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    体が硬い人のための柔軟講座 (NHKテキスト 趣味どきっ!)

    体が硬い人のための柔軟講座 (NHKテキスト 趣味どきっ!)

    中野 ジェームズ修一 (講師),日本放送協会 (編集),NHK出版 (編集)

    5つ星のうち 4.0 レビュー詳細を見る

温和さんのレビュー一覧

投稿者:温和

5 件中 1 件~ 5 件を表示

紙の本

ギリシャ正教

紙の本ギリシャ正教

2008/08/14 23:19

東欧研究者・正教会研究者が、最低限これだけは読むべき基本理解。

11人中、10人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

カトリックやプロテスタントといった西方教会のみならず、正教会や非カルケドン派といった東方教会がキリスト教にはあることはあまり知られていない。本書はその正教会(ギリシャ正教)に光を当てて解説するものである。

著者は、現役の正教会司祭。執筆時は日本正教会に所属していたが、現在はアメリカ正教会で奉職している。

とかく我が国では、信仰を持たない学者の意見ばかりが重んじられて当事者の言葉が取り上げられない傾向があるが、果たしてそれは正しいのだろうか?大体、正教会に関する基礎知識については、本書:文庫本に書かれている事についてすら知らない研究者が多過ぎるのが実態だ。

いや、「知らない」だけならいいのだが…

・「どうせ西方教会と一緒なんだろ?」といった「西方教会と正教会の違いを無視する論」
・「ロシアに限定された特殊なキリスト教でしょ?」(←無論、ギリシャ正教はロシアに限定されず、東欧全域・中東に幅広く広がっているのだが)「学ぶべきものは何も無い前近代の遺物でしょ?」といった「西欧中心主義に由来する正教会侮蔑論」
・「正教会の歪んだ歴史と権力者との関係は嫌いだけれど、東方の文化面には憧れる」といった「正教オリエンタリズム」

などなど…「知らない」事にも気付かないで勝手な妄想に走っている日本人研究者は枚挙に暇が無い。

信仰を持たない学者の意見ばかりが重んじられて当事者の言葉が取り上げられない傾向というのは、正教会に限定された事ではなく、我が国におけるあらゆる宗教関連の議論にみられるものであるが…。

医者・医療関係者では無い人間が医学と医療技術を論じる事と、医者が医学と医療技術を語る事は、学術において補完し合う関係である筈なのだが、我が国の宗教に関る学問領域においてはそういう関係が弱すぎるように感じる(宗教学もそうだが、特に歴史学の領域において)。

唯物史観の影響がまだ残っているからかどうか…それについては評者は判断を控えるが、いずれにしても宗教が歴史や文化に与える影響を認めるのであれば、当事者がどのように考えているのかについての理解は必須であろう。必死にドストエフスキーやヴェニゼロスの内面を探ろうとしている人々が、彼等の生きた宗教アイデンティティについて基本的な事すら学ぼうとしない事例が多い事は実に嘆かわしい。

本書は1980年に書かれたものであり、内容的に「古く」なってしまっているものもある。また、高橋保行神父の見解が全正教会の見解を代表するものでもなく、それぞれの内容について異なる見解も正教会内に沢山ある事には留意する必要はある。しかしながら少なくとも、正教信徒でない人間が「違い無視論」「侮蔑論」「オリエンタリズム」に基づいて書いたものよりは、当事者の平均的な意識に近い著作として本書は強く勧める事が出来る。

また、正教会の全般についてここまで広く網羅する書籍もあまり無い。オリビエ・クレマン神父による『東方正教会』(白水社文庫クセジュ)もお奨めではあるのだが、「日本正教会の用語」「日本語の中に生かされた正教」という視点においてはやはり本書の方が長じている(白水社『東方正教会』は、訳者が正教徒ではない)。

これだけの総合的な著作を高橋保行神父がものしたのは、僅か32歳の時の事である。東欧史・東欧美術・東欧音楽・東ローマ帝国関連の研究に関る者にとってはたった文庫一冊、これくらいは必読であろう。

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紙の本

知って役立つキリスト教大研究

紙の本知って役立つキリスト教大研究

2008/02/25 10:27

外面の描写・表面的理解にここまで徹したのは類例無き快挙と言える

5人中、5人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

巷間では(特にクリスチャンの読書層では)表面的理解にとどまっており、信仰面・神学面の考察が弱いという評価が多いようだ。しかしながら見た目・文化的側面についての描写と、効率よく整理された各教派の比較は他の追随を許さない。そもそも文庫本サイズに、キリスト教諸教派の全ての要素がまとめられる事を期待するのが間違っている。

