森谷明子さんのレビュー一覧
投稿者:森谷明子
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千年の黙 異本源氏物語
2003/11/07 21:57
受賞の弁「小エビと、水と。」
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謎解きが好きだ。原点は、ミス・マープルが編針片手に謎のみ提示した『カラザス夫人の買い物籠から消えた小エビ』である。眠れぬ夜にはこれを色々考えるのが楽しくて、今までに作った解決篇は基本形が七つ、そのバリエーションに至っては、いくつひねりだしたのか、自分でも定かではない。
もう一つの原点が、水のある風景だ。水は様相を一変させる。薄い水の膜でさえ、殺風景なアスファルトに光をきらめかせ、広大な天を映す。ましてや塊となった水の神秘性といったら。水は本質的に、その下に何かを秘めている。水面上に見える事象は『消えた小エビ』だけでも、水を抜いていけば、次々に奇怪なものが見えてくる。あとは、水底に何を放りこみ、いかに配置を工夫するかだけの問題だ。そしてセンチメートルきざみで水深を変化させては、その風景をつないでゆく。大海はイメージできずに、せいぜい池か沼どまりというのが笑ってしまうが、これが自分の器量の限界であるからどうしようもない。
源氏物語の幻の一帖『かかやく日の宮』についてはずっと興味があった。存在したのか否かは、私にとっては疑問の余地がない。あったのだ。なぜなら、そう考えなければ私は源氏物語が理解できないから。とんでもなく独善的な解釈だが、これまたほかにどうしようもない。悲しいかな、私は学者にはなれない、存否を実証的に論ずる能力を持たないのだ。だから(自分にとって)あったはずのものがなぜ消失したのか、その水面下の風景をできる限り魅力的に綴ることだけを考えた。かくして一篇の物語を完成させることができた。
鮎川哲也先生の名を冠した賞を戴けたことは幸運の一言に尽きる。ありがたいご評価に応えるためには、これからも書いていくほかない。だから私は今日も、『消えた小エビ』とそれを浮かべる水とを、さがしまわっている。
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