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秋野音人さんのレビュー一覧

投稿者:秋野音人

3 件中 1 件~ 3 件を表示

紙の本

穏やかな語りと悪意の不在による、慈悲と救済に満ちた怪談

5人中、5人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 本書は怪談専門誌『幽』に掲載された短篇六作に書き下ろし一作を加えた短篇集であり、山白朝子の初の単行本である。
 著者の山白朝子は謎に包まれた存在で、ある作家の変名とも、『幽』の編集長である東雅夫が発掘した稀代の新人であるとも言われている。特に、帯に乙一が推薦文を寄せていることや、その包み込むような慈愛に満ちた作風から、彼の変名ではないかという噂が実しやかに流れているが、真偽の程は定かでない。いずれにせよ『幽』掲載時から、他の有名作家に負けるとも劣らない人気を博していた傑作の数々が、この度、一冊にまとめられたことを、まずは素直に祝したい。
 生まれたときからお経を知っていた少年とその母の物語「長い旅のはじまり」。井戸の底に住まう女性と逢引きを繰り返す男の物語「井戸を下りる」。生き物を黄金へと変える廃液を出す工場を見つけた少年の物語「黄金工場」。彫刻の才を持った人殺しの少女と出会った見習い仏師の物語「未完の像」。鬼が現実に存在する村での姉と弟の物語「鬼物語」。鷹に似た黒い鳥を拾った父と娘の物語「鳥とファフロッキーズ現象について」。死の間際に聞こえた音楽を探し求めていた母の独白「死者のための音楽」。
──計七作の短篇には、ある共通点がある。それは“穏やかな語り”と、“悪意の不在”だ。前者は特に「長い旅のはじまり」「井戸を下りる」「死者のための音楽」において顕著で、物語の語り手たちは、彼らが遭遇した怪奇や不可解な現象に対して、なんらかの解釈を施すことで、それぞれに折り合いをつけている。そのためだろうか、現在進行形の物語が持つ迫真性には欠けるが、その代わり“穏やかな語り”は悠然とした雰囲気を漂わせており、腰を落ち着けてのんびりと読むことができるのだ。それは安心感を覚えることにも通じ、ひとの不安を煽り、恐怖を覚えさせることの多い怪談という小説にはあまり見られない、珍しいかたちだ。もう一方の“悪意の不在”は、ほぼ全編に見られる傾向だ。不条理な暴力や、欲望から生じる負の感情が省かれ、代わりに慈悲と救済が物語を包んでいる。物語の要請に従い、ときに理不尽な悲劇が登場人物たちを見舞うことはあるが、収録されている作品の大半において、最後には、母が子を優しく抱きしめるときに発せられるような、心温まる無償の愛が登場人物たちに与えられる。
 不可解な怪奇現象を取り扱った怪談が好きな方はもちろん、母と子の間に横たわる深い愛情に触れたい方にも勧めたい。極上の短篇集である。

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紙の本

紙の本獣王

2007/12/17 23:21

狂信的な愛情“狂愛”が導く、悪夢の果てにある真実とは?

5人中、5人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 『夜は一緒に散歩しよ』で第一回『幽』怪談文学賞長編部門大賞を受賞し、鮮烈なデビューを飾った黒史郎。本書は彼の長編第二作である。表紙を飾っているのは『H・P・ラブクラフトの ダニッチホラー その他の物語』で立体造形を担当した美術作家の山下昇平。気鋭の作家による力作は、中表紙にも見ることができる。

 物語は主人公の勤める動物園「アルカ」に不思議な女性が現われるところから始まる。彼女は動物園の様々な動物を形態模写しては、その動物に完璧に擬態していた。彼女に興味を覚えた主人公は、彼女を自分のアパートに迎え入れる。しかし、動物に擬態している彼女は人語を解さず、まるで動物と対話しているような感覚を主人公に与える。そうしているうちに主人公は、まだ彼女の名前も知らないことに気がつくが、動物になっている彼女の人間であったときの名前で呼んでも応じてくれないだろうなと思い、キョウコという名前をつける。こうして、主人公とキョウコの奇妙な同棲生活が始まった。

