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  3. ジェニファーさんのレビュー一覧

レビューアーランキング
先月(2017年6月)

ジェニファーさんのレビュー一覧

投稿者:ジェニファー

22 件中 1 件~ 15 件を表示

紙の本

長い長いさんぽ (BEAM COMIX)

生きていくニャン太と私

13人中、13人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

猫は大嫌いだった。
飼うなら断然、猫より犬だと思っていたし、猫を飼っている自分など想像もできなかった。
なので、ある日突然「ネズミ対策」とか言って、母親が猫(すでに子猫ではなかった)を連れて帰ってきたときには、当然めちゃくちゃ怒ったし、「絶対に面倒見ないからね!」と宣言して、実際そうするつもりだった。
…のだが。
今では一瞬でもニャン太の姿が見えないと不安になり、家族中に「ニャン太は?」と尋ねる始末。目の前にいると、呼び寄せて自分のお腹の上に乗せる。冬なら一緒の布団で寝る。いつのまにやら、「猫好き」と称してはばからない自分がいる。
そしてニャン太の顔をじっと見ながら、「あと何年こうしていられるだろう」と、秒読みしている。
この作者の須藤真澄とゆずとの仲睦まじい関係は、猫好きで漫画好きなら知らない人はいないし、ゆずの死にショックを受けた人はものすごく大勢いるだろう。
その時、誰もがたぶん「いつかは自分の愛猫も…」と不安に思ったはず。
猫の寿命は人間よりもはるかに短い。もちろんそれをわかっていて飼っているのだが、それでも、実際に猫の死を受け入れられるのかというと、それはまったく別問題なのだ。
自分の旅行中にゆずの死に直面し、「いやだいやだ!」と否定することしかできなかった作者。あまりにも突然の死を、受け入れられないというその気持ちは痛いほどわかる。
育てているのが自分の子供なら、自分は見送られる側にあるという安心感がある。だが猫は、自分が見送らなければならない。常に、「いつかは…」という不安を抱えつつ、一緒に生きていかなければならない。
でも、それが生きるということなのだろう。
ゆずの生と死は、読む者にいろいろなことを考えさせる。でもそれを、決して深刻にではなく、からりとしたユーモアをまじえて描いた作者は、すごい人だと思う。
いつかは私もニャン太と別れる日が来る。でもそのとき、泣きながらではなく、笑顔でニャン太のことを語れるようになれればいいと思う。
ま、もしかしたら私の方が先に逝くかもしれないが。

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紙の本

魔王

魔王

2005/12/19 08:44

21世紀日本を生きるための必読書

5人中、5人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 友人たちに「この本面白いから読んでみて!」と薦めたくなる本はよくある。しかし、この「魔王」という作品ほど、切実な意味で「絶対に多くの人に読んでもらいたい」と思った本はない。
 ここには連作二編が収められていて、表題作の「魔王」では、一人の政治家によって変えられようとしている日本に激しい危機感を抱き孤独な闘いを挑もうとする兄を、そしてもう一編の「呼吸」では、兄とはまた別の闘い方でこの流れを食い止めようとする弟を描く。…が、こんなあらすじでは、この作品の本質を語ったことにはならないだろう。
 先日の選挙では自民党が大勝利をおさめた。あまりにもタイムリーすぎて、この作品の意図をいろいろと深読みしてしまいそうになる。だが、「魔王」という作品が描きたかったのは、決して独裁者に支配されようとする日本の恐ろしい未来などというものではない。独裁者と呼ばれる人間を自ら選び、そしてそれに従おうとする、「大衆」という名の顔の見えない怪物の姿なのではないだろうか。
 だからこそ私は、私自身を含む「大衆」がこの作品を読むべきだと切実に思う。そして「大衆」であることの恐ろしさと、常に「個人」を見失わないでいることの困難を、深く考えなければならないと思う。

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紙の本

群青学舎 3巻 (BEAM COMIX)

