書店員レビュー一覧
丸善・ジュンク堂書店・文教堂書店の書店員レビューを100件掲載しています。1~20件目をご紹介します。
書店員:「MARUZEN&ジュンク堂書店渋谷店」のレビュー
- ジュンク堂書店
- MARUZEN&ジュンク堂書店|渋谷店(1月31日閉店)
ソウル・マイニング 音楽的自伝 ダニエル・ラノワ (著)
語り部としての才もなかなかのものです
ダニエル・ラノワのあの特徴的な音世界との邂逅は、個人的にはたぶんネヴィル・ブラザーズの89年作品『イエロー・ムーン』が最初であったように思う。持ち味のアーシーな南部らしさを残しつつ、そこに揺らめくような浮遊感にみちた響きと奥行きのある音像を交錯させた、艶かしくもスピリチュアルな深みをもつこの傑作は、バンドにとっての一大画期となるとともに、プロデューサーであるラノワの名をも改めて強烈に印象付けるものであった。
その後のラノワの八面六臂の活躍ぶりについてはすでによく知られたとおりであるが、なかでもとりわけ、ボブ・ディランやエミルー・ハリスといったベテランの大物ミュージシャンの90年代の意欲作に関わって、過去のレジェンドなどではない同時代の音楽家・表現者としての彼らのポテンシャルと凄みを存分に引き出してみせた一連の素晴らしい仕事から、我々音楽ファンがどれほどの恩恵と刺激を受けたかは、ちょっとひと言では言い尽くせないものがある。
本書はそのダニエル・ラノワが、フランス系カナダ人としての自身の生い立ちや家族との関係から、少年時代における音楽との出会い、そして若くしてこの業界に足を踏み入れてから現在に至るまでの長い道のりを、数々の偉大で個性的なアーティストたちとの共同作業の思い出を軸に書き下ろした、一種の音楽的自伝ともいうべき回想録である。
ちょうど同郷のロビー・ロバートソンがそうであったように、ラノワもまた、少しだけ距離を隔てた外縁の位置からアメリカとその周辺地域の肥沃な音楽的土壌を掘り起こしつつ再解釈するという、ルーツ音楽の革新者としての顔を持つ。〈音響〉をめぐるさまざまな実験的な試みや、個々の作品成立の背景をうかがわせるレコーディングの裏話的なエピソードの数々とともに、本書からはそうしたラノワの独特の立ち位置とそれゆえの豊かで複雑な魅力の一端もまた確かに読み取ることができるであろう。
気のおけない、穏やかでリラックスした語り口のなかにも、音楽に寄せるあふれるような愛情や探究心と、また文化の遺産継承にかかわる者としての矜持や使命感までも感じさせる素晴らしい労作。
井上