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エリック@さんのレビュー一覧

投稿者:エリック@

159 件中 16 件~ 30 件を表示

紙の本

日本は世界5位の農業大国 大噓だらけの食料自給率

農業問題の入門書。解答書ではないので注意。

11人中、11人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

本作は、一般に国際競争力が低く衰退産業であると認識されている日本農業について、その年生産額は約8兆円と世界第5位(先進国では米国に次ぐ2位)である点を端緒に、一般認識と事実との間には大きな乖離が生まれていることを指摘したものである。
より厳密に述べると、そういった乖離は日本農政の自虐的とも言える負の宣伝効果が背後にあり、政権交代後もその状況はむしろ悪化の一途を辿っているとする、極めて強い農政批判が繰り広げられている。

内容は全6章構成となっており、第1章~3章において、日本農業を語る上での「嘘」と問題点をまとめ、第4章~5章においては日本農業の未来への希望と著者からの提言、第6章において、食料自給率を含めた日本農業への問題提起が行われている。


本作で大きく取り上げられている「食料自給率の向上」と「食料安全保障の確保」は、日本農業を論じる上で外せない一大テーマであるが、これまでも各種媒体において欺瞞が指摘されてきた経緯にある。

前者については、度々賛否の両論併記という形で登場しており、賛成意見は「何かあったときに国内で食料を賄えないと国が滅びる」という抽象論であり、反対意見としては「食料自給率の世界基準は生産額基準であるのに対し、日本においては熱量基準(カロリーベース)で計算されている。生産額ベースでの日本の順位は先進国上位だ」等と一定の数値を根拠とした具体論だ。

両論のうち、どちらが正しいのか、という結論については、本書評で論じる点ではないため割愛するが、この食料自給率(カロリーベース)については、従来より「空虚な根拠」として悪名高く、本作ではこの点を大変に分かりやすく解説している。

詳細は本文に譲るが、自給率の「分母」については、実際には消費されずに廃棄された食物も含まれているほか、「分子」については肉など高カロリーの食物についてその肉(牛・豚等)を育てるために用いられた飼料が国産ではない場合、国産飼料の割合分しか参入しないなど、明らかに自給率が低く算出される計算式となっている。

極端な話、カロリーベースの食料自給率を100%にするためには、家畜の飼料を全て国産で賄った上で、廃棄分を一切出さずに生産された食料は全て日本国内で消費しなければならない。本作における農政批判の真否はともかくとしても、食料自給率の向上自体にはさほど意味のないことが明白と言える。

後者の食料安全保障についても、日本においては「食料を海外から輸入出来なくなると日本の国民生活が不安定になる。だから、輸入に頼らず食料自給率を向上させよう。それが安全保障だ」という使われ方をしているが、諸外国については、「世界には食料があるのに、貧困等により食料が得られなくなるとその国の国民生活が不安定になる。だから、皆が安定的に食料を得られるよう対策を立てよう。それが安全保障だ」という主旨で用いられており、国内外で言葉の定義が大きく異なっている。

前述の通り、本作では上記の相違点等を大変分かりやすく解説されており、これまで上記内容に触れたことのない人が手に取った場合にも、容易く理解できる内容となっている。
本作で特徴的な点は、これらの事実を解説・指摘するだけに留まらず、これらは農政が意図的に隠しあるいは創り上げた虚像であり、日本農業を真に衰退へと導こうとしている元凶は全て農政である、と断定的に糾弾している点にある。

ただし、本作の最大の見所は、それら農政批判自体ではなく、農政批判を盛大に繰り広げた後で述べられている、著者独自の農業支援策についてだろう。

例えば本作のP80以降の「黒字化優遇制度」はユニークで刺激的な政策提言と言える。これは従来型所得補填策と大きく異なり、交付金ではなく貸付金として資金を融通し、経営黒字化に成功した農家には返済義務を免除する内容であり、ある意味での成果主義を導入することを目的とした策だ。
これまでの「農家は弱いから守らなければならない」という意識ではなく、「農家もやり方次第で自立できる」という意識が鮮明であり面白い。民主党の掲げていた戸別補償ではなく、EUで導入されている直接支払いに近い形であり、戸別農家の経営者意識を高めることが産業としての農業を活性化させるという著者の持論が分かりやすく表現されている。
本作の第5章以降では、上記以外でも著者による農業成長のための提言が行われており、第3章までで盛大に農政批判の大号令をしていたことの伏線が、第5章で回収されている点には、思わず納得させられる。

当然というべきか、これら政策提言については、夢想的・非現実的な内容が含まれているものの、翻って考えると、新旧政権の農業政策もまた現実逃避・問題繰延の側面があり、「机上の空論ではないか」と本作を批判するには、まず、日本のおかれている現実があまりにお粗末な状況にあることを認識せざるを得なくなる。
少なくとも著者が第5章で論陣を張るに辺り、第1章~3章までの内容で、前提条件を丁寧に整えていることが、読み通す中で明らかになっているはずだ。


なお、作品への反証ということではないが、全編通して「日本農業は実は強い。保護主義は廃すべき」という主張が見え隠れしているものの、この保護主義政策については、実際には著者が「見習うべき」としている米国・欧州でもまかり通っているのが実情である。

例えばWTOにおいて厳しい規制対象の輸出補助金は削減されている一方で、価格支持は形を変えながらも維持されている。欧米の農業所得維持政策は日本よりもあからさまであり、著者が槍玉に挙げた「米」に限定しても、日本では価格支持を廃したのに対し欧米では維持されている。

加えて、自由貿易の阻害要因とされる保護主義的政策については、WTOパネル提訴という形で、各国がそれぞれの国益を守るために競っているが、その判定が下されるまでには年単位の時間を要している現実があり、それまでの期間においては、政策は維持されたままである。すなわち、保護主義的政策を「やったもん勝ち」という状況がまかり通っているのだ。

この辺りの統計的裏づけについては、著者の批判する農水省ではなく、経済産業省が毎年まとめる「不公正貿易報告書」でも記載されており、各国が保護主義色を強める中で日本が一段の自由化を推進することは、必ずしも是とは言いがたい状況も横たわっている。


作品への揚げ足取りは本旨ではないため、書評に戻ると、本作は食料を巡る農業問題を考えるには、入門篇としてとても分かり易い一冊と言える。
ただし、本作に限らず、刺激的なタイトルの書籍は、作品の販売戦略上、結論が極端な方向に振れやすいこともあり、本作のみで日本農業を論じることは暴挙に等しい。

もし、真剣に日本農業について知りたいという欲求を持っているのであれば、せめて小倉武一「日本農業は活き残れるか(上)(中)(下)」(農林漁村文化教会)辺りは読んでおいた方が良いだろう。
個人的には、四半世紀以前より、様々な議論がなされている分野であることを、日本国民の一員として知っておいても恥ずかしい話ではないと感じている。

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紙の本

生命保険の「罠」

紙の本生命保険の「罠」

2011/02/08 11:16

金融機関共通の問題意識か?

