茂木 健一郎さんのレビュー一覧
投稿者:茂木 健一郎
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生存する脳 心と脳と身体の神秘
2000/10/21 00:17
日本経済新聞2000/3/19朝刊
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私たちの前頭部にある脳の領域(前頭前皮質)は、推論や意思決定のような私たちのもっとも高次の認知プロセスを司っている。事故で前頭部を鉄棒が貫通してしまったゲージという名前の患者は、倫理観や計画性を欠いた人間に変貌してしまった。デカルト風に言えば、理性を欠いた人間になってしまったのである。
それでは、前頭前皮質は、デカルトの言う理性の座なのか? ダマシオは、そうではないと主張する。なぜならば、前頭前皮質で推論や意思決定が行われる際には、ダマシオが「ソマティック・マーカー」と呼ぶ、自分自身の身体の状態に関する情報が重要な役割を果たしているからだ。
身体状態に関する情報が、「何となく虫が好かない」「一か八かやっちまえ」といった方向付けを提示し、それに基づいて我々の「理性」的な判断は行われているというのである。とすると、理性は、私たちの感情と切り離せないし、脳は、私たちの身体と切り離せないことになる。理性と感情を切り離し、脳と身体を切り離したことが、デカルトの——そして、デカルトに影響を受けた一部の科学者の——誤りだということになる。
ダマシオの、理性と感情、脳と身体を統合して見るべきだという主張自体は、さほど新しいものではない。味わうべきは、彼の、時には難解、時には晦渋とさえ言える文体である。この晦渋さは、ダマシオが、コンピュータ、あるいは情報処理というメタファーを安易に使わずに心と脳の関係を説明しようと試みている点に起因する。脳をコンピュータとして見れば、明快な議論を展開できる。しかし、その明快さの裏に、多くの取りこぼされた問題がある。ダマシオは、それを拾おうとしている。
本書でダマシオの拾い上げたものの中に、私は心と脳を考える新しいパラダイムの萌芽を幾つか見ることができた。ダマシオが何を言おうとしているのか、ゆっくり考えながら読むべき本である。
(C) 日本経済新聞社 1997-2000
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