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コンゴウインコ(赤)さんのレビュー一覧

投稿者:コンゴウインコ(赤)

2 件中 1 件~ 2 件を表示

紙の本生と死の北欧神話

2004/05/15 10:03

円環の護り・円環の呪縛

1人中、1人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 滅びる運命に向けて雪崩落ちる神話がある。一見、キリスト教の影響を受けながら決して西欧古典的スタンダードに与さない神話がある。多くの謎と伏線が張り巡らされ、魅力的で過剰な神々、人間、巨人達が活躍する神話がある。それは北欧神話である。神々は端正でも理想的でもない。隻眼の叡智誇る神々の王オージン、オージンの妻で運命の女神、放縦なフリッグ、神々の王と王妃から誕生し、理想的な存在と謳われながら、虐待ゲームによって円形の中央で殺害されるバルドル、時に神々の窮地を救い、時に神々を陥れ、バルドル殺害の原因となるトリック・スターのロキ、彼らの目眩めき活躍を創世神話から順に追い、ラグナロク(神々の滅び)まで丁寧に辿るのが本著である。
 筆者は言語学を志し、まず古英詩の比喩表現を研究し、「白鳥の路」、「天の燭光」、「海の馬」という用語が、それぞれ「海」、「太陽」、「船」を表わすケニング(婉曲比喩用法)となることに驚嘆し、この不思議な表現の成立について考察しているうちに北欧神話の世界に没頭していった、とあとがきで語る。北欧の氷河によって削り取られた大地、冷たく幸豊かな海と白夜、その厳しい四季に生きる人々にしか語りえない詩的言語がある。その最も美しい結晶に魅了された著者は日本人であることを十全に生かし、北欧神話を分析する。
 日本人ならではの方法、それは北欧神話に日本的なものを適用することである。日本はキリスト教の影響を蒙ることなく、古来の民俗が生きつづけてきた。その民俗、そして神話世界の尽きぬ魅力も筆者によって不思議と明らかになる。筆者は日本の神話学や民俗学の先学の語る説を軸に、著者自身の該博な知識を以て日本神話・伝承から北欧神話へ、北欧神話・伝承から日本神話へ、自由自在に幾多の照射を試みる。筆者によって従来の北欧神話観、また日本の神話・民俗観は普遍的な広がりと魅力を持った新たな価値体系を得る。
 著者はバルドル神話にふかく心ひかれたことを語る。生命の危機に関わる凶夢を見たバルドルの安全を保つため、母神フリッグは世界のあらゆる存在にバルドルに危害を加えないことを約束させる。神々の間には不死身、すなわち過剰な生の担い手となったバルドルを攻撃するゲームがはやる。それを不愉快に思ったロキはフリッグから「宿り木」と約束を取り付けていないことを訊き出し、今まで虐待ゲームに加わらなかった盲目のホズに宿り木を手渡し、バルドルを殺害させる。「若き」宿り木がバルドルの「若き生命」を奪う、異人ロキと暗黒を担うアウトサイダーのホズの共同による神々のゲーム・オーバー、裁きの座に来臨すべきバルドルが聖なる会議の場で殺害される、など多くのバルドル神話の要素が筆者の手によって分析される。その分析は、まさに神話学の醍醐味を示している。
 円の中央でバルドルが殺害され、仮初の円環が壊れたとき、世界を辛くも保っていた均衡も破れ、あらゆる呪縛が解き放たれ、世界は一気に崩壊する。そして、あまりにも美しく力強く、愛情深過ぎた神々は凶暴なもの達との戦いによって滅びゆく。その後、世界は穏やかな夜明けをみる。そしてやっと普通の人間が生きられる世界になるのである。
 北欧神話の神々の世界をひも解く本著は、「日本発北欧神話・伝承分析」「北欧神話発日本神話・民俗分析」の無限の可能性を語る。日本語で本著を読めることの幸せは、最先端の北欧神話分析にふれられる幸せである。北欧と日本、距離は遠い。神話的にはすぐ近く。

