香山二三郎さんのレビュー一覧
投稿者:香山二三郎
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紙の本みんな誰かを殺したい
2004/06/04 22:21
先の読めないローリングミステリー(『本の旅人』04年06月号書評より/前編)
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イラクが凄いことになっている。
パレスチナも凄いことになっている。
どう凄いのかといえば、前者ではアメリカの力ずくの占領体制に抵抗してあちこちでテロや襲撃事件が起き(日本人もそれに巻き込まれたことは記憶に新しいところ)、後者では強硬な姿勢を取り続けるイスラエルのシャロン政権に対し、これまたパレスチナ戦士や住民の自爆テロが頻発するなど、戦時下以上に危険で混乱した状態に陥っているのだ。
庶民の側からすれば、身近にいつも死が転がっている。
そして自分もいつその仲間に加わるかわからない。
それにつけても、平和な国、ニッポン。日常、命の危険に晒されることなど滅多にないこの国の民にとって、イラク、パレスチナの今は想像を絶する生活環境といえよう。
もし例外があるとするなら、それは紙の世界の中でのこと。
どこにもあるような日常風景が剣呑なものに一変する−−本書はまさしくそんな一冊で、五月のある日、山梨と東京の県境の峠で車を止めて休んでいた男、清里で食器店を営む相馬文彦が殺人事件を目撃する場面から物語は始まる。
近年血腥い事件が多いとお嘆きの人もいるだろうが、庶民が重犯罪に直面するケースはあまりない。かくいう筆者も、幸いなことに、五十年弱の人生、三十年にわたる東京生活の中でヤバい目にあったことはいちどもない。が、冒頭の殺人現場に遭遇するもうひとりの主人公町村寄子はその直前まである人間を殺そうとしていた。いや、そればかりか、意外な人物との出会いまで経験することになる。
そりゃまあ、人生いろいろ、悪夢のような偶然が重なることもないとはいいません。この著者はしかし、偶然の重なりで片づけたりはしない。登場人物を意図的に、次々と重犯罪に巻き込んでいくのである。
続いて出てくる塙研一は深夜、街角で出会い頭にぶつかった禿頭の中年男に、こともあろうに、事故で死なせてしまったという愛人の死体を見せられ、そこで出会ったことを忘れて欲しいと泣きつかれる。フツーなら男を説き伏せて警察に自首させるか、脅迫しにかかるかするだろう。だが塙という男は、何を考えたか、二百万円と引き換えに女の死を偽装することを申し出るのである。
三組目の登場人物、藪中淳也は出てくるなりゴルフ場でひとりの男を射殺する。彼は自分が勤める不動産会社の社長夫人と不倫関係にあり、それを不審に思った社長に雇われたという探偵にふたりでいる現場を押さえられたあげく、思いも寄らない申し出を受けることになったのだった。
かくして本書に登場する人々誰もが忌まわしい殺人事件に巻き込まれたり自ら関わることになるのだが、それにしても出てくる人、出てくる人、皆が殺人事件に絡んでいるなんて信じられますか。各々の事件それ自体もどこかでリンクしているとなればなおさらだが、アナタがミステリー読みなら、現実との乖離にいちいち目くじら立てたりはしないだろう。
→後編はこちら
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