としさんのレビュー一覧
投稿者:とし
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旅をする木
2002/01/08 20:57
人間のためでも誰かのためでもなく、それ自身の存在のために息づく自然の気配
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星野道夫はアラスカが好きで26歳のときアラスカに移住し、動物や風景の写真を撮り続けた写真家である。彼の写真には、思わず息を詰めて見つめてしまうような魅力がある。そして星野道夫の文章も写真と同じ魅力がある。
僕たちの知っている自然は、休日に旅行やキャンプに行く自然だ。僕らはそこで都会の喧騒から離れ、その静かさ、太陽の温かさ、風の心地よさを満喫する。しかし、星野道夫の書く自然はそういうのとは違う。アラスカの自然は、そんな人間に都合のよい自然ではなく、人間の思惑とは関係なく超然と存在する。星野氏は次のように書いている。
「白夜のツンドラで、カリブーの群れを追う一頭のオオカミを息を詰めて一緒に見ていたこともあった。それもまた太古の昔と変わらない風景だった。人間のためでも誰かのためでもなく、それ自身の存在のために息づく自然の気配に、ぼくたちはいつも心を動かされた」。
星野道夫は人間の思惑とは関係なく存在する自然の中にいて、そのことに幸せを感じている。この文章からはその幸福感が直接伝わってくる。人間のためではなく、それ自身のために存在する自然、それは人間を拒絶する冷たいものではない。多分僕たちは、この広大な世界が人間の思惑や喜怒哀楽とは全く関係なく存在しているということ、そして自分がそこに属していると感じることに安心するのだ。ある種の重みから解放されるのだ。そのことを知れば、世界は全く違ったものに見えてくる。 星野道夫は、氷河地帯でみつけたオオカミの足跡について書いている。オオカミはそんな高地まで登ってくることは必要ない。なぜそんなところにオオカミがやってきたのか、人間の理解を超えている。そして星野道夫はそんなオオカミとの出会い、お互いに理解し合うことのない者どうしの出会いを楽しんでいるようだ。
「ぼくは日々の町の暮らしの中で、ふとルース氷河のことを思い出すたび、あの一本のオオカミの足跡の記憶がよみがえってくるのです。あの岩と氷の無機質な世界を、一頭のオオカミが旅した夜がたしかにあった。そのことをじっと考えていると、なぜか、そこがとても神聖な場所に思えてならないのです」 。
このようなオオカミや自然のあることを心のどこかに留めていれば、僕たちの生活や人生は随分ちがうものになるのではないだろうか。
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