期待が雪だるま式に膨れ上がるマンガ

4人中、4人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

好きなマンガの新刊というのは、いつも期待と不安でドキドキする。「一体今度はどんな展開なのか」という期待と、「もしかしたら、今回は期待を裏切られるかもしれない」という不安と。私もいい加減かなりの数のマンガを読んできているので、それがどんなに好きな作者であっても、期待を裏切られる日は必ず来るということがわかっている。それでもやっぱり期待と不安を抱いてしまうのだ。
この「群青学舎」は、そんな中でも常に「期待以上」を打ち出してくれる、稀有なマンガだと思う。この3巻も、私の期待を超えるすばらしい内容だった。
特に私の心に残っているのは、「薄明」という中篇である。読書に取り憑かれている病弱な少年と、それを見守る少女の話。この話で、久しぶりにマンガを読んで泣くという経験をした。「生まれたら死ぬ約束だ」と、自分の死を明確に覚悟しながらも、それでも「世界を知る」ということを渇望する少年。彼の魂に救いをもたらす少女との触れ合いに、思わず涙してしまった。死を通して、生の美しさを絶妙に描き出している。
他にも、私の好きな寓話的世界「待宵姫は籠の中」とか、性格が正反対の男女2人の関係性が変化していく「ピンク・チョコレート」など、どれをとっても面白い話ばかりである。これでまた、次巻への期待が膨れ上がってしまうなあ…。

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紙の本

群青学舎 2巻 (BEAM COMIX)

懐かしい匂いのするマンガ

2人中、2人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

洗練された描線のマンガが溢れている現代にあって、画力はあるのだがやや垢抜けない絵柄のマンガである。そこから描き出される物語もまた、洗練というのとは違う、「マンガ」のエキスのめちゃくちゃ濃いところを抽出した、という印象。
そこがもう、なんとも言えずに「いい」のだ! 久しぶりに、マンガをよんでワクワクした。
ドキドキしたり、ハラハラしたりするマンガは結構あるのだが、このワクワク感にはずいぶんと長い間ご無沙汰していたような気がする。
一編ずつ、まったく相互に関係のない独立した短編集なのだが、「次はどんな話なんだろう?」「今度の登場人物は一体どんな人物なんだろう?」と、とにかくワクワクしっぱなし。そしてそれが裏切られることがない。
この2巻では、「北の十剣」というファンタジー中篇が収録されているのだが、これはもうこれだけでも十分に単行本として成立するという完成度の高さ。
「北の十剣王国」を舞台に、国王になるべき兄タイタスを斃して玉座についたクルトの息子ルーサーと、タイタスの王女グゼニアが、互いに憎みあわなければならない立場にありながらも、どうしても憎みきれないという、微妙な心の葛藤が描かれている。
確かに、展開としてはややベタかもしれないが、今の時代にあえてこういう展開のマンガを描いてくれたことに、拍手を送りたい。いろいろ理屈をこねてみたって、結局はみんなこういう話が好きなはず!
とにかく、一編ずつまったく違う話なので、いつかネタが枯渇してしまうんじゃないかという不安もあるのだが、逆にこの調子でいけば、絶対に期待を裏切られることはないんじゃないかという期待もある。
とにかく、この作者は今後要チェックである。

