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レビューアーランキング
先月(2017年6月)

たけぞうさんのレビュー一覧

投稿者:たけぞう

402 件中 1 件~ 15 件を表示

紙の本

夏への扉 新装版

紙の本夏への扉 新装版

2010/11/02 10:37

SFの名作はハートフルだからこそ輝きを放ち,不変の価値があるのです。

13人中、13人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 村山由佳さんの「天使の卵」の作中で,主人公が愛読書として上げていて興味を持った。主人公は,夏への扉がきっかけで彼女と仲良くなっていくわけだが,そもそも小説の中で重要な道具として紹介されていることが心に残った。本屋で探したら,なんとSFだった。しかもSFの名作に分類される啓示的な作品らしい。

 主人公は発明家のダニイ。親友のマイルズと作った会社で,文化女中器(hired girl)と名付けた自動掃除機のヒットを出した。そして,商売下手な二人にベルという秘書が現れる。ダニイはベルの奸計にはまり会社と発明を乗っ取られる。
 ダニイは,ベルから精神的に離れるべく,失意の底で冷凍睡眠により三十年の時間スキップに打って出る。マイルズの娘リッキィに自分の大事な株券を渡し,財産を横取りされないように注意を払う。
 三十年後の世界から運命が二転三転し,ダニイは自分の大事なものを取り戻していく。そんな物語だ。

 SFの仕掛けで,実用化されているものは,窓拭きロボット,CAD,自動掃除機,自白剤。電子新聞や,手伝い用万能ロボットは,部分的に形を変えて実現しつつある。五十年も前の作品なのに,類まれなる先見的アイデアの数々で,既視感がある。
 そして,最も愛される理由は,SFという枠組みの中で展開される人間ドラマだろう。さすがにオーソドックスな流れだが,読んでいて安心感がある。

 SFというと,オタクの香りとみなして敬遠している人がいないだろうか。カラクリに固執し,物語の本質を見失ってはいけないと思う。推理小説でも,歴史小説でも同じだろう。ジャンルという枠組みは,おもちゃ箱みたいなものではないだろうか。話を整えるために箱がある。箱が格好いいのに越した事はないが,大事なのはその中身である。ジャンルという箱は,中身をうまく作動させるための仕掛けだと思う。SFの箱は,最も煌びやかであるために,誤解されやすい気がする。

 私は,最近SFをあまり読んでいなかった。それでも,子供の頃読んだHGウェルズの宇宙戦争に親しんだ事は鮮明に覚えている。夏への扉は,そんな郷愁にも似た気持ちを十分満足させてくれた。もう一度,SFの扉を開けてみたくなった。

 補足だが,訳者の福島正美さんの仕事も見逃せない。翻訳にありがちな表現がなく,とても自然だ。外国ものだからといって,敬遠しなくても大丈夫だ。
 私の手元にある版は,買った直後に絶版となったようだが,新装版が出たのでこちらに書評を書く事にした。また,小尾芙佐さんの新訳も発売されているようで,まだまだ息は長そうである。

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紙の本

図書館の主 1

紙の本図書館の主 1

2012/04/22 08:03

児童書専門の図書館のマンガ。これはちょいとはまりますよ。

12人中、12人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 発売後半年なのに、なんと、bk1さんではすでに購入不可状態。増刷されるのか心配なので、地道に広めようかと思っている。
 検索したら、著者の篠原ウミハルさんは他作がない。ということは、これがデビュー作になるのだが、名義を使い分けているのではと疑いたくなる。それくらい話のすわりはいいし、絵にも力がある。これが新人とは、にわかに信じられないレベルだ。でも新人だからなのか、一巻の売れ行きが悪かったんだろう、初版切りの様相を呈している。実にもったいない。これ、けっこう面白いと思うんだけれど。

 サラリーマンの男が、ふらふらと図書館に迷い込むところから話が始まる。会社で上手くいかず、閉塞気味な気分で悪酔いしている。たまたま図書館に立ち入るが、そこの司書の御子柴が、若僧のくせにという生意気クン。ちょっとした小競り合いの後で、男は児童書を手渡される。新美南吉童話集だった。読んでみると、うた時計という話が、男の境遇に重ね合わさっていた。そして返却する時に、御子柴につっかかると、一言返される。
「お前が本を選ぶんじゃない、本がお前を選んだんだ」
 男は児童書の世界に魅せられ、この児童図書館に足しげく通うようになる。

 御子柴は、図書館に集まってくる人々に、本を薦めていく。選んだ本の内容と、登場人物たちの個性が織りなす物語だ。起伏の付け方がうまく、登場人物たちの心の問題などもなかなか読み応えがある。基本的には、登場人物が薦められた本を読んで、心が洗われるという展開だが、話がうまく進み過ぎてしまうところが、ちょっと難点ではある。これが名前の売れた漫画家の作品だったら、もう少しゆっくり展開できるのに、駆け足気味でもったいない。いずれにしろ、登場人物に結構魅力があるので、今後の展開が楽しみである。

