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抹茶パフェさんのレビュー一覧

投稿者:抹茶パフェ

7 件中 1 件~ 7 件を表示

あのころの『F』との再会、そして

1人中、1人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 車に憧れた十代後半、学生時代に読んだレースマンガ『F』に当時の私はどっぷりとハマった。主人公・赤木軍馬がF1ドライバーを目指す、ギャグありシリアスありの熱い生き様を描いたストーリー。
 その作者である六田登の『まんがのねた マンガの方法論』。きっと人間ドラマとは何たるかが、事細かに書かれているのではないか。そんな期待を抱いてページをめくった。
 
 実は本書には『F』から引用した場面が多く出てくる。田舎道を改造トラクターで疾走する軍馬とタモツが登場する第一話! そうそう、これだったな……。懐かしさと嬉しさに顔をほころばせながら彼らを眺めているうちに、次第に昔の記憶とのずれに戸惑いも出てきた。マンガの内容は当然変わっていないはずなのだが、自分が若い頃に読んだ『F』の印象とは随分と違っているような気がしてきたのだ。
 当時は、やたらとアツい男・赤木軍馬がカーレーサーとして活躍する姿を捉えたマンガという印象が強かったのだが、あれから二十年以上も経ったいま改めて読んでみると、登場人物が随分と内省的であったりと、人間の内面をぐっと掘り下げた人間ドラマの部分がくっきりと浮かび上がってきたからだった。
 なぜ自分が『F』のことを好きだったのかを振り返るに、レースマンガとしての格好良さ以上に、登場人物の内面のドラマが深く心の奥底に残っていたのだと思い当たる。
 
「自分と向き合う」、ここに創作の出発点があるとオレは思っている。(p.15)
 
 作者のこの言葉をみて、なるほど、と大いに首肯した。カーレース、そして主人公・軍馬の父や兄らの企業、政界をも巻き込んだ壮大なドラマを支えていたのは、魅力的な人物達の心の葛藤があってこそのものだったのだろう、と私はここで、埋もれていたあの頃の記憶との再会を果たしたのだ。
 だが、残りページあと僅かの第五章にて、全く予想しなかった作者の吐露を目にする。
 
オレは人間と人間のドラマにはあまり興味がないのだ。(中略)実はオレは人間など描けてなんかいない。興味が無いからだ。(p.212)

 えっ、これだけ深く人間の内面を掘り下げた話を書きながらも、実はそうだったのか? 正直なところ、この言葉にはかなり驚かされてしまった。人と人との関わりより、もっと外側の共存関係、さらには人生、世の中の不思議への対峙へと、引用した言葉の後にそれらの理由が続くのだが、人間と人間とのドラマに興味がないとはどういうことなのか。何とも理解に苦しみ、納得がいかなかった。
 但し、マンガに登場させたキャラクターたちが動き、会話するのをメモしていく様子については、本書の後半で作者は相当のページ数を割いて説明している。先の『F』がレースマンガでありながらも企業・政界の陰謀劇をも取り込んでいたことを考えれば、おそらくはキャラクターによってストーリーを動かしていくことに重点があり、そのため作者の興味はストーリーで語る世の中との対峙にこそ一番の興味があるのだろう。自分なりの咀嚼の末に、このような結論に辿り着いた。そして、『F』で描かれた作者からのメッセージも、おそらく当時は表面的なところしか理解していなかったかもしれないと、ふと思った。
 
 『まんがのねた マンガの方法論』は、学生時代に読んだ『F』の印象をすっかり変えてしまった。もちろん、あのときに読んだ面白さは全く色褪せていないし、魅力についてはそのままだ。六田登の思想と方法論を今回知り、その作品が伝える真の意志に気づかされた。それは望外の収穫だった。
 二十四年ぶりに氏の著作に、このような形で出会えたことを、嬉しく思う。