そういう意味で本書がお奨めなのは、あくまで外面の描写・表面的理解の網羅に徹しており、豊富な図版も相俟って入門や考証の入り口として最適だという事による。

形にも精神性が反映されているとも考えれば、外面に対する初歩的な理解はおそろかに出来ない。

特に日本であまり知られていないギリシャ正教・正教会を最初の章に置き、その祭服や聖器物などについてもイラストが多く用いられているのは、今後日本におけるギリシャ・ロシアを描写した映画・漫画などにおける考証に一石を投じるものとなろう。あまりに東欧のキリスト教に関する考証が稚拙に過ぎる(カトリック教会の内観と正教会の内観は全く異なるのだが、平然と同様の描き方をする漫画は数多い)情況がある中で、本書の果たす役割は実に大きいと言える。

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紙の本

コーカサス国際関係の十字路

紙の本コーカサス国際関係の十字路

2008/08/14 22:55

コーカサスの現代国際関係についての大変な力作だが、欧米・露の動向に関する理解についてはステレオタイプの域を脱していない。宗教組織の理解も極めて浅い…。しかし総合的には買って損は無い良書。

11人中、10人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

まとめれば題名のようになる。批判点2つを最初に挙げるその前に言っておくが、買って損はしないであろう良書である。本書評ではまず批判点2つを前半に挙げるが、その後で良い点についても述べる。

批判点1…正教会組織に対する無知から来る、宗教アイデンティティに対する考察の欠如

著者は本著において「グルジア正教はトビリシにあるシオニ教会を総本山とする、ロシア正教とは違う独自の宗教である」と書いてしまっている(33ページ)。グルジア正教会に関する説明は実にこの一行だけだ(!)。しかもこの一行が間違って居るのだから話にならない。

正教会は一カ国に一正教会組織を具える事を原則とする。近現代以降にオスマン帝国などから独立して新たに出来た国家や旧ソ連崩壊後に出来た国家における、教会管轄権帰属の個別問題は山積しており実情はかなり異なるとは言え、一応はそうした原則が存在する。だがそれら一正教会組織はあくまで管轄・管掌に関する原則であって、「宗教・教派」レベルの違いを示すものではないのである。グルジア正教会・ロシア正教会・ブルガリア正教会・ギリシャ正教会・ルーマニア正教会・日本正教会などがあるが、いずれも教義を等しくしており、互いを正教会と認識し合い、領聖(陪餐)も相互に完全に可能である。「違う独自の宗教である」などとんでもない。

別の例で言えば、「日本聖公会は日本にある、英国国教会とは違う独自の宗教である」と書いてしまうようなものである(実際は無論違うのであり、日本聖公会も英国国教会も同じ教派としてアングリカン・コミュニオンを形成している)。

まるでグルジア正教会とロシア正教会が関係途絶しているかのように印象付けられる文体であるが、(最近の南オセチアで戦闘状態だった時期については評者の調査能力の限界から不明ではあるが、少なくとも平時においては)グルジア正教会とロシア正教会は、総主教司祷の聖体礼儀において互いの総主教の名を必ず読み上げて記憶している。

相互に承認し合う正教会のうち、総主教制を敷く9つの正教会では、(ごく限られた期間に関係が悪化した総主教の名を読まない事はあるにせよ、ほぼ必ず)自分以外の8人の総主教を記憶して読み上げるのであり、グルジア正教会総主教イリア2世と、ロシア正教会総主教アレクシイ2世もまた互いの名を読み上げて祈るのである。

確かに、グルジア正教会信徒たるグルジア人の中にも、反ロシア的な民族主義者も多い。正教会の組織は、ローマカトリックのそれよりも中央集権の度合いが相対的に極めて弱いのも事実である。しかしながら「反ロシア=無条件の親欧米」とはなり切れない正教会が優勢な地域のメンタリティの鍵は、実にこの「正教徒としてのアイデンティティ」にある以上、この件についての認識が浅いのは致命的である。グルジア人作曲家による正教会聖歌をロシア正教会の聖歌隊が歌っている事例もあるのであり、このアイデンティティの親近性は無視出来ない(対して、ローマ・カトリック聖歌をロシア正教会の聖歌隊が録音する事はまず無い)。

宗教組織は多くの国にあって自治会機能を持つ。自治会クラスの動向が重要なコーカサス地域において、まずはその自治会に働く力学たる教会組織について、基本的な知識(八木谷涼子『知って役立つキリスト教大研究』 新潮OH!文庫・高橋保行『ギリシャ正教』講談社 1980などの…文庫一、二冊程度で手に入る知識なのだ)は不可欠であろう。

