ルルシマさんのレビュー一覧
投稿者:ルルシマ
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猫鳴り
2011/01/21 08:48
年老いた猫と、それを見守る男の圧巻のラスト
7人中、7人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
一昨日、読み終えた「痺れる」が素晴らしかったので、この作品も読んでみた。
主婦、僧侶、会社経営という、なかなか面白い経歴の方のようで、
しかも「痺れる」もそうなのだけど、四季折々の草花の描写が美しい。
きっと自然をこよなく愛している人なんだろうと想像できる。
妊娠半ばで子供を失くしてしまった信枝が、家の近くで見つけた仔猫。
しかし死産から立ち直れない彼女には仔猫は疎ましかった。
放置してくればそのうち死ぬことになるのだろう。
そう思いつつ、再度林の中へ捨てに行った。
それが、ある少女の訪問がきっかけで、仔猫を飼うことになる。
少女の同級生・行雄は、父子家庭で、心が病んでいた。
幸せで頼りなげな幼児が心底嫌いで、いつかそんな子供を殺してやろうと、
ナイフを持ち歩き、すんでのところで未遂に終わったこともあった。
そんな行雄に父親が仔猫を連れてきた。
父親の手前、一生懸命世話をするふりをして、そのうち殺してやるんだと思っていたのに・・
仔猫の名前はモン。
これはモンが仔猫の時から始まり、その生命力で生涯を全うするまで、
関わる人たちの心のの闇や空洞を埋めていくお話。
耳にここちよい言葉ではなく、
時には残酷すぎる結末もある。
必死にすがってくる仔猫を捨てに行く信枝も、
幸せな子供が許せない行雄も、
実は、捨てられた仔猫よりも不幸せな存在。
二人の不幸を小さな猫が浄化しにこの世に使わされたかのようです。
そしてモンの最期。
その時ですら、モンは淡々とした姿で、主人・藤治に向かいます。
年老いた猫と同じく年老いた男、
見守る、というより、見ることを許されたかのような同志の命の終わり。
この最終章はまさに圧巻。言葉に表せません。
猫にまつわる短編かと思っていたら、その縦軸はただ1匹の猫でした。
出だしが動物好きにはショックな始まりで、
愛猫家からは批判が出るだろうと思っていたけれど、
最後に至って、沼田さんもまた猫を心から慈しんでいることがひしひしと伝わって来ました。
ありがちな、かわいい猫を飼うことでみんなに元気をもらいました、とか、
その死が悲しく終わるような話ではなく、もっと深い意味を持ったものであるような気がします。
渡りの足跡
2011/01/21 11:07
渡り鳥を追い続ける「梨木レポート」
4人中、4人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
梨木さんには正直驚いた。
以前から草花樹木に精通して、その関係で鳥にも詳しい、そんなくらいに考えていた。
でもこれはエッセイという簡単なものではない。
専門家の話も聞き取り、渡り鳥の飛来先を追跡した、れっきとしたレポート。
彼女のご執心の相手はオオワシ。
その飛来地、知床や諏訪湖まで足を延ばして追跡している。
オオワシたちが何を思って、オホーツクを越える苦行をしてまで行き来する理由。
確かにそんなことは人間にわかる術もないのだけれど、梨木さんは考える。
オオワシの目でみた山や半島を鳥瞰図として想像してみる。
そして北のカムチャツカの断崖絶壁で、来るべき決死の海越えに備えて飛行訓練する巣立ち前のヒナを観る。
これがただの研究者の記録文ならつまらないだろうけど、
あの梨木さんが書くそれは、やはり精密なくせにロマンがある。
そしてオオワシと並んで気になる存在、オオヒシクイ。
カモの仲間で、新潟県の福島潟という沼に多く飛来するそれを、
地元の研究者が小型発信機を付けて飛行経路を電波で追う。
そのうちの一羽が北海道・長都(おさつ)沼を休憩地にして、
その後、電波が途絶えた上士幌町の国道で○月×日朝7時に腹部をワシやタカに食べられた死体が発見されるまで克明に把握される。
たまたま別で探したネットの画像にそのカモが写っていて驚いた。
長都沼を守る会のHP。その写真の下の説明にこうある。
