野猿さんのレビュー一覧
投稿者:野猿
次郎物語 上巻
2003/08/03 19:08
私の至高の一冊
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「次郎物語」だけは、私の中で格別の本です。中学生の頃に読んだ衝撃が忘れられません。一般に次郎物語は第一部の実母お民と主人公である次郎の間の確執と愛憎で有名な作品だが、私の好きなのはむしろ中盤の第三部で恩師である朝倉先生の導きで、青年次郎の心に知性が覚醒してゆく過程が見れるビルディングロマンにあります。特に朝倉先生が社会の矛盾に突き当たった次郎に話した、ミケランジェロの挿話は秀逸です。私はこの挿話に「抽象」という概念を初めて知った思いがしました。多くの意味を投げかけるこのお話は、目に見える物だけが世界の全てでないことを、若い私に教えました。とかくこの世は形而下に流され勝ちですが、いい意味で形而上の世界に身を置くことは人生に愁眉を開くことになります。
藤田嗣治画集 素晴らしき乳白色
2003/08/03 18:52
真珠色の蟲惑
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この画家の画集が今までなかったということ自体が信じられません。これまで著作権継承者の意向から、美術全集における人跡未踏の地と考えられてきました。それほどにこの本の刊行は、画期的なことであります。藤田嗣治氏の世界に、私が初めて出会ったのは、山登りに精出していた、大学二年の夏でした。東北の孤峰、鳥海山を日本海を望みつつ下山した日、雄物川が悠々と 流れる秋田へと足をのばしました。そして秋田市立美術館では、ちょうど「藤田嗣治展」を行っていました。私は彼の絵を見るのは、この日が初めてでした。そして、そのシックな落ち着いた画風と彩色、天野可淡の人形像を連想させるような幻想的な人物像などに思わず息を飲みました。 この画集のサブタイトルともなっている「素晴らしき乳白色」は、氏の描く夫人像の放つ真珠色の蟲惑を伝えます。ボナールやルノワールの輝く血色の生命感とはまた違う、内省的な官能と清冽です。そして藤田ワールドの特色とも言える猫たち。血統ゆえのプライドか、その知性ゆえの高慢か、絵に登場する猫たちはどことなく、世界をハスに見ているようなおかしさがあります。見るものの心を深く沈思させる静物の数々。この本の刊行は、出版業界の成し遂げた快挙の一つであることは疑いもありません。
残された人びと 復刻版
2003/08/03 18:33
エンディングの衝撃
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「未来少年コナン」の原作本です。アニメ放映の筋とは、若干違っていますが、骨格は同じです。もちろん、こちらが本家本元なのですが。アニメはやや児童向けを意識した明るいユーモラスなつくりであるのに対して、原作は重厚で骨太なシリアスさを湛えています。どちらも、双方で良さがあるという感想です。物語のエンディングに著者から人類に向けた、息を飲むような、美しい場面がメッセージとして結ばれています。
陋巷に在り 1 儒の巻
2003/08/03 18:14
子蓉、その滅びの美学
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あらすじとしては、孔子伝ではありますが、むしろ主人公は孔子の優れた弟子である「顔回」と、彼を慕う少女です。少女は、酒見賢一がよく描くところの素直で跳ねっ返りのお嬢さん、顔回は淡々としながらも秘められた能力を宿す青年として描かれています。春秋戦国時代の中国の政治、戦争などを儒者の立場から描く本作は、戦記物としても手に汗にぎる活劇ですし、「陰陽師」のようにシャーマニズムのドラマとしても血沸き胸踊るストーリーです。しかし、この物語で何より魅力的なのは、小正卯、子蓉、悪悦の三人の悪役たちです。外国(舞台である魯国から見て)からやってきた、未知の魔術を操って、魯の政界を混乱に陥れる技の数々は、本来の主人公である孔子を脇役に追いやるほどです。三人と顔回たちは凄絶な戦いを繰り広げます。三人の悪役の中でも、ことに稀代の媚女、子蓉の破滅的な性格は、破滅の美学を読む者にあますところなく振り撒きます。