8人中、8人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

本作は、大手生命保険会社で勤務していた著者が、その時の実話を元に保険商品セールス現場の実態を描いた、いわゆる業界本である。

もう少し掘り下げると、大手生命保険会社での販売体制について「顧客のための提案ではなく、会社の利益のためのセールスに成り果てている」点を論点に、全般的に保険業界全体への批判色を強めた内容となっている。


私自身が金融機関職員の端くれということもあり、正直、本作の内容については、色々と考えさせられる部分も多かった。

例えば、各大手金融機関(これは保険会社に限らない)においては、総合職社員のほかに1年更新の契約社員も多く雇用されているが、コンプライアンスマインドの強化が叫ばれる昨今においても、そうした契約社員の遵守意識は他の社員に比べ相対的に低く、「朝に『この商品が分からない』と言っていた人が、自分よりも分かっていない客を探してきて、そしてセールスしてくる」という事態が往々にして存在している。よく分かっていない商品を、さらに理解力の低い顧客を探し出して、セールスするという実態が少なからず存在している。

恐ろしいのは、実態としてそういった状況にあること自体ではなく、そうした実態を把握しているにもかかわらず、利益優先で状況を半ば放置されている企業の管理体制のほうだ。
昨今、金融商品の販売・契約をめぐって、金融機関と顧客との間で法廷闘争が行われる例が散見されるが、それらは販売担当者や個別商品の問題ではなく、コーポレートガバナンスの問題ではないかと疑われるケースも数多い。(この点は、私ならずとも、実際に働いている金融機関職員が憂慮し、日々対策を講じられている点でもある)

本作のタイトルとしては、あくまで商品ベースの「生命保険」となっているが、これは単語を「金融商品」としても、「金融機関」と置き換えても成立可能な表題となっている。
保険に興味がない人、自分には直接的な関係のない話と思っている人でも、完全に金融機関や金融商品と無縁でいられる人と言うのは、国民生活上考えがたい話でもあるため、参考方読んでみるだでも面白いと思う。

なお、難点としては、著者の業務経験から書き起こされた作品であるため、とかく某大手生命保険会社(作中では実名記載)に対する攻撃色が強く、現在の実態とはともすればかけ離れている内容についても、断定的にバッシングする傾向にあることだろう。
それ故、「読んだ内容全てを、事実として素直に受け止めてしまう人」には向かない本であると思う。

同じ業界人でも、私自身は生命保険を悪いとも思わないし、生命保険会社も必ずしも悪とは思わない。ただし、要所要所で著者の指摘する「罠」が待ち受けている可能性があると言う、ただそれだけのことだろうと感じている。

金融業界に属する人にとっては、他業界についての情報の一端をつかみ得る作品であるし、そうでない人たちにとっては、どういう視点で生命保険という金融商品を判断すればよいのかという、考え方のひとつの目安を与えてくれる作品と言えるだろう。

読み物としては大変興味深い一冊だ。

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紙の本

将国のアルタイル 8 (シリウスKC)

戦記モノの名作

8人中、8人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

月刊シリウスで連載中のファンタジー戦記作品。
作者は第5回シリウス新人賞受賞者カトウコトノ。

舞台は中世の後半の文明水準の世界であり、(実世界で言えば)中東圏国家の若き将軍である。
主人公の少年将軍マフムートが、同国内での権力争いや国家間の戦争など、政略にまつわる戦いを繰り広げるという作品。

第一巻以降、主人公は将軍職を失い各国を放浪することになるが、前巻において戦闘に勝利したことをきっかけに将軍職に復帰している。
本巻については、放浪を経た主人公マフムートの成長が見て取れる内容となっており、特に巻中の後半部分の謀略については、読んでいて爽快感すら抱く。


本作は現在も連載中の作品であるため、本巻(第8巻)をもっての評というよりも、作品全体を読み通しての評ということになるが、全編通して新人作家の筆とは思えない力強さを感じる。

美麗なイラストはもとより、月刊作品の宿命(弱点)とも言える、物語の展開の速さ(ページ数が少ないため、詰め込まなければならない)についても、描写を掘り下げるにはページ数の都合で大きな制約があるにもかかわらず、一コマでみせる登場人物の表情や、さりげなく発せられるセリフの一つ一つを丁寧に使い、上手く伏線を張るなど、作品水準としてはほぼ少年誌の限界点に達していると言える。

雑誌カラーによるものか、戦記モノにありがちなエログロ要素は、相当に薄められているものの、超人的な主人公等による「ご都合主義」は殆どなく、逆に「ご都合主義」がまかり通っている昨今の戦記モノの中にあっては、コレでもかというくらいに主人公が苛め倒されており(笑)、物語後半以降の主人公の成長と物語の展開に対し、相当に期待の出来る流れとなっている。

中世欧州を舞台にした作品が跋扈する中で、主人公を非欧州国家とするファンタジー作品は珍しく、しかも、ここまでしっかりと設定や人物を作りこんだ作品となると皆無であろう。
(新書ファンタジーであげれば、世界観として「アルスラーン戦記」がやや近いか)

惜しむべくは掲載誌がメジャー出版社である講談社の中においても、かなりのマイナー誌であることだろう。
昨今、別冊マガジン誌より奇跡的な大ヒットを遂げた「進撃の巨人」の例もあるが、日の目を見るには、掲載誌の不利があるように思う。シリウスという月刊誌が、講談社の雑誌であることを知っている人間は、比較的少数ではないか。

実際の中国春秋戦国時代を舞台にした「キングダム(週刊ヤングジャンプ)」等がジワジワ人気に火をつけつつある中で、個人的には、本作の方が漫画として読み応えがあると感じているだけに、現状は不遇であると感じている。
同じくマイナー調の「ヴィンランド・サガ」ですら、掲載紙の関係で一定以上の知名度を得ているため、圧倒的な知名度のなさが弱点といえば弱点か。


ともあれ、かつて、超マイナー雑誌で書店の片隅にすら置かれていなかった隔週誌ヤングアニマルを、一躍有名にした怪物作品「ベルセルク」の例もある。本作は、それら掲載上の不遇をものともしなかった作品たちの仲間入りをしうる作品であると、個人的には考えている。

繰り返しになるが、少年誌掲載のファンタジー戦記ものではぴか一の作品であることは間違いない。
手にとって損はない。是非一読を。

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紙の本

俺の妹がこんなに可愛いわけがない 1

実際の妹がこんなに可愛いわけがない

6人中、6人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

通称「俺の妹」。シリーズ第一作。

今から約3年前にスタートしたシリーズであり、当時は前評判等全くない状況でたまたま手に取ったという読者が多いと思うが、まさか、その後メディアミックスでTVアニメ化、PSPゲーム化にまで至るとは思いもしなかった。
上手く時勢に乗った結果であろうが、とにかく2010年後半からの動きは怒涛の一言。

作品としては、主人公の高校生とその妹を巡るコメディであり、主要登場人物は、至極まともな高校生男子である高坂京介と、イマドキ中学生の妹・桐乃。
ヒロインでもある桐乃は、いわゆる「ツンデレ」の「構ってちゃん」であり、物語の冒頭からツンツンしっぱなしの状況。最近は特に兄弟関係は疎遠であり、むしろ、険悪ですらあったが、ある事件をきっかけに、妹・桐乃が兄・京介へ「人生相談」するところから物語は動き出す。

ツンツンと尖ったつれない姿勢の人が、時折、デレデレ(照れ照れ)と全く違った顔をみせるというギャップのある態度をもって、ツンデレという言葉が生まれたが、本作はそんなツンデレキャラを主軸に据えた作品。