『日本に来るオオヒシクイの繁殖地を調査するため、雁を保護する会等が
1999年2月に新潟県豊栄市福島潟で捕獲し黄色首輪と発信器をつけた
オオヒシクイが長都沼にやってきました。 写真ではA24・A27・A33・A34が写っています。』
そのÅ33が追跡していたカモ。足に発信機が確認できるものが数羽映っている。
渡り鳥の旅の経路を知ることで、その通り道の休憩地での自然破壊されるような事業を極力制限したり、バードストライクのように、飛行機に鳥が突っ込む鳥の受難のみならず、
大災害を避けるよう航路を変更したりということに役立てるらしい。
最終章で、また北海道を訪れる筆者。
彼女がいつも泊まる森の中の湖のホテル、
http://www.chimikepp.co.jp/
何回か文中に登場し、都会から離れて湖沿いのバードテラスに野鳥が集まるお気に入りらしい。
いちど泊まってみようかと計画中。
サラの鍵
2011/01/21 08:07
だれもが口をつぐんだ悲劇
4人中、4人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
これは、実際に起こったフランス警察によるユダヤ人迫害事件をもとに作者の創作を織り交ぜたものなのですが、そのほとんどが真実であるために、あまりにも衝撃的です。
小さな弟は自分を待っている、あの暗い納戸の中で・・・
連行されたサラを襲う焦燥感と、やがて来る絶望感。
フランス政府が現在まであまり公に触れることが無かった暴挙。
ナチス占領下とはいえ、実際にそれをやってのけたのは、まぎれもないフランス国家。
60年前に10歳のサラに降りかかる人間の尊厳を踏みにじった過酷な現実を、
現代に生きるジュリアという記者が、追いかけていくうちに自分の家族とサラとの重大なつながりがあることに気付きます。
それはずっと封印されてきた悲しい事実でした。
だれもがアウシュビッツのことは知っているのに、フランス国内で起こったこの事件についてはまったく無知であったと思う。
ドイツやポーランドなどから脱出するユダヤ人は、フランスに逃げていくと思っていた私は、
今回の話ではとても衝撃を受けました。
弟との約束、それも彼の命にかかわる約束を果たしていない焦り、
自分の置かれている過酷とか悲惨という言葉では表しきれない地獄、
それを、少女の目線で書かれたところと、
45歳の、家族や夫との考え方の違いに苦しむジュリアの心の動きを克明にとらえ、対比させて書きあげてある構成は素晴らしい。
日に日に心身共に追い詰められていくサラと、歴史の証言者を追ってアメリカ、ヨーロッパを飛び回るジュリアを見逃がすまいと、どんどんページをめくってしまいます。
そしてすべてがわかった時、人々が下した決断は・・・
作者のタチアナ・ド・ロネが作品を通して、
この事件を世界に再確認させた功績は大きいと思うし、
その事件が意味する重さに頼らず、
彼女が文章力や構成力、想像力でここまで読ませる作品を書いたことは本当にすごいです。
バルザックと小さな中国のお針子
2011/01/21 07:57
圧政の下、瑞々しく輝いていた彼ら
4人中、4人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
図書館でふと見かけたこの本がずっと気になっておりました。
フランスで活動を続ける中国人の作家さんで、そのせいか中国が舞台のお話にもかかわらず、フランス映画を観ているような錯覚に陥ります。
1971年、文化大革命に揺れる中国。
毛沢東は、政敵や資産家の息子たちを「再教育」と称して、各地の農村に送り農作業に従事させるという下放運動を実施しました。
主人公の「僕」は17歳、幼馴染の羅(ルオ)は18歳で山奥の村に配置され、過酷な重労働に明け暮れる毎日。
その村は電気もなく、村人は文盲、映画すら観たことがないという僻地ぶりです。
しかしそんな中、村長が「僕」と羅(ルオ)の教養を見込んで、ふもとの村で映画を観てくるようにと言います。それは帰ってから村人の前で観てきたことを語って聞かせろということでした。
仕事も免除されて観てきた朝鮮の映画を面白おかしく語る2人。
とくに羅(ルオ)はすばらしい語り部で、それから先彼らは、たびたびこの使命を受けて村へ降りて行くことができるようになります。
