宇都出マサさんのレビュー一覧
投稿者:宇都出マサ
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2007/06/05 00:41
すべてはイリュージョンだとしたら?そこに生まれるのはむなしさか?楽しみか?
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前著『脳はなぜ「心」を作ったのか?−−-「私」の謎を解く受動意識仮説』の続編。著者は前著で「意識」は受動的な存在であり、自己意識は誰もが持つ錯覚に過ぎないことを、平易な言葉でわかりやすく解説しましたが、アマゾンのレビューにも見られるように賛否両論の反応でした。その反応に応えた著者の2年半ぶりの著書です。
本著では、前著に対して寄せられた哲学者や認知科学者の指摘に応え、「機能としての意識」と「現象としての意識」を区別し、「クオリアこそが意識の最大の謎」だとするチャーマーズを中心とする「心の哲学」の主張と対比させながら、より明確に受動意識仮説を展開しています(第1章・意識というイリュージョン)。
また、前著では少ししか触れられなかった五感のクオリア(質感)について検討し、それがイリュージョン(幻想・錯覚)であることを主張します。痛みをを感じる痛覚受容器は皮膚内部に配置されているのに、なぜ痛みをわれわれが感じるのは皮膚表面なのか? 聴覚の元となる空気の振動は耳で検出しているのに、なぜ会話相手の話し声は相手の口元から聞こえるのか?
これまでは当たり前だと思っていたことなのに、改めて問われると確かに不思議です。
これに対して、著者は「そのようなクオリアがそこに生じたかのようにイリュージョンとして感じるように、私たちの脳ができているからとしか考えようがない。私にはそう思える。」と、これは五感がイリュージョンであることを示していると主張します。
もちろん、視覚も同じ。本当は明るさや色はないところに、鮮やかな空間のイメージをリアルに創り出しているのです。なかなか認めにくいことですが、確かにそうだなあと納得させられました。(第2章・五感というイリュージョン)。
そして最終的に著者が到達したのは、すべてイリュージョンというニヒリズムの世界。すべての価値、幸福、さらには生・死もイリュージョンであると著者は言います。 「死はすべての終わりではなく、ただもとに戻るだけなのだ」。
すべてのことがイリュージョンという境地は、釈迦の悟りの境地・「空」につながると言う著者が勧める生き方は、「もともと何もないはずのところに心や物が今あるように思えているという奇跡的な「儲けもの」のイリュージョンを静かに楽しもう、という生き方」。(第3章・主観体験というイリュージョン)。
世間では、教育に対する論議が盛んですが、醒めた子どもやニートたちに必要なのは、「夢を持て!」「将来が大変になるぞ」熱い励ましよりも、著者が展開する淡々としたイリュージョンの話のような気がします。
触覚センサの開発など、触覚の研究を専門とする工学者であるからか、そもそもの筆者の素直な性格からか、前著同様にわかりやすく読める本に仕上がっています。哲学や認知科学の専門家が読めば、当たり前の主張だったり、ずさんな主張もあるのかもしれませんが、難しい内容を一般人も読めるように平易に解説している著者の本は貴重です。ただ、第3章・主観体験というイリュージョンでは、感覚遮断タンクでの体験の紹介に多くの説明が割かれているのですが、冗長でポイントがわかりづらく感じたため、星4つです。
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