた、あまり知られていない作品も入っている。そして今回のウォルポールの短篇集『銀の仮面』も、かなりのミステリー通をもオヤッ!と言わせるような本である。
そんな名前のミステリー作家は知らんと言う人も多かろう。英文学の専門家でも、かなり20世紀小説に詳しい人でも名前くらいしか知らない人がほとんど。あのヒュー・ウォルポールがミステリー小説を書いていたのか? と驚く人が多い。
1884年に生まれ1941年に死んだこの作家は、小説、評論その他多数の作品を残しているが、マイナーとしか認められていない。確かに文学的価値はロレンスやウルフに比べれば下かもしれないが、読めばその独特の個性は忘れられない。
江戸川乱歩が「銀の仮面」を短篇傑作選集で紹介したことがあり、「奇妙な味」と呼んだのは実に的確な表現だった。奇妙で、気味が悪くて、あと味が悪いが、頭にこびりついて離れない短篇ばかりが本書に揃っている。現実か超現実か明確に区別をつけることができない。いい人間なのか、いやらしい人間なのか、どちらとも決められない人物が続々と登場して、読者は悪夢にうなされるだろう。著者自身がある短篇で先まわりして釘をさしているように、フロイト式精神分析学で解釈しようとしても、すっきりした答えは出ない。人生そのものがそうであるように、作品は不可解で、あいまいで、矛盾だらけなのだ。 (bk1ブックナビゲーター:小池滋/英文学者 2002.01.08)
図説ヴィクトリア朝百貨事典
2001/11/22 22:16
19世紀英国のモノの博覧会
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「百貨事典」というのは字の誤まりではない。19世紀イギリスの文字通り「モノ」ばかりを列挙した百科事典なのである。ヴィクトリア女王(在位1837−1901年)の時代の一般の人びとが、何を食べ、何を着て、どんなものを使って日常生活を送っていたかを、具体的な図版をふんだんに使って示してくれる。
著者が「まえがき」の中で言うように、あたり前のものほど記録に残りにくい。当時の人びとはわかりきっていると思って、何の説明もつけてくれなかったために、後世の人が──例えば翻訳をしたり、論文を書く時などに──とんでもない誤解をしたり、無知をさらけ出す危険がひそんでいる。
アイロンからローラー・スケートまで五十音順に並べられた80の項目のうち、今日の読者にもよく知られた名前がほとんどであるが、実はそこに落とし穴がある。例えばアイロン。もちろん電気のない時代であるから、何で熱したのか? またお金持の家では毎朝配達されたばかりの新聞に召使がアイロンをかけたという。なぜか? (毎朝濡れてしわが寄るはずはない。)
コルセットといっても病人が使うわけではない。女性(とくに結婚適齢期の)にとっては大切なものだった。もうひとつ女性の衣服でブルーマーというのがある。現在かなりのお年の方なら、小学生の女の子が体育の時間にはいていた短いパンツと思うかもしれないが、これも違う。くるぶしまで届いて、そこを紐で固く絞める長ズボンである。しかもその名は、アメリカの女性解放運動家、いまでいうフェミニストの元祖アミーリア・ブルーマー夫人から出ている。なぜ? このように思いがけないことが満載だから、19世紀の研究家以外の一般の人が見ても興味をひかれるだろう。当時の文学・絵画を鑑賞する際にも大いに役立つ。例えばホームズ物語によく出て来る「ハンサム」とは何か? (bk1ブックナビゲーター:小池滋/英文学者 2001.11.23)