巻を増すごとに新たな人物たちが登場してくるが、いずれのキャラクターも、それぞれ人には言えない内面を隠し持っており、各巻の主題は、その内面をさらけ出した後の後始末といったところ。それらは必ずしも「ツンデレ」というわけではないが、表裏のギャップを持っているという点では共通か。

この作品としての面白さは、上記した通り、表面と内面のギャップを抱えた登場人物たちの「悩み」を、不器用ながらも全力で解決に走る主人公・京介の奮闘する熱い姿や、妹・桐乃以下「萌えキャラ」が作品狭しと縦横に走り回る姿の愛らしさにある。

また、作風としては、明らかに電撃文庫のお家芸「萌え作品」ながらも、著者の入魂振りが鮮明に分かる作品でもあり、第1巻での「事件」における父親の厳しい言葉や、本作の続刊である第2巻における「出版社への原稿持込」のシーンなどにおいて、ご都合主義で話を塗り固めるのではなく、他の作品においては、ご都合主義の下で伏せられている厳しい現実を白日に晒して、読者に対して問題を投げかけている辺りに、単なるムーブメントではないプロ作家としての著者のプライドを感じる。リアリティをほんの僅かだが紛れ込ませることで、上手くアクセントになっている。
時に材料としては、決して扱いやすくはないテーマを、この萌え作品に溶け込ませて、話の彩りに添えている点を、私はこの作品のもう一つの面白さであると感じている。


とはいえ、作風が作風なので、万人受けはしないと思う。特に「キャラもの」がメインの作品であることは確かなので、それが受け付けられない人には向かない。

また、表紙からして典型的なオタク向け作品なので、レジに持っていくのが恥ずかしい人にも向かない。(そういう人はbk1で購入して下さい)

但し、裏を返すと電撃文庫らしい作品ということでもあるので、そういった作品を求めている人は、是非一読を。
どうしても、TVアニメから入る層が多いため、文字ばかりの小説原作は、人によっては手に取りにくいかもしれないが、作品としては1巻よりも続巻の話の方が物語として面白い。それゆえ、全ての始まりという意味において、この第1巻は外せないと思う。

お試し気分でまず第1巻を。
もし、読了後に続きが気になるようであれば、一気に残りの巻を買って読んでみて欲しい。第1巻でアレルギーが出なければ、恐らく、その読者はこの作品に対して免疫を持っているはずだ。シリーズ全作読み通せるはずだ。

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紙の本

うた恋い。 超訳百人一首 1

紙の本うた恋い。 超訳百人一首 1

2011/03/21 23:02

タイトルに偽りなし。古典の恋歌の「さわり」を知りたい人にはお奨め。

6人中、5人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

百人一首の選者・藤原定家を筆頭に、古典における著名な歌人たちを登場人物として、百人一首の中でも特に恋歌を中心に取り上げた漫画作品。

内容は、百人一首の選歌について、詠まれた背景や時代設定等について言及しながら、分かりやすくストーリー漫画仕立てで補完されている。
本作は『うた恋い。』というタイトルであるが、より厳密には悲恋歌を中心に選歌された構成である。


作品コンセプトや作品に対する著者の想いは、作品冒頭の『はじめに』に要約されており、現代における「携帯電話のボタン一つでメール送信完了」と異なり、「平安期等の恋愛模様は歌一つ届けることにも苦労があった」とする点は大変趣き深い一節だ。

鮮明なのは、今も昔も、恋愛は文学作品の一大テーマであることに変わりはないという点だろうか。
恋文一つ31文字の歌の中で、人一人の心を詰め込むだけ詰め込むという作業の困難さ膨大さを、思い知らされる一冊だ。


漫画作品としては、(失礼ながら)画力・構成力とも際立ったものではないものの、登場人物の表情(特に女性)について、時折、思わず息を呑むような悲壮感が漂っている場面もあり、女性視点から百人一首の世界観を知る意味では、割合、本来的な歌の意味に近いのではないか、と感じさせる。

著者の公式HPにもある通り、著者自身が地道に勉強しながら作品を描いていることの伝わる内容であり、それもあってか、全体的に大変丁寧で分かり易い内容である。
読み手の側が「素直」になって、その気持ちのまま読めば、読むだけ引き込まれるような作品に仕上がっている。


また、原書で古典を読み進めることは、本来的に現代人には困難な所業であるため、現代語訳された書籍というのは、古典を知る上で貴重なジャンルである。

その一方で、訳本の出来栄えや正確さについては、突き詰めると、読み手には検証し得ない点でもあり、本作は『超約』というタイトルにもある通り、一部で現代版にアレンジし過ぎている為か、単純に私の勉強不足によるものか、内容の正当について判断することが出来ない点もあった。

敢えて一般論を述べるとすれば、現代と平安・鎌倉期の常識や情緒が全く異なるため、それを我々に理解できる程度に現代語約することすることには、そもそも試みとして限界があるということだろうが、それを言ってしまうと身も蓋もないか。

私に判別できたことは、本作が作品として面白く、読み物として優れているという点のみ。
個人的には、語訳や内容の正否はともかくとして、とても楽しんで読むことが出来た。

中でも特に上手いと思わせた演出を一つ挙げたい。
百人一首の選者・藤原定家が解説役として作中で度々登場するのだが、各歌を詠み終えて、読者が疑問を浮かべているところを見計らって補足を入れる辺り、実に絶妙の間を見せている。
この演出は、文章のみではない漫画作品ならではのページの使い方と言えるだろう。


同時期の古典を取り上げた現代語訳としては、本作以外では橋本治の桃尻語訳シリーズ等が有名であり、コンセプトも似通っているが、実際に『桃尻語訳 枕草子』『窯変源氏物語』辺りを読んでみると、ほぼ語り口が同一。
それを考えると、極端な形ではあるのだろうが、現代語訳としては本作でいう『超約』は一つの完成形なのかもしれない。

余談であるが、上記した橋本治といえば、『百人一首 新装版 桃尻語訳』(海竜社刊)が2009年に発刊されており、私はその本を未読であることに気がついた。
近くそちらについても読んでみて、百人一首の世界について知識を深めたいと考えている。


評するに、本作は古典の一つ、百人一首の「さわり」を知るには打ってつけの作品である。

特に恋歌を取り上げ、分かり易い解説を加えている点はタイトルに偽りなく、全く知識のない者にも十分に楽しめる内容となっている。
端的に述べると純粋に読み物として優れている。

一方で、正確な現代語訳を試みている作品ではないので、本来的な意味で古典を知りたいのであれば、他の作品をあたる方が良いだろう。

ともあれ、続編への期待が高まる作品に仕上がっているので、興味のある人は是非、手に取って欲しい。

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紙の本

超級!機動武闘伝Gガンダム 3 (角川コミックス・エース)

島本節が爽快。Gガンダムファンは必読。

5人中、5人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

「機動武闘伝Gガンダム」のコミカライズ作品。

元は94年にテレビ朝日系列で放映されたTVアニメであり、16年を経て漫画化されたもの。
脚本に原作TVアニメ版監督の今川泰宏を据え、作画については、原作ではキャラクターデザイン協力という形で携わった炎の漫画家・島本和彦が担当。


