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tokuさんのレビュー一覧

投稿者:toku

314 件中 16 件~ 30 件を表示

紙の本

家康、昌幸、信幸それぞれの思いが九度山をめぐる

5人中、5人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

命を助けられた真田昌幸・幸村が、上田城を徳川へ引き渡して紀州九度山へ蟄居させられるところから、真田昌幸が十余年に及ぶ倦んだ日々によって身体を蝕まれ、やがて病の床につくようになるまでを描いている。

その十年ほどの期間の中に、
・父と弟を紀州へ護送する真田信幸の苦労と心痛
・九度山で再び世に出ることへの期待と絶望に揺れる昌幸と幸村
・関ヶ原の合戦後ちりぢりになっていたが再び集結し、九度山へ配流された真田本家のために態勢を整える真田の草の者
・昌幸とお徳の子・於菊を預かった滝川一益の孫・三九郎一積のその後
・徳川の難題にもまったく隙を見せず、徳川家のために働き、豊臣家への忠節を曲げない加藤清正
などが描かれている。

七巻・関ヶ原では関ヶ原の合戦という大きな歴史の流れを中心に、その中で動く諸大名、忍びたちを描いていた。
本八巻では逆に、個々の大名や忍びたちに焦点を当てたものとなっており、内容が濃く感じられた。
特に本田忠勝の決死の助命嘆願によって命は救われた昌幸が『初めは静かに過ごしていればそのうち赦免され、やがて世にで、その時は』と期待する様子、長年の蟄居生活による倦んだ日々と、赦免運動をしていた本田忠勝の死によって世に出る希望がなくなり衰弱していく様子が多く描かれており、世間で幸村の九度山からの脱出劇が多く語られているなか、九度山での蟄居生活の様子は興味深いものがあった。

本巻で描かれている十年ほどの歳月は、心身の衰弱が激しい甲賀忍び頭領山中俊房とその死、お江と草の者に執念を持つ猫田与助に冷たい目を向ける平和ぼけした甲賀忍びたち、病に伏せる真田昌幸、本田忠勝の死など、一つの世代や意識が変わりつつあるのが感じられる。


年老いてなお、お江に執念を燃やす猫田与助の姿も存分に描かれ、真田太平記の楽しみの一つとなっている。
関ヶ原の合戦後、真田忍びは絶えたと安心し危機感がなくなってしまった甲賀忍びに失望した猫田与助が、この後お江や真田の草の者がどのように対決していくのか、とても楽しみだ。

真田信之(信幸)の、名前を変えてまで父との決別や徳川の臣として生きることを内外に示し、そして父と弟・幸村の蟄居解除を願って、とにかく徳川の神経を苛立たせないための配慮、少しでも徳川の気持ちを和らげようとする思いはとても暖かい。

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紙の本

泥沼の朝鮮出兵、混乱の国内情勢、甲賀と草の者の白熱の追走劇

5人中、5人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

朝鮮出兵が泥沼の様相となりつつあるとき秀頼が誕生するところから、秀吉、前田利家の死去後の文治派と武断派の争いの結果、家康に庇護を求めた三成が、五奉行を辞して佐和山にて戻るあたりまでを描いている。

本巻では、とにかく泥沼化する朝鮮での戦いとともに、秀頼が生まれたことによる秀吉の病的な喜びと国内での混乱が描かれている。
現地の状況を正確に伝えられていない秀吉の命令と、それをそのまま実行できない現地の苦しい状況や、石田三成・小西行長らと加藤清正たちの不和などによって、日本軍、朝鮮・明軍共に益のない朝鮮での戦いはますます混乱していく。
これらの混乱と合わせ、後継者がいなかった秀吉の秀頼誕生を喜ぶ異常さ、関白・秀次への怒り、戦時中の伏見城築城と醍醐の花見など、国内でも秀吉の手によって起こされる混乱の様子が描かれている。

甲賀の忍・猫田与助たちが真田の草の者・お江たちを追いつめる追跡劇も見所の一つで、思わぬ結末に驚かされる。
また、ドラマチックに登場した鈴木右近の帰還も見逃せない。
そして、草の者として一人前になりつつある、向井左平次の息子・佐助の活躍と、沼田に移った樋口角兵衛が今後どのように物語に影響を与えていくのか楽しみだ。

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紙の本

徳川を翻弄する真田の姿が痛快

5人中、5人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

徳川と真田が激突する第一次上田合戦から、秀吉の朝鮮出兵が間近に迫っている所までを描いている。

本巻の見所は、やはり上田合戦。
『北条への沼田引き渡し』を拒んだ真田に対する徳川の示威行動だ。
二軍級とはいえ約五倍の兵力を持つ徳川軍を、決死ではあるが思惑通りに徳川軍を撹乱し、撃退する様は読んでいて痛快。
そして秀吉の密命とはいえ、『見守る』だけであった上杉の『いざとなったら上田へ押し出す』助力も、真田への好意が現れていて気持がよい。

歴史の流れも掴みやすく、細かい出来事の前後関係もハッキリと分かり、細切れだった歴史の知識がつながっていく。
例えば、家康による真田信幸と本田忠勝の娘との婚姻の提案。上田合戦後、秀吉が徳川と真田の仲介をし、真田が徳川へ出仕したときの提案だとは思わなかった。
また朝鮮出兵の小田原征伐から二年の経たず計画されだした事についても、国を安定させる間もなく戦いに出向いていくことに驚いた。
このことは史実と年号を付き合わせていけば、分かることなのだが、物語を読みながらだとその事柄が感覚としても記憶に残りやすい。


池波作品を読んできて嬉しかったのが、「獅子」「獅子の眠り(黒幕より)」「錯乱(真田騒動より)」に登場し、90歳を超えた信幸に長く仕えてきた『鈴木右近』の存在。
池波氏がくどいほど書いてきた信幸と右近の若き姿と、彼らを取り巻く物語が存分に描かれているのは非常に嬉しい。

信幸・幸村の従兄弟・樋口角兵衛も気になる存在だ。
人間離れした怪力で一度は幸村を殺そうとした少年の角兵衛は、自分を十分に褒めてくれないと不満を持つ性格で、思わせぶりな物語中の解説でもう一波乱ありそうだと期待させる。


