書店員レビュー一覧
丸善・ジュンク堂書店・文教堂書店の書店員レビューを100件掲載しています。1~20件目をご紹介します。
書店員:「ジュンク堂書店難波店」のレビュー
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それでも、私は憎まない あるガザの医師が払った平和への代償 イゼルディン・アブエライシュ (著)
一人でも多くの人に知って欲しい・・・
イゼルディン・アブエライシュは、ガザ地区の難民キャンプで育ったパレスチナ人である。子供の頃から教育によってキャンプから抜け出すことを志し、カイロ大学で医学博士号を取り、不妊治療を専門とする産婦人科医として、ガザに住みながらイスラエルで働いてきた。15歳の頃にイスラエル人農家でアルバイトをした時以来、終始彼は、自分自身を難民キャンプの現状を世界の他の地域に伝えるパイプ役と見なしていた。
おそらく、ぼくらが最も自戒しなければならないのは、地球の反対側で生きる一人一人の具体的な生き様を抽象して記号化し、たとえば「パレスチナ紛争」のひとことで片づけてしまうことだ。イスラエル人とパレスチナ人を、和解不可能な仇同士と勝手に決めつけてしまうことだ。たしかに、憎しみ合い互いに死を望む感情を持った人々もいるが、「わたしの経験では、けっして世間で言われているほど多くない」とイゼルディンは言う。“はるか遠くから眺めている人たちにはとても信じられない話かもしれないが、それでもわたしたちは互いを信じ、この聖地で共存する自分たちの能力を信じている。”
2009年1月、悲劇が起こる。イスラエル軍に自宅を砲撃され、三人の娘と姪を一瞬のうちに殺されたのだ。イゼルディンが無我夢中でかけた電話を、イスラエルのテレビ局に勤める友人のニュースキャスター、シュロミ・エルダーが生放送中に取ったため、その様子は、大きな衝撃を与えながら、イスラエルの視聴者に伝わった。
世界を瞠目させたのは、そのような悲劇に見舞われてなお、イゼルディンが報復の気持ちを一切持たなかったことだ。それどころか、「わたしの信念はますます深まり、分断に橋をかけようとする決意は固まった」と、彼は言う。
“たとえイスラエル人全員に復讐できたとして、それで娘たちは帰ってくるのだろうか?憎しみは病だ。それは治療と平和を妨げる。”“わたしが言えるのはこれだけだ―死ぬのはわたしの娘たちで最後にしてほしい。この悲劇が世界の目を開かせて欲しい。”
世界中で紛争が止むことなく、復讐の連鎖が悲劇を際限なく繰り返す中、イゼルディン・アブエライシュ医師のような信念の人がいることを、一人でも多くの人に知って欲しいと心から思う。