 なお、引用される書籍は、当然ながら児童書である。有名書籍が多いが、その切り取り方も魅力的なので、読み落としていたなあとか、懐かしい、もう一回読んでみたい、という気持ちにさせられる。私もいい年をして児童書を読む時があるのだが、ちょっと背中を押してもらえる気になる。図書館が舞台だから、本好きの人にはそれだけで魅力的だと思う。

 参考までに、登場する書籍を記載しておく。そこも含めて楽しみという方は、以下は読み飛ばしていただければと思う。




・新美南吉童話集より「うた時計」
・ロバート・L・スティーブンソン「宝島」
・オスカー・ワイルド「幸福の王子」
・ラーゲルレーヴ「ニルスのふしぎな旅」
・江戸川乱歩「少年探偵団シリーズ」
・御子柴君がオーナーに渡した本:内容が引用されなかったため分からず。いつかお話になることを期待。ああ、何の本を渡したのか知りたいなあ。

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紙の本

星を継ぐもの

紙の本星を継ぐもの

2011/04/13 00:51

壮大な作品。精緻なSF考証に圧倒されます。

9人中、9人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 びっくりした。解説によるとハードSFの記念碑的な作品とある。ハードSFと称されるものが何なのかよく分からないが、内容も驚きの連続でこれぞSFという感じがするのは間違いない。

 ヴィクター・ハントは原子物理学者。生来の一匹狼の気質から、メタダイン社の雇われ博士としてフリーランサーのように研究を続けている。ハント博士の重要な発明にCTスキャンの原型のようなトライマグニスコープがある。これを使えば、物体を開いたりせずに、外部から中身を計測して解析データにすることができる。国連宇宙軍UNSAがこのスコープの性能に目をつけ、一つの依頼が持ち込まれる。チャーリーと名付けられた生命体が月の裏側で発見され、これを解析するようにとのこと。チャーリーは宇宙服に身を包み、亡くなった状態で発見された。なぜスコープを使うのかハントは疑問に思う。答えは明白。放射性炭素同位元素の分析により、チャーリーは死後五万年と推定されたからである。

 劣化を防ぐため解剖しないのは当然だろう。スコープにより新たな事実が次々と見つかる。月で発見されたためルナリアンと呼ばれているが、あらゆる分析の結果チャーリーは人類と一致しているとの結論が導かれた。
 議論が混乱する。ハントは議論の収拾と情報の一元管理のため、UNSAから引き抜きを持ちかけられ、プロジェクトの責任者に収まる。生物学者や言語学者の助けを借り、調査プロジェクトは次々とさらなる発見を重ねていく。

 精緻なSF考証に圧倒された。なぜチャーリーが人類と酷似しているのか、なぜ五万年前に死んでいるのか、そもそもチャーリーはどこから来たのか。これ以上詳しくは書かないが、まだまだ事象はたくさんある。そして解明された結果が驚くほど合理的なのだ。近未来に本当にこんな発見があるのかもしれない。真剣にそんな気持ちにさせられる作品だ。

 ハントの導き出したプロジェクトチームの結論と、ラストシーンの鮮やかさがとても印象的だ。実に人間くさい終わり方をする。SFに敷居の高さを感じる人にも、文句なくお薦めできる。

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紙の本

まほろ駅前多田便利軒

紙の本まほろ駅前多田便利軒

2011/01/11 09:18

ジョーク大好き。どなたにも安心してお薦めできます。

9人中、9人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 三浦しをんさんを初めて見たのは新聞記事だ。読書感想文の記事への寄稿。走れメロスについて書いてあった。
「普通,走れメロスについて書くと,友情の事ばかり書いてしまう。でも私は,なぜメロスが裸なのか,しょうもないことが気になってしょうがない。感想文は率直な気持ちを書いたっていいんだ」
 大体そんな主旨だった。大賛成。ノーパンメロス。子供心ながら,そこは指摘してはイケナイことと思っていた。禁断の扉を軽々と開く作家さん,いけるかもという直感が働いた。文才がなくて申し訳ない。原文ははるかに面白かった。

 最初に選んだのが本書。直木賞作品だから,魅力の本質は入っているはずと考えた。著者紹介を見たら,デビューしてまだ十年。昇り調子という表現がぴったりの方。この作品もまさに絶好調だった。

 タイトルは物語の舞台を示している。まほろ駅前にある主人公の多田が営む便利屋。ふとしたことから,仕事の出先のバス停で,高校時代の同級生の行天(ぎょうてん,人名です)を「拾う」。この出会いからして,とてつもない予感に満ちている。この行天という人,マンガ的なほどデフォルメされている。ねじの五・六本は間違いなくぶっ飛んでいる。多田がまごついている間に,どんどん突っ込んでいってしまう。その上,憎めない優しさを持った愛すべきキャラクターだ。便利屋稼業には様々な依頼が持ち込まれる。ペットの預かりや,ひねた小学生のお相手,草むしりの依頼などのありふれたお仕事なんだけど,この二人にかかると俄然魅力を放ちだす。

