SO−SHIROさんのレビュー一覧
投稿者:SO−SHIRO
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紙の本鷗外最大の悲劇
2002/02/14 13:43
テエベス百門の大塔
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森林太郎(鴎外とは初期から中期の文学活動上の名前であって、公人としては、彼は鴎外の名前は用いていない)が陸軍の脚気対策に深く関わっていたことは、川上武『現代日本医療史』(昭和五二年)で指摘されて以来、多くの論考がある。
今回、ドイツ文学者の坂内正氏の手になるこの著作は、陸軍の脚気対策の誤りが森林太郎個人に帰せられるものではなく、日本の医療政策の根本に関わる理論偏重・臨床医学の軽視にあることを指摘した点で新しい。さらに森林太郎自身も、脚気問題については心的トラウマとなっており『霞亭生涯の末一年』で最後の悪あがきをした、との指摘も迫力がある。
とはいえ、時代の制約はあると思われ、細菌学(ちょうど衛生学から細菌学が独立した頃である)全盛の当時の医学界では、脚気の病因を黴菌に求める説の方が有力であり、森林太郎に罪科があるとすれば、そのことを主張するための強力なイデオローグだった点であろう。
ただ、森林太郎は決して非現実的な原理原則主義者ではない。「日本医学会論争」では、学術団体である日本医学会の学会員としての参加資格を帝国大学卒業者に限る趣旨の主張をしているが、現実の日本医学会が政治的色彩の強いものを意図していたことを考えると、学問としての医学を確立せん、という彼の決意も理解できるのである。その論争に望む態度はファナティックな部分も多々あり、周囲の医家の反発をまねき官僚としての特権を失いかねない危険をおかしている、森林太郎という人物の複雑さを感じさせるが。
ともあれ、坂内氏のこの著作は日本医学に対する反省を促す点でも貴重である。多くの医療関係者が読まれることを望みたい。
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