ぶなのもりさんのレビュー一覧
投稿者:ぶなのもり
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山わたる風
2006/12/23 14:09
北の大地に根ざした詩的な写文集!
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樹洞から顔だけを覗かせて、大きなあくびをしているクロテン。雌雄で仲良く樹上に居並び、幸せそうな午睡に浸っているシマフクロウ。小熊に乳をやるヒグマのお母さん。凛々しくも、どこかユーモラスなクマゲラのポートレート。斜光差す草原に群れるエゾシカの荘厳な群れ……。
著者のカメラが捉えたいずれの動物たちにも、そこにはおよそ緊張感というものがありません。どの生きものたちも、のびやかで、とてもいい顔をしているのです。警戒して逃げ去る直前の、あのきつい目つきでもなければ、いきなり焚かれたストロボに驚愕したような顔でもなく、またうさんくさげな面構えでもありません。まこと自然体なのです。
世に、野生動物を対象とした見事な写真は多々ありますが、この著者の作品のように森閑とした穏やかさに満ちた詩的な写真は、案外と少ないのではないでしょうか。野生の決定的な瞬間を抉りとった、というようなギラついた感じはまったくといってよいほどありません。むしろおっとりとした、品のよさを感じます。それはどことなく、いまはなき星野道夫の作風にも通じるものがあるような気もします。
撮影対象に緊張を強いないということは、撮影者である筆者自身が、北海道という土地に本当に溶け込んで、その一員として自然を見つめているためだろうな、と思わせてくれます。北の大地に生きとし生けるすべてのものたちへの、敬いと慈しみに満ちたまなざしの感じられる写真ばかりなのです。
ともない、文章もまた詩的かつ哲学的で、心に響きます。例えば「僕たちの体を満たす水の源が山の奥にあるように、日々の生活とは一見離れた所に暮らしの大切な根が隠されている」とか「山で向かえた数え切れぬ朝に、どれだけ背中を押されてきたことか。目の前でもう一度世界が生まれ変わるような山の夜明けには、人を奮い立たせる力があると思う」そして「どんなに澄んだ川でも、魚一匹いなければ、ただ冷たいだけの川です。ここに登場した生きものたちと同じ土地に暮していることを、僕は誇りに思っています」などなど、静かで深い時間を自然の中で穏やかに過ごすことで、じっくりと熟成されてきた表現なのだと感心させられるのです。自然の写真家であるという前に、その土地に生き手、その土地を慈しむひとりの生活者なのでしょう。
クルミを食べるエゾリスの姿を見つめながら、その半割にされた断面に「アイヌ紋様」を重ねて見てしまう、そんな筆者のまなざしが素敵です。「本人(エゾリスのこと)は食べているだけ。だが、はみ出したものが美しい」……こんな言葉を綴ることのできる写真家は、いまそうはいないのではないでしょうか。
本書は札幌の小さな出版社から出された、薄くてコンパクトな一冊です。写真集というほど大仰でもでもなく、しかしフォトエッセイともつかない端整なつくりで、地味ゆえにあまり目立たないかも知れません。でも、ここには野生の深遠さがギュッと凝縮されています。名品、粒ぞろい。ネイチャー派以外の方にもお薦めです。
ちなみにこの著者は「日高連峰」「大雪山を歩く」(山と渓谷社)などの山岳ガイド、そして「ひぐまが語ってくれたこと」(福音館書店)などの写真絵本で知られる新進気鋭の自然写真家です。この人の書いた、もっと長い文章を読んでみたいと思います。
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