コラム
丸善ジュンク堂のPR誌 書標(ほんのしるべ) 2023年8月号
今月の特集は
『関東大震災を読む』
『戦争を読む夏』
丸善ジュンク堂のPR誌 書標(ほんのしるべ)。今月の特集ページを一部ご紹介致します。
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今月の特集(一部抜粋)
『関東大震災を読む』
いまからちょうど100年前の1923年(大正12年)9月1日土曜日、午前11時58分、相模湾北西部を震源地とする地震が発生しました。関東大震災です。
マグニチュード推定7・9。東京、神奈川、埼玉、千葉、山梨で震度6を観測したほか、北海道から中国四国地方にかけての広い範囲で震度5から震度1を観測。昼食の時間と重なったために大規模な火災も発生しました。被害をうけた家屋は317万棟、死者・行方不明者は10万5000人に及ぶなど、被害は甚大なものでした。
その後の恐慌、そして太平洋戦争へと続く困難な時代の起点ともとらえられ、「事実上の昭和の始まり」ともいわれるこの震災。大きな衝撃を、当時の人びとはどのように受け止めたのでしょうか。そして、震災によってどんな作品が生み出されていったのでしょうか。
小説、随筆、短歌や漫画など、当時の作家や研究者たちが震災について記した文章や、震災の影響をうけて後年に生まれた作品を集めました。
文豪たちの体験記
井伏鱒二は下戸塚(西早稲田)の下宿屋で震災にあいます。『荻窪風土記』(新潮文庫・605円)によると、二階の自室から転がるように逃げ出た井伏は、しばらくして立川駅から中央線が出るという噂を聞きつけ、歩いて行くことを決意。道中、臨時に設けられた接待所でお茶を飲んだり、高円寺の友人宅に身を寄せたりしなら立川駅に向かいます。記録は淡々と記していますが、あとがきには震災の与えた衝撃の大きさが表れているように思います。「関東大震災で東京は急に変化して、太平洋戦争でまた締めあげられたように変った。とにかく、そういうことになってしまった」。
数々の美人画で知られ、大正ロマンをあらわす作風で今も多くのファンがいる画家・竹久夢二もまた関東大震災で被災した一人でした。夢二はこの年の五月、恩地孝四郎らと共に企画した「どんたく図案社」の設立宣言を出しますが、印刷所が罹災し機関誌『図案と広告』の刊行は頓挫してしまいます。そんななか、9月14日から10月4日まで「都新聞」に連載したのが「東京災難画信」(『岬 附・東京災難画信』作品社・2,420円に収録)、スケッチと短い文章で災後の街を記しました。夢二は直後の心境をこう記します。「大正文化の模範都市と見えた銀座街が、今日は一望数里の焦土と化した。自分の頭が首の上に着いていることさえ、まだはっきりと感じられない。化学も、宗教も、政治も暫く呆然としたように見えたに無理はない」。
また、スケッチに描かれるのは流言飛語をうけて自警団をまねて遊ぶ子供たち、わずかなたばこを売る娘、上野の桜の枝に下げてあった「尋ね人」のポスター、遺骨の小箱を背負って汽車で地方へ帰る人々など。哀しみと愛情と社会批判がにじむ記録です。
震災のレポートなら『震災画報』宮武外骨(ちくま学芸文庫・1,210円)も。ジャーナリストらしい批判精神に満ちた視点で、人の心の浅ましさとたくましさを写し取っています。
…続く
2023/08/01 掲載