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紙の本

沼地のある森を抜けて

紙の本沼地のある森を抜けて

2006/04/04 12:59

ぬか床のぬくもり

8人中、8人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 叔母の死をきっかけに「家宝」のぬか床を託された独身の女性が、そのぬか床をかき回しているうちに、あるはずのない「たまご」をその中に発見するところから始まり、「菌」と「生命」をめぐる不可思議な世界が展開されていく。前代未聞の「ぬか床小説」である。
 一昔前の日本なら一家に一つはぬか床があったのかもしれないが、とにかく手入れが面倒くさいし、スーパーに行けば日本全国の漬物が手に入るので、最近では持っている人も少ないんじゃないだろうか。かく言う私の家には、祖母が丹精してきたぬか床が存在する。もちろん「家宝」でも「先祖伝来」でもない、ごく普通のぬか床である。祖母は腰を悪くして、半分寝たきりの状態なのだが、痛みをこらえながら起き上がり、台所の隅でぬか床をかき回している背中には鬼気迫るものがあった。あれだけの念が込められたら、確かにぬか床からおかしな者が現れても不思議はない。
 さすがに最近ではそれもままならなくなってきて、母にバトンタッチされたはずなのだが、私と母は「マメ」には程遠い性格のため、ついついぬか床の存在を忘れがちで、最近では心なしかぬか床から異臭が漂っているような気がする…気のせいであることを祈るが。
 個人的に漬物はあまり好きではないので、私がぬか床の面倒を見るくらいなら、このままゆるゆるとフェイドアウトさせてもいいかな〜などと考えていたのだが、この小説を読んで考えを変えた。ぬか床はおろそかにしてはいけないのだな。
 しかし、ぬか床しかり、カスピ海ヨーグルトしかり、意外に「菌を育てる」という行為が、私たちの普段の食生活と密接に結びついていることに改めて気づかされる。抗菌グッズが流行している今、「菌」というのは嫌われ者になりつつあるが、それでも生命の一形態であることは間違いない。ただ排除するのではなく、その役割をもう一度見直すべき時期にきているのではないだろうか。
 …まあ冷蔵庫の野菜室の奥深くでひっそりと増殖している菌は、ゴールデン・ウィークまでには何とかしようと思っているが。

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紙の本

現代マンガの冒険者たち 大友克洋からオノ・ナツメまで

漫画の海をたゆたいながら

7人中、7人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

漫画評論は比較的よく読むのだが、たまに読んでいてやるせない気持ちになることがある。
批判的すぎるというのか、大上段に切り捨てているというのか、「文芸評論」と比較すると、どうも上から目線で批評しているパターンが多いような気がするのだ。
そんな中にあって、個人的に一番安心かつ信用して読んでいるのが、この南信長の評論だったりする。
なぜこの人の批評なら安心できるのかというと、ベタな表現だが、そこに「愛が」あるから、としか言いようがない。「好きだから紹介している」という基本スタンスが、常に明確に打ち出されているのだ。
この本では漫画界全体を俯瞰する立場から解説しているので、普段の筆致に比べるとややクールではあるが、一人ひとりの漫画家に対する姿勢は真摯かつ丁寧。そして取り上げている漫画家も、王道に限らず、幅広くなおかつジャンル問わず。
「ギャグマンガ」「ストーリーテラー」「少女マンガ」など、ジャンルごとに詳細な分布図を作成しているのだが、これがまたすごい。まさに、漫画という大海の海図のよう。
しかも、手塚治虫とか、萩尾望都とか、大島弓子とか、岡崎京子とか、確かに漫画への貢献度は高いけれど、ちょっとサブカル気取りの評論家なら誰でも取り上げるような漫画家に絞っていない。
いしいひさいちとか、西原理恵子とか、槇村さとるとか、確実に読者はいるのになぜか批評の対象にされにくかった漫画家を、丁寧に取り上げてくれているのは非常に嬉しい。
ただちょっと気になるのは、漫画家のルーツを辿るのに、かなりの確率で「インタビュー」を資料としていること。「どの漫画家の影響を受けているのか」って、確かに本人の談話以上に真実を語るものもないだろうけれども、インタビューってその場のノリとかもあるし、掲載されている雑誌のコンセプトとかもあるだろうし、あんまり鵜呑みにしすぎない方がいいような気もするのだが…。
まあ、漫画なんて絵柄だけで誰の影響を受けたかなんて断定できないし、勝手な憶測でルーツを作っちゃうよりかは真っ当な方法か。