本書の内容は現代政治の皮相的理解に偏っており、教会史も含めた歴史的裏付けに対する考察が弱い。30代半ばでここまでの力作を書いた著者の、今後の成長に大いに期待したい。

批判点2…欧米諸国とロシアに対するステレオタイプ的な見方

本書中によく出て来る語彙として「欧米諸国」があるのだが、欧米諸国がコーカサス問題や対露外交について足並みを揃えていない事例が本書にも山ほど記載されている以上、「欧米諸国」を纏めて記述してしまうのは自己矛盾というものだろう。

そういう意味で、第五章までは非常に興味深い事実の列挙であり、コーカサス地域の複雑性を隅々まで記述する事を試みた大変な意欲作と感じられたのだが、「欧米、トルコ、イランのアプローチ」と題された第六章は、トルコ・イランについては兎も角、欧米諸国の動向についてはあまりにステレオタイプな反露的見解でしかない。

文体にも急に「だろう」「であろう」「思われる」が増える。

しかも、NATO諸国によるコーカサスへの干渉については「支援」と記述し、ロシアによるコーカサスへの干渉については「圧力」「干渉」と記述しているのだが、これは如何なものか。親欧米政権だが非民主的・強権的であったり、民衆が不幸になったりしているケースとしてはグルジアのサーカシヴィリ政権の例があり、欧米とロシアと等距離外交を保ちつつそれなりの成果を挙げているのはアルメニアなのだが(それは誰よりも、筆者たる廣瀬氏がよく御存知の筈であり、本書にも事例が列挙されている)、なぜか「ロシアとの関り」の語彙には負のイメージを持つものばかりが選定されている、その根拠は不明である。

コーカサスの複雑性についてここまで書けて置きながら、欧米諸国とロシアの関係性、および欧米諸国とロシアについての評価については、あまりにステレオタイプな見方になっていることについては首を傾げざるを得ない。コーカサスの複雑性に比べれば、欧米諸国の意見の多様性や関係性の複雑さなど、はるかに理解し易いものの筈なのだが…。

良い点…とまれ、力作。

まずもって、「コーカサス」「カフカス」の名がついた書籍が極小の我が国にあって、とにかく、この地域の複雑性を描写しようとした本が新書という形で出た事の意義は大きい。余談だが、評者が黒川祐次氏による『物語 ウクライナの歴史』(中公新書)を酷評して星1つとしたのは、ウクライナに関する書籍は既に読みやすいものが複数出回っており、周知徹底の意義も薄いと判断したからである(少なくともコーカサスについてのものよりは圧倒的に出回っている)。

幸か不幸か、本書の出版時期が南オセチア紛争激化の時期と重なった事も実にタイムリーである。

また、文体のそこかしこに見え隠れする反露・親欧のステレオタイプは気になるものの、本書に豊富に集められたデータとその記述量は、決して単純な反露・親欧のものではなく、コーカサスにおける親露派・親欧派それぞれの光と影を大体においてバランスよく記述したものとなっている(それだけに、著者のステレオタイプ的な評価が反映された術語がどういった事情に由来するのかますます分からないのだが…)。

お手ごろ価格で内容豊富。コーカサス問題を考える上では必読の良書と言えよう。

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紙の本

イスタンブールの大聖堂 モザイク画が語るビザンティン帝国

総合的な観方を欠いた、壮大な物知り知識集成本

12人中、11人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

コンスタンディヌーポリ(コンスタンチノープル)のアギア・ソフィア大聖堂について書かれた本。東ローマ帝国において、東西教会分裂後においては正教会において、第一の格式を誇った壮麗な大聖堂である。

まず褒めておく。大変興味深く読める本である。大聖堂の歴史と、内部に描かれた数々のモザイク・イコンの説明は、新書としては大変なお買い得だ。皇帝たちのエピソード集としても大変面白いものであり、東ローマ帝国史に興味のある方にお奨めしたい。だから星は3個つけた。

ただ、純技術的な話や歴史的経緯については豊富な内容を有するのだが、キリスト教理解・観念論的側面については愕然とするほどお粗末極まりないとしか言い様が無い。これでは素人同然だ。

例えばイコン(聖像)論争についてだが、第七全地公会議においてイコン破壊運動の終結・イコン公認に関して、ハリストス(キリストのギリシャ語読み)の神性と人性についての信仰すなわち両性説と、籍身(受肉)の神学がモノを言った事を、著者は全く知らない。

