書店員レビュー一覧
丸善・ジュンク堂書店・文教堂書店の書店員レビューを100件掲載しています。1~20件目をご紹介します。
書店員:「ジュンク堂書店三宮店」のレビュー
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告白 (中公文庫)町田 康 (著)
城戸熊太郎の短く凄まじい人生
頭の中でスイッチが入る。ガラクタの歯車ががっちりと噛み合う。いびつな形の車輪が、キコキコと全体を揺らしながら回転を始める。当初それはゆっくりとしている。よちよち歩きの子どもが押すブリキのおもちゃのように、方向も定まらず、ふらふらとあてもなくぶつかってはまた動き出す。
物語のほとんどは音で出来ている。くほほ。おほほん。くふーん。会話が、感情が、思考が、「言葉」ではなく「音」としてダイレクトに脳に伝達され、頭の中の歯車を駆動する。ブレーキはついてない。潤沢でディープな関西弁が、物語にうるおいとエネルギーを供給し、きしみとうなりを上げながら加速する。
ページをめくるスピードはどんどん上がる。人物たちの発する奇妙な雑音が、不協和音となって膨らんでゆく。巨大な、出来損ないの交響楽。振り返ることは出来ない。強大な奔流に巻き込まれたまま、最終地点に到達するだけだ。物語の消え去る巨大な滝、永遠の瀑布のむこう、音と音がぶつかり合い、打消し合って発生する無音の一点、暗闇に包まれてそこだけ発光する白い光の中へ。
城戸熊太郎。この物語の主人公にして唯一の語り手。幼少より内面の思弁性と発する言葉のギャップに悩む。自分だけが周りとは違う、特別な人間だと。十五歳のころ、近所の水車小屋をめぐるトラブルから森の子鬼と名乗る少年を追いかけ、地下の陵墓でその兄葛城ドールを殺害する。その経験がトラウマになり、十年二十年後もフラッシュバックが起こり、因果の糸に操られるように、「河内十人斬り」と呼ばれる大量殺人事件へと突き進む。
だからといってこれは、実際の事件を背景にした、河内地方の閑村が舞台の歴史小説、などでは全然ない。熊太郎対その他の人物。もっと言えば熊太郎対その他の世界すべて。それについて熊太郎がどう思うか。以上、終わり。とてもシンプルだ。
最後に熊太郎は、仇敵松永家に乗り込む際、獅子舞の頭をかぶる。獅子頭の中は外部の世界と遮断されている。獅子頭の中に『内側の虚無』が現出する。『思弁と言語と世界が虚無において直列している世界では、とりかえしということがついてしまってはならない。』熊太郎は決行する。事件後逃亡の果てに熊太郎がたどり着くのは、たったひとりの、魂の叫び。たったひとつの、『ほんまのこと』を言うための魂の告白。