 ここまでがおおよそ起承転結における“起”、物語の序盤である。この段階では、大方の読者の興味はキョウコに引きつけられていることだろう。動物を完璧に形態模写することのできるキョウコとは何者なのか、そしてどうして彼女はそんなことをやっているのか。そんな疑問が読者の脳裏に巣食い、ページを繰る手を加速させるだろう。ところが読み進めてゆくうちに、読者はいつの間にか物語がその色を変えていることに気がつく。「私はこの動物園が狂っていると思っているが、どうやら周りは私が狂っていると思っているらしい」──これは作中で主人公がもらす独白のひとつだが、ここで主人公が自身の狂気に気がついていないという衝撃の真実が提示されるのだ。様々な動物の擬態を繰り返すキョウコは、主人公の家においては動物そのもので、彼女のために自宅の環境を野生に近づけようとする主人公は、狂信的な愛情“狂愛”を注いでいるようにしか見えない。つまり、この段階で、物語を牽引する謎を帯びた存在がキョウコから主人公に移り変わるのだ。一体、彼はどうしてキョウコを同棲/共棲できているのか、なにが主人公にそうさせるのか。こうして新たな謎がさらに物語を加速させ、充分な“狂愛”を注ぎ込まれた物語は、ありとあらゆる動植物を集めた幻の動物園──エイセラニ・ハウザンドへと疾走する。

 怪談専門誌『幽』第八号において、著者の黒史郎は「とにかく奇妙な話を書きたかった」と言い放ち、さらに「“悪夢”と“狂い”こそ、この作品全体のテーマなんです」と語っていた。その試みは成功していると言えるだろう。交錯する現実と虚構、悪夢と狂い、盲目的で狂信的な愛情、こういったキーワードに心惹かれる方に勧めたい。是非、物語の最後に待ち受ける、狂った動物園「エイセラニ・ハウザンドへ」のほんとうの姿を、ご覧いただきたい。

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紙の本

紙の本

2007/12/24 00:59

“私”と“俺”、侵食しあうふたつの日常、そしてふたつの転落

3人中、3人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 エスピオナージ(スパイ小説)の『沈底魚』で第五十三回江戸川乱歩賞を、ホラー小説の『鼻』で第十四回日本ホラー小説大賞短編賞を受賞した曽根圭介の記念すべき第一短編集、それが本書である。一足早く『沈底魚』が刊行され、それが『このミステリーがすごい!』において21点ほど獲得したことなどから、ミステリ作家として認識されたきらいのある著者だが、日本ホラー小説大賞短編賞の受賞作「鼻」を含む短編集の刊行によって、ミステリだけでなく優れたホラーも書くことのできる作家であることを証明した。

 視界を奪われ、全身麻酔をかけられた男の語る転落の人生「暴落」。ビルとビルの間にある無人の空間に、拘束されてしまった男を襲う悲劇「受難」。テングと揶揄され迫害されている人種に救いの手を伸ばそうとする“私”と、謎のマスク男を追っている刑事の“俺”が交互に語る「鼻」。
 いずれの中短編も悪趣味に捩じれた日常を舞台に、ちょっとしたことからどん底へと転がり落ちてゆく男性が描かれている。たとえば「暴落」では個々人に株式がつけられていたとしたら? という if から SF 的世界観を発展させ、自身の株が暴落の一途を辿る男性の人生が描かれているし、「受難」では酔った勢いで些細なミスを犯してしまい、密室に閉じ込められることになる男性の末路が描かれている。しかし、どちらも「鼻」には叶わない。
「鼻」において描き出されている日常は、極めて特異だ。物語は“私”のある一日に幕を開ける。“私”の生きている日本では、テングと呼ばれる鼻の高い人種が迫害されており、逆にブタと呼ばれる鼻のない人種が優遇されているのだ。しかし“私”は他の多くの人々とは異なり、テングに対して好意的である。自分の手が及ぶ範囲内で“私”は彼らを救おうとする。と、ある程度、世界観が開示されたところで、唐突にゴシック体で綴られる“俺”の視点が割り込んでくる。どうやら刑事であるらしい“俺”は、ある事件を追っている。ところが“俺”は病的な習慣を持っている。一日に何度も着替え、スーツやシャツを毎日クリーニングに出すのだ。臭いに対して非常に敏感な“俺”は、些細なことで理性を失い、司法の担い手であるにも関わらず、すぐに暴力に訴える。おおよそ正常な人格とは言いがたい。ところが“私”と“俺”、交互に繰り出される物語を読んでいるうちに、やがて読者は気づくことになる、ふたりの日常がお互いを侵食しあっていることに。激しくぶれる常識と世界観とに眩惑を覚え、ふたりの転落を予期したとき、読者はもう著者の掌中にあると言えるだろう。

 江戸川乱歩賞受賞の会見において、著者の曽根圭介は、大学中退に始まり、就職と退職を繰り返した半生を語ったと読売新聞が報じていた。作家業もいつか放り出してしまうのでは? という記者の問いに「一作ごとに違う世界を書く小説はそのたびに転職するから大丈夫。唯一時間を忘れられるのも、物語を書くこと」と答えたらしい。次に放たれるのは、いかなる変化球か? 刮目して待ちたい。

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