海寂さんのレビュー一覧
投稿者:海寂
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性のお話をしましょう 死の危機に瀕して、それは始まった
2005/05/08 14:26
自然界の新たな見方を提示する洞察の書
8人中、7人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
もしもあなたが世界の秘密を垣間見たいと言うのであれば、何十年もの間、自然界を観察し、そして思索し抜いてきた人の話に耳を傾けるべきだ。
性はこの世で最も神秘的で霊妙な現象の一つだ。なぜ生物にはオスとメスが存在し、なぜ生命は、この二つが結合した受精卵から出発しなければならないのか。
著者の団まりな氏は、発生生物学者という立場から、長年にわたって、この問題の解明に取り組んできた。この問題ばかりではない。性の問題を含む生物界の全体が持っている秩序を論理的な構造として理解しようと努めてきた。その結果、「階層」という概念によって、生物界の秩序を体系化することに成功している。
性の問題は、その重要な部分を成している。読者は、性が原始の歴史の中で、どのように登場してきたかを見ることができると同時に、現在の生物界全体の壮大な交響楽の中で、どのような地位を占めているかということを概観することができる。
そればかりではない。本書には、生物学の従来の常識を打ち砕こうとする3つの主張が込められている。第1は、性の意義は、種や個体の多様性を生み出すためのものだという従来の常識に対して、本書では、「性は、細胞が若返って、死を越えていくためのもの」という立場に立っている。第2は、遺伝子に関して、現在の分子生物学では、まるで遺伝子ですべての現象が説明できるかのように考えられているのに対して、本書では、「遺伝子は情報に過ぎない。発生や遺伝を担っているのは、細胞質・細胞構造だ。」という立場に立つ。第3は、生物の進化は、遺伝子の突然変異によって起こると言う従来の考え方に対して、本書では、「細胞には何をしなければならないかある程度分かっている」という考え方が提示されている。
そして、従来の常識に対するこの3つのアンチテーゼは、ひとつながりの物語を成している。
この3つの考え方を通じて言えることは、有機分子のような生物の断片を扱うのではなく、生きて生命を持った細胞の全体を基本において考えようとしていることだ。
勢いのある、視覚的な文体によって、難解な事象も平易に理解できるようになっている。読者は、宇宙線や太陽光の注ぐ浅い海で起こった生命の誕生を、単細胞のクラミドモナスが合体するダンスを、そしてプールとトイレと料理人の付いた爬虫類の卵を、生き生きと目の前に思い描くことができる。
「科学」が、「細分化された専門領域における研究」と同義語となって久しいが、本来の「科学」とは、自然界の姿を全体として論理づけて捉えようとするものではなかっただろうか。そうした論理の提示とは、それはコペルニクスの地動説であったり、ダ−ウィンの進化論であったり、ウェゲナーの大陸移動説であったりしたわけだが、人類は、こうした新たな知識に触れるたびに、世界をそれまでのものとは違ったものとして見ることができるようになっていった。
古代ギリシャの時代から、学問とは、万物に対する知の欲求として存在していたのであって、そこには科学とか哲学とかの区別はない。
団氏の提示する「階層」に基づく世界観は、そうした学問の醍醐味を味わわせてくれるものだ。「階層」という新たな座標軸を得て、動物や植物の世界が今までとは違って見えてくる。性の問題について語る本書においても、「目からうろこが落ちる」という経験を何度もすることができる。
そういう意味において、本書は、易しく面白く書かれてはいるが、驚きと発見に満ちた深い洞察の書なのである。
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