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オールドファンさんのレビュー一覧

投稿者:オールドファン

1 件中 1 件~ 1 件を表示

紙の本スキマ猫

2010/12/09 14:25

「スキ マ  猫」ー今度は、大人の恋

3人中、3人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

「スキ マ  猫」
「仮面をはずした素のままでいいの?」
恋人ナオキとの間に、スキマを感じ結婚にまで踏みきれないでいた
冴島ヒビキは、大いなる父性と少年の感性を併せ持った泉花 白瑠
(いづか はくる)に出会い、素直に自分自身を生きることの大切
さに気付く。

 これまでは、複雑な家庭環境や出生の秘密、心身の欠陥に傷ついた
主に、トラウマ少女たちを主人公に、社会への怨恨と復讐、そして
その中で懸命に生きようとする強烈な自我を描く事の多かった桜井
作品とは、一線を画したような、大人の恋に、
新鮮な驚きと爽やかな安らぎを感じさせてくれた「スキ マ 猫」。

 デビュー作「イノセントワールド」以来、常に追い求め続けながら、
いつも敵でしかなかった「父」なるもの、
これまでは、全くの「不在」に近かった「父性」が、
ここに初めて登場し、
傷ついたヒロインを限りなく癒し、もう演じなくていい、強がらなくていい、虚勢を張らず素のままでいい、いつでもここにいるからと優しく愛撫してくれる。
 泉花を選び、将来有望の恋人・ナオキとの別れを決めたヒビキは、ナオキからの最後の真情溢れる手紙を読んで、それまで感じていたナオキとの間のスキマを作っていたのは、自分自身の方だったと悟り、それまでの自分を捨てて生れ変わるために、大切にしてきた蝶のコレクションを海に投げ捨てて弔いをする、自分自身を葬る儀式をする、その場面がとても印象的でいい。

「難読症」と詩の話は、短編「ほたる」にも出て来るが、(この「ほたる」も、いかにも等身大のヒロインが出て来るとてもリアルで素直に読める名短編。)ここでも効果的に使われている。
 人目を気にして、いい人を演じ続けてきたヒロイン像は、これまでにも多くの桜井作品に登場するが、ここではホテルコンシェルジュという職業の設定でうまく生かされている。対する泉花の、危険と隣り合わせのテストパイロットの設定もいい。どこかベンアフレックの「偶然の恋人」の飛行機事故を思い出させる。トレーニングを欠かせない彼には、「レインボーフィッシュ」の彼の面影もある。容姿的には、リチャード・ギアか?(私見です)

 ファッションや社会批判やSF、映画的手法や様々な色合いを複雑に絡み合わせて、一作ごとに見事なバリエーションを展開する桜井作品の中で、今回は、そういう仕掛けなしに、全くの文学的王道をとりながら、一人のヒロインの、ホテルコンシェルジュとしての職業意識と、女性としての生き方、妻として母としての生涯までを広い視野を持って描き出した。
 大河小説、女性教養小説としての祖ともいうべき、かの「ジェインエア」に近い文学の域にまで達している。そしてその一方で、得意とする繊細描写や巧みな比喩は、ますます冴えわたり、『泥棒猫』なんていう言い回しは、巧い!としか言いようのない味わいがあってファンをうならせ、楽しませてくれる逸品。
                          オールドファン

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