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書店員レビュー一覧

丸善・ジュンク堂書店・文教堂書店の書店員レビューを100件掲載しています。120件目をご紹介します。

検索結果 100 件中 1 件~ 20 件を表示

MARUZEN&ジュンク堂書店 渋谷店店員

書店員:「MARUZEN&ジュンク堂書店渋谷店」のレビュー

ジュンク堂書店
MARUZEN&ジュンク堂書店|渋谷店

繁栄からこぼれ落ちたもうひとつのアメリカ 果てしない貧困と闘う「ふつう」の人たちの30年の記録 デール・マハリッジ (著)

繁栄からこぼれ落ちたもうひとつのアメリカ 果てしない貧困と闘う「ふつう」の人たちの30年の記録

「貧困」という主題を軸に捉えたアメリカの30年

1982年の秋に発売されたブルース・スプリングスティーンのアコースティックギター弾き語りアルバム『ネブラスカ』は、色々な意味で衝撃的な作品であった。70年代の後半から『明日なき暴走』や『ザ・リバー』といったメガヒットアルバムを連発し、またEストリートバンドを率いてのその圧倒的なライブパフォーマンスで、誰もが認めるアメリカロック界の頂点の位置にまで登りつめた彼が、一転、何やら荒涼とした寒々しい音風景に覆い尽くされたあまりにも暗い内容のアルバムを突如として世に問うたのである。今でこそ「オルタナ・フォーク」といった用語もあり、そうした文脈のなかで位置付けることも可能であろうが、あの当時、MTV隆盛期のやたらとカラフルなメリハリばかりが強調された同時代のヒットチャートの楽曲群の中にあって、そのひたすら沈鬱でザラザラした肌触りの音や声は、やはりどうしようもなく異様に響いた。日本のメディアやリスナーの反応も、作品としての評価云々という以前にどちらかといえば当惑気味なものが多かったように記憶しているが、それはそれでもちろん無理からぬことではあっただろう。
 だが今、『繁栄からこぼれ落ちたもうひとつのアメリカ』という極めてスプリングスティーン的な邦題(原題SomeplaceLikeAmerica)を冠された本書をじっくりと読み、また80年代後半以降にアメリカの社会学や政治学の専門家たちが自国の社会構造の根底的な変化について、深刻な危機感とともに提示してみせた自己分析の数々を改めて振り返ってみたとき(例えば、『現代アメリカの自画像~行きづまる中産階級社会』NHKブックス)、あの当時抱いていた漠然とした印象に関して、そもそもの根本からの修正の必要を感じないわけにはいかない。どういうことかといえばつまりは、良くも悪くも、あれだけ時代の相から遊離していると感じられたあの『ネブラスカ』という一見地味な問題作こそ実は、かの国の社会の底辺でじわじわと起こりつつあった巨大な変化の兆しを、その空気感ごと、暗鬱な心情のプリズムを通してありのまま正確に表現し得た、ほとんど唯一といっていいほどの同時代の「リアル」な作品だったのではないかということである。
 さて、すっかり前置きが長くなってしまったが、本書はまさにその80年代前半、まだ駆け出しの地方新聞記者だった著者のデール・マハリッジと同僚のカメラマン、マイケル・ウィリアムソンが、地域周辺でにわかに増え始めていたという「新人ホームレス」の実態を取材することを命ぜられて以来、およそ30年の長きにわたって続けられることになった、アメリカの最下層社会の過酷すぎる生活状況とそこで苦闘する人々の真情を伝えるルポルタージュの集大成である。
 ただ、ホームレスや貧困層とはいっても実は彼らのほとんどは、ついこのあいだまでは大工場や製鉄所やその周辺に集う商店などで働いてごく「ふつうの」暮しを営んでいた、元々は中産階級の労働者やその家族たちなのであって、それゆえにこそ眼の前の現実をなかなかありのままには受け入れることができず、やるかたない怒りや無力感や自責の念に押し潰されそうになりながら、それでも何とか必死に折り合いを付けて前を向こうとする彼らの姿は、ときにあまりにも痛々しく、読んでいてどうにもいたたまれなくなってくるほどである。