ちなみに本巻に登場する人物を主人公として描いている作品がある。

●『命の城』(黒幕に収録)
血と汗で勝ち取った沼田城に対する真田昌幸の思いを描いている。
小田原征伐のきっかけを作るためのの原因となった北条の名胡桃城奪取だが、昌幸はそれを知っていてあえて動かなかった。
北条が滅びれば沼田も自分の手に戻ってくるだろうことを計算して、苦悩しながらも名胡桃城を見捨てた昌幸の沼田城への複雑な思いが描かれている。

●『勘兵衛奉公記』(黒幕に収録)
小田原征伐のとき、中山城攻めで一番の働きを見せたが、主・中村一氏に手柄を独り占めにされたことに激怒し、主を見限って去ってしまった渡辺勘兵衛の物語。
十六歳の頃からの勘兵衛が描かれており、『わたり奉公人』として自分の槍先一つにすべてをかけて生き抜いていく勘兵衛の生涯

●『戦国幻想曲』
上記『勘兵衛奉公記』の主人公・渡辺勘兵衛を主人公とした長編小説。

●『角兵衛狂乱図』(あばれ狼に収録)
真田昌幸の血を引きながら、幸村・信幸の従兄弟として育った恐るべき力をもつ樋口角兵衛の物語
昌幸の義妹である角兵衛の母の罪が、角兵衛の生涯を翻弄していく様子を描いている。

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紙の本

紙の本赤ひげ診療譚 改版

2009/12/12 19:07

赤ひげの信念とジレンマが登とともに読者を成長させる

5人中、5人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

<あらすじ>
長崎への遊学が終わった保本登。彼は小石川養生所から呼び出され、医院見習いとして住み込むことになった。
本来なら遊学後、江戸に帰ると幕府の御目見医の席が与えられるはずだった登は、ちぐさが遊学の終わりを待てず他の男と結婚してしまったことに傷ついていた。
そして養生所に勤めることになったのは、ちぐさの父であり、長崎遊学の便宜、御目見医への推薦の約束をしてくれた天野源伯と源伯の友人である父らの陰謀だと憤慨した。

医長『赤髭』こと新出去定は、小石川養生所の方針に反発していた登を気にも留めず、外診に連れて出るようになった。
そこでの最下層の人々の苦しみや去定の強靱な信念に触れた登は、去定を慕いだし、精神的に成長し始める。

<感想>
本書は独立した話とそれを貫く時間で構成された連作短編となっている。
淡々と物語が進むのでメリハリがなくなってしまうところを、各話の独立した短編形式となることで、全体のリズムが生まれている。

各話は毎回病を持った人々を診療することで話が進んでいき、登が貧しい人々の最下層から這い上がれない苦しみ、去定の社会への憤りや貧しい人々に力になることができないジレンマに触れることで、毎回成長していく姿を見ることができる。

登の成長の大きな印として印象に残っているのは婚約者だったちぐさと、その妹・まさをを見る目である。
自分の姉妹の見る目の違いに気づいた登は、養生所での経験が自分を成長させたのだと気づいている。

また登の成長の他に、去定の社会への憤りや貧しい人々への思いも見所だと思う。
『徒労に賭ける』では、去定は貧しい人々が起こす罪悪に深い理解を示し、その因を克服する努力がはらわれなければならない筈と説き、しかしそれは徒労に終わるかもしれないと言っている。
この思いが去定の貧しい人たちを救おうとする力となっているにもかかわらず、逆にこのことが去定を苦しめたりもする場合も描かれ、実際にこの状態から抜け出すにはどうすれば……と考えさせられる。

そして『氷の下の芽』には、徒労に終わってしまうかもしれない努力と、そのような去定の生き方に対する、登の答えがある。
それが『氷の下の芽』であり、登もまた『氷の下の芽』を選ぶのである。

本書は何度も読むことで新しい発見が得られるすばらしい作品だと思う。
また時間をおいて読み返したい。

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紙の本

紙の本春秋の檻 新装版

2009/11/29 19:23

牢医師が柔術を駆使して活躍するシリアスだがユーモア溢れる爽快小説

5人中、5人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

獄医立花登手控えシリーズ第一弾。

本書は連作短編もので、小伝馬町の牢医者として働く立花登を主人公とした小説。
立花登が、牢に入れられている者たちから、相談事や訴えが持ちかけられるというスタイルで描かれている。

当然罪人からの頼み事だから、危険な目に遭う。
武家物であったら巧みな剣さばきで危機を脱し……となるところだが、立花登は牢医者。
そこで登の身を守るのが柔術である。刀を持つ相手と闘う緊迫した躍動感がこの作品の魅力でもある。

これまで読んできた藤沢作品は、市井に生きる人々や、身分は低いが剣の腕はたつという者を描いている物が多かったため、本書の牢医者で柔術使いという人物設定がとても新鮮だった。


ところで牢に入っているものから頼み事を聞き……という物語を読んで、佐藤雅美著「縮尻鏡三郎」を想像した。
主人公の拝郷鏡三郎は、小伝馬町の牢へ送る前の下調べをする仮牢兼調所である大番屋の元締め。
彼の元へ小伝馬町の牢へ連れて行かれる前に、身内たちから色々と相談事が持ち込まれ、情やしがらみなどから頼み事に骨を折るというもの。

立花登が勤める牢は、大番屋で調べが終わったあと連れて行かれる小伝馬町の牢であり、内容は「縮尻鏡三郎」のホームドラマ的ほのぼのとした雰囲気と違って、少々シリアスである。
シリアスであるが、登が居候する叔父の小牧家の人々はユニークで、叔父の玄庵は俊才の名を欲しいままにした人物と母から聞かされていたが、実際は流行らない町医者で酒好きの怠け者。
その妻である叔母は叔父を尻に敷き、登を居候扱いして台所で食事をさせる。
娘は母親似にて美貌だがそれを鼻にかけ驕慢で、登を呼び捨てにする。
これらの人たちのおかげで、シリアスな世界に滑稽な箸休めをもらたして、全体的に柔らかな雰囲気を演出し、肩の力を抜いて読める小説だと感じた。