漫画作品としては、アニメが放映されていた際に、講談社コミックボンボン誌において、ときた洸一・作画『機動武闘伝Gガンダム』が連載されていた経緯にあるが、全3巻ということで、アニメ作品の全範囲を網羅するには至らなかった。

今回は連載経緯を辿るに、完走を目指しての作品作りとなっており、基本的には原作に準拠したストーリー展開となっている。


本作のストーリーは、環境汚染等により荒廃しつつあった地球を脱出し、生活の舞台を宇宙へ移していった人類が、国家間の覇権争いのため、兵器を用いた戦争に替えて、各国の擁する競技マシン=モビルファイター・ガンダムにより雌雄を決する様子を描いたもの。

具体的には、ネオ・ジャパンという架空国家の代表戦士である主人公ドモン=カッシュが、ガンダムファイトと呼ばれる代理戦争にその身を投じていくところから物語は始まっている。

このGガンダムという作品については、サンライズの「ガンダム」シリーズの一作品ではあるが、架空紀年である「宇宙世紀」を採用した作品群を一般にガンダムシリーズと呼称するのに対し、Gガンダム以降の作品はアナザーガンダムとして区別されている。


旧来のガンダムシリーズとの最大の相違点は、『人類同士の戦い=戦争』であった旧作設定から離れ、Gガンダムでは『人類同士の戦い=ガンダムファイトという競技』と定義づけされている点が挙げられる。

これは戦争で覇権を争うのではなく、ガンダムファイト(ガンダム同士で戦い、勝敗を決する)の最終的な勝者が、次のガンダムファイトまでの間、各国家の頂点として権限を振るうことが出来るという設定で、極めて独創的な世界観が創造されている。

現実世界で例えるならば、オリンピックで金メダルを取った国が、4年間、すなわち次回のオリンピックまでの間、全国家の主導権を握ることが出来る、といったところだ。
通常、ロボット作品は、主人公がロボットを「操縦する」という表現が当てられるところを、本作は、ロボットが主人公の動きをトレースして戦うところから、作品設定からも比較的競技性の高い物語となっている。

原作版については、当時格闘ゲームブームの到来という外的要因もあり、基本的に熱血超の格闘アニメであった。
原作版の後半でこそ、各国の政治的な思惑が描かれる等、いかにもガンダムらしい演出が散見されたが、それでも概ね「迫力のバトルシーンが売りの作品」という評価である。
例えて言うなれば、タツノコプロのスーパーロボットアニメにノリが近い。

今般のコミカライズ作品においても、その特徴が継承されており、作品は物語の序盤から見開きページを多用するなど、演出面でも豪快でインパクト重視の描写が目立つものとなっている。


また、本作の特徴としては、現時点では原作とほぼ同様のストーリー展開であるため、既に原作版を観終えている人間の目には、大半が焼き直しの内容に映ることだろう。
好意的な解釈した場合では、オリジナルストーリーで作品をぶち壊されるよりは、原作版でそのまま通して欲しいというファンの考えに即したものといえる。

この点は、脚本に原作版監督を起用していることもあり、大筋で原作版から脱線することはないのではないか、とも推測されるところだ。
それ故に、原作版を大きく超えたものを期待する内容というよりは、原作版と同様の作風を期待しているファン層に対して強く訴求する内容、と表現すべきかもしれない。


一方で、オリジナル要素としては、島本和彦得意のギャグを作中に盛り込ませている点が挙げられ、原作では「戦闘シーンでの過剰演出」を除けば概ねシリアスなストーリー展開であったのに対して、漫画版ではともすればキャラクターイメージが崩れるほどに、ウケを狙った演出が散見される。

この島本和彦の醸し出すテイストをどう評価するのかで、この作品への評価が定まるといっても過言ではなく、特徴とするべきか、特長と採るべきか、大変に悩ましい。
個人的には、仏頂面の主人公・ドモンに三枚目を演じさせる島本の演出には意外性も有り一定の評価をしているのだが、あくまで原作版が正当と捉える人にとっては、この「アレンジ」は耐え難く映るかもしれない。

連載中の作品だけに今後どういう形で作品が変化していくのか読めない状況ではあるものの、上記を踏まえると、原作版を知っている層からは、概ね受け入れられる作品と評価されるのではないか。


なお、最大の難点としては、原作版を知らない人間が、本作で始めて「Gガンダム」を知った場合、面白いと感じられるかどうかについて完全未知数であることだろう。

正直なところ、Gガンダムという作品の凄みは、戦闘シーンにおける声優の熱演、迫力の映像、抜群のBGM、そして、サウンドエフェクトを活用した演出面とが絶妙に組み合わさっている点にあるため、作画でいかに迫力ある「絵」を提示したとしても、聴覚部分で面白さを補うことが、少なくとも漫画版では不可能だ。

原作版を見知った人間は、それを熟知しているが故に、自然と聴覚要素(例えばドモンの声は関智一)を脳内補完してしまうところだが、それを知らない人間は、最大の魅力が補完されずに作品を読み進めることになる。

島本和彦ファンであれば、それでも問題はないだろうが、そうではない場合については、本作を楽しめるかどうかについて、かなり微妙だ。


評するに、本作は爽快な作品である。
島本和彦の筆がGガンダムという作品に上手くマッチしており、旧来からのGガンダムファンにとってはマストの作品だ。

一方で、原作アニメ未視聴者に対しては、やや訴求力が弱く、島本和彦ファンでない場合には、正直、魅力の薄い作品と感じる可能性が高い(せめて原作版第13話を見た上で、作品を手にするべきかもしれない)。

個人的には、『俺のこの手が光って唸る』から『俺のこの手が真っ赤に燃える』というフレーズに変わるまでは、少なくとも応援し続けたい作品。


応援する意味も込めて、旧来よりのファンにも一緒に叫んで欲しいところだ。




『ガンダムファイト、レディー・・・ゴー!!!!』

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紙の本

レディ・ガンナー外伝 そして四人は東へ向かう

意外に楽しめる短編集

5人中、5人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

『レディ・ガンナー』シリーズの外伝作品。

レディ・ガンナーとは、小説本編の主人公キャサリン=ウィンスロウ嬢が、外交官の一人娘でありながらも、拳銃の腕前が際立っていることから来ており、女性のガンナーということで、「レディ・ガンナー」である。
余談であるが、著者がシリーズ執筆時に良いタイトルを思いつけず、仮タイトルとしてレディ・ガンナーという名をつけておいたところ、結局、それがそのまま正式シリーズ名になってしまったとのこと。


シリーズ本編については、各巻見どころある内容となっているが、今回は触れず、本作である外伝についてのみ評する。

結論からいうと、正直、期待していた以上に面白い内容だった。
外伝という作品の性質上、「一見さんお断り」の内容ではあるものの、シリーズ既読のファンにとっては、次なる長編作品までの繋ぎとしてではなく、単発の作品として十分楽しめる水準であるように感じた。
個人的には、短編集である本作にはそれほど期待していなかったのだが、それぞれの作品で読みごたえがあった。


