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ジュンク堂 三宮店書店員レビュー一覧

ジュンク堂 三宮店書店員レビューを100件掲載しています。120件目をご紹介します。

検索結果 100 件中 1 件~ 20 件を表示

ジュンク堂 三宮店店員

書店員:「ジュンク堂書店三宮店」のレビュー

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ジュンク堂|三宮店

ローベルト・ヴァルザー作品集 5 盗賊 ローベルト・ヴァルザー (著)

ローベルト・ヴァルザー作品集 5 盗賊

ジャック・スパロウのコスプレでメイドカフェに行ったらツンデレされて萌えそしてリアルに充実した話

 カフカより五年先輩の、スイス生まれのドイツ語作家、ローヴェルト・ヴァルザーは四つの長編とわずかの中編、詩や戯曲のほかは、千数百編もの掌編小説ともエッセーとも言える「散文小品」を残した。
 散歩好きのカフカ。機嫌のいいベケット。 この作家を評したことばには確かにうなずける。スーザン・ソンタグは日本の『枕草子』、『徒然草』を想起させる、と言っていて、そう言われてみると「散文小品」などでは「なるほど」と腑に落ちるところもある。
 しかし、だがしかし、ヴァルザーは他の作家の出来の悪い模造品などでは無い。ヴァルザーはヴァルザーなのである。とまあ力説するまでもなく、ほとんどの評者も口を揃えているのだが。

 本巻は生前未発表の遺稿を中心に収めている。「ミクログラム」と呼ばれる、使用済みのハガキや広告の切れはしなどに鉛筆で書きつけられた、米粒大、いやゴマ粒大の微小文字の紙片がテキストになっている。『盗賊』はその中で唯一の長編小説で、読み始めてすぐに分かるが、改行が一切なく、章ごとの区切れを除いては本当に文字がびっしり詰まっていて、これを原寸大で読まされてはたまったものではない。
 文体に関しても接続詞の多用、前の語句の言いかえ、エピソードの先送り等々、それぞれの文章の意味ははっきりしていても全体としてそれがどういうことなのか、話がどこに行くのか、全く予想がつかない危なっかしさがある。(これらの特長は確かにカフカやベケットと共通するものだ。しかしヴァルザーが彼らから影響を受けたとは思えない。ベケットはずっと後の世代だし、カフカは生前全く無名で、多くの作品は未発表だったからだ。)

 で、内容はというと、この文のタイトルの通りなのだが、残念ながらこれで合っている。違いを言うなら、ジャック・スパロウが「海賊」であるのに対し、「盗賊」はシラーの戯曲『群盗』の主人公のコスプレをしている点だ。
 町のカフェに入った「盗賊」が、店で一番美人でプライドの高そうな女給にそこら辺で折った木の小枝を差し出して「私をこれで叩いてもらえませんか?」とお願いし、ツンとすまして軽蔑した態度をとられることに幸せを感じたり、さる未亡人の使ったコーヒーのスプーンをこっそり舐めて、後でその行為を当人に告白し、無視された横顔に至上の美を見出す、そんな男の話である。
 ところがなぜか、めっぽう女性にもてて、二人の女性との間に三角関係をこしらえ、刃傷沙汰にまで発展するのだが、実際に関係を結ぶようなことはせず、精神科医に「私は自分が男ではなくて小さな女の子であるような気がするのです」と相談する始末。とても現代的なお悩みを沢山抱えていらっしゃる。

 じゃあ一体、どこが面白いの?と聞かれると、ちょっと考え込んでいまうのだが、「かわいそうなところ」と答えるしかないだろう。(ここで綿矢りさの小説『かわいそうだね?』を思い出す。あれは若い女性の中に「おっさん」が生まれる話だったが、こちらはおっさんの中に「小さな女の子」が生まれる話だ。)
 精神疾患の徴候を感じていた作者は、書いている言葉が書く先からばらばらにほどけてゆくのを必死で引きしばるように、一行一行と前に進んでゆく。また、小さいものこそ大きく、服従するものこそ支配者で、穏やかであることは不穏である、といった価値の転換が主張されていて、作者の立場からすれば自己弁護ともとられかねない、・・・・・・そう、「自己否定」の対極にある、ある種の肯定的な精神が秘められている。

 五十五歳で筆を折ったヴァルザーは、自ら志願して精神療養施設に入り、そこで二十数年を過ごした後、七十八歳のクリスマスの朝、散歩中に心臓発作を起こして雪の中で死んだ。

ジュンク堂 三宮店店員

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英単語ふせん 学研教育出版 (編)

英単語ふせん

新たな学習アイテム!