ところで本書の後半で、叔母と娘の態度に若干の変化をもたらす重大な事件が起こるので、今後、彼女たちと登の関係がどのように変わっていくのかが非常に楽しみである。

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紙の本

紙の本遅読のすすめ 増補

2012/03/13 18:45

味わいの海に漂う幸福感。あぁ遅読したい。

4人中、4人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

「呑気と見える人々も、心の底を叩いて見ると、どこか悲しい音がする」

 著者は三度目の『吾輩は猫である』で、この一行を見つけた。
 そして、そこに広がる味わいに触れて、こう述懐する。

「さみしいような、切実なような、それでいて、かえって幸福をも感じさせる深い気持ち。そんな気持ちを、何分か味わいつづけた」

 これまで、この一文に気づかなかったのは、速く読んでいたからだという。
 ところが、前に続いている二十六ページ余りをゆっくり読むうち、読書の幸福感がにじみ、上の一文が目に留まる。

 二十六ページ余りの話はこうだ。
 猫の主人・苦沙弥先生のもとに、友人の迷亭、寒月君、独仙君、東風君などが集まり、わいわいがやがやと無駄話に興じた。
 そのうち日が落ちて、みんなが帰り、苦沙弥先生は書斎にこもり、妻君は縫い物をはじめ、子供たちは寝、下女は銭湯へ行く。
 家はひっそり静まりかえる。
 小説も静まりかえる。
 そこに上の一文がくる。

 祭りの賑わい、その後の静けさ。
 それを体感して、ただの一文が心を潤す慈雨となった。
 その邂逅の喜びと、文章の味わいがもたらす恍惚は、麻薬的に違いない。
 著者は、本書を次のように書き始めている。

「本はゆっくり読む。ゆっくり読んでいると、一年にほんの一度や二度でも、ふと陶然とした思いがふくらんでくることがある。一年三百六十五日のうち、そんなよろこびが訪れるのは、ただの何分か、あるいは何秒のことに過ぎないかも知れない。それでも、速く読みとばしていたなら、そのたった何分、何秒かのよろこびさえ訪れない」

 こんなエピソードから始まる本書は、遅読の味わいを紹介する本だ。
 多くの精読家たちの読書エッセイなどを紹介して、彼らの本の味わい方を語り、自身の読書で印象に残った本を引用し、その滋味を伝える。
 引用する作品は多彩で、高野文子作『黄色い本』、川上弘美著『センセイの鞄』、内田百間著『阿房列車』など、マンガから文芸書、エッセイまで、親しみやすい作品が多く、精読の入門書のよう。

 語られる著者や精読家たちの陶然ぶりも、とても魅力的だ。
 本の味わいに取り憑かれた人たちの姿に触れるにつれ、「あぁ遅読したい」という欲求が溢れだし、遅読がもたらす味わいの海に漂うような幸福感が満ちてくる。
 そして、これまでの粗読していた本にも、『我が輩は猫である』のような邂逅があるかもしれないと思うと、もう一度じっくり読み返したくなってくる。

 この遅読の魅力を綴っているのは、第一部【遅読のすすめ】
 第二部【本が好きになる本の話】は、文庫版オリジナルとして、著者の書評を収録。
 かつて日刊ゲンダイに『狐』のペンネームで連載した著者の書評は、『水曜日は狐の書評』、『もっと、狐の書評』など書評の本としてまとめられた。
 だからという訳ではないが、収録の書評もウマい。

 自分の主張よりも本の主張。
 本とその著者の魅力が満ちている。
 そんな書評ばかりなのだ。
 だから著者の書評を読むと、読みたい本が確実に増えていく。

 『水曜日は狐の書評』に収録された川原泉作のSFマンガ『ブレーメン2 第一巻』の書評で、著者はこんなことを言っている。

「読む本は選ばねばならない。人生はあまりにも短いのである」

 それなのに著者の書評のせいで、読みたい本が増えすぎてしまうのはどういうことだろう。

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紙の本

紙の本のんのんばあとオレ

2012/01/03 18:20

水木しげるの少年時代を描いたマンガ。心の栄養の詰まったこのマンガが近くにあることの幸せ。

5人中、4人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 近所に住んでいた『のんのんばあ』との交流を中心に、水木しげるの少年時代を描いた自伝的マンガ。
 水木しげると妖怪の関係を決定づけた少年時代の出来事が描かれつつ、心の栄養が詰まったマンガだった。

 妖怪や『見えんけどおる』ものの存在、さまざまな言い伝えをのんのんばあに教えてもらった少年水木しげる。
 水木しげるは少年時代、さまざまな出来事に心を痛めた。
 好きだった女の子の死、売られていく女の子、ガキ大将の座をめぐる仲間同士の争い。

 そんな出来事に傷つくしげる少年を、のんのんばあや父は優しく慰める。
 その言葉は的確に心の傷をいたわり、心が強く優しくなっていくように癒していく。

 好きだった女の子が死に、何にもする気がなくなったしげる少年に、のんのんばあは言う。
「それはなぁ、千草さんの魂がしげーさんの心に宿ったけん、心が重たくなっちょるだがね」
「魂は十万億土に行くんじゃなかったんか」
「大部分はそうだけど、少しずつゆかりの人の心に残るんだがね。人の心はなぁ、いろんな魂が宿るけん成長するんだよ」

 しげる少年は、売られていく女の子を助けようと、人買いに力で立ち向かうものの、負けてしまう。
 自分はこんなに弱かったのかと落ち込むしげる少年に、父は言う。
「でも強さ弱さというのは力じゃないだろう。いくら力が強くても気持ちまでおさえるつけることはできないだろう」
「ほんなら強さってなんだ」
「それは自分で知ることだろう。ま、今日のような悔しさや痛みが少しずつ強くしてゆくんだろうが」

 落ち込んでいることを気づいてくれる人。
 落ち込んでいるときに慰めてくれる人。
 そういう人が近くにいてくれることは、とても幸せだ。

 この二人の言葉が心に染み込んでくる。
 まるで心が二人の言葉を欲しているかのよう。
 穏やかで、しかし力強い何かに心が満たされてされていく。
 もしかしたら二人の言葉には、心の栄養が詰まっているのかもしれない。