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紙の本

ほしのはじまり 決定版星新一ショートショート

見つめていたのは未来だけではない

7人中、7人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

「星新一 1001話をつくった人」を読んで、もう一度星新一を読み返したいと思ったのだが、1001作に及ぶその著作のどこから手をつければよいかわからず、しばし呆然としていたところ、この本を発見。早速読んでみた。
新井素子が選者ということだが、だれが選んだとしても必ず入りそうなスタンダードな作品が多く、どんな読者にも楽しめる内容になっている。しかし、こうして並べてみると、改めてそのシニカルな視点に驚かされる。あとがきで新井素子自身が言っているように、たまたま新井素子が選んだものがそういうラインナップだったということもあるのだろうが、それにしてもここまで客観的に社会を見つめられる人というのも珍しいのではないだろうか。
特に「殉教」という作品にそれが如実に表れているので、ちょっと内容に触れるが、死後の世界と会話できる機械が発明され、「死後の世界がどんなに素晴らしいか」ということを死者たちが語るのを聞いて、人々が先を争って自殺していく。そんな中でも、死後の世界もその機械もなぜか信じることができず、生き残る人びとがいる。そうして残された人間たちが築く新しい世界とは…?というストーリー。
星新一は間違いなく、生き残る人間なのだろう。そこで信じたほうがきっと幸せだとわかっていても、どうしても信じることができない。そんな、星新一自身の内面が垣間見える作品だと思う。
星新一の作品は、子どもたちが初めて読む小説として優れているのはもちろんだが、大人になってから改めて読み返すと、かつて読んだときとはまた違った視点で楽しめるのではないだろうか。

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紙の本

マンスフィールド・パーク

紙の本マンスフィールド・パーク

2007/10/10 08:28

幸福な結婚って?

5人中、5人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

「エマ」「高慢と偏見」「分別と多感」を読んでしまって、他にジェイン・オースティンの本はないのかと思っていたら、まだあった! 上記の三冊ほどは有名ではないが、個人的には好きな「孤児もの」。いや、実際は孤児とは違うのだが。
 きょうだいが多すぎるという経済的な理由から、裕福な伯母の家に引き取られることになったファニー。伯母の家の娘たちと同列には扱ってもらえないものの、従兄弟の心遣いのおかげで優しい娘に育った彼女が、従姉妹たちの恋模様に巻き込まれつつ、自分の幸せを見つけるというお話。
 映画化もされた作品に比べると、確かに地味な印象はぬぐえないが、このファニーが健気で健気で…。「周囲から誤解されて孤立している少女が、たった一人自分を理解してくれている人に恋をする」というパターンがめちゃくちゃ私のツボなのだった。
 本のあらすじには「ファニーが幸せな結婚をするまで」と書かれているのだが、「幸せな結婚というのはこの場合何を意味するのか?」という疑問が読んでいる間じゅう、頭の中を駆け巡っていた。この時代のセオリーからすれば、「幸せ=裕福」なので、やっぱり収入の安定している相手とくっついてしまうのか、それともあくまで精神的な幸福を取るのか。「高慢と偏見」は、「金なんて重要じゃない!」と主張する女性が主人公だったが、今回は「やっぱ男は収入でしょ」という女性がファニーのライバルになるので、「こんな女にファニーが負けたらどうしよう…」と、見ていてやきもきさせられた。
 誰と結婚するのかは読んでみてのお楽しみだが、ジェイン・オースティンが、読者へのサービス精神旺盛なエンディングにしてくれている、とだけは書いておこう。ま、個人的にはもっともっとサービスしてくれても良かったんじゃないかという気がするが…。

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紙の本

エマ 8 (Beam comix)

