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コラム

あの人と、本のおしゃべり ―第7回 近藤史恵×大矢博子―

あの人と、本のおしゃべり ―第7回 近藤史恵×大矢博子―

書評家・大矢博子が「おしゃべりしたい!」と思った作家さんに突撃する対談企画・第7回のお客様は近藤史恵さん。
「サクリファイス」シリーズ最新刊『スティグマータ』、「清掃人探偵キリコ」シリーズ完結編『モップの精は旅に出る』を相次いで刊行された近藤さんに、2シリーズの裏話を伺いました。



ロードレースの面白さが伝われば嬉しい。


大矢  自転車ロードレースをモチーフにしたシリーズは今回で5作目、最新刊『スティグマータ』(新潮社)『サクリファイス』 『エデン』(ともに新潮文庫)に続く白石誓の物語です。そもそも近藤さんがロードレースに興味を持ったのっていつ頃からですか?

近藤  2004年か05年ですね。最初は自分用に、ママチャリじゃない可愛い自転車が欲しくて調べてたんですよ。そうしたら自転車ってメカとして面白いしロードレーサーって美しい。じゃあレースも見てみようかなと。もともとヨーロッパが好きで、景色を見るのも好きでしたから。見てみたら面白いし、選手もかっこいいし……当時ディルーカが全盛期でかっこよかったんですよー。残念なことになりましたけどね。(※相次ぐドーピング疑惑で永久追放)

大矢  ああ、ディルーカ……イケメンでしたよね……(遠い目)。私もロードレースファンなので、2007年に『サクリファイス』が出たときは、めちゃくちゃ嬉しかったんですよ。よくぞこんなマイナースポーツを書いてくれた、と。でもマイナーな分、自転車を知らない人にどこまで通じるかという不安はありませんでした?

近藤  いや、もともと歌舞伎ものを書いたとき、歌舞伎を好きな人だけが読んでたわけじゃないことはわかっていたので、そこまで心配してなかったですね。ただ、そんなにすごく売れるんじゃなくて、これまで書いてきた私の作品くらいだろうなと。それを超えて受け入れていただいたのは予想外でした。

大矢  ここまで広く受け入れられたのはなぜだと思いますか?

近藤  ロードレースのしんどさや、あるいは輝きといったものは、誰にでも思い当たる普遍的なものだからじゃないかな。ルールを知らなくても、誰かのために尽くしてどうのこうのっていうのは、わりといろんなものに変換できて、自分の話として読めるんじゃないかと思います。

大矢  『サクリファイス』では、ロードレースのあの複雑なルールを必要最低限の説明で読者にわからせる技術にも感心しました。説明って難しいと思うんですけど、たとえば、専門用語を説明なしでポンと出したりしてますよね。スプロケットとか、いきなり会話の中に出しても知らない人には絶対通じないと思うんだけど、説明はしてない。そのへんの匙加減はどうしてたんですか?

近藤  説明したら、読者はそれを「覚えとかなきゃ」って引っかかるんですよね。説明しないでぽんて出したら、これは覚えなくていい、と判断してくれる。部品の名前なんだなってことさえわかれば、気にせずに雰囲気だけ感じて先に進めるんです。説明しないことで、重要じゃない情報ですよって知らせてるわけです。

大矢  なるほど!

近藤  だから競技の描写もだいぶ端折ってるんですよ。ぜんぶやりだすと枚数がいくらでも伸びちゃうので。

大矢  と言いながらも、物語の大部分は競技ですよね。山はこうだ、平坦はこうだって、それぞれのコースならではの作戦の違いとか、ちゃんと書いてくれてる。

近藤  でも読者の感想を見ると、「なんでこの人たちは競技中に喋ってるんだ?」っ書かれてて(笑)。知らない人は、やっぱりずっと全力で走ってると思ってるんですね。みんな走りながらもの食べたりお喋りしたりしてるんですけど。以前、スポーツ新聞で「大勢が同タイムの接戦だった」って書いてあって(笑)、集団は同タイムにするルールだから当たり前なのに、知らないで書いてるんだなあって。

大矢  わははは! いやもう、ほんとに切ないくらい知られてないですよね。新城幸也や別府史之がグランツールに出るようになって日本のスポーツ紙でも取り上げるようになってきましたけど、「第◯ステージの優勝は誰それ、なお新城は56位に終わった」みたいに書いてある。違う、そこ順位が問題なんと違う、ってイライラしちゃう。でも『サクリファイス』を読んでロードレースを知って、レースを見たり自転車始めたりという人も多いようですね。競技の知名度アップに素晴らしく貢献してると思います。