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紙の本黒い遭難碑

2010/08/03 22:18

山岳怪談の魅力と怖さと、やさしさと

5人中、5人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 文庫化もされた前作『赤いヤッケの男』から2年。山岳怪談を得意とする著者による怪異譚第2集が満を持しての登場だ。
 前作『赤いヤッケの男』に続いて今回も、筆者自身の体験談や山仲間たちから蒐集した話が収録されている。数ある怪談実話本の中でも、山の魅力に怪異をしっかりと添えて描き出す安曇氏の作品はまず読み物としても十分に面白い。山に詳しくない私にも四季に彩られた景色や自然の息吹が臨場感豊かに感じられ、山仲間とのふれあいや、ドリップしたばかりのコーヒーを飲み(「真夜中の訪問者」)、焚き火で焼いた川魚にかぶりつく場面(「三途のトロ」)も非常に魅力的に伝わってくる。そんな愉しさにあふれた山だからこそ、そこで起こる怪異がよりいっそう際だってくるのではないかと思えるのである。

 見知らぬ人に近寄ったら既にこの世のものではなかった、という展開は本書でも度々あらわれる。前作の『赤いヤッケの男』を既に読んでいた私としては正直なところ「なぜ怪異であると最初から疑ってかからないのだろうか」と野暮な疑念が頭をもたげてくることも実は何度かあった。
 しかし日常では、私たちはどう怪異と向き合っているかをふと考える。仮にあやしげな場所や人を目撃したとしても、すぐにオカルトや怪異だと結びつけたりはせず、合理的かつ現実的な説明がつくよう根拠を探し、単なる気のせいや思いこみ、錯覚などで片付けることのほうが多いのではないだろうか。
 その場所が山ともなればなおさらで、知らない人と出会っても礼儀を欠かしたりはしないし、どこかおかしな光景に遭遇してもやはり合理的な方向に思考を働かせようとするだろう。「黒い恐怖」の黒い塊や「青いテント」に出てくる不気味なテントをはじめ、この本を読んでいると、やはり私たちの日常は常識の中で物事を考えるのが大抵の場合殆どで、同時に、本に書かれていることだから自分とは無関係な遠い世界の話じゃないかと、どこか安心して読んでいるのではないかとも思い、急にぞっとさせられる。それは私たちの心の隙が鋭く突かれる瞬間でもある。

 本書も怪異に翻弄される話が多いなか、唯一怪異とやさしく向かい合う顛末を描いた「ひまわり」と、「あとがきにかえて」で語られる金縛り克服体験談はそれぞれ対照的だ。「序文」でも安曇氏自身がキノコ狩りで遭難しかけた体験を紹介しているが、怪異の有無に加え、改めて山という場所の怖さも警告している。本書に収録された作品を読みおえて、怪談は決して他人事ではなく、いたずらに恐れるものでもない、しかし安易に共存することもまたできないのではないか……。そう私は思った。

 怖さだけをひたすら追求した結果、後味の悪い、人間の嫌な面を殊更見せつけるような怪談も多く存在する一方で、安曇氏の書く怪談は一服の清涼剤のようなすがすがしさがある。『赤いヤッケの男』文庫版の解説で、みなみらんぼう氏が安曇氏の怪談を「見事と言っていいのは虚仮威し的な話は皆無なこと」と評しているが、本書においてもそれは健在だ。かつては生者だった彼らの声が安曇氏の作品を通して、より多くの人々の心に届いたときに初めて、本書のタイトルである「黒い遭難牌」は与えられたその役割をようやく果たし終えるのではないだろうか。

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枡田省治氏の脳を解読する、かつてない楽しい試み

3人中、3人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

短命の呪いを受けた一族が世代交代を経て宿敵を討つ「俺の屍を超えてゆけ」、王様候補の王子が一筋縄ではいかない多数の女性有権者を相手にアピール選挙運動を繰り広げる「ネクストキング」、魔王から世界を救った勇者が5日間だけ蘇り自身の最期へ向けて物語が進む「勇者死す。」など、独創的なアイデアで話題作を送り出すゲームデザイナー・枡田省治。彼の発想、思考の経路を一冊の本としてまとめ上げたのがこの『ゲームデザイン脳』である。