 このマンガが近くにあることも幸せだと思った。

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紙の本

紙の本闇の傀儡師 新装版 上

2011/03/19 19:13

純粋に小説を楽しむ喜びの息づく、藤沢流伝奇時代小説。

4人中、4人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 中学、高校になると文章の読解力が試される。『このとき主人公はどう思ったか』、『作者は何を言いたかったのか』。この設問に対して『これには正解があるのか』、『点を付ける基準はあるのか』という疑問を感じながらも、もっともらしく回答していた記憶がある。この画一的回答の要求を匂わせる設問に遭ってから、文章に対して純粋に向き合えない息苦しさを感じるときがあるように思う。

 本書「闇の傀儡師」は、そんな息苦しさを感じる以前の、純粋に物語を楽しんでいた頃の喜びが息づいている作品である。
 著者は、あとがきで、勉強そっちのけで濫読していた小学生時代を振り返り、その頃読んだ無頼のおもしろさを持つ作品が心に残っていて、それがこの「闇の傀儡師」につながっていると述懐する。読み始めてみると、なるほど藤沢少年が夢中で読み耽っていたであろうように、本書には我を忘れて読み込んでしまうおもしろさが詰まっている。

 本書は、政争に巻き込まれた浪人を主人公とする、藤沢作品の武家ものの定番とも言うべき設定だが、その構成は伝奇的スタイルを取っている。
 物語は、田沼意次と松平定信の確執、そして見え隠れする徳川治済の影を基軸に進められる。そこに将軍家後継のとき現れるという、駿河大納言忠長ゆかりの謎の徒党・八嶽党の暗躍が絡み、自らを廃嫡して筆耕で口に糊する元御家人で無限流の達人・鶴見源次郎が、死に際の公儀隠密より密書を託されてから、その政争に巻き込まれていくである。
 八嶽党出現の意図、田沼意次や一橋治済の画策、鶴見源次郎の抱える心の闇、蠢動する八嶽党との闘い、柳生流に似た剣を使う謎の剣士、など息もつかせない展開と思わぬ流れ、なかなか明らかにならない謎で、読む者は物語の世界に引き込まれていく。

 私の数少ない読書遍歴から伝奇小説を挙げると、大佛次郎著「ごろつき船」と角田喜久雄著「半九郎闇日記」がある。どちらもスピーディーで目まぐるしく変わる展開や、深まる謎が魅力の作品で、跳躍しながら進む物語という印象があった。
 この「闇の傀儡師」の場合は、藤沢流に地に足をつけてしっとり落ち着きながらも、次々と動く展開に目が離せず、そして藤沢作品の魅力を損なわずに伝奇小説として仕上げられ、そのおもしろさを十二分に堪能できる作品である。

 惜しむらくは、本書が原作のテレビドラマ「風光る剣―八嶽党秘聞」を先に見てしまったことだろう。

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紙の本

紙の本文章読本

2011/01/12 18:43

書評家としての視点で、晴朗で快い文章への道を解説した文章の導。

5人中、4人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 著者は、【名文の条件―序文に代えて―】で、丸谷才一著「文章読本」から名文の条件『君が読んで感心すればそれが名文である』を引用して、文章を書こうと志す人を勇気づける言葉であるとしつつも、それがしめった文章である場合の、陰湿な情念による侵蝕の害について触れ、名文には、その制御と晴朗で快い文章が望まれると述べた。
 本書は、その晴朗で快い文章の備えるべき用件を鮮明に解説し、美徳を備えた名文への導とした作品である。

 四年近く費やしたという本書は、以下の構成となっている。
●名文の条件―序に代えて―
●第一章 乾いた文章 湿った文章
●第二章 明晰と曖昧
●第三章 文体とは何か
●第四章 文章感覚とは何か
●第五章 殺し文句の功罪
●第六章 ユーモアで彩る
●第七章 文章の気品
●第八章 文章のおしゃれ
●第九章 文章の効率
●第十章 起承転結のすすめ
●内容あっての文章―しめくくりに―

 この文章読本の特徴は、作家ではなく、書評家として名高い著者が執筆していることで、その客観的な分析による具体的な解説や、文章の善し悪しを気付きやすい名文と悪文の比較など、一般読者も分かりやすく、なるほど、と納得するところが多い内容となっている。

 例えば、文体の魅力を取り上げた第三章【文体とは何か】で、著者は、フレドリック・ブラウン著「狂った星座」を例にとり、福島正実訳と星新一訳を比較対照、星新一の不思議な文体が持つ魅力を言葉を尽くして解説し、独創の刻印を打たれた文体、として賛嘆。
 さらに、渡辺洋美訳と横山貞子訳のカーレン・ブリクセン著「アフリカ農場」の一節を例に取り、渡辺洋美訳を快い緊張感のある文章として、感嘆している。
 この比較は、文体の持つ魅力を知らしめるだけに留まらず、一つの原文がこんなにも違う翻訳になるものかと、文章の奥深さに驚かされるもので、その違いを明確に認識することができる。

 余談だが、人物や心情の描写が控えめな星作品の、それが欠けてもなお、なぜ魅力的なのかという、秘密の一端を知ることができたのは幸いだった。
 著者の星新一の文体評は一ページほどだが、これまで読んできた星作品の巻末解説には、文体を通してその魅力を説いたものは皆無で、これだけでも本書を読んだ甲斐があった。

 この例のような、名文と悪文を比較して名文の長所を認識させる章の他に、実用的な文章の解説もある。
 特に、第十章【起承転結のすすめ】では、起承転結を文章を整える手段としてではなく、文章に流れを作り出し、説得力を飛躍的に高める、文章の駆動装置として、『起承転結』の各機能と連動性が丁寧に解説されており、非常に分かりやすい。
 実用的といっても、すぐに活用できるものではないが、それぞれの機能とつながりが理解しやすい内容なので、文章を書くとき、これらを意識することで、徐々にコツが掴めていくはずである。

 本書は、上記に紹介したような分かりやすい説明に加え、古文など多く引用した作家たちの文章読本と違い、現代文に多くの引用を求め、古文が分からない人でも、名文への道を歩みやすい一冊になっている。
 そして各章の終わりには、引用した作品の一覧が掲載されており、著者の明快な解説に触れていると、読んでみたくなる作品が少なからず出てきて、名文の書目として手放せない一冊でもある。

