以文社さんのレビュー一覧
投稿者:以文社
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ホモ・サケル 主権権力と剝き出しの生
2003/09/17 16:42
内容紹介
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[訳] 高桑和巳
[解題]上村忠男「閾からの思考──ジョルジョ・アガンベンと政治哲学の現在」
アガンベンの仕事は、以文社既刊の『人権の彼方に』によって、9・11以後の世界政治が大きく変転しはじめたことと相俟って、静かな、しかし熱いまなざしで受容されつつあります。本書はアガンベンの主著『ホモ・サケル』の翻訳です。前著によって示された「例外状態と剥き出しの生」について、ホモ・サケル(聖なる人間=剥き出しの生)の形象を追跡しつつ、主権的決定の現場に迫る魅力的な議論を展開しているばかりではなく、カール・シュミットの「例外状態」の概念を、ハンナ・アーレントの全体主義とミシェル・フーコーの生政治に立って鍛え直した刮目すべき書です。「剥き出しの生」の形象は、もはやアウシュビッツのみならず、今日のわれわれの日常にすでに馴染みになっています。
著者:ジョルジョ・アガンベン
1942年ローマに生まれる。現在ヴェローナ大学教授。主としてヴァルター・ベンヤミンの思考に寄り添いながら哲学・美学・詩学などを横断的に問い直す仕事を展開してきたが、1990年代に入り、そうした仕事を出発点として、現代政治を直接的に問いの対象としはじめる。本書は《ホモ・サケル》と総題されたプロジェクト三部作の第一部をなす。第二部は未完であるが、第三部が『アウシュビッツの残りもの──アルシーヴと証人』(月曜社)と題して訳出されている。
《目次》
序
第一部 主権の論理
一 主権の逆接
二 ノモス・バシレウス
三 潜姿勢と法権利
四 法の形式
境界線
第二部 ホモ・サケル
一 ホモ・サケル
二 聖なるものの両義生
三 聖なる生
四 ウィタエ・ネキスクエ・ポテスタス
五 主権的身体と聖なる身体
六 締め出しと狼
境界線
第三部 近代的なものの生政治的範例としての収容所
一 生の政治化
二 人権と生政治
三 生きるに値しない生
四 「政治、すなわち人民の生に形を与えること」
五 VP
六 死を政治化する
七 近代的なもののノモスとしての収容所
境界線
翻訳者あとがき
人名索引
笑いの本地、笑いの本願 無知の知のコミュニケーション
2004/11/30 14:00
出版社コメント
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ヒトはなぜ笑うのか? そして笑うわたしたちは、なにを経験しているのか? 笑いへの認知科学、言
語学、人類学、哲学的アプローチによる考察!
本書が扱う〈笑い〉は、いわゆる「お笑い種」における〈笑い〉ではない。身近で、ごくありふれた日常の会話の現場に注目してみると、わたしたちは、冗談や、からかいなどがない発話のもとでも、しきりに笑い声を立てていることに気がつく。本書は、この会話的コミュニケーションの現場における笑いの諸相を事例を通して具体的に取り出し、笑い手のなかに立ち現れる認知的視界を描いて笑いの生起条件を明らかにするとともに、笑いが醸し出すコミュニケーション上の豊饒な機能を明らかにする。
谷 泰(たに ゆたか)
1934年福岡県生まれ。京都大学名誉教授。『牧夫フランチェスコの一日』(1976年刊、エッセイスト賞)以来、日本では珍しい牧畜文化の研究の第一人者。その成果は、『神・人・家畜』に結実している。『文化を読む』人文書院(1991)以来、会話分析による認知科学的アプローチで新たな人類学を展開。
西洋が西洋について見ないでいること 法・言語・イメージ 日本講演集
2004/09/13 18:26
久々にヨーロッパの根幹を理解するための快著
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本書はフランス法制史の碩学ピエール・ルジャンドルの来日公演集である。法制史といっても、ここで語られていることはすべてが<法とは何か>という端的な一点を巡ってであり、それが言語やイメージ、主体、アイデンティティなど重層的な構造を持つことが力説されている。さらに重要な点は、このような理解が西洋社会にどっぷり漬かっていては見えてこず、いわば<西洋を人類学する>視点をもたないと見えてこない、ということである。
本書の視点は以上のように深く、多岐に渡るが、それだけに法学(この分野とて法科大学が乱立しようとする現在、法学者にはぜひとも読んでほしいが)のみならず、自民族中心主義が語られて以来、西洋近代とは何か?という関心は読者の深奥に強く刻み込まれており、そして何より今日的な<自らとは何か>を問う比較文化論への視座の新しい案内としても、読者に訴えてほしいと思っている。
西谷修による本書の解題「旅の荷物」は必読!
帝国 グローバル化の世界秩序とマルチチュードの可能性
2003/01/24 20:33
内容紹介
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〈帝国〉という言葉は捉えどころが無いのですが、それでも関心を呼び起こされるのは、現代という時代が捉えどころが無いからです。この現代性を壮大なスケールとヴィジョンで解き明かしてくれるのが本書です。例えば、今日テロという犯罪を戦争に仕立てて、国際社会を戦争状態におとし入れるような社会が、いつからどのように始まったのか? また、市場原理という原理主義が、われわれの日常生活を巻き込んだ生政治(剥き出しの生)へと転換したのは、どのようにしてか? これらの大問題を冷静に分析しつつ、現状分析に甘んじていられない、将来の可能性への熱いまなざしをマルチチュード(群集、多数性)に向けています。グローバル化に応じた、一国主義に捉われない世界の解放の視座を提供します。
目次
第1部 現代の政治的構成
第1章 世界秩序
第2章 生政治的生産
第3章 〈帝国〉内部のオルタナティヴ
第2部 主権の移行
第1章 二つのヨーロッパ、二つのモダニティ
第2章 国民国家の主権
第3章 国民的主権の弁証法
第4章 移行の兆候
第5章 ネットワーク権力:合州国の主権と新しい〈帝国〉
第6章 〈帝国〉
間奏曲:対抗-〈帝国〉
第3部 生産の移行
第1章 帝国主義の諸限界
第2章 規律的統治性
第3章 抵抗、危機、変革
第4章 ポストモダン化、あるいは生産の情報化
第5章 混合政体
第6章 資本主義的主権、あるいはグローバルな管理社会を行政管理する
第4部 〈帝国〉の衰退と没落
第1章 潜在性
第2章 発生と腐敗
第3章 〈帝国〉に抗するマルチチュード
注
索引
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