書店員レビュー一覧
丸善・ジュンク堂書店・文教堂書店の書店員レビューを100件掲載しています。1~20件目をご紹介します。
書店員:「ジュンク堂書店三宮店」のレビュー
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- ジュンク堂書店|三宮店
死者の軍隊の将軍 イスマイル・カダレ (著)
「祖国」という名の恋人
戦争のあとで、将軍の任務とはいったい何だったのだろう。
記憶を掘り起こす、いや、「彼ら」の声を聞くことか。
すべてはいつも強く吹いている風に吹き消されてしまうとしても。
バルカン半島の南西部、イタリアの「長靴のかかと」の部分の対岸に、アルバニアという小国がある。第二次大戦で死亡した兵士の遺骨を回収するために、イタリアの軍人だと思われる「将軍」は部下の「司祭」と共に現地に赴く。
風がいつも吹いている丘陵地を移動して、発掘作業をくり返す。残された名簿だけが頼りだが、墓は各所に点在していて途中で足止めを食らい、作業は遅々として進まない。
将軍には秘かな目的がある。同郷の「Z大佐」の未亡人から、彼の遺骨を持ち帰って欲しい、と強く頼まれていて、彼女に好意を抱く将軍には常にそのことが頭にあった。
出てくるのは遺骨だけではない。生前の日記やノート、手紙などから将軍は、彼らの声を聞き取りはじめる。それらが語るのは、兵士たちの記憶だけではなく、アルバニアという国の民族の政治、文化、歴史、風土ーーーそれらがない混ぜになったこの国の物語だ。手法を変えてくり返される物語たちに将軍は打ちのめされる。憂鬱になり、反感を覚え、任務をやり遂げる覇気さえ失いかける。
ついに将軍は偶然の幸運から手に入れたZ大佐の遺骨を、発作的な怒りから川に沈めてしまう。そのことで司祭との関係は険悪になり、仲直りも出来ないまま、アルバニアを後にする。そもそもこの仕事に意味はあったのだろうか、と自問しながら。
全編にただようのはこの虚しさの感覚だ。終章近くでドイツ軍の同業者「中将」と交わすのは、叶わぬ恋をめぐる噛み合わない空しい会話だし、出発に際しては「お天気の話」で締めくくる、という皮肉っぷり。
遠い昔から戦争に明け暮れてきた作者自身の祖国への、反感と愛情半ばする複雑な感情が、実現する望みのない恋心を抱くことの愚かさを自ら嘲りながらも期待することを止められない、凡庸な中年男の性(さが)に重ね合わせられている。