 多田は割と常識的な部分があり,凸凹コンビ風。ボケと突っ込みを軸として描かれている。涙もろい作品や,刺激的な作品,ハラハラどきどきの作品は多いけれど,気持ちよく笑える作品にはなかなか出会えない。もちろん小説だから笑いは武器の一つ。本筋は二人の優しい男たちの物語だ。二人の悲しい過去も,笑いと優しさにくるまれて流されていく。

 最後の巨大な門松がとてもちぐはぐでいい感じだ。良い作品との出会いは,とても幸せな気持ちになれる。「当たーりー」
笑える小説は高度と聞くけれど,作るのが難しいのかな。誰にでもお薦めできる。

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紙の本

神様のカルテ 2

紙の本神様のカルテ 2

2010/12/17 14:13

医者の仕事に真摯に向かう姿が描かれています。好きな方向に流れました。

9人中、9人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 神様のカルテの続編。これまで何回かデビュー後の第一作を読んだが,人気作家でも失敗している事が多く最初は心配半分であった。理由はいろいろあると思う。神様のカルテ2も明らかに雰囲気が変わった。私にとっては前作で物足りないと思っていた部分が大幅に増えたので大変嬉しい。前作に引き続き,出会いに感謝である。

 主人公の一止(イチ)は信州の救急病院の内科医の設定だ。細君と呼ぶ妻の榛名(ハル),御嶽荘の住人の男爵,病院の医師や看護婦の面々。基本的に前作の設定を踏襲し,今回は医学部の同級生である辰也が新登場となった。
 辰也はイチの医学部時代の将棋部仲間であり,イチが部に引き入れた千夏と結婚した。首席で卒業後に東京の大病院に勤めていたはずなのだが,なぜかイチのいる病院に異動してきた。しばらく後,辰也が娘と二人だけで実家の蕎麦屋を頼ってきていることが分かる。 出産・育児により時間制限のある勤務をしていた妻は,ある時患者の家族に徹底的になじられる。それをきっかけに,妻は仕事へ異常に執心するようになり,妻と別居状態になったことが分かる。医者が人間らしい生活を送れないことに辰也は疑問を持ったのだ。今回のテーマはまさにここにある。

 後半,古狐先生と仰ぐ副部長先生に悪性の病気が発見される。イチとハルは,何か素敵なプレゼントができないかと知恵を絞り,あることを皆で実行する。翌日,事務局長がこれを見咎めた時,イチは思わず叫ぶ。
「医師の話ではない。人間の話をしているのだ!」
夏川さんの最も伝えたかった言葉だと思う。他にも同義のフレーズが作中に散りばめられている。前作は過酷な勤務を嘆きつつも,仲間に助けられるほのぼのエピソードが中心だった。今作は過酷に対する人間の尊厳が中心だ。医師に限らず,多くの会社は同じような状況にあるのではないか。もちろん程度の大小はあるが決して人ごとではない。

 古狐先生は最後に穏やかな死を迎える。イチとハルは思いを抱えたまま御嶽山に登る。「木曽のなぁー,中乗りさんはぁ・・・」二人の背中から歌が聴こえた気がした。読んでよかった。

 余談だが,数ヶ月前に書評を書くことを知り,とても充実した読書生活を送っている。自分の思いを皆さんに伝え,共有したいからお薦めを書く。今までは,面白かった/つまらんかったとかの単語で終わっていた読書が,何でだろうと分析するようになり,深く濃いものになった気がする。皆さんの書評を読むのも楽しい。自分なんか遠く及ばないレベルということも実感しているけれど,一緒に楽しませてもらっていて幸せである。

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紙の本

ストーリー・セラー

紙の本ストーリー・セラー

2011/02/03 12:07

読書好きの心を捉えたセリフが満載。激しくオススメ。

7人中、7人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

「阪急電車」で気に入った作家さん。「阪急電車」は短めにエピソードをつなぎ,心温まる話で仕舞いをつけてあり好印象であった。また軽妙な語り口に新鮮なものを感じた。本作「ストーリー・セラー」を読んだら,物語の重さと愛情の深さが加わり,得意技で怒涛の攻めを受けてしまった。冗談抜きで泣きそうになり,本当にヤバかった。Side Aの終わりがちょうど電車の改札を抜けたところだったから助かった。挙動不審者一歩手前。踏みとどまった自分を思わず誉めてしまった。でも,電車下りてから二宮金次郎やっちゃったから,充分挙動不審か。

 Side AとSide Bで対をなす物語。Side Aは女性作家が病気にかかり,仕事を辞めないと死に至ると医師に宣告されるところから始まる。そんな女性作家と夫の話だ。Side BはSide Aを受けて立場が変わる。女性作家の夫が死に至るかもしれないという設定から話が始まる。
 どちらの話も,夫は無類の読書好きで「本を読む側」であることを意識している。妻は仕事の傍ら小説を書いていて,夫から言わせると「書く側の人間」として区別されている。Side A,Bとも本を読む側の心理描写が抜群である。数々の名言集といっても過言ではない。書評を読むほどの本好きの皆さんであれば,心に響くこと間違いなし。きっと有川さんもこんな気持ちで読んでいるんだと思う。