近藤  面白さが伝わって興味を持ってくださったら、自分も1ロードレースファンとしてすごく嬉しいですね。宇都宮の書店員さんで、『サクリファイス』を読んで初めて近くでジャパンカップが行われてるのを知り、見に行ってロードレースのファンになったという方がいるんです。昨日も、『サクリファイス』でロードバイクに乗り始めたっていう若い編集さんと会いました。光栄なことですね。




アスリートとして、どんな爪痕を残すのか


大矢  ロードレースを小説にしようと思ったのは、どうしてでしょう?

近藤  アシスト(自分が勝つのではなく、チームのエースを勝たせるために働く役割)という職務に魅力を感じる人間を書いたら面白いんじゃないかなと思ったんです。既存のスポーツ小説とはまったく違うものになるんじゃないかと思って。

大矢  最初からスポーツ小説を書こう、と思ってたんですか?

近藤  というわけではなくて。私、もともと犠牲精神を描いた作品が好きなんですよ。清らかなものじゃなくて、もっとすごく利己的な、狂気に走った自己犠牲ものにすごく魅力を感じる部分があって。自分じゃなくなることによって自分としてあり得るみたいな感じがすごく好きなんです。もちろんロードレースのアシストは狂気じゃなくて、それでお給料もらってるプロフェッショナルなんですけど。

大矢  あ、でも確かに『サクリファイス』の(ネタバレにつき秘す)は狂気っぽい気も。

近藤  『サクリファイス』は意外に感動作みたいに言われて驚きました。私としては、気の狂った人の話を書いたつもりなんですけどね(笑)。

大矢  続く『エデン』では、『サクリファイス』の主人公・白石誓がヨーロッパのチームに入って、ツール・ド・フランスに出走します。

近藤  本当はサクリファイスで終わるつもりだったんですけど、勝ちたいのに勝てない焦燥感みたいなものが、見てて面白いなと思ったんです。ツールはフランスのイベントなのにフランスのチームが勝てない。じゃあ、ツールでフランス人のヒーローが出てきたらどうなる? っていうところから考え始めました。

大矢  ロードレースを見始めたのが2005年頃ということでしたが、その頃ってドーピングがひどかった時期ですよね。ディルーカの他にもウルリッヒとかヴィノクロフとか、大物がこぞって引っかかって。『サクリファイス』『エデン』そして今回の『スティグマータ』にも、なんらかの形で物語にドーピングが関わってますが…… 。

近藤  過去を辿ってみてもやっぱりドーピング問題は常につきまとってますよね。そういうスポーツマンシップだけではない、勝ちたいんだっていう泥臭さや、いけないとわかってることに手を出さずにはいられないという部分に惹かれたというのはあります。スポーツを純粋に愛してる人とは違う目線だと思いますが、そんな人間的な部分、ダメな部分、ずるい部分も含めて、愛おしさがありますね。もちろんクリーンならその方がいいんですけど、過去はなかったことにできないですから。

大矢  以前、別のインタビューで、登場人物に特定のモデルはいないっておっしゃってましたけど、『スティグマータ』に登場するメネンコはどうしてもランス・アームストロング(ツール・ド・フランス七連覇など一時代を築いたが、ドーピング裁定により実績が剥奪された)を想起させます。

近藤  うん、そうですね、敢えてアームストロングじゃない部分を入れてるんですけど、そう思われても仕方ない。気持ち的には、アームストロングとウルリッヒを混ぜた感じなんですけど(笑)。モデルは限定されたくないんですが、今回はそれを恐れずに書いた部分はあります。書きたいことがはっきりしてましたから。

大矢  『スティグマータ』には、『サクリファイス』に出ていた伊庭と『エデン』のニコラが再登場しますね。

近藤  伊庭をヨーロッパに置くっていうのは前から考えてたんです。誓はどっちかというと内向的なタイプなんですが、伊庭はスプリンターなので、アシストというよりも自分が前に前に出ていく。それで結果を出したところを見せられては、誓も穏やかでないんじゃないかなって。