ある時村で知り合った美しい仕立て屋の娘・小裁縫と彼らはすぐに意気投合。彼女の気を引くために羅(ルオ)は語り部の能力を余すことなく発揮するのでした。
その頃隣村にいるもう一人の再教育青年・メガネが法律で禁止された西欧の小説を隠し持っていることがわかりました。知識と活字に飢えた「僕」と羅(ルオ)は彼に取り入って1冊のバルザックを手に入れます。
村人が寝静まったあと、夢中で夜明けまでかかってむさぼり読むバルザック。
初めて知る西欧の文化に2人は目が覚める思いでした。
羅(ルオ)は小裁縫が都会の女性のように知識の洗礼を受けるよう、バルザックを語ってきかせます。
やがてバルザックを読みつくした彼らは、メガネがまだ隠しているほかの本を手に入れたいと思うようになっていきます。
北京からとんでもない山奥に行かされて、帰る望みもあまりない彼らが劣悪環境をものとせず、あの手この手で田舎暮らしに馴染んでいく様や、ちゃっかり恋もして禁制本も手に入れたりのたくましさが、やけにほほえましくて頼もしく感じられます。
実際に行われたこの政策では、村の長の承認があれば近隣まで出かけるといったことは許されているようで、この「僕」はバイオリン持参で派遣されていて、羅(ルオ)は腕時計までしています。
囚人のように過酷、とまではいかないようで、村人がすることを共にする程度のようでした。
とはいえ、こんな状況下では怖ろしい結末がまっているのでは、
と不安だったのですが・・違う意味でかなり予想外の結末となりました。
それにしてもこの文明とは程遠い場所が舞台にもかかわらず、みずみずしく洗練された文章は驚きで、そのおかげで「僕」と羅(ルオ)の農村ライフが楽しそうに思えてしまった私です。
映画化されたのですね。
まったく知らなかったけど、他の作品が気になる作家さんでした。
ぼく、牧水! 歌人に学ぶ「まろび」の美学
2011/01/21 12:52
俳優・堺雅人と若山牧水の共通点とは?
3人中、3人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
俳優の堺雅人さんが高校時代の恩師で歌人・伊藤一彦先生との、
彼らと同郷・宮崎県出身で同じ早稲田大学卒業生の若山牧水についての、
解りやすくて楽しい対談をまとめたもの。
何しろお酒を飲みながら、らしいので、そりゃ楽しいでしょう。
若山牧水、すぐに彼の詠んだ短歌が出たら大したものです。
私は彼の名前も知っていたし短歌も聞いたことあったけど、その両者が一致していなかった。
代表作はこれ。
白鳥は哀しからずや空の青海のあをにも染まずただよふ
「白鳥は哀しいものだ、青い空、あおい海、どちらの色にも染まることなくただよっている」
生涯、旅人であった牧水は、文学をするものとしては王道というべき、
道ならぬ恋をして苦しみ、そして別れて後、
結婚して妻や子を持つが、また旅に出る。
そして明治の松尾芭蕉のように汚い坊主と見まごうようないでたちで、諸国をめぐって歌を詠む。
伊藤先生は、宮崎県立宮崎南高校での堺さんの恩師であり、
坪谷(日向市東郷町)にある、若山牧水記念文学館館長です。
その先生を堺さんが尋ねるところからこの対談が始まるわけです。
記念館の前のお蕎麦屋さんで一杯やりながら語る牧水論。
それは教科書で名前しか知らない私でも思わず、にんまりするような楽しいもの。
人妻にメロメロだった牧水が彼女に振られる。
思い切り落ち込む牧水ではあったけど、やがて復活。
もっと包容力のある女性、喜志子に出会って2日目でプロポーズ。
子供ももうけて妻を愛しつつも、旅に出なければいられない牧水を、
喜志子は信じて家を守って行く。
牧水は当時人気の歌人で、親友には石川啄木や北原白秋、中原中也など有名人が多い。
特に啄木にはその最期も看取ってやっているのです。
早稲田で同級生だった白秋や、「明星」がらみで知り合った、中原や啄木はみんなとがったナイフのようでかっこいいのに、
牧水はもさっとしたなまくら刀みたいだと、堺さんは言う。
伊藤先生曰く、他の歌人たちは自然をじかに知らないと。
言葉を転がすだけ。でも牧水はちゃんと野や山と一体になっていたと。
なるほど、他の歌人たちは垢ぬけた感じの写真が残っているけれど、
若原牧水は、ずんぐりとした坊主頭。