萌えではないメイド

5人中、5人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

いつのまにやら、メイド=萌え〜という図式ができあがり、表紙がメイドだというだけで、このマンガも敬遠されかねない雰囲気があるが、実際この中身は「萌え」などという軽々しいものではなくて、かなり正統派のラブロマンス。
とある未亡人のもとでメイドとして働くエマと、爵位は持たないがジェントリ(上流階級)の御曹司として将来を期待されるウィリアム・ジョーンズの、禁断の恋模様である。
「身分」というものの差が、現代からは想像もつかないような障害だった時代に、この二人がどんな道を選ぶのか、本編連載中はかなりハラハラしながら見守っていた。
ヴィクトリア朝イギリスをかなり忠実に描きつつ、二人の行く末にもある意味現実的な着地をさせて、本編は終了しているのだが、今回の八巻は、主人公のエマとウィリアムが登場しない番外編的な作品を集めた一冊になっている。
本編が七巻というと長編のようにも感じられるが、非常に話のテンポが早く、エピソードの一つ一つをうまい具合に省いたり、読者に想像させたりすることで話を運んできたので、番外編がその穴を埋める役割を果たしてくれていて、ファンとしては非常に美味しい。
エマの恩人である未亡人ケリー・ストウナーの若き日々や、ウィリアム・ジョーンズとの恋に破れ、傷心のエレノア・キャンベルのその後など、見所がてんこ盛りである。
このマンガのおかげで、ヴィクトリア朝イギリスにはまってしまった私は、作者あとがきの「マナーハウス」というDVDにもかなり興味をひかれた。なんでも、現代にヴィクトリア朝の生活をすべて再現してみるというドキュメンタリーらしい。もし私が参加するなら、ぜひともお嬢様付きのメイドがいいなあ。エレノアのメイドみたいな。

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紙の本

今日の特集

紙の本今日の特集

2009/01/27 21:08

マスコミの光と影

4人中、4人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

たまに平日が休みのとき、夕方のニュースを見ていると、その内容のあまりのくだらなさに唖然とすることがある。「報道」部分はどのチャンネルもみな同じ、「特集」部分は、主婦たちの回転寿司めぐりとか、ペット大集合とか、そんなんばっか。こんなの毎日見ていたら、人間としてダメになるんじゃないか…?という恐怖に襲われる。
この本の主人公はまさにその、ニュース番組の1コーナー「今日の特集」を担当している孫請け制作会社のしがないAD。取材のためにあちこち駆けずり回りつつ、横暴な上司や理解しがたい同僚に悩まされている。
前半は、戸梶圭太にしては比較的まともに、マスコミの表と裏を痛烈に風刺しているのだが、後半はいつもの「トカジ節」が炸裂、はちゃめちゃな展開が待ち受けている。
しかし多少の誇張はあるにせよ、ここに書かれているマスコミの姿というのは、ある部分では真実なんではないだろうか。例えば、浜辺でゴミを再利用してアート作品を制作している人を取材するエピソードで、番組のコンセプトとしては「善意のアーティストVSそれを苦々しく思う浜辺の清掃ボランティア」みたいなことになっているのだが、実際に取材してみるとアーティストの方が明らかに常識はずれで、ボランティアの方が格段に善良な人々だったりする。でもそんな事実も、編集次第でまったく違うものへと変えられてしまうのだ。
もちろん、テレビの前の視聴者は、編集されたあとの「真実」しか目にしないし、それ以外に真実があるとは予想だにしない。そのことに対して、もうちょっと警戒心を持たないといけないんじゃないかという気にさせられた。
下手なメディアリテラシーよりも、この本一冊読んだ方がよっぽど役に立つかもしれない。もちろん、この本はフィクションなので、全部鵜呑みにされても困るのだが。

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紙の本

光

紙の本

2009/01/10 23:33

暴力と復讐はつり合うか

4人中、4人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

この本を先に読んだ姉が「暴力とセックスと復讐の話」というので、まさか阿部和重の「シンセミア」みたいな話なのか…?と怯えつつ読んだところ、出てくるキーワードは確かに似ているが、テーマが全く違っていた。
津波によって島民のほぼ全員が死亡する中、生き残ったのは子どもが三人と大人が三人のみ。しかし災害直後に起きたレイプ事件により、生き残った子どもの一人が殺人を犯してしまう。秘密を共有することになった子どもたちは、二十年後に再会するのだが…。
よく、被害者の遺族が加害者に対して「同じ目に遭わせてやりたい」とか、「死刑にならないんだったら、わたしが代わりに殺す」とか言うことがある。
もちろん法律によってきちんと罰せられる場合もあるが、その刑罰が必ずしも遺族の納得のいくかたちになるとは限らない。だからと言って、もし本当に自分の手で復讐したとして、そこにあるのは「癒し」や「救い」だったりするのだろうか。
暴力に暴力で返すというのは、それで同等になるということではないのではないか。むしろ、自分がその暴力を振るった人間と同じところにまで堕ちるということなのでは?
「暴力はやってくるのではなく、帰ってくるのだ」という一行が、この本のすべてを端的に示していると思う。

