コラム
丸善ジュンク堂のPR誌 書標(ほんのしるべ) 2022年8月号
今月の特集は
『尾崎豊・中上健次没後30年に想う Seventeen's Map~十九歳の地図から見えてくるもの』
『正岡子規 没後一二〇年』
丸善ジュンク堂のPR誌 書標(ほんのしるべ)。今月の特集ページを一部ご紹介致します。
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今月の特集(一部抜粋)
『尾崎豊・中上健次没後30年に想う Seventeen's Map~十九歳の地図から見えてくるもの』
歌手・尾崎豊、1992年4月25日逝去。享年26。作家・中上健次、1992年8月12日逝去。享年46。いまからちょうど30年前、言葉にこだわり続けた、才能溢れる二人の人物が亡くなりました。
一人は18歳でシングル「15の夜」でデビューし、同時にアルバム「十七歳の地図」を発表した尾崎豊。もう一人は、1976年に三十歳で『岬』により、戦後生まれとしては初の芥川賞作家になった中上健次です。年齢はほぼ20年違いのこの二人が同じ年に亡くなったことに、私は以前から何か不思議な感慨を持っていました。
尾崎のデビューアルバムのタイトルになり、後にシングル曲として発表された「十七歳の地図」は、中上健次の最初の小説集『十九歳の地図』に触発されたとも言われています。二人の作品を読んだり聴いたりしていると、年齢は大きく違えども、追い求めていたものにどこか共通のものがあったのではないかと感じています。今回の「愛書家の楽園」ではそんな二人の作品をいくつか紹介しながら、そして多少の補助線となる他の人の作品も重ね合わせて、没後30年の夏にあれこれ考えてみたいと思います。
尾崎豊の作品で多くの方々にぜひ読んでもらいたいものとして、尾崎豊『NOTES――僕を知らない僕 1981-1992』(新潮社・1,980円)をまず挙げたいと思います。本書は、尾崎がデビューする前の十六歳頃から書き始め、10年間・50冊以上にものぼるノートに彼が書きつけた言葉の数々が記されています。溢れだす言葉をとにかくノートに叩きつけているような初期の文章から始まり、それらのなかにある断片が、デビュー後には徐々にひとつの作品へと収斂されていくプロセスがとてもクリアに見えてきます。
本書を手に取ると、積み重ねられた言葉の量にまずは圧倒されますが、その中に何度も登場する気になるフレーズが、尾崎の中で熟成し洗練されて数々の名曲の中に埋め込まれていきます。それが彼のきれいな声とカリスマ的ともいえるライブでのパフォーマンスとが合わさると、デビューして短期間のうちに多くのファンの心をつかんだのも大いに頷けます。筆者の個人的な体験を申しますと、尾崎は一九八三年十二月にシングルとアルバムを出してデビューするわけですが、私が1984年に高校に入学してすぐ、もうクラスの友人たちとで尾崎の曲のことが大きな話題になっていました。札幌の高校生にまでわずか数か月の間に尾崎は浸透していたのです。
本書の魅力をもう一つあげると、それは尾崎が観ていた風景(心象風景も含めて)だと思います。教室の窓から見る外の風景、街のさまざまな貌、友人たちと共に過ごす夜の公園、恋人と過ごすさまざまなシチュエーション等々、どれもが印象的な言葉で語られます。ただ一番印象深いのは「青空」です。これは本書の監修・解説をされた須藤晃さんも指摘されていますが、本書の中に「ぼくらはこの青空のひとつぶなんだ」というように、「青空のひとつぶ」というイメージがよく出てくるのです。尾崎が追い求めていたものの核がそこにあるのかもしれません。
若い方で尾崎豊のことをもっと知りたいと思う方がいるかもしれません。そのときは先に登場した須藤晃さんの『尾崎豊 覚え書き』(小学館文庫・品切・電子版あり)をまずは読んでみてください。尾崎の仕事の上で一番身近にいた方の作品です。尾崎の「1985年」に注目した石井伸也『評伝 1985年の尾崎豊』(徳間書店・1,430円)もあります。
さて、中上健次です。彼の作品は先に挙げた『岬』のほかに、『枯木灘』『千年の愉楽』『地の果て 至上の時』『奇蹟』など、とにかく名作揃いです。また、自身の故郷を扱った『紀州 木の国・根の国物語』(角川文庫・七四八円)という傑作ルポルタージュがあります。少し前に芥川賞を受賞された作家の宇佐美りんさんは「中上健次推し」を公言されていますが、私ももっと多くの若い方々に中上の作品は読んでもらいたいと思います。
…続く
2022/08/01 掲載