 有川さんは書く側の人間だから,不思議と書く側の描写はあまり際立っていないように感じた。物語の種を自然にすくいとってしまうから書き切れないのだろう。第一,自分の姿ってあんまり見えないものだしね。これに対して「本を読む側」の人は観察対象だから,非常に魅力的だ。実に面白い。

 夫婦の話だから,ちゃんと恋愛話も絡んでいる。恋愛物語と,読書好きの物語。どちらから読んでも,私は降参してしまった。

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紙の本

きつねの窓

紙の本きつねの窓

2017/01/14 21:32

私の教科書にはなかった。この年になって出会うなんて。

6人中、6人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

教科書に採用されることが多い作品とのことだ。
知ったきっかけは全然別なのだが、こんな素敵な作品をいままで
知らなかったなんてちょっともったいない。

作品集「ひぐれのお客」に引き続き読んだ。
このお話も一筋縄ではいかなくて、短い童話の中で何かがじっと
息をひそめている。掴もうとしてもするりと逃げられそうで、なんだか
心がもわりと包まれてくる。

鉄砲打ちの男が、歩きなれた山道でふいに野原に出くわす。
いつもの杉林は姿を消している。
野原で休んでいると、子どもの白ぎつねが目の端を動く。
男は白ぎつねを追いかけるが、ふいっと見失ってしまう。

その瞬間、「いらっしゃいまし」と後ろから声をかけられる。
男は小ぎつねが化けたんだろうとすぐに見抜くが、巣を突き止めて
やろうと思いつき、そのまま小ぎつねの演技につき合ってあげるの
である。

きつねの窓は、そんな小ぎつねから教えてもらう魔法の窓だ。
小ぎつね特製の青い絵の具で指を縁どり、窓枠の形を作る。
そうすると、両の手の人さし指と親指で作る青い窓から、次々と
こころの中身が浮かんで見えるのである。
小ぎつねが見たもの。男が見たのも。
そしてきつねと鉄砲打ちである間柄の二人。

指の窓から見える風景に、二人の心象が幻想的にからみついて
いく。でも童話だから無粋な地の文はない。

行間がたくさんあって、頭にたくさんのお話が浮かんでくる。
自分の心にできた窓から、それこそ想いが収まりきらずにほとばしる
作品だ。出会いに感謝。

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紙の本

家守綺譚

紙の本家守綺譚

2011/01/04 10:41

剣も魔法もないファンタジー。正統派日本文学。

6人中、6人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 文庫本の表紙で,雀が竹やぶから顔を覗かせている。竹には六十年に一回という花が咲いている。カバー装画は神坂雪佳「雪中竹」という作品だそうだ。描き下ろしではないのに,これほど雄弁に内容を表している表紙にはなかなかお目にかかれない。竹取物語。舌切り雀。家守綺譚は日本の伝統の系譜に根ざした作品だと思う。

 目次を見ると二十八種類の植物の名前が並ぶ。総数197ページなので,一話あたり七ページ前後の掌編小説集ともいえる。明治の頃,電燈が灯り始めた頃が舞台。文明開化とともに失われていった古き良き日本の土着風俗が描き出されている。

 綿貫征四郎という売れない作家がいる。亡くなった親友の高堂の父親から,娘の近くに隠居することになったので高堂の家の守をしてくれないかとお願いされる。その高堂の家に住むようになった所から話が始まる。

 一話目はサルスベリ。夕方から風雨が激しくなり夜半に収まる。それと同時にキイキイという音が掛け軸から聞こえ始める。掛け軸を見ると雨の風景になっており,死んだはずの高堂がボートを漕いで近づいてくる。綿貫は「どうした高堂」と声をかけ,高堂は「なに,雨に紛れて漕いできたのだ」と答える。なんでも,庭のサルスベリが綿貫に懸想をしているので伝えに来たとのこと。考えてみると掛け軸の中の親友と話をするなんてあり得ないのだが,なぜかとても自然だ。私は「懸想をしている」なんて言葉遣いにもまいってしまった。
 全編こんな調子だ。サルスベリに惚れられた綿貫は,木陰で本を読んでやるようになる。河童や人魚,小鬼もそれぞれの掌編に登場する。楽しいなあ。

 梨木さんはイギリスにしばらく住んで現地の童話作家に師事していた。その影響か初期の作品はイギリス人が出てきたり,古びれた洋館が舞台になったりしていたが,日本の伝統を見つめる作品も徐々に増えてきている。伝統的だからいいというつもりはないが,剣と魔法の物語で,登場人物が日本人の名前だったりする時の違和感は,やはり事実として感じるのである。お互いのいいところを取入れ,新たな日本ならではの物語を読みたい。梨木さんに答えを一つ見せてもらった気だする。
 自分の体は,やっぱり味噌としょう油でできているんだなあと強く実感したのであった。自分の足元は大切にしないとね。