本巻収録の「そして四人は東へ向かう」のみ本編主人公たちが登場していたが、それ以外の作品については、登場するのはそれぞれ本編では脇を固めているキャラクターであり、今後も物語の主軸にはならないであろう人たちだ。
しかし、今回は短編集のため、通常表舞台に立たないような登場人物こそを焦点が集まっており、意外な人物が意外な魅力を発揮している。

個人的には水牛モームの話が一番捻りが利いていて面白かった。
茅田作品の多くは、女性キャラの強さがひかり、それが一つの魅力となっているが、水牛モームについては、珍しく男の渋さというか、いぶし銀のような雰囲気が漂っており、作風としての珍しさもあってか特に楽しめた。


本作については難点らしい難点はない。
ファン以外は楽しめないという点こそあるが、それは別に茅田作品に限った話ではなく、短編集・外伝という様式の問題であろう。

「レディ・ガンナー」シリーズは、近年の茅田作品では珍しく角川系作品のため、場合によっては、シリーズ作品未読のファンもいるかもしれないが、本編を含めて買いだと思う。
一言面白い作品に仕上がっている。

シリーズ既読ファンは勿論のこと、シリーズ未読のファンに対しても、本編ともどもお薦めしたい一冊だ。

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紙の本

傾物語

紙の本傾物語

2011/01/30 23:26

後半の展開は衝撃的

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西尾維新作「化物語」シリーズの第2期シリーズの3作目。
この2期シリーズという表現が正確かどうかはともかくとして、主要登場人物に焦点を絞った○○物語において、本作は浮遊霊の八九寺真宵をヒロインにしている、八九寺作品第2幕。

概要としては、ふとしたきっかけから、タイムスリップすることとなった主人公・阿良々木暦と忍野忍が、10数年前の世界で、現実世界においては交通事故死している八九寺の「死を回避するため」に奔走するというもの(車にはねられる八九時を助けるという目的)。

物語においては、当然に八九寺は登場しているものの、実際には殆ど描写されておらず、実質的なヒロインは忍野忍という、本題と内容が一致していない奇妙な作品になっている。

本作の読みどころは、後半部であり、本作の表紙や煽り文句から後半の展開を読めた読者はいないのではないかと思うくらいに、後半は驚きの展開をみせている。
化物語シリーズファンにはたまらない展開であるし、西尾維新ファンにとっても、「これこそ西尾維新の真骨頂」と確信させるストーリーだと思う。

個人的には、忍野忍ファンなので、本作はとても楽しんで読めたし、アニメ化作品を見たことのあるファンにとっても、ビジュアル面での脳内補完(笑)が可能であろうから、より作品を楽しく読めると思う(私自身アニメ版を見ているので、余計に楽しめました)。

敢えて難点を述べるとするならば、毎度のことながら話の引用として、現実の漫画作品やアニメ作品からの引用を多用する著者だが、本作では、タイムスリップの定義などの下りで、それがやや鼻に付いた感じがする。いつものことだろう、と言われればその通りではあるけれど、流石にくど過ぎた感が否めない。
それ以外では特に気になることはなかったかな。

評するに、化物語シリーズは「100%趣味で書いた」という著者の戯言を真に受けている人であればあるほど、プロの本気が垣間見られる一冊であると言える。

繰り返しになるけれども、物語の本番は、後半から。
正直、後半の物語を掘り下げるだけでも、もう一冊本が出来上がるくらいに密度の濃い話だと思う。

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紙の本

翼を持つ少女

紙の本翼を持つ少女

2015/02/08 17:52

バトル物のテイストを入れつつ、織り込まれる山本節

3人中、3人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

いわゆる学園もの。
ただし、単純なラブコメではなく、娯楽小説ではあるものの、話の切り口とテーマは想像していたよりも複合的で、意外に深い。

結論を述べると、SF好きの人はもとより、広く読書自体を好む人にはこの本は間違いなく受け入れられる作品だと感じる。
早期の続巻発行が期待される作品だ。


主人公は高校生の男女で、メイン視点は老舗酒造の跡取り息子・埋火武人。
話の主軸としては、書籍のタイトルでもあり、主人公も所属している「ビブリオバトル部」が舞台となっている。

そもそもこのビブリオバトルというものは、実在するゲームであり、各々が他の人に読んでほしい書籍を5分間で自分の言葉でアピールし、複数人がアピールし終えたところで、アピールを聴いた結果で一番読みたいと思った本を、バトル参加者・聴衆が投票により決するというもの。
ビブリオバトルで特徴的なのは、ディベートのように相手を論破するのではなく、あくまで自分自身の紹介したい本・読んでほしい本を如何に魅力的に伝えるのか、ということでのみで雌雄を決する点であり、ディベートとディスカッションの要素を少しずつ持っている点がゲームとして興味を惹く。


同時に、この作品の面白い点は、ビブリオバトル自体の面白さを表現しているとともに、多くの過去や悩みを持つ思春期の登場人物の人間像を浮き彫りにしつつ、相互に関連性を持たせ、上手くストーリー展開している点だろう。この点が非常にユニークだ。
読了した後、自分もビブリオバトルをやってみたいと強く感じさせられた。

個人的には、著者・山本弘氏がグループSNEに所属していた時代の各長編・短編を好んでいただけに、相変わらず飛び出す薀蓄の数々と、山本節ともいうべき「青春謳歌すべし」というオーラが非常に好ましく映った。

登場人物紹介や表紙・挿絵からライトノベル色が強いように思われがちだが、実際、そういう要素が皆無ではないが、しかし、作品の本質は全く別なところにある。
現在、SF作家の肩書を得ている山本弘が、なぜ一見SFと関係ない本作を執筆したのか、という点にこそ、この作品の本質が隠れている。
一読するだけで、SF作家としての山本の狙いと期待が嫌と言うほど伝わってくる。
詳細はここでは明かさないが、興味のある方には是非手に取ってほしいところだ。

なお、仮面ライダーや特撮にかかる描写はお約束。これもまた山本弘らしい一面で、ファンはとにかくニヤニヤしながら読むべし。


評するに、この本はSF小説ではない。
しかし、SFというジャンルをもっと世間に広げたいという著者の思いが迸るSF入門編ではある。SFではないのに、SF入門、という矛盾を確かめるためだけでも構わないので、一読を勧めたい一冊である。

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紙の本

ドラゴンキラー売ります

紙の本ドラゴンキラー売ります

2011/02/21 12:11

作品設定がユニークで面白い。

3人中、3人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

海原育人著の第3回C★NOVELS大賞特別賞受賞作。
著者にとっては本作シリーズがプロデビュー作品となる。

作品は、架空世界を舞台としたファンタジー小説。
いわゆる剣と魔法のファンタジーではなく、近代の文明水準に近い世界の描かれ方をしている。
世界には固い鱗と鋭い牙を持つ害獣「ドラゴン」が存在しており、そのドラゴンを退治するスペシャリストとして「ドラゴンキラー」と呼ばれる人種が存在している。
このドラゴンとドラゴンキラーの設定が本作のユニークであり、ドラゴンキラーとは元々はただの人間である。
そのただの人間が、ドラゴンの肉を食らうことで一定確率により、害獣ドラゴンを打ち破るドラゴンキラーへと変質を遂げるのだ。

