書店員レビュー一覧
丸善・ジュンク堂書店・文教堂書店の書店員レビューを100件掲載しています。1~20件目をご紹介します。
書店員:「ジュンク堂書店三宮店」のレビュー
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半島へ 稲葉 真弓 (著)
『半島の生活』。
半ばは思いつきで、半ばは説明できない確信に導かれて、「私」は半島での暮らしを始める。これまで定期的には訪れていた。半島に土地を購入し、自分の家を建てたからだ。
風光明媚な半島の自然とすぐ近くにある森の神秘に囲まれて、日々の生活が淡々と、簡潔な文章で綴られる。時には家のそばの沼で埋められたボートの舳先に「舟の来歴」を思ってみたり、年老いた母を招待して、一緒にホタルの群れを見たり。
小説の中ほどから、重点は「私」の内面へと移る。不法投棄のごみの山とそこで起こった悲惨な事件への思いをきっかけに、若くして自ら死を選んだ親友のこと、肉体の老いに対してそれを認めようとしない精神とのギャップや、いくら住んでいるとはいっても、「地元」の人たちとは心底打ちとけ合えない「よそもの」の感覚、どんどんとネガティブな感覚が「私」を埋め尽くしてゆく。
でもこれは最初から分かっていたことではないか、それをこれまでは隠しておこう、若いつもりでいよう、などと無理をしてきたのではないか、どこにも落ち着けない、さまよう魂の行き場はどこにあるのだろう。
最後に「私」はある決断をするが、それを導いてくれたのは「半島」の自然であり、「森」の生活だったのだと思う。二十四節気の暦に彩られた季節の移り変わりと、それぞれの事情で移り住んできた「ご近所」の人たちとのふれあいの賜物だと。