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書店員レビュー一覧

丸善・ジュンク堂・文教堂書店の書店員レビューを100件掲載しています。120件目をご紹介します。

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ジュンク堂 三宮店店員

書店員:「ジュンク堂書店三宮店」のレビュー

ジュンク堂
ジュンク堂|三宮店

センセイの鞄 (新潮文庫)川上 弘美 (著)

センセイの鞄(新潮文庫)

うつうつとうつろうあわあわとしたあわい

 物語の後半の章に「干潟ー夢」という章がある。前章で「センセイ」と旅に出た「わたし」がついに思いを遂げ、センセイと同衾、つまり同じふとんで眠る、その時見た夢、と読める部分だ。「ここは、どこですか」と聞くと「よく、わからんのですよ」とセンセイは答え、なおも「ここは、どういう、場所なのですか」と追求すると、「何かのね、中間みたいな場所なようですよ」「境、といいましょうか」とあいまいなことを言う。「中間」、「境」、つまり生と死のあわいの世界ということだろう。

 ここが本来の「センセイ」と「わたし」の、定位置なのではないだろうか。この章だけが先生と私の、肉体を持たない魂がさまよう「現実」の世界で、残りのすべての部分はそんな二つの魂が想像する「夢」の物語・・・・・・一見リアリズム風に描かれたその他の章からは、一貫して人間のざわめきが聞こえてこない。登場する会話は主人公二人と彼らが係わるほんの数人のものだけだし、その内面が描かれることはほとんど、ない。むしろふだんよく注意していないと聞き取れない、木々のざわめき、波の音、動物の鳴き声や虫の声・・・・・・などが物語ぜんたいを形作っている。加えて季節の移ろいごとに紹介される旬の料理、飲みものが豊かな彩りを添える。ほんとうに夢のような世界だ。夢はうつつでうつつは夢。反転した二つの世界。そんな読み方があってもいいと思う。

 主人公「ツキコさん」のフルネームは「大町月子」。一文字ちがいの実在の人物に大町桂月という人がいる。明治から大正にかけて活躍した詩人・随筆家で、酒と旅をこよなく愛したという。日本全国を旅して、優れた紀行文を多数書いたらしい。著者がこの人物をイメージしたかどうかはわからないが、もしそうだとしたら、「センセイ」のイメージとぴったり重なり合う。もともと分身どうしであった彼らが最後にひとつに結ばれるのはむしろ必然の成りゆきで、そうであったならばいいなあ、という思いを持って、この小説を再読した。

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