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谷合佳代子/エル・ライブラリー(大阪産業労働資料館)館長さんのレビュー一覧

投稿者:谷合佳代子/エル・ライブラリー(大阪産業労働資料館)館長

1 件中 1 件~ 1 件を表示

戦後史のなかの国鉄労使 ストライキのあった時代

2012/02/01 10:46

国鉄労働運動史、初の通史

8人中、7人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 国鉄の労使関係は複雑怪奇なものです。労働組合が「乱立・四分五裂」し、素人にはとてもわかりにくい経過をたどりました。国鉄労働組合(国労)、国鉄動力車労働組合(動労)、鉄道労働組合(鉄労)がその代表的な組合ですが、それぞれの組合史はあっても、国鉄時代の労使関係全体を俯瞰する通史はこれまでものされたことがありませんでした。著者は国鉄職員として1958年から1985年まで勤め、一職員の立場から、国鉄時代の労使関係の全体図を描きたいという熱意にかられ、10年以上をかけて本書を執筆しました。

 国鉄労使の歴史は単に一事業体での労使関係・労働争議に留まらず、戦後史の一時代を背負ったものであるというのが著者の認識です。タイトルが示すように、その時々の政治と深い関わりをもち、政局に左右されてきた労使関係というのも国鉄だけだ、という思いが強いのでしょう。ですから、全編に亘ってその叙述は労使関係、というよりは「政労使関係」を主軸に描かれています。

 「昔陸軍、今総評」と呼ばれるほど大きな社会的影響力を持っていた総評(日本労働組合総評議会)の主要組織であった国労は、総評解散までの39年間に就任した6人の事務局長のうち2人を輩出し、その2名は計22年間その任にありました。五十五年体制と呼ばれる、自民党-社会党の二大政党の時代であり、国労からも多くの社会党員が代議士となって国政の場に登場していました。そのように国鉄労組は大きな政治力も持っていたわけです。

 そしてこの当時、公務員組合である国鉄の労組は公労法(公共企業体等労働関係法)によってストライキを禁じられ、また使用者である国鉄公社は賃金の最終決定権を持たず、労使の紛争は企業内で解決できない状態にありました。このことが、国鉄労使関係に不思議なねじれを生むことになります。つまり、時によって労使は一体となって政府に反対し、あるときはまた労使が対立して政府が間に入る、ということが起きるわけです。また、組合どうしが左右両派に分かれて対立し、あるときは労使が協調して左派組合を批判糾弾したり、といったことも起きます。

 そのような「国鉄労使の波瀾万丈のドラマは、戦後史の重要な断面を表すものであり、したがって国鉄労使関係が、国鉄経営の興亡、日本の労働運動史、政治史、経済史あるいは社会情勢と重なり合う地点で何が起きていたのか、それを改めてたどり直して、一つの時代の大事な証言として残しておくべき」(14頁)という著者の思いに動かされ、本書は成り立ちました。

 著者の目論見どおり、本書は波瀾万丈のドラマが生き生きと描かれ、読み物として読みやすく、たいへん面白いものです。ただし、関係者からのインタビューを一切行わなかったため、「いま暴かれる衝撃の真実」というような新発見や裏話を読む楽しみに欠けるのが残念です。その点について著者は「狭い範囲の経験や見聞を過大視するおそれがあり、検証不可能なものも多い」(18頁)として、抑制したとのことです。その代わり、本書は客観的な立場に立って多角的に重層的に書くことに努めた、と。確かに、いくつもの組合が乱立し、複雑に当局との力関係を築いていた国鉄労使の歴史は、一面からだけではわからないことが多くあります。その点、複数の立場の証言を重ねていくことでエピソードを組み立てていく本書の構成は読み応えがあります。

 また、客観的な叙述に努めたと言いながら、国鉄職員としてのそのときどきの心情が率直に吐露されている部分は、読者の琴線に触れるものがあります。全体を通して組合批判が底流しており、とりわけ国労には厳しい意見が書かれています。それとても、国鉄という職場を愛した著者の偽らざる真情なのでしょう。

 わたしは労使が持ち場持ち場で勤務態勢について話し合いを行う「現場協議制」について、時代を追ってその実態が描かれている部分に興味を持ちました。これは職場の民主主義の根幹に関わることなのですが、現場協議において労使のどちらが強い立場にあるかで、随分状況が変わっていたようです。国労は現場長を「敵階級の第一線」と位置づけ、職制(現場長、助役)を敵と見なして非協力闘争を行いました。これについては中間管理職の悲哀とも呼ぶべき事態が頻出したようです。昨日まで組合員だった助役などの職場長を非組合員と定義しなおした公労法のせいで、「職制は敵」という論理が成り立ち、やがて職場闘争の名の下に国労は「労使対等」の域を超えて「職場支配」と呼ばれるような事態になった、と著者は批判しています。このあたりの考え方については労組側から異論反論が出そうな気がしますが、果たしてどうなのでしょうか。

 また、もう一つ面白かったのは、対立する三つの組合の動きがそれぞれ活写されている部分です。とりわけ、傍目にはわかりにくい動労の動きが整理され、なぜ動労があるときは階級闘争至上主義で突っ走ったのにたちまち右派の鉄労と手を結ぶことになったのか、その変転について、ある場合には辛辣な、またある場合にはユーモラスな描写も交えて書かれていたところが大変面白かったです。

 個々の局面においては未だに謎が残る様々な事柄も含めて、国鉄の労使関係については今後、新たな研究成果が待たれるところです。本書はその入門書としてぜひ多くの人に読んでいただきたいと思います。組合にとって耳の痛いこともたくさん書かれていますが、今にして思えばあのとき…という感慨や反省もまた生まれるのではないでしょうか。
 ※約6年ぶりの書評投稿です。これまでpipi姫というハンドルネームを使っていましたが、今後は本名で投稿します。(谷合佳代子/エル・ライブラリー(大阪産業労働資料館)館長)                  

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