断っておくが、この程度の神学的根拠は何も難解な学術書に書いてある事ではなく、文庫本をたった一冊(白水社クセジュ『東方正教会』か、講談社学術文庫『ギリシャ正教』)読めば簡単に習得出来る程度のレベルの知識である。

その程度の知識の補強もせずに、イコン擁護論者達について「聖像禁止論者の方が理屈としては通っているように見える」が「神性が宿るという理屈を考え出してイコン崇敬を正当化した」などと言い放つに至っては、神学的伝統を軽視しきった愚かさというほか無い。当時、ギリシャ語という原語で聖書を聞き、一般市民の多くまでもが神学に触れ、政治運動の正統性に神学的裏づけを求めていた当時の帝国市民が、「考え出された理屈」程度で簡単に納得する筈が無いではないか。

我が国の建築・美術・音楽、全てについて言える事なのだが、神学・哲学的な素養・裏打ちが薄過ぎるのはもはやスタンダードとなってしまっている。「信者ではないので欧米人より自由なものの観方が可能なのである。神学的知識などむしろ邪魔。」などというワケの解らない、我が国の学者にありがちな優越感があるのか何なのかは判らないが、「知らない」と「自由」は全く違う。いや、神学というにもおこがましいレベルの前提知識だ。

正教関連の文物の研究者に対し、必ず正教信者である事を要求する無茶を評者は主張するものではないが、参考文献に教会関係・神学関係の本が新書・文庫クラスのものすら一冊も出て来ないのはいかがなものか。折角の総合藝術たる建築を扱うのであれば、観念的な側面についてもまた考察しなければ勿体無いというものであろう。

それは著者が殆どの部分において日本正教会用語を使わずに他教派の用語を無頓着に使っている事にも示されている。「日本の正教会に学ぶ必要など無い」と言わんばかりの態度は我が国の東方関係の研究者にまま見られる傾向であるが、多分1冊も読まないで無知を晒しつつそのような判断を下すというその自信は、どこに根拠があるのか不思議である。

これで浅野氏はキリスト教遺跡調査団の団長だというのだから恐ろしい。いや、こういうところに、我が国において「病人を看た事が無い医者」(非信者の類型)の方が「病人を看た事がある医者」(信者)よりも信用される傾向が端的に顕れて居るのであって、別段驚くべきことではないのかもしれないが。

まだある。ローマ帝国がキリスト教を国教化した事について「『人間は分け隔てなく唯一の神によって救われる』というキリスト教の教えは、『人間は分け隔てなく唯一の皇帝によって治められる』というローマ帝国の理念にきわめてよく似ているのではないだろうか」(31頁)などと述べるまではまあいいとして、「ローマ帝国がなければ、キリスト教という宗教は絶対に生まれることはなかったに違いない」(31頁)という言葉を続けてしまうに至っては呆然ものである。

著者である浅野氏は、アルメニア・グルジアがローマ帝国に先立ってキリスト教を国教化した事を知らないのか?シリア、エジプト、エチオピア、東欧においてキリスト教が地方言語と結び付いたことや、そのことが当該地域において近代の民族主義を準備した事例も知らないのか?

(西欧史を専門とする方には申し訳ない言い方になるが)西欧史の専門バカか、素人が書いた文章ならいざ知らず、浅野氏はビザンティン美術が専門の筈だ。周辺地域(シリア、コーカサス、バルカン)についての前提知識がお粗末過ぎるのではないか?

観念論と云い、歴史と云い、もうちょっとばかり総合的な観方は出来ないのであろうか。

尤も、首を傾げながら若干のフラストレーションを抱えつつ読んでいたが、著者は総合的な観方について自らの才能の不足を謙虚に自覚した上で、細かいエピソードの羅列という自らの才能を活かす記述に多くのページを割いているのかもしれない。だとすれば「エピソード集」「史料集成」と思って読めばそれほどストレスは感じない事も可能性として残される。

「神学」「観念論的側面」「正教理解」については、著者は(「弱い」のレベルではなく、文庫本一冊すら読んでいないレベルで)完全に無知である事を念頭において、本書を読む事をお奨めする。

観念・教会的側面だけでは聖堂は理解出来ないのと同様、技術・世俗的側面だけでは聖堂は理解出来ない。

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紙の本

物語ウクライナの歴史 ヨーロッパ最後の大国

かなりウクライナ被害者史観に偏っている。もう少し中立性を確保出来なかったのだろうか?

16人中、12人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

かなりウクライナ被害者史観・嫌露プロパガンダに偏り過ぎ。星1つ。こんな人物が駐ウクライナ大使だったとは、やはり我が国の外交官って駐在先に異様に偏った見解を身に着けるのがスタンダードなのだろうか?

