書店員レビュー一覧
丸善・ジュンク堂書店・文教堂書店の書店員レビューを100件掲載しています。1~20件目をご紹介します。
書店員:「文教堂 三軒茶屋店」のレビュー
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事件記者コルチャック (ハヤカワ文庫 NV)ジェフ・ライス (著)
子供の頃…
子供の頃「事件記者コルチャック」というドラマが大好きだった。
コルチャックという名の、飄々とした中にも、どこかユーモラスな雰囲気のあるオジサン記者が、怪奇な事件に挑むシリーズだ。
その原作が先日早川文庫で出た。今になって、なんでまた? と思ったが、読んでみて、その理由がわかった。タイトルに込められた心意気のようなものも掴み取れた。
僕は子供の頃、コルチャックのドラマが大好きだったと書いたが、実は「事件記者~」というタイトルは、あまり好きではなかった。
コルチャックは日本で言うなら、怪奇大作戦のような話だから、タイトルもホラー色を強く押し出すべきだと、僕は思っていた。それをしないのは、視聴者に対しておもねっているからだと、そう感じられて、それが凄く嫌だった。
「ホラーの要素を含んだ話だとわかると馬鹿にされて見てもらえないから、社会派ドラマみたいなタイトルにしよう」
そんなふうに考えて「事件記者~」と付けたんじゃないかと、そう思っていた。
今回、原作を読んで、考えが180度変わった。この話は確かに「事件記者コルチャック」というタイトルでいいのだと。いや、そうでなくてはならないとすら思うようになった。「魔界記者~」といったタイトルでは逆にだめなのだ。なぜなら、これはあくまで、コルチャックという『事件記者』の物語だからだ。立ち向かっていく相手がヴァンパイアだったりするのは、言ってみれば「たまたま」なのであって、この話の主題はそんなところにはない。この話の肝は「真実を伝えようと、ただそのことのみを、がむしゃらにやり通す男のかっこよさ」だ。
権力にたて突き、ボコボコに打ちのめされても立ち上がる。酒に逃げ、友に逃げられても立っている。やめろと忠告されても立ち向かっていく。
コルチャックは言う。「だからといって、生きかたを変えたりはしない」
世渡り上手がかっこいいと思うひともいるだろう。でも僕は、情けなくても、だらしなくても、みっともなくても、歩みを止めないというのも、かっこいいと思うのだ。
時にはオロオロ歩き、時には逃げたりもしつつ、しかし概ねベクトルが前に向かっている(その先は真っ暗闇なのに)、そんな生き様に憧れるのだ。
ジャーナリストが凶悪な事件に出会って、心身ともにズタボロになりながらも真実を追い求める様を、リアルに描ききったこの作品。敵こそ、ヴァンパイアという、わかりやすい悪に置き換えられてはいるが、実際に世に蔓延る様々な悪を当てはめて読むと、骨太な社会派ドラマとしての「事件記者コルチャック」が浮かび上がってくる。
上から叩かれ、下から突かれ、それでも歩みを止めることが出来ないビジネスマン諸氏よ、今こそ「事件記者コルチャック」を読むべきだ。
(評者:文教堂書店三軒茶屋店 中川浩成)