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紙の本

夜の蟬

紙の本夜の蟬

2017/05/13 00:07

円紫さんと私シリーズ第2作。色の魔法に魅了される。

5人中、5人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

女子大生の私。国文科に通っている。学校の先輩に落語家の
円紫さんがいる。ある時,教授の引き合わせでインタビューを
することになった。
その時,私がなにげなく話した不思議な謎を円紫さんが鮮やかに
解いてしまい,探偵と私の交流が始まる。

円紫さんと私シリーズは,「空飛ぶ馬」「夜の蝉」「秋の花」
「六の宮の姫君」「朝霧」の五作からなる。
読む順番が大事なシリーズなので,ご留意頂きたい。

デビュー後の第一作は,肩の力が入り過ぎて失敗している
パターンが多いが,北村薫さんは大成功を収めた作家さん
だと思う。
このシリーズは,五作とも個性がきちんと書き分けられていて,
どれが一番かは意見が大いに分かれている。私も大いに迷う。
せっかく書評を書くのなら,初めて北村薫さんに触れた
「夜の蝉」を紹介しようと思い,読み直してみた。

三本の連作短編だ。「朧夜の底」「六月の花嫁」「夜の蝉」。
推理部分を物語の推進力にしながら,三篇とも主人公の
心がふんだんに織り込まれている。
主人公の周りで,少しずつ時間が流れていることが,
手に取るように分かる。

「夜の蝉」の作品全体を通し,主人公の女性への成長を
テーマにしているように感じる。著者は国語教師だったから,
日常的に女子高生と接していた。
その経験が随所に生かされているのかもしれない。
大学生という設定も良い。
幼さのちょっと残る主人公が,大人すぎておらず心の成長が
分かりやすい。

表題作でもある三本目の「夜の蝉」が,その意味で
最も印象的だ。物語の謎は解決したのに,続く物語の
紙数の多さ。こちらが本題ではなかろうか,という気持ちになる。
普通の推理小説は,犯人逮捕で幕切れのはずだ。

主人公が姉に気付かせてもらう,人の目に映る自分。
目の醒めるような色彩感覚とともに,強烈な覚醒感が
描かれている。姉がぶっきらぼうに渡すオレンジ色の
タンクトップが眩しくて仕方がない。

姉との対比が軸のため,女性への成長というテーマが
思い浮かんだが,それは大人への成長というテーマにも
直結している。

「成長」というテーマは,シリーズの最後まで続く。
人生の多感な時期は,それだけで壮大なドラマと
いうことをあらためて気付かされる。
推理小説に分類されるが,再読しても魅力は色あせない。

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紙の本

沖で待つ

紙の本沖で待つ

2011/12/03 21:48

なんというか、完全に脱帽してしまったのである。

5人中、5人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 絲山さんの評判をbk1の書評で知ってから、ぽつぽつ読み始めた。本作は私にとって三冊目の読了となる。まさか三冊とも書評を残すことになるとは夢にも思わなかった。好きな作家さんでさえ、せいぜい二、三回に一回ぐらいしか残さないのに。でも絲山さんの作品は、そんなことは私に許してくれなかった。この書評も、冷静に冷静にと自分に言い聞かせながら書いている。そうでもしないと暴走してしまいそうだ。

「勤労感謝の日」「沖で待つ」「みなみのしまのぶんたろう」の三作が収められる。そして今回も解説は身内みたいな人。「沖で待つ」で芥川賞を受賞されている。そして「みなみのしまのぶんたろう」で暴走している。芥川賞と直木賞は、作家さんにとって大変なお祭り騒ぎらしく、なにか言いたくなるのは分かる。しかしそれで「みなみのしまのぶんたろう」かい? ちょっと芥川賞を眺めている人ならば、ある委員が全く作品を読めておらず、時には候補作を読んで選考会に臨んでいるのか疑わしく、そのくせ無礼千万な姿勢であることはすぐに分かってしまう。その上、選挙の前だけはなぜか甘めのコメントという不遜な態度で、これぞ文壇の問題点なのだが、絲山さんほどの作家が半ば公然と嘲るのもどうなんだろう。よく言ってくれたという人もいるかもしれないが、頭の弱い勘違い権力者なんか相手にせず、お引き取り頂くのがいいように私などは思うのだが。・・・いかん、心配した通り書評が暴走した。ここから、この本のすばらしい二作を紹介する。

「勤労感謝の日」。冒頭を引用する。
「何が勤労感謝の日だ、無職者にとっては単なる名無しの一日だ。それともこの私に、世間様に感謝しろ、とでも言うのか」
 やさぐれているのは恭子さん。会社を飛び出して、今は失業保険をもらう身だ。暇そうにしていたところをご近所さんに声をかけられ、半ば強引に見合いをセッティングされてしまう。出てきた男は、鼻持ちならない商社の男。あんパンの真ん中をグーで殴ったような顔らしい。もう、電車の中で笑いをこらえるのに必死である。お見合いを抜け出して渋谷で飲み、帰る途中でまた飲む。ドタバタの笑いをこらえ、散りばめられた珠玉の一文に酔う。どっぷりはまりこんでしまった。