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紙の本

紙の本春秋山伏記 改版

2010/10/03 18:45

村の生々しい暮らしを荘内弁で描き出す、羽黒山伏と村人のユーモラスな物語。

4人中、4人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

鶴ヶ岡(現在の山形県鶴岡市)にほど近い山間の村を舞台に、主人公で『村の駐在』的役割を務める羽黒山伏・大鷲坊と、村人の交流や習俗を描いた作品。

荘内弁で描き出す村人の、良くも悪くも生々しい暮らしが特徴的で、山伏と村人のユーモラスな交流と、先を読まずにはいられない物語は魅力的。
会話が荘内弁で書かれた異色の作品であるが、生き生きとした人々の濃厚な交流が暖かい良書だと感じた。

荘内弁の会話が今一つしっくりこないという人には、藤沢周平原作の映画「たそがれ清兵衛」を観ることをお奨めします。
完璧に荘内弁を取り入れたものではないようですが、会話のリズムやアクセントを聞くと、本書の会話のイメージが湧きやすくなります。

【験試し】
羽黒山から来たという山伏・大鷲坊は、別当を勤めていた山伏・月心坊を神社から追い出した。
たしかに羽黒山の発行した書付けを持つ大鷲坊が正式な別当だったが、村人は別当として七、八年も働いた月心坊を仲間と思っていた。
村人は、大鷲坊を追い出すべく、歩けなくなった娘を法力で治せるなら認めると、難題を持ちかけた。

祈祷の力を信じ、排他的である村の物語に違和感なく入っていける。
それは、大鷲坊の、村人の信仰心を損なわず、歩けない娘を診る現実的で聡明な行動が読者を納得させるからだろう。

【狐の足あと】
村人の信頼を得た大鷲坊は、肝煎に呼び出され、仲立ちを依頼された。
添役の息子・宗助は、かつて城下で間男を半殺しにした広太の妻に手を出してしまったのだ。
宗助は、それを理由に強請ってきた貧しい権蔵を投げ飛ばしたものの、権蔵の妻が広太に言いつけると怒鳴り込んできたという。

『馬ペロ』というあだ名をつけながらも、怪力を想像させる広太の巨躯に畏怖する村人の姿が、なんともユーモラス。
権蔵の妻と話をつける大鷲坊の手腕が見所で、間男のことを知った広太を納得させる大鷲坊に脱帽。

【火の家】
十九年前に火事で焼死した、政右ェ門夫婦の持っていた水車小屋に男が住み着いた。
その男とは、村に禍を起こしたと噂された政右ェ門夫婦の、生き残った息子・源吉だった。
彼を恐れる村人は大鷲坊に、村から出ていく説得を依頼する。

大鷲坊が探偵役となって、源吉の両親にあった噂や、源吉の村に現れた真意を探る、サスペンス調の作品。
狭い世界に生きる人々の頑迷な思い込みと、理不尽な仕打ちを受ける者の姿はやり切れない悲しさに満ちている。

【安蔵の嫁】
すっかり村に溶け込んだ大鷲坊は、太久郎のばばから、なぜか女子から嫌われているという息子・安蔵の嫁探しを頼まれた。
山のような柴を背負う安蔵は怪力であったが、実際会って話してみると、色白で声が高く、もじもじと身体をくねらせる、男の魅力に欠ける男だった。
一方、太久郎のばばから聞いた友助の家を訪ねてみると、娘のおてつには確かに狐が憑いていた。

狐が憑いたおてつのリアルな描写もさることながら、憑いた狐を落とす山伏の本職に圧倒される。
その一方で、村人からすっかり頼りにされ、安蔵の男らしさのアピールに心を砕く大鷲坊はまさに『村の駐在』

【人攫い】
祭りをやっている神社へ一人で行った、おとしの娘・たみえがいなくなった。
たみえを攫ったのは、山に住み毎年箕つくりにやって来る夫婦である。
捜索の指揮を買って出た大鷲坊は、四方の山伏に連絡を取ると、この村から十里離れた村を通り過ぎたという情報が入った。


はっきりとした場所の知れない山窩の村に向けて、険しい山道を進む、スリル溢れる物語。
おとしをつれて進む厳しい探索のもたらす結末が、とても気持ちよい。
ところで子供を探しに行った場所をGoogle Mapsで調べてみると、一つの目標としていた『オツボ峰』や『大鳥池』が、現在でもかなり山深く、鶴岡からも遠いことが分かる。
他にも作中に出てくる山や沢が見つかるので、Google Mapsを見ながら読むと面白いかも知れない。

※山窩―さんか:山間部を移動しながら漂泊生活をおくっていた人々。山菜などの採集や狩猟・川漁、あるいは箕・籠などの竹細工を生業としていた。(三省堂大辞林より)

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紙の本孤剣 用心棒日月抄 改版

2010/07/28 18:51

藩主毒殺に関わる文書を巡る争奪戦。文書を持つ大富静馬。それを狙う大富家老一味と公儀隠密。文書奪還の密命を帯び用心棒で糊口を凌ぐ青江又八郎の、孤独の闘いが始まる。

4人中、4人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

【あらすじ】
間宮中老の召還により国に戻った青江又八郎は、大富家老と侍医村島による藩主毒殺の証言をし、旧録の馬廻り組百石に戻され、祖母と許婚由亀と暮らし始めた。
ところが藩に異常事態が起こった。大富家の処分を終えたものの、藩主毒殺の企てに加わった一味を処分するための連判状と手紙類、大富の日記が消えていたのである。
その書類一切を持ち出した者は大富静馬。大富家老の甥にあたる。彼は脱藩の際、襲ってきた公儀隠密を斬っていた。
大富静馬の持ち出した藩主毒殺を証拠立てる書類一切が、公儀隠密の手に落ちれば、藩の取りつぶしは必定。
藩政を掌握した間宮中老は、いまだ蠢動する大富家老一味の目を欺くため、又八郎に再び脱藩と書類の奪還を命じた。
少ない当座の金を渡されたのみで仕送りはなし。静馬捜索の藩の支援もない。
又八郎は、江戸で再び暮らしを立てるため用心棒となる一方、大富静馬と書類を狙う大富家老一味、公儀隠密との孤独の闘いを始めた。

