書店員レビュー一覧
丸善・ジュンク堂書店・文教堂書店の書店員レビューを100件掲載しています。1~20件目をご紹介します。
書店員:「ジュンク堂書店福岡店スタッフ」のレビュー
- ジュンク堂書店
- ジュンク堂書店|福岡店/MARUZEN 福岡店(文具)
探偵が早すぎる 上 井上真偽 (著)
「人を殺させない」探偵と「いつも蚊帳の外」な被害者
女子高生の十川一華は、父の莫大な遺産を相続したことで、一族から命を狙われ始める。そんな一華を守るため、使用人である橋田が雇ったのは、「事件を未然に防ぐ」探偵。アレルギーを使った殺人、毒蜘蛛を使った殺人、子供を使った殺人は、なぜ計画段階で暴かれてしまったのか!?
講談社ノベルス刊「その可能性はすでに考えた」で、多くの作家や評論家から絶賛された新進気鋭のミステリ作家・井上真偽の文庫初登場となる書下ろし作品。著者特有の「探偵」という存在へのアンチテーゼは今作でも健在で、同時にロジカルで軽妙な倒叙ミステリとしても楽しめます。
構成としては、計画を練って実行に移す犯人たちの視点を主に描写していく、典型的な倒叙ミステリ。しかし展開は一般的な倒叙ミステリとは大きく異なり、犯罪の計画段階・実行段階のほんの些細なミスから、未然に事件を防がれていきます。小さな穴を大きく広げていく論理展開が実に小気味よく、さらには「仕返し」まで行う勧善懲悪な展開には爽快感があります。
一華の命を狙う一族の面々や、その一族からの依頼で殺人計画を練る者、殺人を実行する者など、犯人側だけでも多彩な登場人物の加え、「トリック返し」の異名を持つ探偵や、謎多き使用人である橋田など、個性の強い人物たちの中で逆に光るのが、主人公である十川一華。倒叙作品である上に、そもそも事件が未然に防がれてしまい、一華本人は命を狙われていたことにも気づかず、だいたい蚊帳の外。しかも大金持ちであるにも関わらず、おつりの500円を募金するかくじ引きに使うかで悩むなど、作品中でほぼ唯一の良心的かつ真っ当な感性の持ち主であり(他の人物は良心的ではないか真っ当な感性ではない)、読者からの共感を得やすい人物として描かれています。
たまには変わったミステリを読みたい方や、倒叙ミステリが好きな方にはお勧めできる作品ですので、気になった方は是非ご一読ください。