堺「写真は載せないほうが・・・」
たしかに。
切ない恋を詠んだ歌人として人気があったのに、あの容貌を見てしまっては・・・
対談は3晩連続で行われ、最後の夜は現在の堺さんのお仕事について。
「篤姫」での家定を演じた時に心にあったことや、
私も好きだった映画「ジャージの2人」でのことなどを語っています。
おまけにあとがきでは、伊藤先生が堺さんの「ジェネラルルージュの凱旋」の時の原作者・海堂氏のコメント等も明かされています。
(先生と堺雅人さんはよく一緒に飲まれるそうなのでエピソードも多いようです。)
一緒に飲みなれたお二人が郷土の名士を語る。、
先生曰く、
「楽しい酒は残らない」らしいです。
儚い羊たちの祝宴 The Babel Club Chronicle
2011/01/21 10:31
羊たちが弱者だとは限らない
3人中、3人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
面白かった。
帯書きにはこう書かれています。
『あらゆる予想は、最後の最後で覆される。
ラスト1行の衝撃にこだわり抜いた、暗黒連作ミステリ。』
ラスト1行の衝撃、というのは少し違うと思いますが、
かなりセンスのあるオチだと言えるでしょう。
いきなり来るショックより、最後数ページ前から読み手はじわじわ感じてくるものがあるのです。
「もしかして・・くるんじゃないか?」
そして、予告通り最後の1文での括り。
あの、青春まっただ中の古典部や小市民からは、想像できない・・・
収録は全5編。
「身内に不幸がありまして」
「北の館の罪人」
「山荘秘聞」
「玉野五十鈴の誉れ」
「儚い羊たちの晩餐」
連作ということで、共通するキーワードは「バベルの会」という大学に所属している読書会。
登場人物は、ある財閥(これはそれぞれ違う)の令嬢、もしくはそこの使用人を中心とし、なんらかの形で「バベルの会」に関係しています。
この財閥が生半可でなく、特別な時代設定は書かれていないのですが、
おそらく最後の1作以外は現代より少し前だと思います。
家や家長がとても重んじられていた時代のこと。
文字通りの深窓の令嬢が妄想の末にたどり着く世界観。
北村薫作品の「花村英子嬢」の暗黒版のような女性たちが次々と登場する、
ありそうでありえないお話が、すべて「バベルの会」と繋がっていました。
個人的には「山荘秘聞」と「玉野五十鈴の誉れ」がよかった。
S・キングを思い出させる狂気・・・怖いです。
ふがいない僕は空を見た
2011/01/20 18:54
最後まで読んで、命の眩しさを知る。
3人中、3人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
第8回「女による女のためのR‐18文学賞」大賞を受賞・・そんな賞があったことも知らない。
そしてふがいない私は途中なんども泣きそうになった。
この物語は、5編の連作短編形式で、語り手は毎回違う。
まず最初は、その「R-18文学賞」受賞の「ミクマリ」、
語り手は、高1の斉藤卓巳。
同じ学校に通う七菜のことが気になっている。しかしコスプレ主婦との不倫進行中。これは誰にも内緒。
その次の「世界ヲ覆フ蜘蛛ノ糸」ではその主婦、里美の不遇な青春時代と、
ある意味怖くなる結婚生活とその不倫の末路。
続く「2035年のオーガズム」では、卓巳に好意を寄せる七菜の家庭。
ささやかな家とその家族を必死で守ろうとする両親と、優秀であるがゆえに方向をまちがえてしまった兄、
そしてなかなか届かない七菜の卓巳への想い。
「セイタカアワダチソウの空」卓巳の唯一の友達・福田の貧しい家庭。
父が無く、母も出て行ってしまった家で痴呆の祖母と暮す彼の生活で、
唯一の光があの男だった。
最後「花粉・受粉」助産院を営み女でひとつで息子を育てる卓巳の母。
息子が生きる気力を失くしてしまっていることに心を痛めながらも、
新しい命を世に送り出す仕事に追われる。
個人的には「セイタカアワダチソウの空」がよかった。
卓巳の章ではあまりぱっとしない福田がここでは際立つ。
切羽詰まった貧困と、徘徊を繰り返す祖母との板ばさみになる彼を、バイト先の先輩・田岡が手を差し伸べる。
思わず応援したくなる彼の毎日に胸がつまる。