高熱隧道 改版
2003/08/21 22:25
地獄変
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この世の地獄です。灼熱の黒部第三発電所建設のトンネル工事現場。50度を超える、ダイナマイトが自然発火さえする坑道で、水をかぶって暑さにあえぐ工夫たち。それを心を鬼にして叱咤する技師たち。温泉脈の高熱と、泡雪崩の恐怖に、人間離れした辛抱で耐える工夫たちが、私の心を胸を貫く。選ばれた者と、それに付き従う者たちとの立場の違いに悲しみのまなざしを、著者は向けながらも、残酷なまでにリアルに描き切る。自然の脅威、それに抗することによって建設現場に宿る殺気。凄まじいエンディングには、背筋を切られるような怯えが、読む者の心臓に走る。
納棺夫日記 増補改訂版
2003/08/21 22:11
これは凄い本です。
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富山県の葬儀屋さんが、死の現場から書かれた本です。葬儀屋の現場から、死へのまなざしを描く青木新門氏の快作です。第一部、第二部の生と死の饗宴。第三部の宗教的哲学思考。突き抜けた光の世界に行けば、こういう清澄さが得られるのです。もうことばが、出ません。
楽毅 第1巻
2003/08/03 18:04
宮城谷ワールドに夢中です
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スリリングで、それでいて読んでいて背筋がピンとなるような本であります。解説の秋山氏が述べていたように、読了後、読み手に自らも成長したと思わしめる書であるという表現がぴったりです。特にビジネスの現場に身をさらしている自身を振り返ってみれば、暗愚の王に自分が何と似ていることか。中華の歴史の水面に、私たち自身の日常が自然に投影される作品です。
それにしても楽毅の格好いいこと! 妻の狐祥の愛らしいこと。「日本的すぎる」という批判もありますが、登場人物たちの生き生きとした在り様はまことに魅力的としか言いようがありません。
鬼平犯科帳 新装版 1
2003/08/03 18:00
全24巻読了
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「鬼平犯科帳」全24巻、遂に読了いたしました。最初は「こんな長いの、読めるかなぁ?」と思いましたが、読み進むうちに面白くて、やめられなくなってしまいました。ほとんど一気読みという感じで、最近では中村吉エ門主演のビデオまで借りてきて、耽溺する始末でした。主人公、長谷川平蔵の剣捌きと、心憎いばかりのご差配は、もちろん格好いいのですが、この作品を読ませるのが、読んでいて垂涎の料理描写と、岡場所(下半身の娯楽場の方ですね)などを描いた際のエロチックさです。池波先生の鮮やかな手並みに、私の煩悩は刺激されっ放しでした。しかし池波先生がグルメであることは有名ですが、岡場所訪問もグルメであったのかなどと、読んでいてけしからん想像をしてしまいます。「鬼平犯科帳」は短編、長編取り混ぜて、全168本の作品があります。元来が「オール読物」という雑誌に連載されていたため、どの巻から読んでも、読者が作品のこれまでの経緯が判るように配慮されて書かれています。文豪といえども、細かい配慮のもとに執筆なされているんだなと感心いたしました。しかし、第24巻の途中にて、著者長逝につき、絶筆……。この続きが読みたい!
