書店員レビュー一覧
丸善・ジュンク堂書店・文教堂書店の書店員レビューを100件掲載しています。1~20件目をご紹介します。
書店員:「ジュンク堂」のレビュー
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虚実亭日乗 森 達也 (著)
森達也が、小説を書く。主人公を…
森達也が、小説を書く。主人公を、緑川南京(なんきょう)と名づけた。だが、どう考えても緑川南京は、森達也その人である。「虚」があるとしたら、緑川南京にふりかかる状況、緑川南京の行動に足し引きされているので、緑川南京=森達也という人物に、些かも「虚」は無い。では、「虚実皮膜」を自在に横断する小説としては、失敗か?
ぼくは決してそうは思わない。そもそも人は、自分のことしか書けない。小説の「虚」は、自分の「実」を伝えるためである。多くの小説作品の主人公は、それが時代小説であろうがSFであろうが、つまるところ著者自身である。
詩情豊かな表現がある訳でも、巧みなプロットが読者を驚かせてくれる訳でも、様々な層が重なりあって密度の濃い世界を創造している訳でもない。本書を読む快の源は、やはり森達也の「煩悶」である。恐らくは森達也自身そのことを自覚しているから、すべての章で、緑川南京=森達也は、「悶える」のだ。ぼくたちに訴えて来るのは、世界のさまざまなあり様にぶつかっていく過程でいやおうなく生じる森の「悶え」である。「悶え」の対象は、世界全体へと拡がっていく。これこそ、「全体小説」と言うべき?