コラム
丸善ジュンク堂のPR誌 書標(ほんのしるべ) 2021年4月号
今月の特集は
『ファンタジーの世界へ旅に出る』
『行きたいところ 会いたいひと』
丸善ジュンク堂のPR誌 書標(ほんのしるべ)。今月の特集ページを一部ご紹介致します。
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今月の特集(一部抜粋)
『ファンタジーの世界へ旅に出る』
今月は、「ファンタジーの世界へ旅に出る」と題して、めくるめく児童書ファンタジーの世界を案内しよう。海外旅行どころか外出すら自粛を求められる昨今。せめてページの森をさまようひと時くらいは、ここではないどこか、ファンタジックな世界で目一杯の冒険を楽しみたい。ファンタジーは所詮、子ども向けだろうなどと侮らないでほしい。そこには、大人になった今だからこそ、改めて深く感じることのできる不思議と歓びがつまっているのだから。
まずは、現実とは異なる世界をまるごと体験できる作品から紹介しよう。ファンタジーと言われて多くの方が真っ先に思い浮かべるのは、J.R.R.トールキンの『指輪物語』(瀬田貞二・田中明子訳、評論社文庫)ではないだろうか。本書を原作に映画化された「ロード・オブ・ザ・リング」をご存知の方も多いだろう。言語学者のトールキンが新しい言語から創作した、緻密で壮大な世界を旅する冒険物語だ。長い時間、ひとつの世界のことを読み続けられるというのも魅力だが、文庫で十巻にもなる『指輪物語』は人間の深淵に迫る、読み進めば進むほどに重く暗くつらくなる展開が待ち受けているので、ファンタジーに不慣れな方はぜひその前日譚にあたる『ホビットの冒険』(瀬田貞二訳、岩波少年文庫・上巻880円、下巻836円)を先に読んで、ウォーミングアップしてから臨むことを勧めたい。
語りの魔術師、ジョージ・マクドナルドの傑作『金の鍵』(脇明子訳、岩波書店・1650円)の物語世界も素晴らしい。虹のたもとに金色の鍵を見つけたら、少年は開けるべき錠を探す幻想的な旅に出る。少年の前に現れるのは、虹の中にある螺旋階段、宙を飛ぶ魚、影の海……想像したこともない景色。その濃密な世界にあなたはすっかり魅了されるはず。
ドイツのファンタジーからは、ミヒャエル・エンデを。『モモ』や『はてしない物語』などの名作ぞろいのエンデ作品の中から今回は『魔法のカクテル』(川西芙沙訳、岩波少年文庫・836円)を選びたい。大晦日の夜、大いに焦っているのは魔術師イルヴィツァー。なんと、真夜中までに自然を破壊しつくさなければ地獄の魔王との契約を守れないという。そこに魔女がやってきて、何でも願い事の叶う魔法のカクテルを作ろうと提案する。地球の自然を破壊せねばと大パニックの魔術師と、それを止めようとする子分のネコとカラスが大奮闘。エンデの風刺がピリリと効いている。
ドイツファンタジーの名手として忘れてはならないのが、オトフリート・プロイスラーだ。代表作『クラバート』(中村浩三訳、偕成社文庫・上下巻各880円)は、ドイツとポーランドにまたがるラウジッツ地方の伝説を下敷きにして書かれている。浮浪生活をしていた少年クラバートは、夢の中の声に従ってシュヴァルツコルムの水車場へと行く。そこで昼は職人として働き、週に一度、夜になるとカラスとなって親方から魔法を習うことになる。薄皮を一枚剥がすとそこに死の気配がある、黒い霧の中にいるようなじっとりとした読み心地は、子どものころは怖くて何度も途中で読むのをやめてしまった。それでもなおこの物語に呼び戻されるのは、この作品の持つ魔力のせいだろうか。やがて明らかになる親方の秘密、そして親方との対決。少年クラバートを待つ結末や、いかに。
…続く
2021/04/01 掲載