大矢  誓に初めてどろっとしたところが出てきました。昔は嫉妬心はなかったのに、伊庭に対しては役割もチームも違うのに嫉妬してしまう。

近藤  スポーツ選手にとっては記録や勝敗がいちばん大事かもしれないけど、アシストの結果はそこには出てこない。じゃあ、何を残すのかっていうところですよね。何のために自分は走ってるのか、何が手に入れば自分は満足するのか。もちろん優勝が手に入ればいちばんいいけど、そうじゃなかったら何を自分の中で旗印みたいに抱えて持って帰るのか。

大矢  つまり、タイトルにもなっているスティグマータ(聖痕)ですね。自分はこの世界に、どんな爪痕を残せるのか、何か爪痕を残したい、それは何なんだっていう葛藤が、誓、伊庭、ニコラ、メネンコそれぞれにある。

近藤  アスリートって、フィジカルな期限が決まってるじゃないですか。小説家なら80歳になってもいつかは傑作を書こうと思えるけど、スポーツ選手はフィジカルなリミットがどんどん近づいてくる中で、何が残せるのかっていうのを考えました。若い頃だったら「エースのために走る」って思えても、三十代になると、自分がそこまで人生かけたもので何らかの形が欲しいと思えてくる、というのはあると思います。

大矢  誓がこのあとどうするのか、ずっと追いかけたい気持ちでいっぱいです。

近藤  誓が引退するまでは書こうと思ってます。ただ、いつ引退するかはまだ……。『キアズマ』(新潮文庫)の登場人物がプロになるっていうのも考えてますし、もうちょっと書きたいですね。日本人選手がグランツールに出るようになって、現実が小説に追いついてきてるので、現実で日本人が優勝する前に作中で誰かに優勝させたい。誓に優勝させたいという気持ちもありますが、そうなると誓じゃなくなる気もするし、悩ましいですね(笑)



〈清掃人探偵キリコ〉と近藤史恵の変化


大矢  続いて、「清掃人探偵キリコ」シリーズのお話を伺いたいんですが、第5作『モップの精は旅に出る』(実業之日本社)でシリーズ完結ですね。このシリーズは10年くらい書かれてたんでしたっけ?

近藤  いや、10年じゃきかないですね、15~6年くらいかな?

大矢  ビルやオフィスの清掃をしているキリコちゃんが探偵役になって事件を解決するという連作です。最初は掃除人ならではの視点を生かした謎解きミステリで始まったのが、次第に「仕事って何?」っていうテーマにシフトし、最終的には家族の物語になっていきました。これは最初からそういう予定だったんですか?

近藤  いえいえ、まったく。だってあのシリーズ、最初は1冊で終わるつもりだったんですよ。それがわりと評判がよくて。続けて書けるんじゃない? って言われて。あれを書いてた時期は私も掃除のバイトをしていたので、わりとネタが拾えたんですけど、離れちゃうとなかなか難しいし、掃除ってプライバシーに関わる問題なので、キリコちゃんに下世話なことをさせるのは嫌だなって思って。

大矢  ああ、確かに掃除人がそのビルで働いてる人の周辺を探るって、やろうと思えば可能なだけに、職業倫理に反しますよね。仕事にプライド持ってるキリコちゃんに、それはさせたくないですね。

近藤  それで掃除の細かい話から次第に「仕事」っていう全体的な話にしていったのと……やっぱり最初にキリコちゃんを結婚させちゃったのが、あとあとまで尾を引いてるんですよ。単にどんでん返しとして結婚させたというふうにはしたくなかったので、それはそれでちゃんとあのふたりの人生として書いていかなくちゃいけないな、と思って。それが家族の物語にシフトしていった理由ですね。

大矢  シリーズ1作目『天使はモップを持って』(文春文庫)を読んだ時、驚いたんです。それまでの近藤さんって、鮎川哲也賞を受賞した本格ミステリ『凍える島』(創元推理文庫)でデビューして以降、比較的耽美な作品を多く書かれてたじゃないですか。それが、こんなコージーなお仕事ミステリも書くんだ!って。

近藤  確かにキリコちゃんと、同じ時期に書いていた整体師探偵ものの『カナリヤは眠れない』(祥伝社文庫)でちょっと違う方向に行きましたね。私自身、ガチガチの本格からは離れつつあった時期で、自分の体質みたいなものをもっと素直に出してみようと思ったんです。作風を広げるともっといろんなものが書けるんじゃないかな思って。コージーミステリは、読むのは好きでしたし。

大矢  そう、あのコージーテイストがいいんですよ! 気楽に読めて、でもしっかり胸に残るものがある。キリコちゃんシリーズは女性にとって、あるいは働く人にとって「あるある!」っていう共感度が特に高いシリーズだと思います。