ふせん文化が辞書から暗記業界に進出してきました。
暗記といえば、カードを使ったり紙にひたすら書いて覚えてきた世代の人間なので、発売当初はやや否定的な気持ちでいました。しかし、レジ周りに置いてみると面白いぐらいに売れています。コンビニのガムのごとく…。
確かに、手軽さやデザインなど今の小中高生たちにぴったりな商品です。実は待ち望んでいた商品かもしれません。今までなかったのが不思議ですね。
これからはふせん暗記が主流になるのでしょうか?
楽しみでもあり、恐ろしくもある今日この頃です。

ジュンク堂 三宮店店員

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眺めのいい部屋売ります (小学館文庫)ジル・シメント (著)

眺めのいい部屋売ります(小学館文庫)

雄々しい韻律

 アレックスとルースーさらりと描かれてはいるが、とても順風満帆だったとは言えない、苦労と戦いの連続だった過去の歩みが物語に深い奥行きを与えている。
 ユダヤ系移民の子として育ち、FBIに監視されながらも自らの信念を貫いて正しいと思うもの、価値あるものを大切にしてきた、彼ら夫婦の人生の道のりの終盤に心強い戦友が加わった。愛犬のドロシー。
 安直な擬人化は行わず、「イヌの気持ち」を会話抜きで言語化し、人間からも犬からも等しい距離を保って三人称で叙述するところに著者の並々ならぬ愛情を感じる。
 アパートメントの売買をめぐる「大決断」と、ドロシーの病気に対しての「大胆な処置」、そして何よりアレックスとルースの歩んできた足取りの「雄々しい韻律」が原題のHEROICMEASURES なんだなあ、と独り納得した。複数形のSも付いてるし。

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死者の軍隊の将軍 イスマイル・カダレ (著)

死者の軍隊の将軍

「祖国」という名の恋人

 戦争のあとで、将軍の任務とはいったい何だったのだろう。 
 記憶を掘り起こす、いや、「彼ら」の声を聞くことか。
 すべてはいつも強く吹いている風に吹き消されてしまうとしても。

 バルカン半島の南西部、イタリアの「長靴のかかと」の部分の対岸に、アルバニアという小国がある。第二次大戦で死亡した兵士の遺骨を回収するために、イタリアの軍人だと思われる「将軍」は部下の「司祭」と共に現地に赴く。
 風がいつも吹いている丘陵地を移動して、発掘作業をくり返す。残された名簿だけが頼りだが、墓は各所に点在していて途中で足止めを食らい、作業は遅々として進まない。
 将軍には秘かな目的がある。同郷の「Z大佐」の未亡人から、彼の遺骨を持ち帰って欲しい、と強く頼まれていて、彼女に好意を抱く将軍には常にそのことが頭にあった。
  
 出てくるのは遺骨だけではない。生前の日記やノート、手紙などから将軍は、彼らの声を聞き取りはじめる。それらが語るのは、兵士たちの記憶だけではなく、アルバニアという国の民族の政治、文化、歴史、風土ーーーそれらがない混ぜになったこの国の物語だ。手法を変えてくり返される物語たちに将軍は打ちのめされる。憂鬱になり、反感を覚え、任務をやり遂げる覇気さえ失いかける。
 ついに将軍は偶然の幸運から手に入れたZ大佐の遺骨を、発作的な怒りから川に沈めてしまう。そのことで司祭との関係は険悪になり、仲直りも出来ないまま、アルバニアを後にする。そもそもこの仕事に意味はあったのだろうか、と自問しながら。

 全編にただようのはこの虚しさの感覚だ。終章近くでドイツ軍の同業者「中将」と交わすのは、叶わぬ恋をめぐる噛み合わない空しい会話だし、出発に際しては「お天気の話」で締めくくる、という皮肉っぷり。
 遠い昔から戦争に明け暮れてきた作者自身の祖国への、反感と愛情半ばする複雑な感情が、実現する望みのない恋心を抱くことの愚かさを自ら嘲りながらも期待することを止められない、凡庸な中年男の性(さが)に重ね合わせられている。

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服従 ミシェル・ウエルベック (著)

服従

ああ、あわれ、ウエルベック!