【書評】
用心棒日月抄シリーズ第二弾。
前作「用心棒日月抄」で、国に帰藩を果たし旧録に戻された青江又八郎だったが、一安心したのも束の間、本作品で再び脱藩者として、江戸に舞い戻ることになる。

本作品では、前回につづき又八郎に厳しい境遇が与えられる。
藩命でありながら間宮中老からの支援は一切なし。自力で暮らしを立てなければならず、藩主毒殺の証拠書類を狙うのは、又八郎の他に、藩主毒殺と関わった証拠消したい大富家老一味と、藩の落ち度を掴みたい公儀隠密。そして書類を持つのは東軍流の剣客大富静馬。
またしても用心棒で稼ぐ羽目になりながら、孤立無援の状況でいかにして書類を奪還するのか。
この本流とともに、例のごとく、全八話に変わり種の用心棒稼業が描かれている。

前作での忠臣蔵が関係してくるような趣向はないものの、随所に見られるユーモアは健在。
長い間の用心棒稼業で疑り深くなった又八郎と、書類奪還を命じておきながら一切支援をしない間宮中老との掛け合いに始まり、変わり種の用心棒を斡旋する口入れ屋吉蔵、用心棒仲間の細谷源太夫らのコミカルな交流が楽しめる。

さらに吉蔵の口入れ屋に新しくやってきた貧相な風貌の米坂が用心棒仲間に加わり、前作で国へ帰還する又八郎を襲った女刺客佐知が、動きのままならない又八郎の密命を助け、交情を深めるという、新しい登場人物の活躍もある。

そういう訳で、前作同様、夢中になって読み終えることができる作品だが、次はいったいどういう『災難』で用心棒に舞い戻るのか、意地悪な気持ちで第三弾「刺客―用心棒日月抄」に手が伸びている。


ところで巻末に、『藤沢周平の文体』と題して向井敏氏の解説が掲載されている。
剣客小説において、藤沢周平の張りつめたような端正で切れの良い文体が、いかに望ましいかを述べているが、転じて、この用心棒日月抄シリーズで試みられた、のびやかで柔軟な描法の結実を語り、例文を用いたそれらの丁寧な解説がとても印象に残る。藤沢作品の面白さの一端を窺える解説である。
そういう向井氏の解説は、淀みなく流れる川のように自然で、一つの読み物として受け入れられるのは、向井氏が『文章読本(文春文庫)』で文章の表現をまとめていることと、無関係ではないだろう。
自分もこういう文章が書けるようになりたいものである。

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第一弾:用心棒日月抄
第二弾:孤剣―用心棒日月抄
第三弾:刺客―用心棒日月抄
第四弾:凶刃―用心棒日月抄

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紙の本用心棒日月抄 改版

2010/07/27 18:48

国元からの刺客を迎え討ちながら、江戸で糊口を凌ぐために始めた用心棒。随所に見られるユーモアや個性的な登場人物によって得た明るさと、幾重にも凝らされたサスペンス的趣向が魅力の時代小説。

4人中、4人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

【あらすじ】
青江又八郎は、国元で偶然に筆頭家老大富と藩主侍医村島の、藩主毒殺の密談を聞いてしまった。
又八郎は、許婚由亀の父で徒目付の平沼に、大富家老の陰謀を打ち明けたが、斬りかかられ、反射的に平沼を斬った。その夜、ただ一人の身寄りである祖母を残して脱藩し、江戸にやってきた。
又八郎は、糊口を凌ぐため口入れ屋でさまざまな用心棒の斡旋を受けながら、国元からの刺客を迎え討ち、やがて父の仇と現れるかもしれない由亀を待つのだった。

【書評】
用心棒日月抄シリーズ第一弾。
多くの評論家や著者自身が『明るい基調を見せ始めた作品』と言っているとおり、ユーモアと個性的な登場人物たちによって明るい雰囲気に包まれいて、哀しい結末を描かないことで爽やかな印象を残す作品となっている。

本書の明るさは、哀しい境遇にもかかわらず主人公又八郎の開き直った自嘲的な様子、変わり種の用心棒、情もあり律儀な口入れ屋吉蔵との交流、職の斡旋には抜け目がない吉蔵との割の良い仕事を巡る掛け合い、口入れ屋で知り合った豪快な子だくさん浪人細谷源太夫との交流、などによって創り出されている。
それも初めて訪れた口入れ屋で、細谷に割の良い仕事を攫われたあげく、犬の用心棒しか残っていないと無慈悲に言う吉蔵と、それを受けて犬の用心棒につくという奇抜な第一話から、何やら面白そうな空気が漂い始め、ページをめくる手が止まらなくなる。

ユーモア溢れる作品「獄医立花登手控え」シリーズは、その反面、シリアスで暗い部分もあり、明るさと暗さが対照的に描かれていたが、本作品では、その暗さの部分を自嘲的に描くことで、全体的な明るさを獲得しているように感じられた。

本書の魅力は、その明るさだけではなく、幾重にも凝らされたサスペンス的趣向にもある。
全十話に別れた用心棒又八郎の活躍を軸に、用心棒又八郎の周囲に見え隠れする赤穂浪士と吉良方の影、思い出した頃に襲ってくる国元からの刺客との剣闘、国元に残してきた祖母と許婚だった由亀の様子、などサスペンス的趣向が二重三重に凝らされ、物語と読者の読進欲を力強く牽引している。


変わり種の用心棒の他に人足もこなす主人公だが、定職のない生活は楽ではない。何日か雇われたあとは、また新しい仕事を探さなければいけない。
たびたび空になる米櫃、近所の住民達との飯の貸し借り、割の良い仕事の切望、用心棒先での飯の心配、そういった食に関わる挿話は、又八郎の生活臭を生々しく漂わせ、ヒーロー然としていない主人公をどうしても応援したくなる。
その反面、今度はどんな変わり種の用心棒が……と意地悪な気持ちも湧いてくる。
本書は、主人公にそんな気持ちを抱かせる良作なのである。

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第一弾:用心棒日月抄
第二弾:用心棒日月抄―孤剣
第三弾:用心棒日月抄―刺客
第四弾:用心棒日月抄―凶刃