意外にも枡田省治氏は当初からゲーム会社一筋の人生ではなかった。大学卒業後は広告会社に就職、そこでファミコンゲーム「桃太郎伝説」の広告を担当したことが契機となり、人手不足から広告とゲーム制作を掛け持ち、その後次第にゲームデザイナーとしての道を歩むことになる。
また広告会社に入社した直後に配属されたマーケティング局では、店舗における商品の陳列状況や実売価格を調べてクライアントに報告する業務にも携わり、調査の集計から今後の陳列棚の状況予想を行っていた。これが後のゲームデザインにおいて数値と状況を関連づけることに役立っていると本書で明かされる。
物事に対する観察と分析が事細かく行われる枡田氏の思考過程の源流は、このような経験から生成されたことが窺え、それは氏の考えるゲームデザインの定義にも実に分かりやすく表現されている。

「ゲームデザインというのは、ドキドキワクワクする状況を見つけ出し、なぜそれが楽しいのかを考え、その楽しさを他人がわかるように再現すること」(3章p.163)

全3章からなる本書において、個人的な欲求からゲームデザインへと昇華する過程を説明した枡田氏の思考と発想に共通するのは、好奇心と観察力、そして想像力である。家族で観に行ったボリショイサーカスの演出から面白さの秘密を考えてみた第1章の日記のように、日々の生活の中から興味のある対象を観察、分析することが枡田氏の日常と化している点は特に見逃せない。
曾孫の顔を見て感動を味わう(「俺の屍を超えてゆけ」)、複数の異性との交際を楽しむ(「ネクストキング」)などの個人的欲求をゲームに加工する経緯が第1章から第2章で段階的に説明されているのだが、いずれも発想の元となったのは祖母の上京や中学校の同窓会といった、枡田氏自身が体験した何気ない日常生活での出来事からだった。

企画のタネは至る所に存在する。しかし多くの場合、私たちは物事を見ているようで見ていない、という事実を眼前に不意に突きつけられる。
第2章の「珠玉のメッセージ」ではドラクエに出てくる「へんじがない ただのしかばねのようだ」のメッセージを例に取り、そこに含まれた基本情報から操作キャラクターの性格付け、ゲームの世界観、行動のヒントにまで巡らせた子細な解析がなされている。ボリショイサーカスの演出からドラクエのメッセージにまで、不自然さを微塵も感じさせないその裏側にこそ実は作り手の工夫と努力の痕跡がひっそりと隠れているのだが、言われてみればそうかと気がつくコロンブスの卵が、この本の中にはごろごろ転がっているのだ。

ちなみに本書のコラム「僕は、こうしてゲームデザイナーになった」において、枡田氏は自身のIQが高いらしいと記している。枡田省治のマネをしても同じ奇跡が自分にも起こるかどうかは定かではない、と読めなくもない。
しかし彼の思考過程、物事をあらゆる角度から見つめ、分析し、想像する点だけはちょっとくらいマネをしてもいいと思うのだ。ゲームという馴染みやすいメディアを通じて新鮮な思考回路を養うには『ゲームデザイン脳』が格好の一冊であることには間違いないのだから。

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紙の本神さまのいない日曜日 1

2010/02/03 00:40

『高慢と偏見とゾンビ』だけが最新ゾンビ小説ではない。ポップとダークさが混ざり合う、奇妙な味わいの作品

6人中、6人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

昨年のスニーカー大賞受賞作「シュガーダーク」の墓守と、最近の「高慢と偏見とゾンビ」でにわかに活気づいてきたゾンビがどこかオーバーラップしたものの、読み進めていくと同じモチーフを用いてもここまで異なる仕掛けを生み出せるのかと幾度も唸らされた。

墓守の主人公アイを取り巻く環境は決して明るいものではない。生みの親が不在の状態で始まる序盤、そして15年前に神様に見捨てられたこの世界には死なない死者がはびこる。その死者たちのために墓を掘り続け、彼らに安らぎを与える仕事がアイの日常だ。
これらのお膳立てからすれば陰鬱で血なまぐさいホラー寄りの作品に傾いでも不思議ではないし、むしろそういう展開になる事を想像してしまう。
だが「神さまのいない日曜日」では、ホラーアイテムを盛り合わせながら読者に心地よい裏切りを見せつける。本作で描かれているのは単なるスプラッタ活劇ではない。12歳の少女アイが生と死に正面から向かい合う明確なテーマを、ライトノベルの枠組みにのせてすらすらと読ませてしまうのだ。