 一級の寿司職人ウエルベックが我々に差し出すのは一貫(巻)の握り寿司だ。シャリはもちろんブランド米を使用、熟練の技術で握ってある。特筆すべきはワサビで、この香辛料の効かせ方には並ぶ者がない。合わない者には名前を聞いただけで吐き気を催させるが、激辛のスパイスにハマった人びとは連日連夜、店に通いつめることになる。そしてネタは・・・
 ネタはのっていない。想像力で味わうしかないのだ。
 
 研究対象としての枠を超え、世紀の隔たりを越えてフランソワは作家ユイスマンスに心酔し、まるで本当の親友であるかのように文学的な対話をくり返す。論文が認められ、大学教授になってもそれは変わらない。やがて両親と死別し、恋人に去られたフランソワは孤独を深め、ユイスマンスの小説の主人公に倣うように宗教への帰依に傾く。
 背景にあるのは「イスラーム政権の誕生」。イスラーム過激派テロ組織によるクーデターが起きたわけではない。国政選挙の投票の結果、「穏健派」イスラーム政党が与党(正確には連立政権の最大党派)になった、ということだ。(この本の発売当日、実際にシャルリ―・エブド事件が起こってしまったため混同されやすいが、そうではない)。

 はじめて読んで思ったのは、物語の前景と背景がひっくり返っていること。光が(焦点が)当たっているのは背景のほうで、前景にいる人物たちは薄暗く、ぼんやりとしか見えてこない。いくらでも派手に、露悪的なくらいセンセーショナルに描くことはこの作家にとって朝メシ前であるはずなのに、わざと「地味に」、「スカスカに」書いてあるようにも思える。
 さらに皮肉なことに、スポットの中心にいるはずの、イスラーム政権成立前後の当事者たちの言動もまた描かれていない。噂や伝え聞きとして影響を与えるのみで、直接対話をすることもない。まるっきり中心が空白になっている。
 もしかしたらウエルベックほこの部分を別に書いていて、途中で削除したか、次作以降のためにとってあるのかも知れない。勝手な想像だが。作品自体の長さもこれまでの長編に比べると短めで、前者が約400~500Pであるのに対し、本作は290Pである。じゃあなぜ、ウエルベックはこんなことをしたんだろう。

 第二章の初めの部分、44Pにこんな記述がある。
 「『さかしま』に続く『仮泊』は期待はずれの作品で、それは避けがたい結果であり、(中略)にもかかわらず読書の快楽が完全には奪われないのは、この作家が、巧妙な仕掛けを思いついたからだった。それは、読者を失望させるしかない本の中で失望についての物語を書くことだった。」
 ゴンクール賞の栄誉に輝き、「アンチ・ウエルベック」な人びとからも絶賛された『地図と領土』の後で、フランソワがユイスマンスの主人公に倣ったようにウエルベック自身もまた作家ユイスマンスに倣う、という形でこの小説を構成したかったのではないだろうか。わざと「しょぼい」、「地味な」物語を前景に置くことで、政治、宗教のもとでは作品自体が「文学」のメタファーとなるような、オフビートな風味を持つ小説を考えたのではないだろうか。
 さらにもっと言えば、ウエルベックは「シャルリ―・エブド」のような事件が起こるのを予想していて、その事件と同時期に発表した『服従』という小説が後世に残り、「『しかしその内容は物語としては地味で精彩を欠く』、ウエルベック唯一の代表作」として文学史に刻まれることを狙っていたのでは?それにより自らの「文学的名誉」を「抹殺」しようと願ったのではないか?『トリストラム・シャンディ』の、かわいそうなヨリックのように?
 何を馬鹿な、と思われるだろうが、おっとどっこいウエルベックならやりかねない。
 
 ウエルベックは必ず小説の最後に「未来」を描く。または未来形の記述で終わる。たとえ主人公が死んでも、人類が滅亡してしまっても、必ず「それ」には続きがある。どんな空虚や絶望の果てにも「続き」はあって、ウエルベックはそれに「抗議」し、「復讐」する。

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歴史人物・できごと新事典 自由自在 マンガ+おもしろい解説で楽しく学ぶ! 下向井 龍彦 (監修)

歴史人物・できごと新事典 自由自在 マンガ+おもしろい解説で楽しく学ぶ!