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紙の本ささやく河 改版

2010/05/02 19:00

シリーズ中最も濃厚な作品。完結編にも関わらず変わりない伊之助の世界が、連綿と続くであろう彫師伊之助捕物覚えの世界に思いを馳せさせる。

4人中、4人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

元腕利きの岡っ引きで版木彫り師伊之助が活躍する「彫師伊之助捕物覚え」シリーズ第三弾。完結巻。

第二弾「漆黒の霧の中で―彫師伊之助捕物覚え」で、定廻り同心石塚の手練手管に乗せられ、嫌々ながらもかつての岡っ引きの血が騒いで、殺された男・七蔵の素性調査くらいだったらと引き受けた伊之助。
深入りする必要に迫られた七蔵殺しの事件は、大店と寺が行っていた大がかりな詐欺を暴き出す結果となり、伊之助は悪鬼のような剣客と体術で立ち向かうこととなった。

今作では、前回の事件解決で味をしめたのか、再び石塚が伊之助に白羽の矢を立てた。依頼の内容は長六殺しの調査。
実は伊之助は、行き倒れていた長六を島帰りとも知らず居候させていた。それがある日、三十両を懐に残したまま殺された。
三十両もの大金を渡した相手は、かつての奉公仲間で小間物屋の伊豆屋彦三郎。そして殺される直前の長六と会っていた。
しかし殺しの状況と、長六の死に驚いた様子は、彦三郎が犯人ではないことを示し、調べが暗礁に乗り上げていたのだ。
そして今回も石塚に、岡っ引き多三郎を手伝ってとか、仕事の合間にだとか、長六を居候させていた縁もあるだろうと、押し切られて手を貸すことになった。


この作品は、前二作で描かれなかった、事件の発端となる殺しの場面、犯人の視点を描いている。
このことが事件の真相だけでなく、犯人に隠された心の闇も明るみに出し、これまでにないもの悲しさとともに濃厚な物語を創りあげている。
「彫師伊之助捕物覚え」シリーズに共通する、一本の細い糸を丹念に辿り真相に迫っていくというスタイル、おまさとの関係、たびたび抜け出す伊之助に怒る版木屋彫藤の親方・藤蔵など、物語の魅力に変わりはなく、シリーズ中もっとも読み甲斐のある内容となっている。

しかし「彫師伊之助捕物覚え」シリーズの完結編として見た場合、不満が残る人がいると思う。
というのも、伊之助とおまさが所帯を持つとか、伊之助が版木屋藤彫に岡っ引きの過去を打ち明けるとか、読者としては気になることは描かれておらず、これまでと変わらない調子で物語が終わるからだ。

私も初めは少々物足りなく思っていたものの、やがて『伊之助はこれまでと変わりない生活を続けていくのだ』という気持ちが新たに湧いてきた。

そう思うと、『物語は完結し、終わってしまったのだ』という、物語が消え去ったような喪失感を伴う、これまでのシリーズものに感じていた余韻は感じられず、むしろ『伊之助は、まだ生き続けている』という思いが残り、連綿と続くであろう「彫師伊之助捕物覚え」の世界と、まだ見ぬ第四弾、第五弾……に思いを馳せることができた。

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「彫師伊之助捕物覚え」シリーズ
第一弾:消えた女―彫師伊之助捕物覚え
第二弾:漆黒の霧の中で―彫師伊之助捕物覚え
第三弾:ささやく河―彫師伊之助捕物覚え

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紙の本ごろつき船 上

2010/03/17 18:58

ごろつき船の一員でありたいと思わせる緊張感とスピード感に富んだ壮大なエンターテインメント時代小説

4人中、4人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

<あらすじ>
場所は蝦夷地松前藩。
癒着した廻船問屋赤崎屋吾兵衛と家老の蠣崎(かきざき)主殿は、赤崎屋の露西亜との密貿易を知った廻船問屋八幡屋(やわたや)を、逆に密貿易の嫌疑で取り潰しを図るとともに、正義感の強い与力三木原伊織の殺害を計画した。

八幡屋は斬られ、遺児銀之助とともに窮地に陥った伊織は、江戸盗賊の佐野屋惣吉に救われた。
森へ逃れた二人だったが、惣吉は町で捕らえられてしまい、銀之助といた伊織は熊に襲われ行方不明となってしまう。

命運尽きたかに思えたが、世を捨てアイヌ人に成りすましていた元旗本土屋主水正が、彼らを見ていた。
主水正は、毒殺寸前の惣吉を牢から助け出し、銀之助を熊の危険から救出。

主水正と惣吉は、和尚覚円の力を借り、危機の迫る伊織の妻糸と幼い娘春江を匿ったあと、警戒線が張られる中、幼い銀之助を連れて本土津軽への渡航を開始した。

やがて八幡屋銀之助を助け集まった土屋主水正、佐野屋惣吉、覚円たちと、赤崎屋吾兵衛と蠣崎主殿らの、長い年月をかけた闘いが幕を開け、謎の第三勢力『ごろつき船』が現れる。

<感想>
蝦夷地を中心に江戸、京、露西亜、安南(現在のベトナム北~中部)まで展開される壮大なエンターテインメント時代小説。

一つの事件から始まり、壮大な広がりを見せるこの物語を楽しむには、単純に物語を受け入れればいい。
登場人物たちの気持ち、セリフ、行動を具体的に描き、一つの完成形を提示したこの作品は、目の前の演劇や映画を観覧するように読むと、素直に楽しめる。
藤沢周平作品のように、行間に含まれた思いに自己の価値観を投影させて感じ取ろうとすると、そこにはすでに思いが描かれており、読者の価値観を含んだ思いとぶつかって、登場人物の言動に違和感を感じることがある。


本作品の魅力はなんといっても、善悪に別れて展開される緊迫した追走劇。
義侠心に富み八幡屋銀之助を助けた者たちを善、私利私欲のために事件の口火を開いた者たちを悪として、善悪の闘いが繰り広げられる。
常に悪の側に圧迫されながらも、その度に危機を脱する善の側によって、緊迫感は高められ、長い年月をかけた闘いは読者に息もつかせない。