主人公のココはニヒルな元軍人であり、軍人時代に負ったドラゴンに対するトラウマを抱えながら現在は「何でも屋」として表・裏の仕事を請け負っている。
物語は亡命しようと図る某国の姫君とその護衛であるドラゴンキラーの女と、主人公とが出会うところから動き出す。
1巻においては、主人公が姫と護衛と共に共闘する姿が描かれており、続巻においては、次々と寄せてくる姫の追っ手と戦いを繰り広げる内容となっている。


本作において特徴的な点は、物語の語り口と構成である。
一国の姫を護る、と聞けば王道のヒロイックファンタジーの様式美であるところを、ダーティーヒーローである本作主人公によってはその様式は成り立っておらず、あろうことか姫を相手側に売り渡すような非道ぶりさえ、作中では見せている。決断を下すまでのスピード感が滑稽ですらあり、躊躇いなく己の考えに突き進む主人公は、ある意味で男らしい。
ただし、ダーティな側面を見せつつも、最終的には主人公らしさを発揮し体を張らせて物語を締めている辺りは、著者の筆の上手さだろう。
これで姫を売り渡したままで物語が終わっては、まともに話が成立しないといえばそうなるが、本作の主人公は「そのまま終わらせることも厭わない様なキャラクター設定」なので、読み進めると途中ドキリとさせられる。

関連して、昨今のファンタジー小説では、主題はどうあれ、必ずどこかでラブロマンスを盛り込むという構成が圧倒的に多いが、本作はそういった世の流れを踏まえつつも、敢えて斜に構えた構成を立てており、シリーズ最終巻である3巻に至るまで真っ当なラブストーリーは成立していないことが、実にひねくれていて面白い。
当初より全3巻程度を予定したらしく、1巻2巻で伏線を張り、3巻で回収という流れは順当な構成だろう。

また、全体的に物語が小規模なことが、結果的には作品にとって良い方向へと作用している。
姫が亡命を図ったそもそもの理由を見てみると、作品自体も自然と大きくなるはずが、上手く話をまとめて、あくまで主人公周辺の物語に収めているところも面白い。
読者によって判断が分かれる点でもあろうが、話の風呂敷を広げすぎて、無駄に巻数を重ね陰謀めいた話を展開されるよりは、よほどスムーズに読めて良い。


そして、本作の最大の見所は、意外かも知れないが、物語自体よりも世界設定にあると言える。
書評の冒頭で、ドラゴンとドラゴンキラーにかかる基本設定を示したが、ドラゴンキラーになるためにドラゴンの肉を食するという行為は、大変にリスクの高い行為であることが作中では描かれている。
端的に言うと、ドラゴンの肉は猛毒であり、その猛毒に対して先天的耐性を持つごく少数の人間だけが結果的にドラゴンキラーに変貌する(見た目にはそれほどの変化はないが)という設定である。
耐性の有無を確認する方法は、唯一、「実際に食べてみる」ことだけであり、人間として死ぬかドラゴンキラーとして生き残るかという、究極の選択となっている。
貧しさ故、或いは最強の称号を求めてドラゴンの肉を喰らい、低確率を乗り越え生き延びた人間たちが、ドラゴンキラーとして活躍するというのは、その強靭な肉体による迫力あるバトルシーンを楽しんで読むことが出来るその一方で、少し物悲しさを感じる点だ。
それは、現実社会においても、貧しさゆえに自らの肉体を犠牲にして生計を立てるという実例が存在しているためであり、実のところ著者の狙いがどうあれ、そういった実社会の悲劇が頭をよぎる。

また、シリーズ全体を概観してみると「害獣であるドラゴンは一体どのように繁殖するのか」という点が、重要ファクターとして物語の中枢に食い込んでおり、1巻から伏線が張られている。
ドラゴンキラーという設定とも深く隣接しているので、それを踏まえて読んでみると各巻の結びで、思わず「なるほど」という声が挙がるだろう。
世界設定を上手く活かしているというのが、作品の面白さに関わる共通項だ。

他のファンタジー小説と異なり、虚無的な語り口で物語が進むので、王道展開を意識して読むと、恐らくかなりの確率で予想を裏切られるストーリー仕立てになっている。
その点が、好みに合うかどうかだけが唯一の分水嶺となるように思う。
私個人は、主人公が他の作品にはない立ち位置にあったので序盤から面白く読めたし、また、上述の通り世界設定がシンプルながらも凝った内容であるので、それだけですんなり入り込めた。
読者によっては、話がやや淡白と受け止める向きもあるだろうが、こればかりは著者の個性なので、その点に嫌気してしまうのであれば、本作シリーズを手にしない方が良いだろう。
1巻から最終巻まではほぼ同一のテイストで物語が展開しているので、1巻を読み終えて、読み応えを感じない人には2巻以降はお勧めできないことになる。


評するに、本作はファンタジー小説の邪道である。邪道の主人公が辛うじて王道ストーリーを歩もうとしている物語である。
王道作品に飽きが来ている人には特にお勧めの作品。王道以外を好まない人は敬遠すべき作品だ。

ドラゴンキラーという設定に興味を抱いた人は、一度手にとってはいかがだろうか。好みはどうあれ、読み応えは十分にある。

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紙の本

隆慶一郎全集 巻16 一夢庵風流記 下

天に愛された傾奇者

3人中、3人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

隆慶一郎作の時代小説。
第2回柴田錬三郎を受賞作品。
1988年より週刊読売に連載された「一夢庵風流記」が小説化され、以降は複数の出版社を跨いで再販、本巻収録に至っている。

著者・隆慶一郎は、小説家として活動したのが、晩年の約5年間という短期であることも影響し、知名度に反して著作数は極めて少ない。
その中でも本作は、「影武者徳川家康」「吉原御免状」と並ぶ、隆慶一郎の代表作にして出世作である。


内容は、戦国末期にかけて活躍したとされる前田慶次郎利益(以下、前田慶次)の豪快かつ波乱に満ちた生涯を綴る活劇作品である。
戦国期末期から江戸期にかけて、派手な身なりで常識外れの行動を取る者を『傾奇者』を呼ぶが、本作の主人公は、その「傾奇者」の代表的人物として描かれている。
本作の特徴は、前田慶次という武将を、武辺一辺倒ではなく高い教養を誇る歌人として描いていることであり、戦国期の合戦模様や人物の内面的な要素を描きながらも、その一方には偏らないバランスよい語り口が目を惹く。


前田慶次と聞くと、近年ではテレビCMで流れるパチンコ「CR花の慶次」が記憶に新しいが、その「花の慶次」自体も本巻収録の「一夢庵風流記」を原作とした漫画作品である。
前田慶次という、一般には無名の戦国武将に「剛毅で人情溢れる傾奇者」というイメージを固定化させたのは、明らかに本作が原因であり、本作以降に製作・執筆された時代劇・大河ドラマ・時代小説・ゲームソフト等に描かれている前田慶次は、「隆慶一郎版」に準拠していると断じても良いだろう。


また、本作を評するにあたり、歴史小説というジャンル自体にも言及したい。
歴史小説というジャンルについては、他の小説作品とは大きく異なる特徴があり、描かれる時代・場景によっては、文字通り歴史上実在した人物が描かれることも大いにあり得る。
歴史小説の面白さを左右するのは、魅力ある人物を如何に描くかにかかっていると断じても過言ではない。しかし、実在人物の場合、その経歴や活躍を描いた資料が多く残っていればいるほど、詳細なイメージを描き出せる半面、創作余地が狭まるという問題点も併存している。

