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書店員レビュー一覧

丸善・ジュンク堂・文教堂書店の書店員レビューを100件掲載しています。120件目をご紹介します。

検索結果 100 件中 1 件~ 20 件を表示

ジュンク堂 三宮店店員

書店員:「ジュンク堂書店三宮店」のレビュー

ジュンク堂
ジュンク堂|三宮店

21世紀の資本 トマ・ピケティ (著)

21世紀の資本

経済学ぬきの快楽

 私がこの本を読もうと思ったきっかけは、あまり自慢できない。まずフランス人が書いた経済学の本であること。勝手な偏見だが、フランス語で書かれた場合、何となく明晰で軽やかな気がする。次にアメリカで発売後半年で50万部を超えるベストセラーになっていること。ここまで売れる、ということはきっと何かある。そして最も恥ずかしいのは、これってマルクスの『資本論』を皮肉った一種のサブカルチャー的パロディ小説じゃないのか、と思っていたことだ。このような事情からして、画期的な経済学の理論など到底分かるはずもなく、小説しか読んでない私にとって唯一の手がかりは文学的アプローチ(しかない)であり、以下の内容は小説『21世紀の資本』の妄想的レビューである。
 <はじめに>
 「本書でこれから展開されるのは、つまるところその歴史的経験の物語となる」開始早々、こんなうれしい表現に当たる。「つまるところ」「歴史的経験の物語」なのですね。じゃあ文学的アプローチというのも、悪くないかも知れませんね。しかし次の章からは過去の経済学者の理論や歴史的展開、についての簡潔な説明、そして早ばやとギリシャ文字を使った数式が。でも驚きませんよ、ピケティ教授。現代文学ではそれくらいは常識ですからね。我慢して読んでればまた面白い所が出て来るはず・・・なになに、「『経済学については何も知らない』(中略)人々には特に読んでほしい」「本書は経済学の本であるのと同じくらい歴史研究でもある」・・・分かりました、ピケティ教授。
 ・・・ここから本文に入る。19世紀はじめの経済状況を説明する史料の代わりに、小説家の文章が引き合いに出される。ピケティ教授はことのほかバルザックの『ゴリオ爺さん』がお気に入りのようで、引用を超えてゴリオ爺さんに感情移入しているような所もある。そして解説された経済用語や数式を基に、「所得」と「富」をめぐる長い長~い物語が幕をあける。実際には18世紀(1701年)から21世紀(2100年)にわたる歴史的スパンと、主要先進国と新興国20ヶ国に及ぶ空間的拡がりを持った、折れ線グラフと図表による徹底した実証と比較なのだが。
 <アメリカのデモクラシー>
 『ゴリオ爺さん』刊行と同じ1835年、フランスの歴史思想家アレクシス・ド・トクヴィルは『アメリカのデモクラシー』第一巻を出版した。建国間もない、「若いアメリカ」の、地方を中心とした自治制度、人口密度や土地の状況、経済制度や税制について過去の膨大なデータを検証し、いかにアメリカの政治経済状況が理想的であるかを、憧れを伴ったまなざしで展望している。後年出版された第二巻では、国民の境遇の平等を訴え、平等化が進んだ民主的国家にこそ専制的権力が生まれる可能性を指摘し、それをコントロールする政策を模索した。
 ピケティとトクヴィル、経済と政治、分野の違いこそあれ、目線の先には同じ物があるのではないか。(本書でもピケティは『アメリカのデモクラシー』を引用している。)第Ⅱ部から第Ⅲ部にかけて、「すばらしい新世界」から「スーパー経営者社会」へと変貌したアメリカの実態が描かれる。ガルシア=マルケス風に言えば、「無垢な労働者と無情な経営者の信じがたい格差の物語」だ。
 <富と格差と小説家たち>
 第Ⅲ部の残りでは、格差の構造が語られる。ここは本来(経済学)の意味において最も重要な部分だ。先ほどの『ゴリオ爺さん』が再登場する。ゴリオ爺さんが老後隠棲した安アパートの住人で、いわく付きの人物ヴォートランが将来有望な若者ラスティニャックに諭した処世術。絶え間ない勉学と骨折りの末出世したとしても、得られる財産はたかが知れている。それよりも金持ちの娘と結婚して資産を相続する方が断然効率が良いというのだ。そこからピケティは当時の所得の格差、資産所有の格差そして相続の実態へと踏み込んでゆく。また前述のアメリカの「スーパー経営者」の台頭にも触れながら、上位10パーセント、1パーセント、さらには「大金持ち」0.1パーセントの世界を克明に描き出す。
 ピケティは現代文学の状況にも触れ、現代では登場人物を位置付けるのは専ら仕事、賃金、技能であり、金銭への明確な言及は文学から消えてしまい、資産や富が主なプロットの中に描き込まれることはない、と断言する。
 ここでひと言物申す。教授と同じフランスの現代作家、ミシェル・ウェルベックの『地図と領域』は如何でしょう?2010年に発表され、その年のゴンクール賞を獲った本作をお読みになっていないのでは?現代アートの業界を流通の段階から描き出し、知名度のある人物群を実名で登場させ、資本主義社会を諧謔と憐憫を込めて批判し、明るくも暗くもないうすぼんやりした未来社会を見すえた、あなたの予測する中位シナリオにきわめて近い世界を「小説」で表現した、この作品を?
 興奮するのはやめよう。でもウェルベックは本当に21世紀的でもあり、19世紀的でもある作家だ。『地図と領域』で、ウェルベックは作中に「作家ウェルベック」を登場させ、前述のトクヴィルを絶賛させている。「『アメリカのデモクラシー』は傑作です。とてつもないヴィジョンの力を秘めた書物、絶対的な、そしてあらゆる領域における革新の書です。おそらく政治についてこれまでに書かれた最も知的な本でしょう。」
 ピケティとバルザック、そしてウェルベックとトクヴィル。彼ら2組を結ぶ直線が描くX字形は、未知の事物を表す「x」に見えてくる。私たちに突きつけられた問題の解を表す「x」に・・・
 <21世紀の資本と21世紀の文学>
 第Ⅳ部では未来に向けて提言が行われる。すなわち資本への累進的な課税と、保健医療と教育の充実である。前者に関しては国際的な資産・金融情報の透明性が不可欠であるし、後者には今後最も人口が増えると予測されるインドやアフリカ諸国の政策がきわめて重要だ。最後にもくり返しピケティ教授は社会科学諸分野の協力の必要性を説く。「分野同士の戦争や縄張り争いは、ほとんど何の意義もない」と。

 さて、『21世紀の資本』は「文学」と言えるのだろうか? やっぱり程遠いと思う。経済書の中でも比喩や寓話のたぐいは少ない方だろうし、抽象的な推論は皆無といってよい。本書はデータと数値が全てなのだ。だからといってそれは文学ではない、と言い切れるだろうか。むしろ「21世紀の文学」ではそういったものがベースになっていくのではないか? ・・・あてもなく思いふけっているうちに、こんなにも色々と考えさせてくれたこの本に愛着が湧いてくるのを感じる。「資本主義」という言葉が何やら文学用語のように思えてしまうのだ。「象徴主義」や「マジック・リアリズム」と同じ仲間のように。

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