さらに、いくつかに分けて描かれる場面が、物語をさらに魅力的にしている。
厳しい追撃にちりぢりになった銀之助を助けた者。
彼らの息の根を止めようと画策する赤崎屋吾兵衛と蠣崎主殿。
加えて、世を捨てアイヌ人に成りすました元旗本土屋主水正の過去と苦悩。
熊に襲われた三木原伊織の行方。
伊織の妻子の安否。
盗賊幽霊組。
謎の第三勢力『ごろつき船』
など、それぞれを描き出す多くの場面転換が、本の厚さ以上に濃厚な世界を創り出している。
とにかく目まぐるしく変わる場面と、緩急をつけたスピーディーな展開は、人気の海外TVドラマ「24」を想起させる。
これが昭和3年に書かれていたことに驚いた。


本書は、明確な主人公がいないのも特徴の一つ。
その代わり、作者は善悪を明確に分けて描いた。
その思いは、「ごろつき船」という書題から伝わってくる。

初めて『ごろつき』という言葉が使われたのが、謎の第三勢力を指す『ごろつき船伝説』という言葉。
そして作者は、本書下巻十七章『ごろつき船』で、役人に、権力者たちの定めた、自分たちに有利な法からはみ出した者を、正義を貫く者を『ごろつき』と呼ばせた。
正義の心を持つ者に「我々の流儀がこの国で通用しないなら、ごろつきもよし」とも言わせた。

『ごろつき』とは、正義を流儀とし、権力者の有利な法と身分にとらわれない者として描かれている。
そして、彼らの強固な人のつながりこそが『ごろつき船』なのである。

作者が、あえて迫害される正義を貫く者を『ごろつき』としたのは、理不尽さに負けず正義を貫くべきだ、という世に向けた激励のように思えた。
本書を読んで『ごろつき船』の一員でありたいと感じるのは、自分だけではないだろう。

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とにかく面白くて、何度も数行先へ目が飛び、数ページ先を繰ってしまった。
このすばらしい作品が復刊されたことに感謝!


ところで文庫本の帯に書かれている文句が過大評価で、本編を読むとガッカリすることが多々ある。
本作品の帯はというと、「まったくその通り。的を射た帯だ」という感想を得た。
その秀逸な帯を紹介します。
上巻『損得抜きの人助け。男たちはなぜ戦うのか。波瀾万丈の大ロマン』
下巻『悪の一党が潜む絶海の孤島での最終決戦!息もつかせぬ展開!』

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紙の本人情裏長屋 改版

2010/01/27 19:03

人の情を面白く切なく暖かく怪しく描いた11編

4人中、4人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

時代小説9編ほか、『豹』『麦藁帽子』の現代小説2編を含む全11編。
どれも人の情を多彩に繊細に描き、人それぞれの情の働きが流れ込んでくる作品ばかりである。
特に印象に残っている作品をピックアップ。

『おもかげ抄』
長屋の住人に甘田甘次郎と陰口を叩かれるほど、女房に甘い鎌田孫次郎。
実は、妻は三年前に死去し、幸せにしてやれなかった妻を思い、生きている時のように語りかけているのだった。
そんな孫次郎に心打たれた沖田源左衛門は、仕官の話を持ちかけ、娘の小房を孫次郎に紹介する。

亡き妻への哀惜と誠を尽くす孫次郎の思いが、切なく暖かく、そして源左衛門の孫次郎を見る強く暖かい眼差しを描いている。
茶の席で出された菓子を見て孫次郎が目を潤ませた、その悔恨と尽きない愛慕に胸を熱くさせられる。
本書中いちばん気に入っている作品。

『風流化物屋敷』
化物屋敷と言われている屋敷に御座(みくら)平之助という若侍が引っ越してきた。
隣家に棲むとみは、不思議や不可解な事が大好きで、隣の化物屋敷にも興味津々。そこに突然人が引っ越してくるというので、とみは子どものように興奮している。
やがて平之助は化物屋敷に現れる化物たちに遭遇し、とみは平之助の話す遭遇話しが楽しくて仕方がない。

ややとぼけた平之助と化物たちのやり取りが面白く、とみのやや妄想気味のキャラクターもこの物語の味になっている。
この作品を読んで真っ先に気づくのが改行のほとんどない事。
全九章ある中で一つの章すべて改行なしがほとんどで、長々と連なる文章が独特の連続したリズムを作り出して、読者をたたみかける。
話が面白いので、改行がなくても苦しまずに読むことができる。

『人情裏長屋』
飲んだくれの浪人松村信兵衛は、仕官をする気はまったくなく、金が無くなると剣の腕を活かし、道場破りすれすれの事をして金を巻き上げているが、人情は人一倍あり、長屋のみんなから慕われている。
ある時、長屋に越してきた子持ちの浪人が、将来子どもを育てるための仕官を目指すので子どもの養育を頼むと、子どもを残し去っていった。
憤慨しながらも、長屋の娘おぶんの助けを借りながら、子どもを育てる信兵衛。
やがて仕官を果たした浪人が、子どもを引き取りに来たと長屋に現れた。

仕官をする気がまったくない信兵衛が、おぶんの助けを借りながら子どもを育てる様子と、信兵衛に生まれてくる父性が微笑ましい。
浪人と子どもに影響されて、ある決心をするラストがよい。

『泥棒と若殿』
成信は、家中の政争により廃屋に軟禁されている。
そこに伝九郎が泥棒に入るが、廃屋の酷さや、訳あって何日も飯を食べていない成信の人柄に惹かれ、伝九郎が成信を養っていくという奇妙な生活が始まる。
やがて成信は、自分を政争の道具にしかしない家を捨て、伝九郎と暮らしたいと思い始めた。

家のごたごたに嫌気がさしている成信が、人間の生活に満ちている伝九郎との生活を夢見るようになっていく様子が見所。
伝九郎との生活を夢見た若殿に、家臣たちの生活を背負っているという現実が迫るラストは切ない。

『雪の上の霜』
常に人の事を優先し、人の幸せのためなら自分は損をしてもかまわないという性格の伊兵衛と、そんな夫が好きな妻おたよの物語。
最後はやっぱり良い事をして損をするが、おたよはそんな夫がやっぱり好きなのだ。

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