幸か不幸か、本作の主人公・前田慶次については、その実在を証明する資料は現存しているものの、どういった活躍をしたのか、そもそも生没年は何年なのか、実父は誰なのか等さえ不明である為、それが故に著者の手で自由な活躍を描くことが許された人物であるとも表現できる。
事実、本作を読むと「本当にこんな男だったのだろうか」という疑問は早々に通り越し、『著者により創り出された前田慶次』のその生き様に感動すら覚える。


本作の語り口は、極めて快活で読者にとっては読みやすい作風。
また、男の生き様や人情を描くことに長のあると評される隆慶一郎の、その評判通りの世界観が広がっており、歴史小説に馴染みのない読者にとっても、入門篇として入りやすい作品だ。

そして、上述の漫画作品「花の慶次」の原作本ということもあり、漫画版のみ既知で、原作小説を未読のファンにとっても、現在持っているイメージを崩すことなく、楽しむことの出来る作品になっていることから、漫画→小説という逆の流れで入ることも十分可能となっている。


現状、新潮社版「一夢庵風流記・改版」の在庫があるため、同一内容の本を安価な価格で入手可能であるが、隆慶一郎という作家を知るという意味で、全集から入ることも選択肢と思われる。
歴史小説ファンには10数年前より知られる作品であるが、もし、まだ触れたことのないファン、あるいは山田風太郎は読んだが隆慶一郎は未読ということであれば、是非にも読んで欲しい。

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紙の本

ファントム ツヴァイ

紙の本ファントム ツヴァイ

2003/02/08 04:32

殺し屋

3人中、3人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

既刊の「ファントム アイン」の続編。

本作品はもともとPCの18禁ゲームを原作としており、その意味では業界的に畑違いの作品である。しかし、最近のライトノベル業界の低迷を背景にその裾野が広がった結果、これまでは見向きもされていなかった「世界」が日の目を見ることになった。「ファントム」はその日陰の世界から颯爽と登場した作品であるといえる。

まず、本書は山田秀樹氏の挿絵で目を引くが、それ以上に作品の完成度が極めて高い。勿論、題材にしているのが「殺し屋」というべたな題材ということもあり、ストーリー展開についても2手3手先が読めるという、ある意味B級アクション映画のノリではある。しかし、流れるようなストーリー展開、そして、読み終わった後の満足感、などを考えると、単なる「B級」では括れない存在感もそこにある。

前作では、一介の高校生であった日本人の主人公が、事件に巻き込まれアメリカの組織の「殺し屋」として生きていくことを余儀なくされた。本作では、その時に主人公と心を通わせたホームレスの少女が、かつての主人公と同じく、組織の「殺し屋」として生きることを余儀なくされるという、韻を踏んだ展開をみせている。
これ以上のネタバレは避けるが、前作と本作で綺麗に話が補完されているので、読みものとして単純に面白い。
作品を例えていえば、ジャンルは異なるが、同じPCゲーム畑の「EVE」とどこか同じ匂いを発している。そこかしこに虚無感が漂っており、それがいい具合に作品を彩っている。

正直なところ、これまでのライトノベルとは色合いが異なるので上手く表現しづらいが、業界的には目新しい部類に入る作品だろう。単純なラブコメにはない刺激が欲しいのであれば本作はお奨めの一作だ。まず後悔はしない。

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紙の本

滅びのサーペント

紙の本滅びのサーペント

2013/02/25 21:21

掟破りの企画本

2人中、2人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

『ソードワールド2.0リプレイ』の企画本。

ソードワールドとは、
テーブルトークRPG(以下、TRPG)の一作品であり、
和製TRPGの担い手グループSNEによるファンタジーの一つ。

およそ30年かけて語りつくされたソードワールド1.0に幕を下ろし、
世界観を新たに作られたのがこの2.0である。

世界観の詳細については、
各サプリメントに譲るとして、
以下、本作について評する。


本作はリプレイという、
実際にTRPGをプレイし、
その内容を後に書籍として書き起こした作品となっている。

リプレイ集は過去にも多く出版されているが、
本作の特筆すべき点は、
何と言ってもPCのレベルの高さ。

プレイングの上手さという意味ではなく、
文字通り使用PCがLv15という、
驚異的なレベルでプレイされていることが特徴だ。

このLv15がどれほどのことかを、
実際にソードワールドを遊んだことのない人に説明することは難しいが、
敢えて例えるならば、
スタート時点で主人公が既にLv99という設定のドラクエに近い。

マニアックな話だが、
普通にソードワールドを遊んだ場合、
よほど長いシリーズでなければ、
およそLV11前後で一区切りつくのが通例。

Lv15というのは、
最終到達点をさらに越えたところにある水準にあるといえよう。


それゆえ、
肝心の内容はとにかくド派手。

通常のソードワールドリプレイでは、
まず持って見かけることのない魔法やスキルのオンパレード。
ここまで来ると、もはや理屈ではない。
何とも言えず痛快だ。

ベテランPCの遊び心満点のロールプレイが、
書面から存分に感じ取ることが出来、
話の筋だけではなく、
プレイヤー各氏の楽しんでいる姿が目に浮かぶようで面白い。

反面、
舵取りに四苦八苦するGMの清松の様子がうかがえ、
そのあたりは同情を誘うが、
企画本とは言え、
ソードワールド2.0の世界観の補完という意味でも、
純粋にリプレイとしても、
いずれにしても十二分に楽しめる内容となっている。



難点としては、
その作風ゆえに、
TRPGに興味のない人には全く響かない作品ということだ。

ソードワールド2.0と聞いて、
全くピンと来ない人には絶対にお奨めできない一冊。


裏返すと、
現在過去未来において、
どこかでTRPGに触れている人にとっては、
一読の価値のある作品といえるだろう。

同じような趣旨で出版されたリプレイは、
少なくとも評者は見かけたことがないので、
その意味でレアな作品。

興味のある人には是非手にとってみて欲しい。

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紙の本

屍竜戦記

紙の本屍竜戦記

2011/02/12 23:18

ファンタジーだが幻想ではない。戦記だがバトルではない。

2人中、2人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

ファンタジー小説。
SF作家である著者が、プロデビュー作「終末の海」後に執筆したシリーズ作品である。

内容は、災厄をもたらす怪物『竜』が跋扈する架空世界を舞台に、人類が存亡をかけて争い続けている姿を描いたもの。
親兄弟の敵である竜と命懸けで戦う『屍竜使い』ヴィンクを主人公とし、主人公の目線で、竜の強大さ醜悪さ、そして、そんな竜に脅かされている絶望的な世界が、深く鋭い描写で綴られている。

作品タイトルにもなっている『屍竜』とは、文字通り死んだ竜の体。即ち、竜の屍のことである。
そして、上記『屍竜使い』というのは、魔法使いの一種であり、『竜の屍を自在に操る秘術』を操る者達の呼称である。
本作のユニークでもある、竜、屍竜、そして、屍竜使い、という単語を重要キーワードに物語は展開されているのだが、本作はファンタジー小説にありがちな英雄譚では決してない。