…それにしても、三浦しをんは出す本、出す本、雰囲気が違いすぎて戸惑う。こういう暗めの話は他にも書きそうな人はいくらでもいるので、個人的には「風が強く吹いている」みたいな、もうちょっと爽やか系の話を持ち味にしてほしいところなのだが…。

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紙の本

ひとりと一匹 富士丸と俺のしあわせの距離

富士丸ファンがここにも一人

4人中、4人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

最近、ペットブログを見るようになった。とは言っても、猫の「はっちゃん」ブログと、この「富士丸な日々」だけなのだが。
「はっちゃん」は、うちにも猫がいるので、「くそう〜うちの猫よりもかわいいぜ〜」とちょっと唸りながら見ているのだが、「富士丸」は邪心なく、「かわいい〜かわいい〜」とミーハー(死語)な女子高生のような気持ちで見ている。
「ひとりと一匹」は、富士丸と作者の出会いからこれまでを書き下ろした一冊である。
ペットを飼っている人間の宿命なのだが、ペットがかわいければかわいいほど、「この子が死んだらどうしよう…」と不安になる。普通ならばやっぱりペットの方が寿命が短いので、どんなに努力しても、十数年で否応なく別れのときはやってくる。
作者の偉いところは、その時をただ漫然と待つのではなく、富士丸にとって少しでも充実した日々になるように、常に努力しているところだと思う。
猫は努力しようにも、大体飼い主の思惑通りには動かない動物なので、思い出づくりにも限界がある。その点、犬はいいなあ。いっしょにキャンプに行ったり、釣りに行ったり、いろいろ楽しそう。
だからと言って、猫から犬に転向する気はないのだが…でも富士丸とうちの猫を交換と言われたら、ちょっと心が揺らぐ。
すまん、ニャン太。

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紙の本

焼身

紙の本焼身

2006/12/04 08:47

非暴力という力

4人中、4人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

ベトナム戦争当時、抗議の意味を込めて焼身自殺をしたベトナムの僧がいた。9・11テロをきっかけに、その僧の足跡を辿った旅の記録。限りなくノンフィクションに近い小説として読んだのだが、どこまで真実かはよくわからない。しかし、抗議の焼身自殺をした僧の写真は、私自身も見た記憶があるし、おそらく誰もが一度は目にしたことがあるのではないだろうか。炎の中でひたすら端座する僧の姿は、見る者にかなりの衝撃を与える。
当時を知る人たちに、その僧(文中ではX師)について地道に取材していく過程が綴られているのだが、不思議なことに、まったくX師の実像が見えてこない。はっきりしているのは、ベトナム戦争への抗議として捉えられていた自殺が、実際は当時の政権への抗議だったということ。しかし、そこに至るまでにX師がどのような考えを持っていたのか、誰も語ろうとはしない。ただX師が「ブッダの生まれ変わりだ」と言うばかり。
おそらく、X師の実像を語ることによって、彼の行為が手垢にまみれてしまうのを恐れたのだろう。X師が人間としての横顔をさらけ出さない限り、彼の行為は永遠に崇高なものとして存在するのだから。だが、主人公はあくまで人間の行為としての焼身自殺を理解しようと、いろいろな人を訪ね歩く。
思えば、9・11テロを境に、世界の人々の平和に対する考え方は180度変わってしまった。復讐の連鎖は愚かな行為だ、と誰もが理性的に考えていたはずなのに、「やられたらやり返す」「やられる前にやる」という風にいつしか変わってしまった。そしてそのことに疑問すら抱かないようになってしまった。
X師の真意がどこにあったのかはともかく、その行為が人々の意識に何らかの変化を与えたことは確かである。この世界で、果たして「非暴力」がどこまで説得力を持ちえるのか、正直なところわからない。決して焼身自殺という行為を肯定するわけではないのだが、こういう時代だからこそ、改めて「非暴力」という方法もあるのだと再認識することが必要なのかもしれない。
作者自身の明確なメッセージやわかりやすい結末などがない分、いろいろと考えさせられる一冊である。