「沖で待つ」。牧原太こと太っちゃんと、及川さんの話だ。絲山さんの会社員時代の経験がふんだんに盛り込まれている。福岡に新入社員で配属された二人は、つかず離れず、助け合いながら過ごしていく。やがて結婚や転勤などの当たり前のレールに乗りながら、絲山さんが書くとぜんぜん当たり前じゃなくなる。二人だけに交わされる秘密の約束。そしてその約束を果たす悲哀は、心をわしづかみにして離さない。

「沖で待つ」は、絲山さんの魅力の大事なところが詰まっている。愛情と孤独。これまで読んだ中で考える限りでは、それが絲山作品の本質だと思っている。
 愛情は、親愛なる情の意味で、男女だけや友情だけでなく、もっと幅の広い感情だ。そして孤独。他者から自立することによる心の独り立ちである。これまでに読んだ三作品に共通して感じられる。「沖で待つ」を読んではっきりと自覚した。そして愛情と孤独は、表裏一体のようにいつだって深く絡まりあっているのである。
 愛情と孤独を、安っぽくなく、こんなに洗練して書く作家さんはなかなか出会えない。

 前半に苦言を呈した「みなみのしまのぶんたろう」でも分かる通り、この人は文壇での成功なんかどうでもいいと思っているはずである。恐ろしいくらい地位と名声に不遜で、現物である小説にこだわる。解説も現場第一。自分の作品を読者が分かってくれればいいという姿勢の現れである。だから、例えば映画化を通した大爆発なんてものは起きにくいのかもしれない。実際、デビュー作が映画化された際に、大人げない問題を起こして訴訟に発展している。自分の作品が都合よく切り取られるのが我慢ならなかったのだろう。でも映画やテレビがおいしいところをお祭りにするのは当たり前。作品の世界を守るためといえば聞こえはいいが、そんなことばかりしていたら売れるものも売れないよう、とつい言いたくなってしまう。
 徹底的な現場第一主義。その下手くそな生きざまの絲山さんを、私は圧倒的に支持してしまうのである。

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紙の本

ひぐれのお客

紙の本ひぐれのお客

2016/04/22 00:37

久しぶりに童話を読みました。不思議な香りのする作品集でした。

4人中、4人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

先日、ひょんなことから安房直子さんを知った。
童話は、それこそ遠い昔に読んだきりだったが、子供と一緒に読んだりする
ために目に触れる機会が増えてきた。
これまではどうしても絵本が多かったが、そろそろ中編も手をつける頃合い
のように思っていた。

安房さんはどうやらかなり人気のある作家さんのようである。
非常に残念なことに、既にお亡くなりになっているようだが、未だに復刻
作品集が新編纂で出版されるほどの方だ。
まだまだ自分の読書範囲の狭さを感じ、低頭するのみである。

巻末に所収のいきさつが書いてある。出版元の福音館書店の雑誌に初掲載
された作品を集めたとのことだ。
大ヒット作品は入っていないようなので、落ち穂拾いのような作品集か
とも思ったのだが、どうしてどうして、独特の世界観がみなぎっていた。

>所収作品:
「白いおうむの森」「銀のくじゃく」「小さい金の針」「初雪のふる日」
「ふしぎなシャベル」「ひぐれのお客」「(エッセイ)絵本と子どもと私」

本編は、とても不思議な香りのする作品集であった。
最近の絵本は、生活童話やちょいSFみたいな作品が盛んな気がするのだが、
いずれにしてもアットホームな香りがする。
この作品集はかなり異なっており、放たれる雰囲気は何とも形容しがたい
ものがある。
絵本と童話の違いという意味ではなく、詰まっている中身の根本的な部分である。
強いて言うならば、芥川龍之介の現代奇譚に近い気がする。

各話とも子供の頃に触れた奇妙な感覚が入っている。
その感覚がさらりと撫でられていくように感じるのである。
恐怖心というと誤解があるかもしれないが、それに近いなにかだ。
子供が知らないものに対して持つ警戒心と言えばもっと近いのかな。
表現するのはなかなか難しく、思い出すのはさらに難しい。
あまりお目にかかれない雰囲気だ。

表題作の「ひぐれのお客」が、ふんわり心地よくて一番気に入った。
黒猫がマントの裏地のために生地を探しに来る物語。
お店のご主人の評判を聞きつけて結構な遠くから買いに来たのである。
この黒猫がなかなかの洒落者で生地にめっぽううるさい。
でもご主人は、一緒になって楽しみながら探してあげるのである。
生地の目利きの仕方も心躍るほど楽しい。

本編にもまして、エッセイがこれまた大変すばらしい。
お子さんが小さい頃に書かれたようで、昨今の読み聞かせの取り組みに
通じる気がする。深い愛情を感じつつ、素敵な出会いに感謝した。

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紙の本

マークスの山 上

紙の本マークスの山 上

2015/12/25 21:44

壮絶な犯人の人生。可哀想なんて甘い表現は消し飛び,見守ってあげる事しかできない。

4人中、4人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

私は,マークスの山を文庫版で読んだ。高村薫さんは大幅改稿する作家として
知られている。ファンの中には,単行本と文庫版を別の作品として楽しんでい
る方もいると聞く。