あ、歴史って楽しい!

歴史人物から今現在活躍中の著名人まで、4コマ漫画や年表、相関図などでわかりやすく解説。
小学校低学年でも読みやすい総ルビで、各人物の名言や豆知識的な「~な話」や、大人も思わず「むむむ・・・」となるページ下部のクイズなど、読み物としても充実の一冊。もちろん、索引も付いているのでタイトル通り事典としても使えます。
現役の小学生はもちろん、お父さんもお母さんも、そしてもう一度歴史を勉強したい!という大人のみなさんにもオススメ。
読書の秋に、歴史を楽しんでみるのも、いいかも・・・?

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響け!ユーフォニアム 1 北宇治高校吹奏楽部へようこそ (宝島社文庫)武田 綾乃 (著)

響け!ユーフォニアム 1 北宇治高校吹奏楽部へようこそ(宝島社文庫)

楽しいも悔しいもたくさんの感情がつまってます

 中学・高校の部活といえば、運動部だけではありません。テレビ番組などで取り上げられてから一気に知名度が上がった吹奏楽部があります。体育会系文化部ともいわれるほど練習量が多く情熱あふれる部活ですが、この作品は特に「吹奏楽コンクール」にスポットをあてています。野球部でいうところの「甲子園」と同じで、実際多くの学校がコンクールの全国大会を目指して日々努力しています。
 この作品の面白いところは、全国大会を目指して日々練習をする描写がとてもリアルなところにあります。経験者であれば思わず「あるある」「そうそう」と思う内容がいたるところに出てきます。コンクールってどういうものか、その楽器はどんな楽器なのか、さりげなく説明されていますので経験者でなくても楽しむことができます。
 結末は、というと全国どころかそれよりもっと前の地方大会での演奏が始まるところで終わってしまいますが、3巻まで出ていますのでぜひまとめて読んで結末を見届けてほしいと思います。

文庫担当 NT

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容疑者 (創元推理文庫)ロバート・クレイス (著)

容疑者(創元推理文庫)

マギー、いけ!

銃撃事件で相棒を失った巡査スコットは、自らも重傷を負ったが一命を取り止める。傷病休職を断り、希望して転属した先の“K9”、警察犬部隊で、ジャーマン・シェパードのマギーと出会った。お互い相棒を失ったスコットとマギーは徐々に友情を育んでいく。そして、二人(一人と一匹)で真犯人を追い詰めて・・・。
緊迫のクライマックスでは涙が込み上げてきて、423ページ目で、とうとう、こぼれました;;;

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はるまき日記 偏愛的育児エッセイ (文春文庫)瀧波 ユカリ (著)

はるまき日記 偏愛的育児エッセイ(文春文庫)

剥き出しな育児エッセイ

『臨死!!江古田ちゃん』でお馴染み瀧波ユカリさんによる“偏愛的育児エッセイ”。世の中に育児エッセイは数多くありますが、こんなにも笑えて、剥きだしな作品はそうそうありません!
妊娠や出産に関する可笑しな事、思わずツッコミたくなる事が、常にどこか冷静で独特な著者ならではの視点から、細やかに語られています。
出産を経験している人なら「私も(実は)それ思ってた(言えなかったけど)!」と、激しく共感しつつ、よくぞ言ってくれました、とスッキリする事も多いのではないでしょうか?因みに経験のない人は、爆笑しつつ、驚きの連続です。

“世間は既婚・子持ちの女性は菩薩のようであってほしいと強く願っているようだ。私の結婚や妊娠や出産は、あなた達が私を都合良く解釈するための道具ではありません。”
これは「結婚したら性格が丸くなったね」とか「妊娠してから顔が優しくなったんじゃない?」などとやたら言われた事に対する著者の言葉だ。思わずドキリとさせられる文章である。
確かにこういうセリフはよく聞くし、言っている人にはおそらく悪意もないのだろう。(寧ろ褒め言葉?のつもりかもしれない。)
けれど、度々言われる側からすれば、小さいけれど確かなストレスになる言葉なのではないだろうか。世間の勝手なイメージの押し付けである。そして、それは妊婦や既婚者に対してだけではなく、あらゆる場面で起こっている、うんざりする程よくある事だ。誰だって加害者にも被害者にもなりうるだろう。

