コラム
丸善ジュンク堂のPR誌 書標(ほんのしるべ) 2020年7月号
今月の特集は
『いま、子どもに読んでほしい本』『人類の悲しみの記憶を旅するダークツーリズムへの誘い』
丸善ジュンク堂のPR誌 書標(ほんのしるべ)。今月の特集ページを一部ご紹介致します。
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すべての内容を、WEB上でお読み頂けます。


今月の特集(一部抜粋)
『人類の悲しみの記憶を旅するダークツーリズムへの誘い』
非常事態宣言こそ解除されましたが、息苦しい毎日が続きます。想像以上に過酷だったコロナ禍とステイホーム。旅行や出張どころか、日々の通勤通学、買い物といった気軽な外出さえままならない。正直、こんな事態を経験する日が来るとは、夢想だにしていませんでした。
逼塞を余儀なくされた読書人の間では、カミュの『ペスト』(新潮文庫・750円)がずいぶん読まれました。石弘之さんの『感染症の世界史』(角川ソフィア文庫・1,080円)や速水融さんの『日本を襲ったスペイン・インフルエンザ』(藤原書店・4,200円)なども多く手に取られたようです。それは即ち、初めて直面する事態に当惑した現代人が歴史という人類の「経験」を訪ね、拠り所を求めたということだったのでしょう。
今回ご紹介するのは、まだ時間はかかるでしょうが、いずれ事態が沈静化したとき、ぜひ訪れて欲しい、人類の苦い旅路の記録です。そこには現代を生きる我々にとっての得がたい学びと、生存への手がかりがあります。書物によって歴史を知り、その場に身を置くことで人類の経験を自らの体験にする。再び、旅する自由を手にする日のための準備運動としてご参照いただければ幸いです。
こうした試みはダークツーリズムと呼ばれ、すぐれた入門書も出版されています。たとえば『ダークツーリズム入門』(イースト・プレス・1,500円)や『人類の悲しみと対峙する ダークツーリズム入門ガイド』(いろは出版・1,400円)などは、写真や読みどころが豊富で、このテーマを知る上で格好のテキストと言えます。単なる「戦跡めぐり」と勘違いされることもあるダークツーリズムですが、実際には近現代につながる問題のルーツをたどるというコンセプトから、災害や貧困、差別や核、公害、巨大事故など、人類が経験し、あるいは生み出してきた様々な出来事に光を当て目を向けることを目的としています。両書に挙げられた延べ100箇所以上にのぼるリストは、まさに人類の「負の遺産」マップといっても過言ではないでしょう。
以前、何度かインドネシアのバリ島を訪れたことがあるのですが、先頃、倉沢愛子さんの『楽園の島と忘れられたジェノサイド』(千倉書房・3,200円)を読み、あの、光あふれる南の楽園にかつて凄惨な大量殺戮の嵐が吹き荒れたこと、独裁政権によりそれが半世紀にわたって隠蔽されてきたことを知った衝撃は非常に大きなものがありました。観光の折、談笑しつつ歩いた野辺やビーチに、きちんと供養することさえ禁じられた多くの人々の遺体が現在も埋まったままだというのです。改めて訪れたとき、以前とは風景が一変して見える予感がしています。
アジアではもうひとつ、1970年代に発生し、当時の全国民の四分の一から三分の一が犠牲になったとも言われるカンボジアの大虐殺とキリングフィールドを忘れるわけにはいきません。国家が国民を殺戮するという不条理の背景に、山田寛さんの『ポル・ポト〈革命〉史』(講談社選書メチエ・1,750円)の力を借りて迫り、ポル・ポト派のその後を調査した永瀬一哉さんのすぐれたルポルタージュ『クメール・ルージュの跡を追う』(同時代社・1,500円)を読むことで、大国のエゴやイデオロギーの犠牲となった300万にも及ぶとされる人々の命運に思いを馳せるのです。
日本では、近代化の過程で悲劇的な公害病に襲われた熊本県の水俣が挙げられます。石川武志さんの『MINAMATA NOTE』(千倉書房・4,500円)は、40年以上前、病に苦しむ人々の生活を撮影した現地を再訪し、町や港の風景や懸命に生きる患者たちの変化の様子を並べて見せる野心的な写真集です。水銀に汚染された広大な干潟は埋め立てられ、見渡す限りのバラ園になりました。いま、その場に立っても、そこが悲劇の現場であったことを示す手がかりはどこにもありません。写真の中だけに息づく光景は、私たちに無言の訴えをもって迫ります。
…続く
2020/07/01 掲載
