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書店員レビュー一覧

丸善・ジュンク堂・文教堂書店の書店員レビューを100件掲載しています。120件目をご紹介します。

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ジュンク堂 三宮店店員

書店員:「ジュンク堂書店三宮店」のレビュー

ジュンク堂
ジュンク堂|三宮店

万延元年のフットボール (講談社文芸文庫)大江 健三郎 (著)

万延元年のフットボール(講談社文芸文庫)

真っ赤な血の色

 まず、出だしの文章が鮮やかだ。重く、沈んだ心の有り様を、それが現実の風景であるかのように精密に、落ち着いた筆致で描き出す。濃い灰色の背景の上に印象的な色彩が刻まれ、繊細であると同時に、黒くうねる波が嵐の到来を告げるように、何かが底の方でうごめいている、そんな感じだ。
 東京で専門書の翻訳で生計を立てている「僕」こと根所蜜三郎は、共訳者でもある友人のスキャンダラスな自殺に遭遇し、家庭では子供の精神障害に悩み、妻はストレスからアルコールに溺れる。そこにアメリカから放浪の末帰ってきた弟鷹四が、故郷四国の谷間の村で「新しい生活」を始めようと誘う。「僕」は何かきっかけが見つかればと応じる。

 東京から四国の山奥へ。都会的日常から神話的な寓話の世界へ。万延元年、西暦一八六〇年に起こった百姓一揆を指導したとされる、彼らの曾祖父の弟の生涯に憧れ、鷹四は地元の村でフットボールチームを作り、リーダー的存在となる。荒廃した村で唯一繁栄しているスーパーマーケットを襲撃し、百年前の一揆の精神を体現するのだ。
 戦後強制移住させられた朝鮮人グループとの確執から死亡した、次兄「S兄さん」の亡霊。自殺した妹との隠された秘密。死者たちと生き残った者との間に横たわる時空が歪められ、鷹四は彼らの霊媒となってその精神と一体化する・・・・・・
 神話的な人物には事欠かない。抑制できない空腹感から「日本一の大女」となったジン、戦時中森の中に引きこもりそのまま定住してしまった隠遁者ギー、森林伐採者から身を興して地元一帯を支配する「スーパーマーケットの天皇」ペク・スンギ。折から降りはじめた大雪に閉ざされ、孤立した村で残酷な悲劇はフィナーレをむかえる。

 事件後「スーパーマーケットの天皇」との会見を経て、曾祖父の弟をめぐる謎は解明され、新たな仕事の足がかりも得られる。一時の小康を得たのち、「僕」自身もまた「精神的自殺」を経験する。生き残った者としての修羅を生きはじめる。
 最後の部分でまた、鮮やかな色彩がやってきた。今度のはイメージでなく、真っ赤な「血」の色だ。一族全体を貫く、「血」の色。「僕」が最初から求めていた、<熱い「期待」の感覚>の色だ。

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