こんな風にただ笑えるだけじゃない(笑いの連続ではありますが)、様々な事に気付かされ、考えさせてくれる一冊です。

文庫担当 Ⅰ

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21世紀の資本 トマ・ピケティ (著)

21世紀の資本

経済学ぬきの快楽

 私がこの本を読もうと思ったきっかけは、あまり自慢できない。まずフランス人が書いた経済学の本であること。勝手な偏見だが、フランス語で書かれた場合、何となく明晰で軽やかな気がする。次にアメリカで発売後半年で50万部を超えるベストセラーになっていること。ここまで売れる、ということはきっと何かある。そして最も恥ずかしいのは、これってマルクスの『資本論』を皮肉った一種のサブカルチャー的パロディ小説じゃないのか、と思っていたことだ。このような事情からして、画期的な経済学の理論など到底分かるはずもなく、小説しか読んでない私にとって唯一の手がかりは文学的アプローチ(しかない)であり、以下の内容は小説『21世紀の資本』の妄想的レビューである。
 <はじめに>
 「本書でこれから展開されるのは、つまるところその歴史的経験の物語となる」開始早々、こんなうれしい表現に当たる。「つまるところ」「歴史的経験の物語」なのですね。じゃあ文学的アプローチというのも、悪くないかも知れませんね。しかし次の章からは過去の経済学者の理論や歴史的展開、についての簡潔な説明、そして早ばやとギリシャ文字を使った数式が。でも驚きませんよ、ピケティ教授。現代文学ではそれくらいは常識ですからね。我慢して読んでればまた面白い所が出て来るはず・・・なになに、「『経済学については何も知らない』(中略)人々には特に読んでほしい」「本書は経済学の本であるのと同じくらい歴史研究でもある」・・・分かりました、ピケティ教授。
 ・・・ここから本文に入る。19世紀はじめの経済状況を説明する史料の代わりに、小説家の文章が引き合いに出される。ピケティ教授はことのほかバルザックの『ゴリオ爺さん』がお気に入りのようで、引用を超えてゴリオ爺さんに感情移入しているような所もある。そして解説された経済用語や数式を基に、「所得」と「富」をめぐる長い長~い物語が幕をあける。実際には18世紀(1701年)から21世紀(2100年)にわたる歴史的スパンと、主要先進国と新興国20ヶ国に及ぶ空間的拡がりを持った、折れ線グラフと図表による徹底した実証と比較なのだが。
 <アメリカのデモクラシー>
 『ゴリオ爺さん』刊行と同じ1835年、フランスの歴史思想家アレクシス・ド・トクヴィルは『アメリカのデモクラシー』第一巻を出版した。建国間もない、「若いアメリカ」の、地方を中心とした自治制度、人口密度や土地の状況、経済制度や税制について過去の膨大なデータを検証し、いかにアメリカの政治経済状況が理想的であるかを、憧れを伴ったまなざしで展望している。後年出版された第二巻では、国民の境遇の平等を訴え、平等化が進んだ民主的国家にこそ専制的権力が生まれる可能性を指摘し、それをコントロールする政策を模索した。
 ピケティとトクヴィル、経済と政治、分野の違いこそあれ、目線の先には同じ物があるのではないか。(本書でもピケティは『アメリカのデモクラシー』を引用している。)第Ⅱ部から第Ⅲ部にかけて、「すばらしい新世界」から「スーパー経営者社会」へと変貌したアメリカの実態が描かれる。ガルシア=マルケス風に言えば、「無垢な労働者と無情な経営者の信じがたい格差の物語」だ。
 <富と格差と小説家たち>
 第Ⅲ部の残りでは、格差の構造が語られる。ここは本来(経済学)の意味において最も重要な部分だ。先ほどの『ゴリオ爺さん』が再登場する。ゴリオ爺さんが老後隠棲した安アパートの住人で、いわく付きの人物ヴォートランが将来有望な若者ラスティニャックに諭した処世術。絶え間ない勉学と骨折りの末出世したとしても、得られる財産はたかが知れている。それよりも金持ちの娘と結婚して資産を相続する方が断然効率が良いというのだ。そこからピケティは当時の所得の格差、資産所有の格差そして相続の実態へと踏み込んでゆく。また前述のアメリカの「スーパー経営者」の台頭にも触れながら、上位10パーセント、1パーセント、さらには「大金持ち」0.1パーセントの世界を克明に描き出す。
 ピケティは現代文学の状況にも触れ、現代では登場人物を位置付けるのは専ら仕事、賃金、技能であり、金銭への明確な言及は文学から消えてしまい、資産や富が主なプロットの中に描き込まれることはない、と断言する。
 ここでひと言物申す。教授と同じフランスの現代作家、ミシェル・ウェルベックの『地図と領域』は如何でしょう?2010年に発表され、その年のゴンクール賞を獲った本作をお読みになっていないのでは?現代アートの業界を流通の段階から描き出し、知名度のある人物群を実名で登場させ、資本主義社会を諧謔と憐憫を込めて批判し、明るくも暗くもないうすぼんやりした未来社会を見すえた、あなたの予測する中位シナリオにきわめて近い世界を「小説」で表現した、この作品を?
 興奮するのはやめよう。でもウェルベックは本当に21世紀的でもあり、19世紀的でもある作家だ。『地図と領域』で、ウェルベックは作中に「作家ウェルベック」を登場させ、前述のトクヴィルを絶賛させている。「『アメリカのデモクラシー』は傑作です。とてつもないヴィジョンの力を秘めた書物、絶対的な、そしてあらゆる領域における革新の書です。おそらく政治についてこれまでに書かれた最も知的な本でしょう。」
 ピケティとバルザック、そしてウェルベックとトクヴィル。彼ら2組を結ぶ直線が描くX字形は、未知の事物を表す「x」に見えてくる。私たちに突きつけられた問題の解を表す「x」に・・・
 <21世紀の資本と21世紀の文学>
 第Ⅳ部では未来に向けて提言が行われる。すなわち資本への累進的な課税と、保健医療と教育の充実である。前者に関しては国際的な資産・金融情報の透明性が不可欠であるし、後者には今後最も人口が増えると予測されるインドやアフリカ諸国の政策がきわめて重要だ。最後にもくり返しピケティ教授は社会科学諸分野の協力の必要性を説く。「分野同士の戦争や縄張り争いは、ほとんど何の意義もない」と。