どうして自分にこんなによくしてくれるのかと尋ねる福田に田岡。
「おれは、本当はとんでもないやつだから、それ以外のところでは、とんでもなくいいやつにならないとだめなんだ」
たしかに彼も心に闇を持つ人間だったのだけど、それがどうした?そういいたくなる。
エロい高校男子の不始末は、それだけに終わらず大きな波紋を起こす。
その年齢ではとても生きていく気力を無くしてしまうような事がおこるわけだが、
その彼を取り巻く人間誰もが少なからず人には言えない罪深さを持っている。
でもそれは悪人の罪深さではない。
「いじわるな神様」から与えられた試練とでもいうべきかもしれない。
妊娠や出産という聖域に踏み込んでいって、あからさま過ぎるほどの赤裸々なストーリーが、女性の手によって書かれたのなら充分に納得のいく出来だと思う。
そして誰もが苦しみながら生きている場所で、生まれてくる命の眩しさとか尊さが、
このお話の未来をほんの少し明るくしているのかもしれない。
卵をめぐる祖父の戦争
2011/01/21 09:02
戦時下のレニングラード、バカバカしい指令に命をかける若者たち
2人中、2人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
「ナイフの使い手だった私の祖父は十八歳になるまえにドイツ人をふたり殺している」
作家のデイヴィッドは、祖父のレフが戦時下に体験した冒険を取材していた。
時は一九四二年、十七歳の祖父はナチス包囲下のレニングラードに暮らしていた。
居住しているところの消防団であったレフは、ある晩、落下傘降下途中で凍死したドイツ兵のナイフを奪った。
それがソ連警ら兵に見つかり、銃殺刑になるところを、拘置所で出会った脱走兵コーリャとともに、秘密警察の大佐の元へ連れていかれる。
大佐は、5日後に娘の結婚式を控えていた。
結婚式のウェディングケーキに使う卵が、レニングラードにはなかった。
「命を助ける代わりに、1ダースの卵を調達して来い」
ドイツ軍による包囲戦で、町は飢餓状態。
二人はあてもない卵探しに出かける。
こんな出だしをみるとコメディ要素が感じられる。
相棒コーリャは、饒舌で色男、頭もいい。
レフは常々、根性無しな自分にコンプレックスを持っている。
しかし、まったく正反対な二人の珍道中はそんなにやわなものではなかった。
人肉売買の夫婦、地雷を背負わされた犬たち、ドイツ秘密警察に囚われた慰安婦の住家・・・・
冬の原野を、若者二人が飲まず食わずで歩いて包囲網を突破、
ドイツ軍の懐へと入っていく。
少年特有の固さが残るレフと、いろいろ訳知り顔で多弁なコーリャは、
お互いたった一人の友達になっていくわけで、
軽妙なしゃべりや反抗勢力パルチザンの狙撃兵の少女との恋や、
緊迫した敵とのやり取り、、
「猫象」ほどではないにしても、命を賭けたチェスを打つ場面もあり、
どんどん先が知りたくなる。
敵軍に包囲され市民が次々死んでいくなか、
軍中枢には有り余る食材、そしてたった1ダースの卵を見つけるために命を危険にさらすことの愚かさ。
レフたちの崖っぷちな毎日は、初めて知るソ連の顔で、
これも去年読んだ「チャイルド44」の怖さとはまた別だった。
第2次大戦中、ソ連がこれほどドイツにやられていた現状を、
恥ずかしながらまったく知らない。
粛清とかの内部抗争以外は、おおよそ常勝・ソ連のイメージを勝手に抱いていた。
そんな壊滅状態の町で、レフやコーリャのような若者がどんな生き方をしていたか、
その一部分くらいは垣間見ることができたのかと思う。
黄金旅風
2011/01/21 07:47
時代を助けた逸材、傑物に会いに行こう
2人中、2人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
先日読んだ「始祖鳥記」が、ある一時代の日本国内の流通業(特に船舶)を背景にしたものに対して、この「黄金旅風」は、のちに鎖国へと進む前の日本の国際貿易と流通業の歴史がベースとなっています。
そして舞台は、当時の国際貿易の最大拠点・長崎。
そこで生まれ育った2人の男。
火消し組頭・平尾才介は、弟・荘次郎とともに日本人、唐人その他国籍問わず慕われたカリスマ火消し頭であり、義を通すための武勇伝も数ある男。