さらに高村薫さんは,直木賞受賞の時に「私はミステリーを書いているつもり
はない」と言って物議をかもしたらしい。なかなか骨太の方だ。

文庫版の裏には,警察小説の最高峰との謳い文句がある。ジャンルとしては
合っているが,ミステリーの要素もある作品。解説には,人間の人生全体を書い
た「本格小説」と評されていた。分析は見事だけど,新しいジャンルを作って
まで区分けする必要は感じなかった。単に,枠にはまりきらない大きな作品,
ということだけでいいように思うのだが。いずれにしろ,直木賞の影響の強さ
がこんなところにも出ていることがよく分かった。

高村さんの合田シリーズ第一作。マークスの山,照柿,レディ・ジョーカーと
続く。現在四作目「新・冷血」の制作が開始されているヒットシリーズだ。
本著は,重いといわれる作風の中でも,スピード感があり,比べれば読み易い
方だと思う。

話の軸は,殺人犯と警視庁の合田刑事とのしのぎ合いだ。犯人は最初から明か
され,お互いの人間像を深堀りしていく。ミステリー要素は,被害者にある。
斬新な設定だ。

この作品を通して,私は小説の推進力というものを感じた。犯人は殺人事件を
起こし,金を脅迫する。しかし本当に金が欲しいとは思えない。
犯人は,被害者から金を要求することで,自分の失われた精神と記憶を取り戻
そうとしているのではないか。

合田刑事も,犯人を追う一方で,義兄に様々な支えを受けている。
しかし精神的な充足は十分でなく,犯人探しに没頭する事で私生活の気持ちの
穴を埋めようとしているように見える。
そして被害者こそ,最も大きな精神の欠損を抱えているようだ。

単純な犯人と刑事,被害者という構造の中に,精神の渇きを持つ登場人物たち
が何層にも重ねられている。

ラストも圧巻だ。心がどのように満たされていくか,ぜひ見届けて欲しい。
心理描写はそっけないが,私はこんな読み方をして,深い感動に包まれた。

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紙の本

水辺にて on the water/off the water

エッセイだが、幻想的な純文学作品のようでもある。梨木さんの心のありようが存分に伝わる作品。

4人中、4人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 これはエッセイのはずなんだがと、読みながら何度も不思議な気持ちを味わった。もしも幻想純文学などというジャンルがあるならば、梨木さんは随一の書き手ではないかと思う。以前のエッセイもよかったが、これは「水辺にて」というテーマを掲げることにより、非常に一貫性のある仕上がりとなっている。表紙の写真の通り、カヤックで漕ぎ出して自然に溶け込んでいく作品だ。

 カヤックと出会い、知り合いに車に積めるようにしてもらうと、水辺とのつき合いが始まる。最初の章は、風の境界。境界というのはとても象徴的な言葉で、一瞬息を呑んだと表現している。そして、カヤックの商品名のボイジャーからNASAの宇宙船を連想し、太陽風の急激に弱まるという末端衝撃波面で、宇宙船ボイジャーが突破して大宇宙に乗り出していくさまを、自身のパドルさばきになぞらえる。末端衝撃波面こそが、境界のあちら側とこちら側が混じり合うところであり、そのただ中を航海していく気持ちを感じている。
 この境界という感覚を、梨木さんはとても大切にしていて、作中のあちこちで形を変えながら描写している。境界を旅するために、カヤックは最適の乗り物ということが、読み進むにつれて確信に変わる。静かに湖面を滑り、岸辺の木陰をくぐり、水と対話する。仲間と繰り出したり、一人で行ったりといろいろだが、自分の思索にふける時間をとても大切にしている。出だしこそエッセイそのものだが、章が進むにつれ、空想の時間がどんどん入り込む。梨木さんは、清冽な流れに身をまかせながら、自然を思うままに描写していく。まさしく作品があふれる状態になり、手に取っている私は、ゆっくりと咀嚼しながらページをめくっていった。エッセイか、幻想か、純文学か。きっと、どれもが正解で、まだどこにも分類できない物語の小さな芽たち。梨木さんのカヤックは、そうして現実と空想の境界を、孤独に進んでいく。

 ダムに沈んだ村の上を、カヤックで漕ぐシーンが非常に印象に残った。湖面を行き交いながら、はるか深みにある村の子どもたちと対話する。いっしょに行こう、と声をかける。梨木さんの作る物語へのお誘いだ。その章は、常若の国と名付けられている。ケルト民話にある妖精の国の名前だ。ダムの底の妖精たちが、いつか物語の世界に入ってきてくれることを願い、不思議な時間をくれた一冊に感謝して書棚に整理した。

