コラム
丸善ジュンク堂のPR誌 書標(ほんのしるべ) 2019年4月号
今月の特集は
『舟を編む』
『立川髙島屋店3周年フェア~店員みんなのオススメ文庫・新書~』
丸善ジュンク堂のPR誌 書標(ほんのしるべ)。今月の特集ページを一部ご紹介致します。
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すべての内容を、WEB上でお読み頂けます。


今月の特集(一部抜粋)
『舟を編む』
三浦しをんさんの『舟を編む』(光文社文庫・六七〇円)はお読みになりましたか。舞台は、とある出版社の辞書編集部。多くの苦難を乗り越えながら十五年の歳月をかけて一冊の辞書を編纂する人々の葛藤と幸福を描いた群像劇の冒頭に、主人公の一人で、「人生を辞書に捧げたと言って過言ではない」荒木公平が初めて辞書を意識したのは『岩波国語辞典』(三〇〇〇円)がきっかけだった、という一文があります。荒木と同じく岩波で辞書デビューした経験を持つ私は、すぐさまこの物語の虜となりました。三浦さんが表題に掲げた「舟」とは言葉の海に乗り出す辞書の見立てであり、同書はそれに関わる人々の航海記でもあったのです。
光文社は『舟を編む』の二年後、『三省堂国語辞典』(三一三二円)の編集委員である飯間浩明さんの『辞書を編む』(光文社新書・八〇〇円)を世に送ります。同書は国語辞書の編集(編纂)に当たっている当事者が、今まさに進んでいる辞書の改訂作業をたどりつつ、編集方針の立て方、用例の集め方、収録する用語の選び方、解説の書き方などを語ってくれるという稀有な書物で、わずか一語の採録のために、どれほど膨大な手間が掛けられ、如何に繊細な判断が働いているかを教えてくれます。
次に今野真二さんの『辞書をよむ』(平凡社新書・八〇〇円)を読み進めます。日本語学者である今野さんは、我が国を代表する国語辞書のひとつである『広辞苑』(岩波書店・九〇〇〇円)の凡例を入り口に、現代から明治、そして古辞書へと歴史を遡りながら、日本語がどのように成長・拡大してきたか、外来語である中国語やポルトガル語とせめぎ合い、自らの語彙を豊かにしてきたかを検証していきます。本書には、祖父も父も辞書編集者だったという筋金入りの国語学者・松井栄一さんが編集委員を務めた『日本国語大辞典』(小学館)についても一章が割かれており、松井さんの著した『日本人の知らない日本一の国語辞典』(小学館新書・七〇〇円)を併せ読むと、先人たちのセンスと慧眼と飽くなき執念に、ただただ脱帽させられるばかりです。
では世界にはどれほどの言葉があって、どのような辞書があるのだろうと調べてみると、さすがですね、辞書の老舗三省堂から歴史学者の石井米雄さんの手になる『世界のことば・辞書の辞典』というガイドブックが出ていました。しかも「アジア編」(品切中)と「ヨーロッパ編」(三二〇〇円)があって、後者は英仏独伊蘭露といった有名どころからロマンシュ語、ブレイス語、古典ギリシャ語に至るまで、三十五の言語(族)の辞書・辞典、入門書、文法書の情報を網羅しています。正直、これほどの書籍を編めるのは、世界広しと言えど日本くらいではないでしょうか。
辞書をめぐる人々の物語から、辞書とは何かという問いに歩みを進めると、多くの人々が叡知を振り絞って産み出す「辞書」という書物への興味がいよいよ高まってきます。辞書を読むこと自体は、一九九〇年代半ばに作家の赤瀬川原平さんが『新解さんの謎』(文春文庫・五五〇円)で先鞭をつけたことがあります。今も「新解さん」の愛称で根強い人気を誇る『新明解国語辞典』(三省堂・三〇〇〇円)の、独特の情緒を帯びた解説文に光を当てた同書がベストセラーとなったことを覚えているかたも多いでしょう。
最初にご紹介したいのが倉嶋厚さんと原田稔さんの編著『雨のことば辞典』(講談社学術文庫・九四〇円)です。「雨兆す」「一簑の雨」「雨香」「柄漏り」「御山洗」……と五十音順にページをめくるだけで、二十四節気に恵まれた風土への畏敬とそれを繊細に表現する語感を持つ日本語の美しさに胸を打たれます。枕元に置いて、眠りに就く前のほんの数分読み進めるのがお勧め。同じ著者陣による『風と雲のことば辞典』(同文庫・一二〇〇円)も本当に良いですよ。
・・・・つづく
2019/04/01 掲載