 話を聞き出す側にとっても相当に苛烈な経験であったらしいこうした一連の取材のなかで著者は、対象との距離を慎重に推し量りつつ、彼らの様々に入り組んだ思いや人生観や日々の生活における表情を注意深く拾いあげながら、それぞれが抱える苦悩や葛藤を、文章と写真の両面から立体的に描写し浮かび上がらせてゆく。何よりもそこには彼ら一人一人の生の輪郭と相貌とがしっかりと刻みこまれていて、それが本書の叙述全体に単なる事例の寄せ集めとは違った物語のような厚みと、静かで深い余韻を与えているように思う。
 著者のマハリッジはデビュー作となった『あてどのない旅』をはじめとして、80年代を通じ、同様な主題に基いたルポルタージュ作品を同じカメラマンとのコンビで3作刊行し、そのうち2番目の著書で見事ピューリッツァー賞の栄誉にも輝いている。だが、作品へのジャーナリズム内での評価はともかく、そこで取り上げた「貧困」という問題そのものについての世間一般の関心の相も変らぬ低さに、マハリッジは心底からの苦い落胆を覚え、一時はもうこういったテーマについて物を書くのは金輪際やめにしようとまで決意していたという。そんな失意の底にあった著者の背中を押し、再び取材の現場へと立ち戻らせる契機ともなったのが、90年代半ばにあの『ネブラスカ』の続編ともいうべき弾き語りスタイルのアルバム『ザ・ゴースト・オブ・トム・ジョード』を制作中であったブルース・スプリングスティーンとの思ってもみない形での出会いであり、率直な意見交換を含むささやかな交流のひとときであった。そもそもの発端は、『あてどのない旅』の内容に多大な感銘と衝撃を受けたスプリングスティーンが、その中のエピソードをもとに2曲の楽曲を書き下ろしたうえで、さらに著者のマハリッジにもコンタクトを求めてきたということであったようだが、言われてみればなるほどこの両者のあいだには、同一のテーマへの持続的な関心といったもの以上の深い部分での精神的な近親性さえ見て取れるようにも思うのだ。
 それにしても、こうして連綿と紡ぎだされた、文字通り「繁栄からこぼれ落ちた」人々の30年の物語からつくづく痛感させられるのは、個々の年代ごとの経済の動向や全体としての景気の浮き沈みといった目先の事象とは関係ない次元で、事態がいかに一貫した傾向のもとに着々と悪化の一途をたどってきたかという事実である。この間進行していたのは、ブルーカラー・ホワイトカラーを問わず、かつて長らく「中産階級」と呼ばれてきた分厚い社会階層の全面的な瓦解と崩落という背筋の寒くなるような現実であり、その急速な拡大と常態化であった。そこにはむろん、いわゆる「グローバル経済」の爆発的な伸長を背景とした、旧西側先進国に共通の構造的な問題が横たわっているのは間違いないが、しかしまた、そのリスクと副作用が特にアメリカにおいてこれほどまでに極端な形で顕在化してきたことについては、それをあからさまに助長するような方向にはっきりと舵を切ってきたレーガン政権以降の社会・経済政策が大きく関与していることもやはり疑い得ないであろう。
2000年代の後半以降、さすがに風向きが変ってきたというべきか、近年はこうしたアメリカ社会における「貧困」や「格差」をめぐって、各種の告発本とでもいうものが続々と出版され、日本でも大きな話題と注目を集めているのは周知の通りである。そういったルポルタージュや社会評論の類にみられる論調の容赦ない明快さ、激しさに比べると、本書における著者の表現はむしろ抑制的であり、内省的に過ぎるとさえ感じられるかもしれない。だが、その苦みをはらんだ低声の語りの底を貫いて流れる静かな怒りには、どんな激越な糾弾にもまして、読む者の胸に深く沁み入らずにはおかない重厚な訴求力がみなぎっている。今後とも長く読み継がれるべき、記念碑的な労作。

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