親しかった鍛冶屋の老人が生ける屍となり、アイに生前と変わりなく接しようとするシーンがある。頭部が損壊してもなお普通にふるまう彼に思わず目を背けるアイと、それに気がつき心を痛める老人とのやり取りは、読んでいてこちらが目を背けたくなるほどに辛い感情を抱かせる。アイと行動を共にする謎の男ハンプニーが生ける屍と対峙する場面では、銃で相手を吹き飛ばし、死者を処理する手順が事細く描かれ、残酷さよりも死に対する無情さを静かに訴えてくる。

アイたちの周りで起こるこれらの出来事から、物語の後半では徐々に、生と死のテーマが彼らのいる世界の存在そのものにまで及んでくる。死にたくないという人類の願いが、歪な形となって叶えられてしまった事が明らかになると、題名の「神さまのいない日曜日」の意味が読後に重くのしかかってくる。

死が日常として受け入れられる世界を、現実に準えた戦争ものや医療ものに安易に頼らず、非現実の世界にそれとなく埋め込んでいるさりげなさには作者の技巧がうかがえる。アイの旅はどうやらこの巻では終わらず、後書きによると続編が予定されているらしい。次回作ではどんな新たな展開を見せてくれるのか、今から期待せずにはいられない。

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買い忘れたラノベ、ありませんか?

4人中、4人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

バカすぎる、笑える、セリフ回しが面白い、クセになって脱出不能、などなど各作品やキャラクターの推挙理由からファンの熱気がこれでもかと伝わってきます。ヤスダスズヒト氏が描くセクシー&キュートな表紙で幕を開けます「このライトノベルがすごい!2010」。今年もラノベは元気満タンの一年でありました。

本書は主に前半がこの一年を総括したランキングで、後半はランキングを新人賞やジャンルなどで目的別に細分化したガイドブックとなっています。しかも新人賞だけでも49作品、ジャンル別で228作品とかなりの量が紹介されておりまして、まずそのボリュームに圧倒されます。ネット環境があれば気になる本のデータは容易に検索できる時代ではありますが、年間の刊行数が500冊を超えるような状況ではリアルタイムに一つずつを追いかけていくのはなかなか至難でありましょう。そうした中で、このガイドブックはいつでも手元に置いておけるショートカットとして、とても重宝する存在であります。

ランキングやガイドブック以外でのお楽しみとしては、ランキング一位に輝いた「バカとテストと召喚獣」の井上堅二氏インタビュー。仕事と執筆の両立から生まれるアイデアのひらめきが面白く、井上氏の作品を未読の私にも「これは読んでみよう」と思わせる予想外の収穫でした。
そして一般文芸書の書評、解説などでもお馴染みの日下三蔵、大森望氏らが登場し、「目利きが選ぶ注目作品&作家」にてベスト3を選出しています。中でも大森氏は紫色のクオリアやアクセル・ワールドを例に取り、ラノベにおけるSFの可能性について言及されているのですが、個人的にはこの解説に最も惹かれました。若年層向けの媒体でどれだけ作品の幅を広げられるか、これには大いに興味をそそられるところです。

さて、本書の終わりでは2010年への展望として、現在のライトノベルの周辺環境を解説しています。新レーベルの創刊ラッシュが一段落し、既存レーベルからの派生が増えている事や新人賞の差異化などが顕著に見られるようなのです。ちなみに裏表紙には過去三年分の「このライトノベルがすごい!」ランキングでのベスト5があげられていますが、今回一位の「バカとテストと召喚獣」や「とらドラ!」のようにランクアップした作品もあれば、ハルヒやフルメタルパニックなどの人気シリーズの幾つかが復活していないケースもあり、ラノベ界の群雄割拠を見る思いでありました。
新人の怒濤のラッシュと、人気シリーズ長期継続の難しさ。こうして考えると、確かにその意味でも「このライトノベルがすごい!」に長く居続けられる事は、本当に「すごい」事なのかもしれません。
そして遂に始動する、「このライトノベルがすごい!大賞」。毎年ランキングを扱っていたこの本から、とうとう作品募集が始まります。このラノ出身の新人賞が、来年のランキングでどこまで駆け上がる事ができるのでしょうか、こちらも楽しみにしたいと思います。