1、ウクライナはロシアとは全く違う。
2、ウクライナはロシアから虐げられ続けてきた。
3、ウクライナはフメリニツキー以来の悲願であったロシアからの独立を、ソ連崩壊時にようやく果たした。
4、キエフ・ルーシはウクライナのものであってロシアのものではない。

通史という体裁はとっているが、これらが本書の眼目だ。確かに一面の真理は含まれているし、ウクライナのナショナリズムを全否定する気は私には無い。だがそれぞれについて突込み所が満載なのも事実だ。

━「ウクライナはロシアとは全く違う。」について━

ウクライナ語とロシア語の距離は、実は日本語の各種方言の差より小さいと言われる。それなのに「ウクライナ語はロシア語と全然違う」「ウクライナとロシアは全然違う民族だ」と謂うのは、ただ単に特定の政治的恣意に偏った認識に過ぎない。無論、全ての民族という概念が一部にそうした恣意性を盛り込むのは当然なのだが、ウクライナという概念についてのみそうした恣意性に対する疑義を一切差し挟まないのは不公平というものだろう。しかも西ウクライナとコサックを一まとめにしてウクライナ人の祖形とする根拠はどこにあるのか。この辺りはもはやウクライナの特定勢力のプロパガンダのコピーでしかない。

━「ウクライナはロシアから虐げられ続けてきた。」「ウクライナはフメリニツキー以来の悲願であったロシアからの独立を漸く果たした。」について━

ウクライナがロシアから虐げられ続けて来たとは、冗談ではない。ピョートル大帝以来のロマノフ朝で重用されていたのはウクライナ人だった。

例を挙げよう。ピョートル大帝時代は高位聖職者の過半数がウクライナ人だった(127人中70人)。宗教規定を策定したF.プロコポーヴィチもウクライナ人だった。エカテリーナ2世の時代から活躍していた作曲家ボルトニャンスキー、そして19世紀のチャイコフスキーもウクライナ人だった。軍事面ではツァーリに対してコサックが貢献した(なぜか本書ではそうした面は一切触れられていない)。

ロマノフ朝という西欧化を志向するロシア帝国において、西欧との接点にあって西欧化された素養を持つウクライナ人は非常に王朝にとって重宝する存在であり、王朝の下にあった官僚・芸術家の中にはウクライナ人が大勢居た。

つまりウクライナ人にとってロマノフ朝はありがたい揺籃(ゆりかご)であったという面もあったのだ。ちなみに同じく征服されたノヴゴロドやプスコフといった旧北方都市国家は同じような恩恵を受けてはいない。

ロシア人の中には「ロマノフ朝に取り入ったウクライナ人によってロシア正教会は西欧化され、本来の伝統を失った」と息巻く人間も居るほどなのだ。

一方、本書ではポーランドからの侵略には異様に甘いのだが、リトアニア・ポーランド王国ではウクライナ人は冷遇され、教会も東方典礼カトリック教会といった形態をとってローマカトリックに編入されていった。果たしてロマノフ・ロシアと、ヤゲヴォ・ポーランドのいずれがウクライナ人にとって文化を損なう存在だったのか?そういう視点は不思議にも一切本書には表れない。

ウクライナ人がどのようなナショナリズムを持とうと構わない。しかしながら日本人がそれに合わせて視点まで一面的にする必要は無い。被害者史観を喧伝して正義の立場を獲得しようとする姿勢にはどの国のものであろうと好感の対象とはならないし、日本人、しかも元外交官がその代弁をただ垂れ流しているとすれば、尚更疑問の対象となる。

━「キエフ・ルーシはウクライナのものであってロシアのものではない。」について━

キエフ・ルーシは北東ルーシ(現在のロシア西部)まで支配権を及ぼしていた。もしキエフ・ルーシの後継者たる地位がウクライナのみに受け継がれていると主張するならば、ウクライナはロシアに対する領土的野心も丸出しにしているとも受け取られかねないのだが、そう解釈されても良いのだろうか。

━外交官としての著者の姿勢に対する疑義━
著者である黒川祐次は元駐ウクライナ大使であり、平成16年のウクライナ大統領選挙における決選投票のやり直しにおいては日本政府から選挙監視団の一人として派遣された人物だが、こうしたウクライナにおける反ロシア・嫌露的・親欧的なプロパガンダを鵜呑みにした人物が、我が国の対ウクライナ外交を担っていたのだと思うと、疑問を感じざるを得ない。

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