コラム
丸善ジュンク堂のPR誌 書標(ほんのしるべ) 2021年5月号
今月の特集は
『無人島に持っていきたい1冊』
『音楽のしるべ』
丸善ジュンク堂のPR誌 書標(ほんのしるべ)。今月の特集ページを一部ご紹介致します。
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すべての内容を、WEB上でお読み頂けます。


今月の特集(一部抜粋)
『無人島に持っていきたい1冊』
無人島に一冊だけ持って行くとしたら、いったいどんな本を持っていくだろうか。
本好きにとって究極の選択とも言えるこの問いが、今月のテーマです。
無人島にただひとり……という状況で、名うての〈本読み〉たちがどんな読書をするのか非常に興味深いところですが、この特集記事をお読みいただければわかるとおり、思いもよらぬ豊饒な世界がそこにはあるようです。
読者のみなさんも是非、想像してみてください。無人島でただ一人、自分が選んだ本を、心ゆくまで読む時を。
『死ぬまでに行きたい海』岸本佐知子著(スイッチ・パブリッシング・1,980円)
書名に惹かれてジュンク堂書店で買った一冊の本を携えて、あなたは島にやってきた。この本の書き手はきっと海を渇望し、大きな冒険に乗り出したのに違いない。今あなたがいるような無人島にも、あるいは辿り着いたかもしれない。逸る気持ちを抑えきれず、あなたはそっとページを開く。波瀾に満ちた活劇を、そして胸高鳴るロマンスを求めて。彼女はどこに旅したのだろう。どうしても死ぬまでに行きたかったのは、いったいどんな絶海なのか。だが読み進めるあなたは、思いがけない地名を目にする。赤坂見附。多摩川。四ツ谷。麹町。YRP野比……。海は? 海は、まったくとまでは言わぬにせよ、まあほとんど出てこない。あまりのことに、あなたはしばし呆然とする。天を仰ぐと、午後の日差しが眩しい。とはいえほかにすることもないので、あなたは本の続きを繰る。書き手が考えるように、無人島でただ一人この本に読み耽った今日のあなたのことも、宇宙のどこかに記録され、保存されているのだろうか。そうであってほしい、とあなたは思う。すべて読み終えて、水平線に沈みゆく夕陽をぼんやりと見つめながら、あなたはふと思い出す。あ、明日月曜日だった。帰らなきゃ。
『宮沢賢治全集 8』宮沢賢治著(ちくま文庫・1,100円)
無人島がどんな環境であれ、自分のような自然について何も知らない者が、その場所で生き残れるとは思われない。だから、これは、生涯の最後に読み直す、仕舞いの一冊ということでもある。膨大な量の読み残した本に対する未練を払ってくれる一冊でもある。そんな本は、宮沢賢治の童話以外に思いつかなかった。「これで済んだ」「これですべてが終わった」と得心することが、この本に収められた「注文の多い料理店」全作品をはじめ、初期賢治童話を読み直せば可能ではないか。そして、間違いだらけの一生の最後の最後に、世界と和解することができるのではないか。思えば、哀れと呼びたくなるような、すがり付かんばかりの選書である。収録されている「鹿踊りのはじまり」の末尾に現れる、ウメバチソウの白い花を「愛どしおえどし」とめでながら、今と昔の境がゆらぎ、自他の区別も定かではなくなり、誰もいない遠い島で、意識が次第に薄れてゆく。果たしてそれを読書と呼べるだろうか。あるいは、夢見てはいけない遙かな幻影だろうか。
『南洋通信 増補新版』中島敦著(中公文庫・990円)
愛書家の楽園の住人と無人島へ旅行へ行けると聞いて、うきうきしている。私は夏が好きだ。そして南の島も好きだ。朝は泳いだり、虫採りをしたり、釣りをしたりする。昼は昼寝をして夜はうまいものを食べて飲み会だ。本を読むひまもないかもしれない。しかし、寝る前の少しだけ読書をする。南の島で南の島の本を読むということがしたかった。「山月記」で有名な中島敦は、「土人の教科書編纂」のため日本統治下のパラオに赴任することになる。本書はそのときの様子を描いた随筆や小品、妻子に宛てた書簡をまとめたものだ。収録された小説は風景の美しさと物語の不思議さに南の島のねっとりとした空気が吹き込み、リアルなパラオを読むことができる。私は書簡の数々に胸をうたれた。妻への手紙はまるで日記のようで、熱帯の気候や風土と文化、気の合わない役人達との生活に疲弊しきった様子を率直に吐露していて、なんだか微笑ましい。南の島の酸いも甘いもこの一冊で。
…続く
2021/05/07 掲載