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紙の本成功は一日で捨て去れ

2009/11/24 19:02

安定という名の幻想を打ち砕く、柳井流サバイバル術

5人中、5人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

柳井氏の前著「一勝九敗」刊行から6年。後の文庫版あとがきでもその予定をほのかに匂わせていたが、ようやく今年になって待望の続編が登場した。
この6年の間で世界、そして日本の経済も随分と様変わりをした。リーマンショックに派遣切り、企業の相次ぐ倒産など暗いニュースが後を絶たない。希望の蕾がふくらみはじめたと思われた政権交代後も不況の出口はいまだ見えない。緩やかなデフレに突入した2009年の日本の先には一体どんな未来予想図が待ちかまえているのか。

現在の不況下にあってなお好調に業績を維持しているユニクロだが、まえがきでも触れられているように決して一人勝ちの状況ではなく、今なお日々奮戦の様子であるらしい。本書は柳井氏が一旦社長から退いた2002年、当時40歳の若い社長にその座を譲った後を綴っている。
創業期から急成長期までは柳井氏一人でもどうにか舵取りができていたが、今後の規模拡大を見込んで専門経営者チームへの移行を考えていた。そのため自らは会長の座に移り、若社長を中心とした経営者チーム体勢をスタートさせたのだった。
フリースブームの影響で会社の知名度が上がったこともあり、新体制直後は増収増益を維持する。しかし翌期には増収減益へと転じた。若社長に任された責は大きく、会社を潰したくないばかりに、いつしか安定成長志向へと傾いでいたのである。結果、再び柳井氏が社長に復帰することになった。

「成功は一日で捨て去れ」とは衝撃的なタイトルだが、正にこの冒頭の出来事こそが自戒の意味を込めた柳井流の啓発である。安定志向こそが危険であるという事例を自分の会社を題材にして紹介するのも、一歩間違えば企業イメージの低下に繋がりかねない諸刃の剣である。社長復帰の経緯の慌ただしさもそうだが、冒頭以降で書かれる出来事の一つ一つは相変わらずの試行錯誤の連続だ。全国ブランドになったがゆえに更なる課題へと立ち向かわなければならず、海外進出の手順、カシミアやジーンズ、ヒートテック等の新商品開発など、我々消費者の目線からは見えない苦労の数々が列挙される。全てが順風満帆であったとはとても言い難く、紆余曲折のユニクロの軌跡は傍目にはかなり危なっかしく見える。安定した収入と地位を求めたがる就職者の心情から俯瞰すれば、その目まぐるしさに、おそらく理解しかねる部分もあるだろう。

しかしユニクロだけではない、今そこにある背後の危機に読者の目を向けさせるには、本書のタイトルと書き出しは衝撃的であるがゆえに最も適した方法だ。旧来型の企業が次々と倒れている、暗いニュース続きのいまこそ、そろそろ安定という名の幻想を捨て去らねばならない時に来ているのだろう。
今の社会には右肩上がりの成長続きや安定した企業などは単なる幻影に過ぎず、もはや存在しないのかもしれない。昨日と変わらない日々が今日も明日も続くに違いない、そんな甘い腐臭に引き摺られた企業が一つまた一つと姿を消し、いつも不況がその代弁をする。だが一方では確実に、同じ不況の中でも生き延びている企業も存在する。
決してスマートではないけれども、時代の動向に企業を柔軟に追随させていく柳井流の理念とその方法は、前方にある現実と未来を見極める、傷だらけの記録と成果に裏打ちされた賜なのだ。

