アイオロスさんのレビュー一覧
投稿者:アイオロス
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英文学の地下水脈 古典ミステリ研究〜黒岩涙香翻案原典からクイーンまで〜
2009/03/19 11:54
知的な刺激に満ちたミステリ評論
4人中、4人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
かなり抽象性が高いはずの「ルイス・キャロル論」もすっきりとした議論の展開で説得力があり、また、木村毅の比較文学論でつとに有名な『金色夜叉』の種本作者であり明治文学に多大な影響を与えたバーサ・M・クレーやヒュー・コンウェイ、黒岩涙香をめぐる考察はミステリを読んでいるような知的興奮を与えてくれる。
私も買ったまま書棚に眠っている何冊ものバーサ・クレーの作品をこれから丁寧に読んでみようかという気にさせられた。
神智学のブラヴァツキー夫人がイギリス知識階級に与えた影響の大きさを手短かにまとめた章も著者の目配りの良さをさりげなく感じさせる。
丹念な調査から生まれたいくつもの発見を大騒ぎせずに書き記していく落ち着いた筆致にも好感がもてる。
一点、気になったのは第三章で、「ルドルフ・カルモア準男爵」なら貴族ではないのだから「ルドルフ・カルモア卿」も「ルドルフ卿」も「カルモア卿」も呼称としてはあり得ないだろう。この著者ほどの論者でもイギリスの階級制度については認識不足らしいのは残念。
英米小説の読み方・楽しみ方
2009/03/15 15:03
期待はずれで参考になりませんでした
5人中、3人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
小説の楽しみ方など一人ひとり違っていて当たり前なので、逆に大学で小説を教えたり研究したりしている「プロ」と言える人たちがどのような読み方をしているのか、小説を楽しむヒントが一つくらいは見つかるかと期待して買いましたが. . . ほんとうにこの人たちはそんな読み方をして楽しいと思っているだろうかと疑問が大きくなるだけでした。
いずれも一つの作品を中心にして、「別の作品」や「別の視点」を引き合いに出して、比較してみたり、別の解釈を提示してみたりしているのですが、つい「比較するなら違うもっと適当な作品がありそうだなあ」とか色々余計なことを考えてしまい、この本で展開されている「説明」からは新しい、楽しい読みの地平は私には見えてきません。
80年代以降の「理論」の狂想曲に踊らさせた研究者たちには、結局、説得力のある深い読みを読者に示すことが出来ないのではないかとも思ってしまいました。
私も以前は古い世代の大学教師が書いた文学研究書を内心はバカにしていたような気がしますが、今また読み返すと、「きちんとテクストを読んでいるなあ」とそのしっかりと地に足が着いている議論に「楽しさ」を感じ、知的な興奮すら覚えます。
本書に収められているそれぞれのエッセイの「タイトル」には興味をひかれましたが、残念ながら、中身からは読みの深さを感じることも、視野が広がるような知的な興奮を得ることも出来ませんでした。
夢の女・恐怖のベッド 他六篇
2009/02/28 15:21
少し英語の難しい箇所は殆ど誤訳されています
7人中、7人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
ジョージ・ギッシングやウィルキー・コリンズには、物語の面白さで読者を惹きつける作品が多く、英語の勉強のために読むのにもお勧めだが、かなり英語力がないと誤読してしまう恐れのある文章や意味の取りにくい箇所も時々見られるのは確かである。この翻訳をチェックしていると「もう少し英語ができてもいいんじゃないかなあ」と溜息のでることが多い。原文にある文章を適当に端折って訳している箇所も少なくない。
訳者が意味を正確に読みとれず、適当につじつまを合わせている箇所をちょっとだけ見ておこう。《 》の部分が特に問題の箇所である。
重宝このうえない私の給仕は、通りの向こう側に立って、《まことにふざけた仕草で、今まさに彼の頭を始動させようとしているところだった。》ダヴェイジャー氏は市場の方向に向かって進んで行った。トムもまた、《彼の頭を市場に向かう通りの方向にさっと振り向けた。》
原文は以下の通り。
There was my jewel of a boy on the opposite side of the street, just setting his top going in the most playful manner possible. Mr Davager walked away up the street, towards the market-place. Tom whipped his top up the street towards the market-place too.
まず、boyを「給仕」と訳しているのもよく理解できないが、それはともかくとして、最初の部分は「いかにも楽しそうに独楽(こま)を回し始めた」のである。「ふざけた仕草で今まさに彼の頭を始動させ」ると言うのは一体どういう意味なのだろうか。翻訳していておかしいと思わなかったのだろうか。その次の部分は、遊んでいる振りをして「独楽を回しながら市場の方へと」男をつけて行ったという意味である。岩波文庫の翻訳ではこの場面の情況が全く伝わらない。
この手の翻訳を見るたびに「どうして編集者がきちんとチェックできないのか」と思い、年々編集者の質の低下を実感してしまう。
闇に浮かぶ絵 上
2003/11/17 10:26
不自然な日本語とイギリスに関する基本的知識の欠如が露見
2人中、2人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
英和辞典からの引き写しのような日本語のオンパレードに何度も読む気をそがれたが、「どれくらいひどいかチェックするため」と割り切ってやっと通読。とくに会話の部分が不自然で読むに堪えない。また、「イングランド」を「イギリス」と訳したり「英国」と訳す不統一も気になる。何度も「悪態をついた」という表現が出てくるが、誰も悪態などついていない。
何よりも重大な欠陥はイギリスの階級制度についての無知が至るところで露見し、「準男爵」と訳されるbaronetを「貴族」だと誤解しているために、ことさら高貴な地位であることを強調しているようなトーンが全体に響いていて、翻訳全体の雰囲気にも重大な影響が及んでいる。たとえば、
「周囲の人々は彼をうんざりする子どもだと、所有地を持つ貴族としての特権と義務に値しない、残忍な感謝を知らない人間だと考えていた」(『闇に浮かぶ絵』上巻p. 147)とあるが、原文は
A sickly child they had thought him a truculent ingrate unappreciative and unworthy of the privileges and obligations of a landed title . . . . (Painting the Darkness, 1989; rpt. Corgi Books. London: p. 94)
つまりlanded titleを「所有地を持つ貴族」と訳しているのだが、ここは「称号をもった地主」であって「貴族」ではない。
不自然で小説とは言えないような日本語といい、イギリスの階級制度への無知といい、文藝春秋社ほどの大出版社なのに、出版前に誰かチェックできる人はいなかったのだろうか。
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