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紙の本

説得

説得

2008/01/23 22:36

自分の気持ちか周囲の理解か

3人中、3人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

オースティンの作品を読んで驚くのは、二百年も前の話にも関わらず、人間の心情が基本的なところではほとんど変わらない、ということである。
すでに婚期を逃しているアンには、かつて婚約していた相手がいた。しかし、彼はまだそれなりの財産を持っておらず、それを心配した周囲の人々の反対により、婚約を解消せざるをえなかった。
そして時は流れ、ほんの偶然からアンとかつての婚約者ウェントワースが再会するのだが、すでに美しさの盛りを過ぎてしまったアンは、ウェントワースの心を取り戻す自信がなく…。
これって、今でも非常によくあるパターンではなかろうか。本人たちは気持ちのままに突っ走ろうとするのだが、周囲が「まだ若い」とか「もっといい相手がいるかもよ」などと止めに入るという。
オースティンの時代との違いは、それで説得される人間はほとんどいない、というところだろうか。今は大概、みんな自分の思いのままに突っ走る道を選ぶ。それはそれでいいのだが、ちと情緒が足りないな…。
アンがウェントワースの胸の内を推し量り、右往左往する様はとてもいじらしい。終盤までウェントワースがアンのことをどう思っているのか、はっきり描写しないあたりはとてもうまい。
オースティンの作品では、結末がわりとあっさりめなのが物足りなかったのだが、今回はそれもたっぷりと味わえる。「うわ、こんな告白されてみてえよ!」と思わず叫ぶような情熱的な結末なので、読後感も最高である。

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紙の本

盗神伝 4 新しき王 前篇 孤立

紙の本盗神伝 4 新しき王 前篇 孤立

2006/08/23 08:30

大人に読んで欲しい児童ファンタジー

3人中、3人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

このシリーズは全部で五冊刊行されているのだが、内容的には三部に分かれている。主人公の盗人ジェンの視点から描かれる痛快な冒険ファンタジーの第一部と、がらりと雰囲気が変わって、三人称で描かれるジェンと敵国アトリアの王女をめぐる物語の第二部、そしてジェンがアトリアの王となって苦戦する第三部である。
作品ごとにまったく作風ががらりと変わるのに、読者はちょっと戸惑うかもしれない。 第一部ではひたすら明るく、無敵で、無鉄砲で、しかし非常に知恵の回る少年だったジェンが、よりによって自分の手首を切り落とした女王と結婚することになる。そのあたりの心の機微は、子どもの読者には難しいかもしれないが、大人の読者である私は非常にときめいた。
盗人にとって何よりも大事な「手」を切り落とされても、女王を恨むことなく、それどころか、彼女の抱える孤独を思いやるジェン。外見は小柄で少年っぽさが抜けきらないジェンは、内面は登場人物の誰よりも大人なのだ。現実にいたら惚れてます。
そして女王と心を通わせたあと、敵国同士というハンデを乗り越えて二人は結婚し、ジェンはアトリアの王となるのだが、むろん敵国からやってきた王を家臣たちが嬉々として受け入れるわけがない。そこで、ジェンは今までとはまた違った闘いを強いられることになる。ジェンが一体どんな機転で数々の危機を乗り越えるのか、それはぜひ自分の目でお確かめください。
終始抑制のきいた文章で、けっして派手な事件が繰り広げられるわけではないのだが、それだけに続編への期待が高まる。そんな、児童書にしておくのはもったいないシリーズである。

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