それからのハイジ
2003/08/03 18:29
時代を超えた救済への真理
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「アルプスの少女ハイジ」に続編があったことを、ご存知でしょうか? スイスの遅咲きの作家、ヨハンナ・スピリがこの名作を生んだ後、フランスでハイジの翻訳をし、ハイジのキャラクターをこよなく愛したシャルル・トリッテンという方が描いています。「それからのハイジ」「ハイジのこどもたち」の2作品がこれに当たります。作者以外の作家が書いた続編なんて邪道ではないの?という疑惑を私も持ちました。しかし、この作品は、そんなことは全くないのです! とりあえず「それからのハイジ」を読んでみました。信じられないことでしたが、読んでいて泣いてしまいました。この年になって、児童書を読んで嗚咽を噛み殺している自分が不思議でした。お話の中にはスイスの自然のように、素敵なことばや場面がいくつもいくつも登場いたします。昨今の児童書は、子供たちの追い詰められた心を描いていることが多いのですが、ハイジの続編たちにも、そんな時代を超えたテーマと、その救済への真理が語られています。ところで「アルプスの少女ハイジ」の正式な書名をご存知でしょうか? 『ハイジの修業時代と遍歴時代』というのだそうですよ。
流星ワゴン
2003/08/03 18:21
身に沁みます
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やっぱり泣かせますねぇ、この人は。読む人に、しみじみと人生を振り返らせます。家庭、職場、キャンパスどこにでもある月並みな苦しみを、ごまかすことなく、濾過してくれる重松清は、やっぱり貴重です。
ハート・キャッチいずみちゃんPERFECT 2巻セット
2003/08/03 22:00
生heの礼賛
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ハートキャッチいずみちゃん」は、前から思っていたのですが、この漫画はヒロインの裸も登場したり、主人公の入浴を男の子たちが覗いたりと、そんなけしからん!?場面のやたらに多い作品なのですが、なぜか好感が持てるのです。それもこれも主人公のいずみちゃんの底抜けの明るさ、前向きな健気さ、そういうポジティブなキャラクターが、エッチ満載のこの作品をイタリアの古典「デカメロン」のような生の礼賛に高めているような気がしてなりません。
GOTH リストカット事件
2003/10/26 13:54
「声」に関する疑問
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「リストカット事件」自体は傑作だと思います。しかし、最後の一篇「声」にだけは異議があります。読者を幻惑するどんでん返しを意図したのでしょうが、これはルール違反です。樹くんと、夏海さんがコンビニから、森野さんが少年と歩行している光景を見ることによって、読者の意識を、少年と主人公の間で混同させようとしています。それはそれで、まぁ、あざといけれど、しかたないです。けれど、樹くんが、テープの所在を知りえた理由がありません。そこを明らかにしない(というか、材料を見つけ得ない)ままに、どんでん返しをしてしまって、終結するのは、著者と編集者が、その努力を惜しんだことに、私は残念でなりません。この素晴らしい才能を、より一層花開かせるために、二度とこのようなことをなさらないようにしていただきたいと思います。★を一つ減らしたのは、私の著者に対する深い思いです。
ドーム郡ものがたり
2003/08/03 22:11
少女の救国
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今でも青年時代に読んだ和田慎二氏描くところの愛らしい表紙の、ユートピア的デザインが、目をつぶっていても残像として思い出されます。ドーム郡に突然、襲来したフユギモソウという恐怖から、故郷を守るため、少女クミルの、雄々しき救国の旅が再び始まることが嬉しくてなりません。 芝田先生の創造されたジャンヌ・ダルクです。今回の表紙は、新装版ですが。
婉という女・正妻
2003/08/03 18:18
野中兼山という人
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「婉という女」は野中兼山の娘、後者の「正妻」は正妻の伝記である。野中兼山は江戸時代、高知の治水・開拓事業に粉骨砕身で身を傾けた土佐藩執政である。しかし、やがてその苛烈な生き方が、ご公儀の反発を招くに至り、晩年の悲劇的な失脚を生む。彼の暴走にも近い事業への打ち込みの陰で、一生を幽閉の身で過ごした娘、婉。そして孤閨を保つように暮らさねばならなかった、正妻、市。巨大な足跡を残した野中兼山の傍らで、いくつかの悲劇を、彼の係累であるがゆえに耐え忍ばねばならなかった女たち。その不幸の中で、彼女たちが、いかに生きる意義を見い出したか。逆境の中で生きる人生の意味を読む。
すばらしい新世界
2003/08/03 18:09
ものをつくる喜び
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600ページ弱にも及ぶ長編小説は、ネパール奥地に風力発電機を開発する技術者の物語。アイボリーのカバー地に、滲むような夕焼け色のデザインも素敵です。小型のメインテナンスフリーの風車をつくりあげる過程を通して、科学と生活のあり方を見直す主人公の淡々とした日常観と人間的成長に好感が持てます。ネパールに出張する主人公と、その家族のメールのやりとりも、社会生活において、人間が仕事や社会性だけでなく、家庭という内なる領域に支えられながら形成されていることを暗示しつつ、理想的な家族のコミュニケーションのスタイルを築こうとする試みでしょう。それにしも、技術者っていい。男はやっぱり技術者でなきゃ! ものをつくる喜びにめざめた昨今、共感します。