 さて、『21世紀の資本』は「文学」と言えるのだろうか? やっぱり程遠いと思う。経済書の中でも比喩や寓話のたぐいは少ない方だろうし、抽象的な推論は皆無といってよい。本書はデータと数値が全てなのだ。だからといってそれは文学ではない、と言い切れるだろうか。むしろ「21世紀の文学」ではそういったものがベースになっていくのではないか? ・・・あてもなく思いふけっているうちに、こんなにも色々と考えさせてくれたこの本に愛着が湧いてくるのを感じる。「資本主義」という言葉が何やら文学用語のように思えてしまうのだ。「象徴主義」や「マジック・リアリズム」と同じ仲間のように。

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眠りなき狙撃者 (河出文庫)J=P.マンシェット (著)

眠りなき狙撃者(河出文庫)

小説は一幅の絵画のように

 マルタン・テリエの仕事は殺し屋である。日常的に、次々と依頼を受けては人を殺す。それが仕事だから。仕事のために恋人を捨てる。しかし猫は一緒に連れていく。テリエは引退するつもりだ。仕事の依頼主は彼を引き留め、殺した相手の仲間からは復讐を宣告される。追手は徐々に忍び寄り、テリエの行く手を責め苛んでゆく。新しい人物が紹介されるたびに誰かが殺される。文字通りの血みどろの戦いだ。追い詰められたテリエは最後の反撃に出る。いつもと同じ腹ばいになって銃を構える「伏射の姿勢」で・・・・・・
 全く贅肉のない、引き締まった「体脂肪率ゼロ」の文体を無味乾燥なものから救っているのは、細部の描写、特に行動する者の目線に映る細部への偏執的とも思えるほどのこだわりだ。彼らが使用する、車や銃の名前から人物の髪、眼の色、肌のつや、装身具の種類、化粧品や香水のブランド名に至るまで、それら「モノ」の名前が彼らの性格や立居振る舞いを代弁しているかのようだ。そして感情を移入するひまもなく場面は進行し、次々と人が死んでゆく。その死があまりに多すぎ、生々しさや悽絶さを通り越して、一種の寓話や神話のように思えてくる。全編を支配する、殺伐とした荒寥感と合わさってひとつの宗教的な絵画へと固着するのだ。そこにあるのはテリエの骨身に沁みこんだ、「伏射の姿勢」である。