末次平左衛門は、すでに長崎で有力の貿易商・平蔵の嫡男。
二代目を継ぐまでは「放蕩息子」「不肖者」と呼ばれた、いわゆるやんちゃものでした。
その平左衛門が、父亡き後、代官職を継いで、長崎という町と住民の利益を最優先に考える良きリーダーへと成長していきます。
時は、3代将軍・家光の時代。
しかしまだ前将軍・秀忠が大御所として閣老たちに力を持っていた頃で、
大御所派と将軍派とが対立している時期でもありました。
その大御所派の権威を後ろ盾にした竹中豊後守が、長崎奉行に就任。
幕府に許可なく海外への渡航許可証を出したり、私税を課したり、強硬な切支丹弾圧と処刑など、大胆な悪行を行い始めたのです。
徳川幕府も3代目となると戦乱も無くなり、大名たちは私財を蓄える手段として、出世以外に目をつけたものとして、流通による利益でした。
当時は陸送は大規模な運搬が当てにならず、船舶による海上輸送が大きな利益を産む手段だったのでしょう。
港に出入りする物への課税、通行税、そして他国との貿易が利益を追求するもののターゲットでした。
庶民の身で財をなして大きな船を操る貿易商の船に、みな私財を投じて利ザヤを得るという流通業の発展が長崎を大きくしていったのでしょう。
そこで、日本の将来も民衆の平和と安泰も大きな視野に入れた、平左衛門たちの生きざまに心踊らされるのです。
飯嶋作品にいつも期待する、時代を助けた逸材、傑物たち。
ここでも大勢登場します。
才介と平左衛門はもちろん、
才介の弟・荘次郎、末次船の船大将・濱田彌兵衛、
竹中家中で唯一の慧眼・不破彦左衛門、
春日の局の二男で家光の側近・稲葉正勝、
鋳物師・平田真三郎・・等々
こういう男たちに出会うために、飯島作品を読むのだといっても過言ではありません。
そしてこの物語の3年ほどのちに勃発する島原の乱。
「黄金旅風」に続く「出星前夜」にもあの人がちらりと登場。
ああ、順番に読めばよかった、と少し後悔。
夢を見るために毎朝僕は目覚めるのです 村上春樹インタビュー集1997−2009
2011/01/21 09:51
これまで語られなかった村上春樹が満載
7人中、7人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
インタビュー集という性質上、記憶に残った部分について書いてみます。
だからそれらの前後の脈絡はあまり関係ないものと思っていただきたいな。
この本には1997年から2009年にかけておこなわれたものであること。
彼はジャズのお店をやりながら書いた「風の歌を聴け」が賞を獲ったのを機に、
執筆活動に専念する。
そして「ノルウェイの森」が爆発的な売れ行きだったために有名にはなったけど、
その頃の文壇のシステムというかあり方になじめずアメリカへ行きます。
そのことを、ここに納めてあるいくつかのインタビューで話しているわけですが、
やはりかなり日本が居心地が悪くなったんだろうと推察されます。
確かにあれは尋常じゃない売れっぷりでしたからね。
誰がそんな継子いじめもどきなことをしてたんでしょう。
あの人か?それともこの人?
まぁでもアメリカでは名前も売れていないので自由な生活を送れたようでよかったというべきでしょうか。
そんな今までの執筆活動の変遷や、短編・長編の彼流の書き方や、
作品に対する考え方が語られます。
「・・・主人公は2人の女性によって支えられているのです。どちらか一人だけでは、彼はやっていけないのです。『ノルウェイ』は僕自身が書くという行為の中で行っていることの、ひとつのきわめて率直な例証であるわけです。」
「(レイコさんについて)彼女の精神は半分が正常で、半分が非正常です。僕は彼女のキャラクターがとても好きです。レイコさんの事を書いている時は、とても幸福な気持ちになることができました。」
村上作品に頻繁に見られる女性2人と主人公の男性という構図。
いつもこうだよなぁ、って思いつつ読んでいることが、このインタビューで、なるほど、そういう意図があったんだと。
そして彼の副業(?)のような翻訳について。
あんなによく自分の作品中にも出てくるフィッツジェラルドやカーヴァーに心底傾倒しているかと思えばそうではないのです。
「ドストエフスキーが僕のアイドルです。」
なんと!アイドルですとっ!!