近藤  キリコちゃんについては、コージーをずっと意識してました。殺人は起きるけれどそんなに悲壮でもなく、楽しく、仕事に疲れた人が楽しく読めて、ちょっと切ないとこなんかもあってと。共感という点では、キャラクター的な探偵を使っている割には、彼女も悩んだり困ったり、彼女自身の家族の問があったり、というのを書いているからだと思います。



自分の見た景色を、読者にも見てもらえるように


大矢  確かにキリコちゃんシリーズは、疲れた時に読むと、ほっとしたり元気が出たりします。具体的に、この作品は誰に向けて書く、なんてことは考えるんですか?

近藤  自分に向けて書きますね(即答)。

大矢  へえ! じゃあキリコちゃんの話も「くたびれたOLさんに向けて」とかではなく?

近藤  じゃないですね。一応考えては書いてるんですけど、それでも書くまでははっきりわからないところがあるので。設計図は引いてから書きますが、でもプロットっていうのは道みたいなもので、そのときどの景色が見えるかっていうのは書いてみないとわからない。見えた景色をもっと大事にしたいんです。だから、こういう人に読んでほしいっていう限定はしてなくて、そのとき自分に見えたきれいな景色を、読者にも見てもらえたらいいな、と思います。同じ道を読者も歩くわけですから。

大矢  あ、そうか、自分が見たい景色をまずは探してるんですね。同じ景色が読者にも届くように。

近藤  だからプロットとしてへんな動きをしてたら、それは私がそっちの道に行きたいんだと思っていただければ(笑)。

大矢  作風の広がりも、自分が見たい景色を探した結果、どんどん道が広がってきたということなんでしょうね。それにしても、本格や耽美、時代小説、お仕事コージーからロードレースものと、ホントにどんどん広がってきてますね!

近藤  変化することをあまり怖がらないでいようと思ってます。読者にしたら、読むたびに作風が違うっていうのもどうかなとは思うんですけど。

大矢  ガチ本格や耽美系はもう書かないんですか?

近藤  なんかねー、体力がいるんですよ(笑)。トリック考えたりするのがあまり得意じゃなくて、もっとうまい人がたくさんいるからおまかせした方がいいんじゃないかなって思ったりして。もちろん、読むのは大好きですが。

大矢  そうおしゃらずに本格も書いてくださいよー。では最後に、このあとの予定を教えてください。

近藤  ビストロ・パ・マルのシリーズ(東京創元社)が年末に一冊にまとまります。それと、『近藤史恵リクエスト! ペットのアンソロジー』(光文社文庫)に書いた警察犬シャルロットのシリーズを書き溜めててまして、それも年内か来年に1冊になるかな。

大矢  歌舞伎、犬、掃除、自転車、フランス料理……考えてみたら、近藤さんが私生活でも好きなものばかりですよね。生活に無駄がないというか、好きなものがそのまま全部小説になってるというか……。

近藤  そうそう(笑)。

大矢  今後、ツイッター見てて「あれ、最近近藤さんこれにハマってるな?」っていうのが出てきたら、次の小説はそれかもしれない。

近藤  なるかもしれないですね。今だと……

近藤大矢  (同時に)キンプリ?

近藤  (笑いながら)いやあ、それはどうだろう。

大矢  その前にツール・ド・フランスですよね。『スティグマータ』はツール・ド・フランス直前の出版ということで、タイミングもバッチリ。ぜひ、ツールのおともに『スティグマータ』を!




作家プロフィール



近藤史恵(こんどう・ふみえ)
1993年、『凍える島』で鮎川哲也賞を受賞しデビュー。2008年『サクリファイス』で第10回大藪春彦賞を受賞、同作は第5回本屋大賞2位にも選ばれた。
他に「ビストロ・パ・マル」シリーズ、「猿若町捕物帳」シリーズ、『はぶらし』『スーツケースの半分は』など著書多数










インタビュアープロフィール



大矢 博子(おおや・ひろこ)
書評家。著書に『脳天気にもホドがある』(東洋経済新報社)『読み出したら止まらない!女子ミステリー マストリード100』(日経文芸文庫)がある他、
『お仕事小説アンソロジー エール!』全3巻(実業之日本社文庫)の編集を担当。
ラジオ出演や読書会主催など名古屋を拠点に活動。








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2016/07/07 掲載

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