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覚えておきたい日本の牝系100 平出 貴昭 (著)

覚えておきたい日本の牝系100

こういう本がもっと出て欲しい・・・

血統についての本というとどうしても種牡馬に関する本が多いなか、牝系にスポットを当てたこの本をぜひ血統に興味のある方にお勧めしたいです。
系統とその牝系から輩出された代表馬の説明がとても見やすくまとまっていて、これから血統について知りたい人にも楽しく読めると思います。

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吹き溜まりのノイジーボーイズ (メディアワークス文庫)天沢 夏月 (著)

吹き溜まりのノイジーボーイズ(メディアワークス文庫)

青春はやっぱり青い

社会人として日々を過ごすようになり、学生時代が時おり懐かしいなと思う年齢になってきました。
もちろん今でも元気に日常生活をおくっていますが、中高生のエネルギー溢れるパワーには負けてしまいます。この作品の主人公は高校二年生。「吹奏楽がやりたい」、その一心でひたすら突き進みます。一度なくなってしまった吹奏楽部を、しかも不良たちと一緒に作っていくさまは、一つの青春映画又はドラマを見ているようでワクワクしました。練習風景もリアリティーがあり、自分も一緒になって部活をしているような気持ちになります。そして主人公の抱く淡い恋心も、ひたすら部活に頑張る中でのちょっとしたスパイスになり一気に読み終えました。
学生時代、特に十代特有の元気いっぱいの様子は、読んでいる人にも元気を分けてくれるのではないか、そんな気がします。

文庫担当:NT

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将来の学力は10歳までの「読書量」で決まる! できる子が幼少期「これだけはしていた」こと 松永 暢史 (著)

将来の学力は10歳までの「読書量」で決まる! できる子が幼少期「これだけはしていた」こと

読書で学力アップ

子どもの学力は、10歳までの読書量で決まる?!

著者の周りで読書や、お母さんの読み聞かせで変化した例、
更には、著者自ら選んだ「音の良い本」も多数紹介されています。
本を読んだら、その日からすぐに始められる、学力アップの秘密。

さぁ、読書しましょう!

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日本酒ガールの関西ほろ酔い蔵さんぽ 松浦 すみれ (文と絵)

日本酒ガールの関西ほろ酔い蔵さんぽ

蔵さんぽに出よう

日本酒が好きで、お酒がどうやって造られるのか興味が少しでもある人はこの本を読んでみてください。
イラストや文章から感じられる蔵元さんたちや作者の人柄やお酒に対する思いが伝わって、読み終わった後は作者の松浦さんのように自分も蔵さんぽに出かけようかとつい思ってしまいます。(そんな人のために見学の際の注意点まで書いてくれている心にくさ!)
紀行文としても読んで楽しいオススメの本です。

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なぜ世界でいま、「ハゲ」がクールなのか (講談社+α新書)福本 容子 (著)

なぜ世界でいま、「ハゲ」がクールなのか(講談社+α新書)

目指せ!クールなハゲ!

「ハゲ」が「クール」ってどういうこと?と思われるかもしれない。
尚、この本でいう「ハゲ」とは、男性が加齢に伴って経験するハゲを中心としている。
世界を見渡してみると、カリスマ経営者と呼ばれる人々、影響力のある政治家、
映画やTVのスターたち、かっこよくハゲてる人が多い。
「それって西洋人だったり俳優さんだったりするからでしょ」
と仰る方もいらっしゃるだろう。しかしその意見に真っ向から「否」というのが本書である。
政治経済、文化人類学、心理学、マーケティング、ファッション、さまざまな視点から、
「堂々とハゲよ」と道を示してくれるのが本書である。
頭髪の薄くなることを気にしている人、ハゲはカッコ悪いと思っている人も、
この本を読み終わる頃には「ハゲはクールだ!」と思えるに違いないのである。


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和歌のルール 渡部 泰明 (編)

和歌のルール

10のルールで和歌を身近に!