物語は、家族の敵とも言える竜と主人公が戦う姿が描かれたものではあるものの、実際のところ、人類と竜の戦いは大勢が決しており、人類の側に立って表現するならば既に「ジリ貧」の状況から話は始まっている。設定面でイメージを補足するならば、2010年に少年漫画で大きな話題を集めた「進撃の巨人」に極めて近い。
主人公は、敗戦濃厚な中で戦いを強いられる戦士の様な立場であり、物語は序盤中盤を通じて重苦しく、展望を開く希望の様なものは殆ど感じられないことが印象的だ。
屍竜使いは人類が竜に抗するための手段にはなり得ても、竜を打ち滅ぼす手段にはなりえないことが、物語の序盤の段階ではっきりと読み取れるため、読者の側からすれば「その状況からどう戦況逆転させるつもりなのか」という視点を持ちながら、読み進めていくことになるだろう。
なお、物語は最後の最後までギリギリの展開が続く為、都合の良い、一発逆転劇で話を終わらせない辺りが、本作の良さとも言える。


上記の内容だけでは、読み手に重苦しさを与えるだけの物語になってしまうが、無論、読み手にストレスを与えるだけの作品ではなく、『戦記』とあるとおり、戦闘シーンは迫力ある描写で埋め尽くされている。映像も挿絵もない中で、巧みな表現力により読者の情景を想像させるあたりは流石。
また、屍竜を操るという禍々しい秘術についても、単に戦いの手段とするのではなく、その屍竜を操る秘術それ自体も物語の重要な伏線とするなど、作品が一冊で綺麗に起承転結を見せているため、ファンタジー作品ということを度外視した場合でも、読み物として優れている。

評するに、本作はファンタジー作品ではあるが、幻想とするにはあまりに現実的過ぎる。現実にも存在する絶望感を、あまりに巧みに表現し過ぎている。
また、戦記とは言いながらも、戦闘描写が主の物語ではないので、戦術戦略を見せ場とする戦記モノとも言いがたい。
日本においては、ファンタジーというと兎角ヒロイックサーガを期待したがる風潮が存在しているが、本作はそういった期待とは全く異なる方向性の作品だけに、幾ら言葉を尽くしても上手く表現することが難しい。
しかし、それでいて、奇抜で壮大で重厚な世界観。
一言、面白い。読者を引き込む力が尋常ではない。


(以下、蛇足ではあるが、私の純然たる感想を述べて筆を置く。冷静に評するには、この作品が自分にとって余りにツボで、バランス感を欠くので、感想という形で書き残したい)


正直、TOKUMA NOBELESから出版された小説作品であることが勿体無いくらいの良作だと思う。
上述しているが、講談社の『進撃の巨人』が大変な評価を受けている中で、本作はその『進撃の巨人』の世界観に近い。厳密には、『屍竜戦記』の世界観に『進撃の巨人』の世界観が近い。
別に言葉遊びのつもりはなく、『進撃の巨人』が評価を受ける数年も前から、もっと深く、もっと壮大な物語が世に放たれていたことを、声を大にして強調したい。

正直、『屍竜戦記』を原作に漫画作品を作成したのであれば、最低でも『進撃の巨人』に比肩するかそれ以上の作品に仕上がると思う。
2011年現在においては、もう、今後シリーズ第3作以降が出版される期待を持つことは難しいけれども、せめて、世に出たシリーズ2作品は、大切に読みたい。未読の人にも是非手にとって欲しい。

ちなみに私が本作を読んだのは発売直後の2007年5月。その後、続編が刊行されたものの、大きな話題を集めることはなかった。個人的な感想では、作品は時代を先取りしすぎたのではないか、と思う。
今回わざわざ書評登録したのは、『進撃の巨人』が相当なる評価を受けているようで、悔しい気持ちが芽生えた為。もっと面白い作品はあるぞと。カテゴリーは違えど、同じ方向を向いている作品は既にあるぞと(別に『進撃の巨人』を貶める考えも、感想も持ってはいないが…)
私の中ではそういう作品だ。

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紙の本

僕は友達が少ない 5

紙の本僕は友達が少ない 5

2011/01/31 22:28

「リア充爆発しろ」は名言だと思う。

2人中、2人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

シリーズ5作目。
ミッション系の高校を舞台に、友達の少ない主人公とその取り巻きたちが、日夜部活動と称して友達作りに励むというストーリー。

基本的な展開は第一巻から全く同一で、中身は普通なのに見た目がヤンキーのため友達の出来ない主人公を筆頭に、エア友達が唯一の友達という黒髪美少女や、頭脳明晰・容姿端麗にもかかわらず度を過ぎた我侭からやはり友達のいない金髪巨乳美少女など、それぞれ友達を作るには深刻な問題を抱える登場人物たちがドタバタ劇を繰り広げるというもの。

ドタバタの内容は巻によって異なるが、基本的には他愛もない題材を巡って、主人公たちが大騒ぎするという内容になっている。
ちなみに、この第5巻については、遊園地を舞台に登場人物たちが縦横無尽に暴れまわっている。


作品の最大の特徴は、登場人物のキャラクターバリエーションの豊富さだ。キャラクターの種類で言えば穴がなく、物語を読み進めていくと、ほぼ間違いなくいずれかの登場人物の行動・言動が琴線に触れてくる。

作品のボリューム自体は、ページ数の割にはかなり薄く、一冊を読み終えるのがとても早い。これは本作に限らず、シリーズ全般的に言える話。
それだけ中身がないということだが、お陰で読むのに殆どストレスを感じない。正に娯楽小説の典型といった内容であり、深く考えなくてもサクサク読み進めることが出来るので、暇な時や気軽に何かライトノベルを読みたいといったときに打ってつけの作品となっている。

加えて、ライトノベルの悪癖とも言うべきビジュアル重視の作風も、この作品に限って言えば、大きくプラスに働いており、表紙やカラーページに描かれる妙に肉感的なキャラクターたちを頭に入れておけば、薄っぺらな内容も相応に脳内補完が可能だ。
正直、この作品をここまでの人気作品にまで押し上げた功績の半分以上は、絵師のブリキの手によるものではないかと、個人的には半ば本気で考えている。特に小鳩ちゃん(主人公の妹)の可愛らしさは異常だ。

その他、ドタバタした中にも、著者の繰り出す名言が光っており、代表的なフレーズでもある「リア充実爆発しろ」は、ライトノベル界の歴史に残る単語だと思う。
著者の前作である「ラノベ部」以来のファンにとっては、よりパワーアップした著者のテンションを楽しむことも出来るだろう。


上述の通り、内容がシリアスからかけ離れた、完全なるドタバタコメディーなので、内容のない作品を読み飽きている人にはお勧めできない作品だ。

一方で、そういったドタバタこそを期待している人にとっては、是非にもお勧めしたい。あっさり目の学園コメディなので、手に取りやすいと思う。
男主人公を巡る女の戦い(?)という題材では、富士見ファンタジア文庫の「まぶらほ」辺りが頭に浮かぶが、やり過ぎ感の強い「まぶらほ」に比べれば、本作は全体的にスマートな展開を見せている。
ハーレム系学園ノベル、という単語に触手が動くのであれば、読んで損はないと思う。

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