紺野優さんのレビュー一覧
投稿者:紺野優
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氷の海のガレオン/オルタ
2007/12/14 14:51
こどもたちの戦場
5人中、5人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
早熟さゆえに自分のことを「変わっている」と認識し、その認識のもとに行動する斉木杉子。彼女は周囲から孤立し、迫害を受ける。そして彼女の兄弟たちもまた学校では浮いた存在なのだった。一人称を用いて女子生徒の心理を冷徹なまでにえぐり込む表題作。
この作品で印象深いのは杉子がいじめられる弱者=絶対の正義としてえがかれてはいない点だと思う。彼女は同じようにクラスのグループに入りこめず、同類をもとめて近づいてくる「まりかちゃん」を突き放し、あざけり、拒絶する。そこにあるのは「わたしはあなたとは違うのよ」という強固な差別意識だ。
スズキがクラスメートの鼻の骨を蹴り折ったことで一日にしてヒーローになったように、見下すもの/見下されるもの、弱者/強者、加害者/被害者の関係は、教室のなかにあってめまぐるしく変転し、多様化していく。それはこの小説のなかにとどまらないことなのかもしれない。
読書と空想によって獲得した、いかに巨大な「もうひとつの世界」をもつ者でも、現実の生活の重力からはのがれられない。いやむしろ、「もうひとつの世界」が大きくなればなるほど現実との齟齬もまた無限にひろがってゆく。そこでおそらく彼/彼女はふたたび非現実の場に安息をもとめ、かくして悪循環は止まらない。
「氷の海のガレオン」といういかにもヤングアダルトファンタジーめいたタイトルは、直接には内容にむすびつかない。それは杉子がみる夢についての名でもあるし、また同時に「氷の海」は辛苦にみちた学校生活、「ガレオン」は日々を生き抜こうとする杉子を象徴しているのだと読むこともできる。かつて岡崎京子は「リバーズ・エッジ」のなかでウィリアム・ギブスンの「平坦な戦場」という詩句をひいた。その文脈とまったく同じ意味で、杉子、そして彼女に似た子供たちは戦場を生きている。
はこにわ虫
2007/12/14 14:48
虫虫
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もしもだれかにこの作品集をひと文字であらわせ、といわれれば虫が動くさまをあらわす「蠢」という字なぞよいのではないかとおもう。ページをめくれば昭和のレトロな町並みが、砂が、てんとう虫が、花が、おおぜいの自分が、圧倒的な質感をもって飛び出してくる。その蠱惑的なイマジネーションと、抑制のきいた「白い」コマとのギャップが小気味よい。流れるような描線と大胆なコマづかいをみると、なるほど作者がアニメーションも手がけているというのもうなずける。津野裕子や秋山亜由子や中野シズカといったほかの青林系女性ファンタジストと比較すると、女性の生理感覚が強調されているのが特徴だろうか。とにもかくにも一読して損はない才能であって、こういった作家のためにぼくは青林工藝社を応援しつづけたい。
盆堀さん (BEAM COMIX)
2008/02/09 04:07
世界から物語を引けば
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江口寿史に「カッコ悪さを極めた、(70年代後半)の大友克洋」と評されたのもいまはむかし。「初期」のいましろたかしは欲望にまみれた無数のむさい男たちが、まさにその欲望を達成せんとエネルギッシュに爆走し、その空回りぶりが読者の涙を誘った。そこにはバブル期に波に「乗れなかった」彼らの切実な気持ちを代弁し、強く何かを物語ろうとする意志があったように思う。
だがその「物語ろうとする意志」をありったけ注ぎ込もうとして始めたかにみえたストーリーマンガ、『デメキング』はあと一歩、というところで失敗に終わった。デメキングという、天空に向かって打ち上げられたかにみえたデッカイ巨大爆弾は不発弾だったのだ。いましろは本作の失敗を機に、本格的に物語を語ろうとすることを放棄し、作品には「諦念」の感情が目立つようになる。
『クール井上』『釣れんボーイ』を経由し、いましろの世界からはますます意味がはがれ落ちていく。『盆堀さん』においてかろうじてページを空白から救うものは、物語の終わった世界に生きる人物たちの、わずかに残る煩悩のつぶやきだけだ。スクリーントーンは使われず、スケッチのようなタッチで淡々と日常が描かれる。いましろは確信犯的に現代の虚無感を浮き彫りにしようと、このような作品をつづっているのだろうか。わたしにはそうは思えない。やる気のない人物の自走にまかせ、静かに、ほとんど惰性で筆を動かしているだけにみえる。ページは着実にそしてゆるやかに、すべての燃え尽きたあとの灰、白の世界に近づいている。
数年後、いましろは何を書いているのか。何も書いていない、書くことをやめてしまうのではないか、という不安が脳裏をよぎる。それでもわれわれは桜玉吉と同様にその動向を静かに見守るしかないと思う。そのことが読者にできる唯一のことだと、ひそやかに確信する。
井戸の底に落ちた星
2007/12/31 23:43
白の流れ星
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小池昌代『井戸の底に落ちた星』(みすず書房)。白だ。洗濯したばかりのシャツのような、清潔で優しくて、いいにおいのする白だ。本の紹介であると同時に、一篇の濃密な詩でもあるとはどんなにすばらしいことだろう。読んでいると、紹介されている本の薄い皮膜を脱いで、まるはだかでつるつるした小池さんが外側に出ようとしてくる。じっさい、本の終わり近くになると書評をつきぬけて小説が、散文が、ほんものの詩があらわれでてくる。ここでも小池さんのすがたはきれいで、清らかだ。大竹昭子『図鑑少年』について寄せていることばを、そのままあなたにささげよう。「いい文章だ。いい文章を読んだ。」
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