arbertさんのレビュー一覧
投稿者:arbert
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ささがねの蜘蛛 意味不明の枕詞・神話を解いてわかる古代人の思考法
2009/01/23 09:13
非常に面白く刺激的な本
10人中、8人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
本書は大野晋教授が提唱した日本語クレオールタミル語説が正しいとすれば、古代タミル語で日本語の古典の未詳語も解釈できるであろうとの前提で書かれたものである。いわば大野説の応用編といったところである。
クレオール語は、ある言語話者Aが別言語Bを話す文化的に高い人々との接触で、そのB言語を最初はカタコト言葉で取り入れ、後には生まれたときからそのカタコト言葉を話す世代が生じた結果生まれたものとされる。
したがって、クレオール語は、厳密には比較言語学の対象ではないのに、比較言語学者はその方法論で分析したため、大野説はトンデモ説とされて葬り去られてしまった。以上がこれまでの経緯である。
それをクレオール論に基づいて、日本神話や万葉集を解く方法で正しさを明らかにしようとしたものが本書である。内容は非常に興味深く、これまで意味不明だった大和言葉もすんなりと意味が解けるのには改めて驚く。
一例をあげれば、「たらちね」という母にかかる枕詞の「たらちね」は、従来の解釈では「垂れた乳」という珍妙な解釈で誰も疑問を抱かなかった。
だが、タミル語では「タラチ」は「優しい」、「ネ」は「母」を意味する。したがって、「タラチネの母」は「優しい母」となる。
むろん、こういう音韻が対応する単語だけでは、単なる偶然とされてしまうであろうと、著者は相関的関係妥当性という手法で、対応を確定させていく。例えば、八岐大蛇の神話に登場するアシナヅチ、テナヅチ、クシナダ姫
も、従来の学説のように、「足を撫でてかわいがる霊」「手を撫でてかわいがる霊」などのような奇妙な意味などではなく、タミル語から「足ナヅ」「手ナヅ」「髪(クシ)ナヅ」が本来の意味で、「足が欠ける霊」「手が欠ける霊」「髪が欠ける霊」と解析し、これを蛇の形象とし、八岐大蛇が登場することのいわば暗喩かつ前触れとして、説話に登場させたものとする。このように、本書は非常に合理的な解釈で日本書紀、古事記、万葉集の意味不明な話を解いていくため、思わず膝をうって合点することばかりで、語源論としても、これほど優れた本はかつて無かったように思う。ともあれ、本書の内容は新しい発見に満ちており、内容も分かりやすいので推薦したい。
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