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書店員レビュー一覧

丸善・ジュンク堂・文教堂書店の書店員レビューを100件掲載しています。120件目をご紹介します。

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ジュンク堂 三宮店店員

書店員:「ジュンク堂書店三宮店」のレビュー

ジュンク堂
ジュンク堂|三宮店

傷ある翼 (講談社文芸文庫)円地 文子 (著)

傷ある翼(講談社文芸文庫)

幻想的なものvs.現実的なもの

 「朱を奪うもの」三部作の第二部。三部作中この巻ほど好悪の分かれる巻はないと思う。主人公滋子の、打算で結婚した夫宗像に対する辛辣きわまる描写と、結婚前の愛人一柳との二転三転どころか七転八転(?)する愛憎の激しい振幅が、これでもか、と言わんばかりに繰り返されるからだ。その上冷静で全知の語り手が、作者の分身である滋子と同化して、その権限を超えて顔を出している。語りの統一感が保たれていない印象があるのだ。
 
 もちろんこの分裂感は意図されたものだ。読者を混乱させるためではない。作者の分身を主人公とする小説を企図した時点で誠実であろうとすれば、必然的に、途方もない、想像上の怪物を生み出すことになる。それをどうコントロールして、というよりどう戦って、一定の釣り合いのとれたフィクションの枠の中に収めるか。あるいは戦いそのものを主題とするか。
 
 作者が採ったのは後者だと思う。これは幼少時より妖艶で幻想的な芸術世界に魅せられ、現実生活よりも想像上の世界から養分を吸い取って成長した滋子と、全ての登場人物を繰り出し、主人公の苦悩と悲哀と滑稽さを最大限に引き出して最上のフィクションを創造しようと企む全能の神=作者の果てしない戦いの記録だ。

 ところでこの小説で最も不可思議で魅力的に思えるのは、夫の宗像勘次の存在だ。家庭では滋子に冷静かつボロクソに批判され、会社ではセクハラまがいの騒動を起こして退社するはめになる。小心で臆病かつ見栄っ張りで好色、いわゆる「最低」なタイプ。しかし自らの野心には貪欲で、時には「勇敢」に見えさえもする。考古学の研究で旧満州に行き、戦時下であっても野望のために器用に立ち回り、帰国後もあの手この手で生き残りを図る。滋子がどうしようもなく軽蔑し嫌っているはずなのに、宗像についてのパートは、一柳やその後に出会う男たちのそれに比べて、確かな重みを持っているように思える。作者の少し隠れた、第二の問いかけはこの、何とも形容し難い「夫婦」の問題に向いていたのかも知れない。

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