そして多くのインタビュアーに対しても「カラマーゾフの兄弟」が、
彼・村上さんが思う最高傑作だと。
なるほど・・・
そして常々、自分と同時代もしくはそれより若い作家に関してはコメントしないと断言している彼が言った。
「今だって、カズオ・イシグロの新作が出たらすぐ買いに行って読みます。でもそういう人は数としては、残念ながらだんだん少なくなっています。」
去年読んだ「走ることについて語るときに僕の語ること 」はもっぱら執筆以外の村上さんが垣間見え(ほとんどがタイトル通り走る事だけど)、
今回は、あまり国内では聞くことができなかった本業について、
私達読者が「マジでどうなのよ」と思っていることの真偽のかけらをしることができたようです。
毎朝4時に起き、5~6時間仕事、午後に10キロのランか1500m泳ぐ(もしくは両方)そして午後9時就寝。
私達からすればその生活は感心することはできても同じようにはできないでしょう。
そのようにやれたらいいかもしれないけど、できない、もしくはやりたくない(笑)
そのペースをずっとキープしている(彼にとっては無理ではないし苦痛でもない)ことに小さく拍手してあげよう。
追記:この本を読むにあたって急遽「スプートニクの恋人」は再読しました。
あともし参考にするとしたら「神の子どもたちはみな踊る」「アフターダーク」とかも予習しておくといいかもしれません。
もちろん長編「ノルウェイの森」「ねじまき鳥・・」「世界の終わりと・・」「海辺のカフカ」などは言わずもがなです。
走ることについて語るときに僕の語ること
2011/01/20 19:26
ランナー・村上が目指すもの
4人中、4人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
村上さんのエッセイというと、「村上朝日堂」その他で解るように、
小説から受けるイメージとは違って明るく庶民的。
彼の作品が重くていや、という人はエッセイを読んで欲しいと思うくらい、
自然な人となりが出ていてファンも多いのではないでしょうか。
でも今回のこれは、厳密に言うとエッセイではないです。
これは彼のランナーとしての現在・過去・未来への記録だと思う。
今までのエッセイではランニングのことはあまり触れず、
もっぱらスポーツといえばスイミングについて書かれていることが多かったように思います。
周知の事実で、彼は朝は早く起きて、簡素な食事に散歩やスイミング、
その合い間、というかほとんどは午前中の早い時間の執筆活動、といった生活について多くのところで書いています。
それがこの本で語る「走ること」については、珍しく熱くアグレッシヴに取り組んでいることが判ります。
でも本人は、「勝ち負けは頭にない」といいきり、大事なことは「自分の目標をクリアすること」だと述べているのです。
確かに彼の「走ること」の歴史はすばらしい。
20何年、毎年フルマラソンに出場していて、そのうちの何年かはトライアスロンにも参加している。
ボストンマラソン、ニューヨーク・シティ・マラソン、
サロマ湖100キロマラソンに、村上国際トライアスロンなどなど。
勝ち負けは気にしなくとも、自己目標をクリアするために、
何ヶ月も前から完璧にも思えるトレーニングと調整を続ける村上氏。
しかし、その折々に様々なアクシデントが彼を襲い、完走するも思ったような走りが出来なかった時が続くと
周到な準備にもかかわらず不発だった自分のランを様々な角度で分析していく。
そしてその度に彼が行きつくのは自分の「老い」。
ここまでして、調整も続けて、体調も悪くない。
ウエアも装備もシューズも完ぺきだ。
なのにダメだったのは、どうにもならない「老いた自分」。
写真で見る村上さんの若い頃のランニング姿。
彼は、「小説をしっかり書くために身体能力を整え、向上させる」と書いているけれど、
いやいや、どうして、かなりの本気です。
家で小説を書く「静」の自分と、
水泳やトレーニングやランで絞り切った「動」の自分とのバランスを上手くとることで、たしかにより創作活動はしやすいのでしょうが、
この本を読むと、彼の中で時としてランの方が執筆活動よりも熱いのでは?と思わずにはいられません。
そのためには自分の「老い」もきちんと受け入れ始めた村上さんが、自然体で今後のランナー人生を進まれる宣言のような作品だったと思います。
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