ヒートテックの好調ぶりや最近の25周年記念イベントなど、今のユニクロといえば華々しい光の面ばかりが何かと目につきやすい。「成功は一日で捨て去れ」を読み終わって、華々しさの中に隠れた陰影が見えるようになった。光も影も熟知した柳井流の哲学が惜しげもなく開陳された本書だが、果たして万人に受け入れられるものかと正直首を傾げていた。
しかしそれも全くの杞憂に終わった。発売以来、連日多くの書籍ランキングに名を連ねる様子を見る限り、もはやユニクロはフリースでもヒートテックでもない、現代のトップランナーとして既にその地位を獲得していたのだ。柳井流の哲学がもっと広く浸透したその時に、日本の不況は自力で夜明けを迎えることが出来るかもしれない。いや、きっと出来るはずだ。

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苦手意識を変えてくれたのは

9人中、7人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

資格を取得すると、今まで見えなかった世界が見える。
分からなかった事が分かるようになることで自身の視界を広げてくれる。
それに尽きる。

私自身、社会人になって既に十年以上経ち、若いとは言えない年齢にある。しかしながら生活にも仕事にも特に必要が無かったので簿記の資格を取ろうとも知ろうともしなかった。そもそも簿記自体がどことなく接しにくくて、分かりにくさがあるものだと思い込んでいた。
初心者向けに書かれたどの本を読んでも、いきなり最初から難しい言葉が並んでいて面食らう。噛み砕いた言葉で書かれていても借方は「かり」の「り」、貸方は「かし」の「し」の字で左右のどちらにあるかを覚えろと言われても良く分からない。次々と出てくる仕訳や損益、貸借などなどイメージが全くわかず、何ともとっつきにくい世界であり、ああこれはたぶん自分に向いていないんだろうという苦手意識があった。

その苦手意識を変えてくれたのが本書だった。他の初心者向けのどの本よりも分かり易い。難しそうな用語は最初の段階ではなるべく避け、順を追って少しずつ難易度が上がる構成がとても好ましい。もちろん借方は「かり」の「り」、貸方は「かし」の「し」は、やはりお決まりなので出てくるが、他の類書と違うのは貸借、損益の関係が相当頭の中に染みこむまでに、くどいくらいにページのどこかにこの関係図が出てくる。
本書では試算表の章が中盤にあるのだが、ここに入る直前まで貸借対照表も損益計算書も「かり」の「り」、「かし」の「し」が、しっかり付いて出てくる。いくら何でもそこに来るまでには覚えることになるのだが、くどいくらいの丁寧さによって記憶にしっかりと焼き付けられ、初心者にはとても助かる。まさに反復こそが学習の要である。
本書に出てくる勘定科目の分類を覚える方法は、簡単かつ納得である。小難しいことをずらずらと並べ立てられるよりも「その結果が嬉しいのか嫌なのか」で分類する大胆な覚え方である。

例えば未払家賃であれば、
本来なら払うべき費用をまだ払っていないので嫌だなあ→負債
未収利息なら、
本来なら貰える利息をまだもらっていないけど先で貰えるから嬉しいな→資産

こんな感じで本書では負債、資産のどちらに入るかを説明している。
あまりにも簡単すぎて拍子抜けしてしまう。
最終的に試算表、精算表を作るようになる頃にはこの説明がなくても自力で理解でき、問題を解けるようになるまでの力は付く。しかしそこへ辿り着くまでのきっかけに、この「嬉しい」「嫌だな」の二択による考え方で問題が解けるのは初心者にとっては目から鱗で、簿記の学習効率が格段に上がることとなった。
他にも立替金や減価償却費など、仕訳にも一つ一つ詳しい説明があって、前の章に戻らなくても理解できるよう構成に工夫が凝らされていて、かゆいところに手が届く作りになっている。
独学で簿記を学ぶなら、そして簿記を苦手と感じている人にこそ最初の一冊にこれをまずお勧めしたい。値段以上の価値はある。

新しい物事を勉強することによって、あなた自身の視界を広げてくれるきっかけになれば、とても嬉しい。

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