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紙の本人間の輪郭 共生への理念

2004/04/26 23:09

「哲学」あるのみ

0人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 哲学、というと連想するのはバチカンの「アテネの学堂」。プラトン、アリストテレス、この綺羅星の如く輝く歴史上の偉人達よ、である。哲学は歴史に埋もれ、教養として哲学者の名をおぼえ、本の題名と思想の粗筋を知れば良い、その程度の認識しかなかった。以前、哲学を面白くないと思っていた。それは自分がつまらない人間だったから。そのことがこの本を読んでよくわかった。
著者は倫理学を大学で教えている。そして思考することの大切さを学生、あるいは大学の社会人講座の聞き手に伝えようと日夜奮闘している。著者は哲学を尊び、思考を尽くす訓練をした限られたエリートを社会の中枢に据え、彼らに政治体制を委ねるフランスのあり方を紹介する。そして学問の「種蒔き人の思惑」として、自分にとって最も大事なものを本気で中高生に考えさせるため、「哲学」の時間を導入することを提案し、「答えを出す必要はなく、生徒と教師が本気で語り合う」ことの重要性を語る。誰しもフランスの超エリートのようになれない。しかし、自分とは何か、自分がどこからきてどこへゆくのか、自分の生きる価値は何か、それを深く思考した人間とそうでない人間は人として生きる意味合いが全く変わってしまう、ということが本著を読むとよくわかる。
著者は、生きることにさほどひもじくも切なくもない現代日本人の表面的豊かさとは裏腹に、内面が危険な状態であることを語り、倫理学の授業において「すべての人間が健全に生きてゆくために、われわれがしなければいけないこと、あるいはしてはいけないこと。」を学生と討議する。その場で双方向に即興的に発展していく議論は生き物のような躍動感がある。著者の人柄がそれを可能にしているのであろう。
著者は現実と知識、そして哲学の間を行き来し、「高齢者論議」を展開する。いつまでも生きたい、と望んだ東洋の人として「ないて血を吐くホトトギス」、こと『不如帰』の浪子が登場し、老残を嫌う西洋の存在として『ガリヴァー旅行記』の不死人間の名状し難いありさまが登場する。他にも東西の事例が絶妙のバランスをとって配置され、健やかに老いること、そして高齢者に接するときのあるべき姿が語られる。そして著者は世代間相互学習、生涯学習の大切さを説く。生涯学習を、著者は高齢者の暇つぶしとは決してとらえない。若者に毅然と老いてゆく姿勢を見せつつ、高齢者ならではの人生の楽しみ方として純粋な学びがある、と述べる。そして、大学公開講座で八〇歳を過ぎてから本を出版した女性に出会い、彼女から本を謹呈されたことを、感謝を以て著書に記す。この著者の姿勢は、そのまま世代間相互学習を実践していることでもある。
著者は「人間の輪郭」の章で「人間機械論」を取り上げる。人間の臓器の働きを機械のパーツとみなし、人間の身体を機械同様ととらえる思考である。その思考が行き着くところ、「所詮人間は不純な炭素と水のごく小さな塊にすぎない。」と虚無的で不健全な思想に陥ることを著者は語る。そして、魂なき虚無に捕われた傲慢な人間がアウシュビッツの真犯人となること、その歴史が現代の人間にどれほどのことを伝えているのか、という問いを投げかける。その答えがすぐに出ないものであっても、いつまでも考え続けなければならない、と認識する。
現代の世界には謎が多い。上滑りでしたり顔の解釈ではものの本質はつかめない。答が出なくとも哲学的思考を以て思索し、考え続け、著者のように誠実であること、そのことが迂遠であっても世界を健やかに保つ秘訣である。哲学するのみ、哲学あるのみ、そうしたら別の可能性が拓ける。矛盾と波乱と翳りがいくつあっても、どこか楽観的な未来を。本著はそう語る。

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