“和歌”と聞くと「意味が分からない」「文法が難しい」といったイメージを抱く方が多いのではないでしょうか?
そんな方にこそ和歌のシンプルな10のルールを挙げる本書をおすすめします。
ルールと言っても堅苦しいものではなく、歌の中に物の名前を隠し込んだり(“物名”)、各句の最初や最後の文字をつなげると語句や文章になったり(“折句・沓冠”)といった遊び心のあるものばかり。
いつもの百人一首も本書のルールを頭に入れておくだけでより深く楽しめます。

人文書担当 S

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寝る前5分暗記ブック小6 頭にしみこむメモリータイム! 学研教育出版 (編)

寝る前5分暗記ブック小6 頭にしみこむメモリータイム!

寝る前に読むだけ!

好評だった中学生版に続いて、ついに小学生版が登場!
フルカラーで見やすく、ゴロ合わせや、イラストでわかりやすく解説してあります。
各教科ごとにイラストレーターさんを変えていて、とっても贅沢。
特に、理科ページのイラストのゆるさは大人にもオススメ!
夢中になりすぎて、寝不足にならないようにお気を付けください。

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君は山口高志を見たか 伝説の剛速球投手 鎮 勝也 (著)

君は山口高志を見たか 伝説の剛速球投手

伝説の投手の生き様

その小柄な体からは想像も出来ないほどのダイナミックなフォームから繰り出される剛速球でプロ野球ファンを魅了した伝説の投手、山口高志。
阪急ブレーブスの黄金時代に現れてその栄光を浴びながら、速球派投手の悲しい宿命ゆえに短い野球人生を駆け抜けた彼を真正面からとらえたこの作品は野球ファンにお勧めの一冊です。

ジュンク堂 三宮店店員

書店員:「ジュンク堂書店三宮店」のレビュー

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センセイの鞄 (新潮文庫)川上 弘美 (著)

センセイの鞄(新潮文庫)

うつうつとうつろうあわあわとしたあわい

 物語の後半の章に「干潟ー夢」という章がある。前章で「センセイ」と旅に出た「わたし」がついに思いを遂げ、センセイと同衾、つまり同じふとんで眠る、その時見た夢、と読める部分だ。「ここは、どこですか」と聞くと「よく、わからんのですよ」とセンセイは答え、なおも「ここは、どういう、場所なのですか」と追求すると、「何かのね、中間みたいな場所なようですよ」「境、といいましょうか」とあいまいなことを言う。「中間」、「境」、つまり生と死のあわいの世界ということだろう。

 ここが本来の「センセイ」と「わたし」の、定位置なのではないだろうか。この章だけが先生と私の、肉体を持たない魂がさまよう「現実」の世界で、残りのすべての部分はそんな二つの魂が想像する「夢」の物語・・・・・・一見リアリズム風に描かれたその他の章からは、一貫して人間のざわめきが聞こえてこない。登場する会話は主人公二人と彼らが係わるほんの数人のものだけだし、その内面が描かれることはほとんど、ない。むしろふだんよく注意していないと聞き取れない、木々のざわめき、波の音、動物の鳴き声や虫の声・・・・・・などが物語ぜんたいを形作っている。加えて季節の移ろいごとに紹介される旬の料理、飲みものが豊かな彩りを添える。ほんとうに夢のような世界だ。夢はうつつでうつつは夢。反転した二つの世界。そんな読み方があってもいいと思う。

 主人公「ツキコさん」のフルネームは「大町月子」。一文字ちがいの実在の人物に大町桂月という人がいる。明治から大正にかけて活躍した詩人・随筆家で、酒と旅をこよなく愛したという。日本全国を旅して、優れた紀行文を多数書いたらしい。著者がこの人物をイメージしたかどうかはわからないが、もしそうだとしたら、「センセイ」のイメージとぴったり重なり合う。もともと分身どうしであった彼らが最後にひとつに結ばれるのはむしろ必然の成りゆきで、そうであったならばいいなあ、という思いを持って、この小説を再読した。

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