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紙の本

ボーナス・トラック

紙の本ボーナス・トラック

2012/02/18 14:32

こりゃあ最高です。みなさんの書評が増えている理由が分かります。

4人中、4人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 日本ファンタジーノベル大賞の優秀賞受賞作。他に受賞歴はないので、初見にデビュー作を選択した。いやあ、笑った。感動した。通読して、ほんわかした。他作の書評で感じていた通りの印象だ。ニコニコしながら読める、三枚目小説である。

 創元推理文庫だが、ミステリー要素はほとんどない。キャラクター重視の漫才みたいな軽やかさが魅力の物語だ。表紙をめくった一枚目にある、まとめ文から引用する。
「・・・草野哲也は、雨降る深夜の帰り道、轢き逃げ事故を目撃する。(中略)死んだ青年の姿が見えるなんて、かなりの重症だ・・・。轢き逃げ犯捜しの顛末を、主人公・草野と幽霊のふたつの視点から瑞々しい筆致で描いた著者デビュー作」
 きれいにまとまった文章だけど、いまいち伝えきれていない感じだ。

 草野はハンバーガーショップの社員で、バイトを統括しながら店を切り盛りしている。合計三人の社員が、ローテーションを組んで店を回している。草野はまだ経験が浅く、深残業やサービス残業で乗り切りながら、業務をこなす真面目人間だ。ちょっぴり気が弱く、スマートではない。そこに、轢き逃げ事件の発生と、幽霊との出会いを通し、変な展開に巻き込まれていく。

 何といっても、人物造形がいい。幽霊が車に轢かれた理由も、アホ丸出しである。もしお店に寄った帰りだったら、などと考えて吹き出しそうになる(何のお店かは本文でお楽しみ下さい)。疲れ切った草野は、人間らしく余裕を取り戻していくし、幽霊は能天気全開から草野に影響されて律義さを持つようになる。この混ざり具合がなんとも心地よい。表面的には文学的な感じはしないのに、こういった人間模様が丁寧に描かれているからこそ、ページをどんどんめくってしまうのだろう。早速、二冊積読にした。とは言っても、文庫は三冊しかないので、いきなり終了である。あとは単行本四冊の文庫化を待つのみ。ううー、本棚が大きくないというのに、はたして文庫発売を待ち切れるのか少々不安である。

 ちなみに、本作は優秀賞であり、大賞は別の作品が取っている。つまり優勝したことは一度もない作家さんという訳で、そんな詰めの甘さも、いかにもこの人らしい愛嬌であり、にんまりしてしまう。無冠かどうかの微妙な状態のままで、いつまでいられるのか、ちょっとした見ものである。余談だが、表紙がやぼったい。こんなところまで三枚目をかまさなくていいというのに。

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紙の本

ビブリア古書堂の事件手帖 2 栞子さんと謎めく日常

全面的に評価UPです。これはいい。

5人中、4人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 ビブリア古書堂の事件手帖1を読んで、少し様子見をしていた。1は、ライトミステリーとしての楽しさが存分に発揮されている一方で、人物造形にしっくりこない部分があったからだ。前作の書評で、私はそれを薄いと表現した。なんというか、心理描写に現実感が乏しいと感じた部分が少々あった。でも、本の出来としては良かったので、2については皆さんの書評でチェックしていた。なんとなくだが、1と2でどこか雰囲気が変わっているように思った。じゃあということで、読んだところ、期待を大きく上回る出来で嬉しかった。これならOK。大いに楽しめた。

 坂口三千代「クラクラ日記」、アントニィ・バージェス「時計じかけのオレンジ」、福田定一「名言随筆サラリーマン」、足塚不二雄「UTOPIA最後の世界大戦」。これら四冊の本で、各章を構成している。このうち、クラクラ日記は、プロローグとエピローグで使われている。

 著者によるあと書きで、物語はようやく本編というところ、とのことだ。納得である。1では、ヒロインの栞子さんが入院していて安楽椅子探偵を務めていたが、2は退院後に古書店での業務に戻っている。探偵役は相変わらずだが、動きが出て読みやすい。書店員の五浦との二人三脚が、しっかりしてきている。「クラクラ日記」、「時計じかけのオレンジ」、「名言随筆サラリーマン」が気にいった。「UTOPIA最後の世界大戦」は、伏線がはらんでいる気がするので、まだまだ目が離せない。

「時計じかけのオレンジ」は、読書感想文にまつわるものだ。私は、感想文に苦しんだ記憶があるので、堪能させてもらった。いやあ、格好いい文章だ。謎解きのトリックは評価が分かれるかもしれないが、私は感想文を書いた人の心の動きに目を奪われた。嫉妬か自意識か判然としないが、そんな心の揺れは、読んでいてドキドキする。ただし、この章の最後のエピソードは、見え見えだったし、蛇足に感じた。1から感じる違和感は、こういった出来過ぎの不自然さから発生しているように思う。私にとって、そのサービスは過剰だった。ちょっとしたことなのかもしれないが。

 細かいところでいくつか気になる所はあるものの、栞子さんと五浦の物語を大筋で楽しんでしまった。心理描写も、栞子さんと五浦らしい自然な積み重ねで、読んで良かったと思う。絶賛してもいいくらいだ。

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